神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第二章

13 流れる日々と足りないもの その1

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 借家探しは不可能と判明したから、闇属性がいてもかまわないと言われるほどの訳あり物件を土地ごと購入か、訳ありの更地の土地だけを購入か、の二択になった。
 勇者たちに調査してもらっている間、ドレとカユシィーの兄妹はひたすら魔物討伐で稼いで購入資金を貯めなければならない。

 だから今日もがむしゃらに戦って稼がなければと思っていたのに、朝起きてすぐに「今日はお休みだ」と兄に言われ、出鼻をくじかれた。

「なんで急に休みに……?」

 長すぎて梳かすだけでも一苦労な杏色の髪と格闘しながら、疑問を顔に出す。

 なお、カユシィーは自分では三つ編みできないし結い上げもできない。
 シシャルがいたころはシシャルが、いなくなってからは兄が髪型を整えてくれている。

「また特異種が発生したらしい。勇者の仲間の一人からの情報でな。森側の出入り口の掲示板にも記載されているそうだ」

 特異種に追いかけられた記憶はまだ鮮明だ。
 カユシィーはぞっとして身体を震わせた。

「勇者パーティが討伐と調査をして安全が確認されるまで、特異種を倒せる実力者以外は立ち入り禁止だとさ。今日は他のやるべきことをこなしていこう」

 そして、兄妹は町外れに近い工房通りへと足を運ぶことになった。





 前回の買い出しからそう時間が経っていないので、急いで買わなければならないものはまったくない。
 けれど、そろそろ買わなければと思っていたものは少なからずある。
 自分たちではできない武具修理も金がかかる。

「まずは剣を修理に出しつつ、前回修理に出した剣を引き取って、予備を一本か二本追加だ。……最近は剣の消耗が激しいのが痛いな」

 魔物討伐は金になると言われているし、それは嘘じゃないが、装備を調えるのにも維持するにも金がかかる。
 相当な凄腕にならない限り、ぎりぎり黒字がずっと続く。
 駆け出しは必要経費の方が勝ることも多々あるし、一人前になってもちょっとした失敗ですぐに赤字に転落する。

 いかに多くの魔物を倒すかよりも、いかに出費を抑えるか。
 そちらに思考が向くようになって初めて真の一人前なのだ、と、以前兄が言っていた。

「カユ。ちゃんと剣の手入れはしているんだよな?」

「しています。汚れを取って研げばいいんでしょう?」

 今までシシャルに丸投げだったせいで見よう見まね、という部分は伏せる。
 最低限の基礎は初めて剣を買った時に教わったのをおぼろげに覚えているし、シシャルほどの手際の良さがなくともちゃんと斬れるようになっているからいいのだ。

「お手入れ用品だって無駄遣いはしていません」

 日常的な手入れの範囲であろうと金はかかる。
 そこらの石ころを砥石代わりにはできないし、革防具の手入れで豚脂やイノシシ脂をそのままというわけにもいかない。

 それに、剣の切れ味が少し悪くなった程度なら自分たちでどうにかできても、刃こぼれした剣は修理に出さないと切れ味は回復しないし劣化も早まる。
 刃こぼれも度合いによっては修理不可能になったり、新しいものを買った方が安くなったりする。

「だがな、カユ。前はクマモドキを何体も倒せていたのに、今じゃイノシシモドキ三体倒すだけで斬れなくなるのは何か問題があるとしか。ここ数日はクマモドキの見えるところにさえ行けていないんだぞ。邪霊に気を取られて剣筋がおかしくなっているのか?」

 クマモドキのところまで行けないのは荷物持ちの兄がバテているせいもあるのではと思うが、カユシィーの剣の問題を否定できるわけでもなく。

「え、っと、そうかもしれないですね。邪霊が見えると集中乱れますし、家の中みたいに対策取れるわけでもないですし」

 今のところ、睡眠不足は起こっていない。
 勇者の仲間たちが交代で何人か泊まってくれているし、光属性や神聖属性の魔力結晶を使って邪霊除け空間も作ってもらえている。

 だが、一歩外に出れば邪霊と無縁でいられなくなる。

 ただいまも、手が届きそうで届かない微妙な距離を三体ほど邪霊が漂っている。
 黒くて細長くて、目のような鼻のような切れ目とか腕のような細長いものとか、個体差はあれどどれもこれも不気味なのは共通だ。
 邪霊は死霊の一種というが生前の姿などまったく想像できないし、人なのかそれ以外なのかもまったく分からない。

 どっか行ってと口にしても無意味なのはずっと前から知っている。
 どことなく意思が宿っているような素振りを見せることがあっても、会話が成立する類の存在ではないのだ。

 攻撃も無意味。
 肉体がないし、物理干渉できるほど存在自体が濃くないため物理攻撃は効果がない。
 光属性や神聖属性なら属性分だけ効果があるらしいが、届きそうで届かない絶妙な距離を常に保たれるため、近距離攻撃しかできないカユシィーでは届かない。
 見えない人間たちに魔術で攻撃してもらうのも難しい。

 やはり、シシャルに戻ってきてもらうしか、カユシィーが邪霊恐怖から解放される方法は存在しないのだ。

「早くいっぱい稼がなきゃ行けないのにシシャルちゃんなしじゃ効率悪くて、シシャルちゃんを連れ戻すためには稼がなきゃいけなくて。なんか悪い流れになっていませんか」

「そうだな。カユがもう少し邪霊への耐性をつけてくれれば楽なんだが」

「見ても泣き叫ばなくなったのは充分に進歩なのです」

「それは、そうなんだが……」

 兄は何か言いたげにするもあきらめたように口を結び、前を向いた。

 工房通りの中でも鍛冶屋兼武具屋が多い区画が見えてきた。



 この町では、製造も販売も修理もすべてやっている店が多い。

 たいていは購入した店で修理も依頼する方式だが、それぞれ得手不得手があるため、使い分けている冒険者も多いらしい。

「らっしゃい。あぁ、ドレ氏とカユシィーちゃんか。修理はできてるよ」

 このあたりでは珍しい女性店主は奥から剣を三本持ってきた。

 すべて同じ規格で作られた、ごくごく普通の鉄製の剣だ。
 鉄の剣といったらこれというほどしっかり規格化されていて、どこの店で買っても同じ価格で同じような品質らしい。

 それでも多少は個性が出るし、持ち手部分はある程度鍛冶師裁量が認められているし、購入店舗であれば有料で改造も可能だから、それぞれ冒険者がひいきにする店がある、というわけだ。

「今日の用件は引き取りだけかい?」

「修理依頼と、見積もり次第では新しい剣も買うつもりだ」

「予備の数増やすって風じゃなさそうだね。もうちょっと大事に使ってくれないと出費が勝っちまわないかい?」

 兄が修理依頼の剣を二本出すと、店主はその場で鞘から抜いて顔をしかめた。

「研ぎが悪いところに無理な力で強引に斬り伏せたって感じかね。折れるほど無茶な使い方じゃないが、これじゃ早晩ただの鉄くずになっちまう。まだぎりぎり修理はできるが、いつもより高くつくし耐久性も落ちるよ。ったく、あんたら、最近忙しいからって手入れさぼってんのかい」

「さぼってないです。ちゃんとやってますっ」

「そうかい。じゃあ下手くそになったんだね。二人とも、やり方もう一回教えてやるから奥へついてきな。幸か不幸か今日はヒマなんでね」

 表裏のない豪快な店主だが豪快すぎて好き嫌いが分かれると評判の彼女は、いったん店の外に出て看板を準備中に変えると、くつくつ笑いながら戻ってきて扉の鍵を閉めた。

 閉じこめられたわけじゃないはずなのに、カチリと音がした瞬間に閉じこめられた気分になったのは、きっと、カユシィーだけじゃないはずだ。



 闇属性のいるパーティ相手でもかまわず商売してくれるのは、鍛冶師というより商人の勘らしい。
 カユシィーに前衛戦闘職も試してみたらと提案したのも彼女だった。

 見る目はある。腕も良い。
 闇属性差別もしない。
 良心的な人物と言える。

 しかし致命的なのは、世話好きでお節介で教えたがりなくせに教えるのが下手なこと。
 怒鳴りつけてはこないし根気強く教えてくれるが、心が折れそうになる。

「おかしい。普段と勝手が違っていようと緊張していようとそんなに下手なはずは。ずっと前からその程度だったら討伐帰りに毎回来い訓練してやるもしくは格安で研いでやるって提案したはずだよ。何か隠しているんかい? 素直に吐かないならもっとしごくよ」

「すみません今までシシャルちゃんに丸投げしてましたっ」

 その時の店主の思い切り見下す目は、今夜の睡眠の質を格段に下げること請け合いな恐ろしさだった。
 豪快でいつも笑っている分、真顔になられただけで怖いのだ。

「人には向き不向きがある。どんなにがんばったってできないことの存在くらい認めている。あたしだってどんなに努力したって向いてないことはたくさんある。努力しても無理だったってんなら、別に怒りはしないさ。……だがね、お二人さん。それならそれで専門家に相談してほしいものさ。素人が素人に丸投げはどうかと思うね」

「で、でも、今までシシャルちゃんにやってもらってても何も言わなかったじゃないですか。なんで急に怒るのですかっ?」

 実に一時間、砥石と向き合い、店主の習作という剣をひたすら研がされていたのだ。
 どこがおかしいのかも何が正解かも分からないまま、ひたすら研いでいたのだ。

 その果てのこの仕打ち。

 この時のカユシィーは涙目だった。
 疲れきった手も身体もぷるぷる震えていた。

 勇者だったら「子ウサギのように震えるカユシィーちゃんが可愛すぎる」ともだえていたこと請け合いだったが、この場には店主と兄とカユシィーしかいない。

「冒険者としての格や稼ぎを勘案した上で、持ち主が行う日常の手入れの質として考えると及第点だった。それで何も言わなかっただけさね。特段上手かったわけじゃない」

 店主はしばしカユシィーを見据えた後で、兄の方を強くにらんだ。

「カユシィーちゃんが楽観的で無考えなのは把握しているはずよな? 一家の長としても保護者としても忙しいのは考慮してやるが、武具の管理ができるかどうかで安全性も出費も段違いだと分からないほど忙しくて思考停止していたわけじゃないだろう?」

「すまない。カユにやらせるよりシシャルに任せる方がいろんな意味で安心だったので、つい黙認してしまっていた」

「お二人さん。元は貴族だかなんだか知らないけどよ、いくら闇属性の立場が弱いからって奴隷同然に使うのはさすがにどうかと思うわ」

 さすがにその発言にはカチンときた。

「わたしはシシャルちゃんを誰よりも大事に想っています! 誰よりも守ってあげたいと思っています! シシャルちゃんの価値を一番理解しているのはわたしですっ」

「その大事なシシャルちゃんにやらせている仕事、いくつあんだい? あたしが把握しているだけでも、朝食を作って、カユシィーちゃんを起こして、カユシィーちゃんが顔を洗う水を用意して後片付けをして、カユシィーちゃんに歯を磨かせながら髪をとかして結い上げてやって、カユシィーちゃんの着替えを用意して着替えさせてやって、朝食を並べて食べさせて、片付けをして、布団の片付けと家の中の掃除と洗濯と家の修理と庭の手入れとその他細々した仕事をやって、三人で魔物討伐に行ってた頃は荷物持ちして、カユシィーちゃんの寝間着の用意をして、夕食作って、帰ってきたらカユシィーちゃんに寝間着とお風呂用品持たせて銭湯行かせて、帰ってきたら髪を拭いてやって、夕食食べさせてやって、布団を敷いて、カユシィーちゃんの歯を磨かせて、カユシィーちゃんの寝かしつけまでしているとか」

「……っ、さ、さすがに今は言われなくても自分で歯磨きはしてますよっ?」

「寝かしつけをまず否定しないのかい」

「だ、だって、シシャルちゃんが添い寝してくれないと、邪霊が寄ってくるんじゃないかと怖くって……。眠っちゃえばそばからいなくなっても大丈夫なんですけども」

「一ついいか。俺がこの子の実家で専属執事していた頃、それらを普通にこなしていた」

「立場が違う。あんたは住み込みで衣食住保証してもらった上で給料もらいながら、だろう。お二人さん、あの子に衣食住提供してたのは知ってるけど、給料も払ってたん?」

 重い、重い沈黙が下りた。

 カユシィーは魔物討伐報酬や素材売却で得た金に触れはするが、管理は兄任せだ。
 必要なものはいつだって兄に頼んで買ってもらうため、月々お小遣いをもらうこともない。
 当然、給料なんて払ったことがない。

 兄の顔を見る限り、カユシィーの知らないところで払っている様子もなさそうだ。

「一応、名義は俺だがあの子のための貯金はしていたんだが……」

「家の修理費用で使ってしまいました、ってか」

「どこにあれだけの貯金があったのだろうと思っていましたが、そうだったのですか」

「いずれあの子が買い物できるようになったら渡してやろうと思っていたんだ。それまでは月に大銅貨一枚分のお小遣いを渡すだけでいいかと……」

 大銅貨は地味な扱いの貨幣だ。
 存在は知られているがそんなに出回っていないため、大銅貨っていくらだっけと思うこともしばしば。

 中銅貨十枚で大銅貨一枚と勘違いしつつ、大銅貨ほぼ見ないし同じ価値の小銀貨で間に合うとまた勘違いして流し、何の支障も出ず認識の誤りも正せない人も少なくない。

 カユシィーも、中銅貨五枚で大銅貨一枚だと思い出すのに、少々時間がかかった。

「いくら一切金使えない身分だからって、想像以上にひどくないかい」

「わたしなんかお小遣いゼロですので問題ないと思います」

「カユシィーちゃんは欲しがったらたいていのもの買ってもらえるだろうに。月にいくら使ってもらってるんだか」

「そんなことありませんっ。可愛い服欲しくても予算不足で泣く泣くあきらめたこといっぱいありますからっ。可愛い動物の形の飾りだって、そんな金はないって……」

「そうかい。ったく、武器と防具は質実剛健な物を選べているのが本気で不思議だね」

 女性店主はあきれたようにつぶやくと、新品の鉄の剣を三本机に置いた。

「いつもの品質をいつもの一割引でいい。その代わり、自分たちじゃ及第点の手入れをできないと思ったらすぐに持ってくることは約束してもらうよ。今後、最低でも一ヶ月は新しい剣を売ってやらないから、大事に使うこと」

 完全に規格化されてどこの店で買っても同じ値段で大体同じ品質の『鉄の剣』だが、一本一本手作りだ。
 それに、ここの店主は武器を雑に使われるのをひどく嫌う。

 カユシィーは雑に使っているつもりはないが、店主のお眼鏡に叶う手入れができていなかったことを雑ととらえられると反論しようがない。

「あんたらの事情の一端は知ってるから無茶は言いたかないけど、闇属性に頼りきりなのはほんとどうにかしなよ。はい、おまけに携帯用砥石つけてやるから頑張りな」

 やるべきことを終えてやっと店を後にした時には、昼前になっていた。
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