神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第二章

14 流れる日々と足りないもの その2

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 先にお昼を食べるか他の店も寄ってからにするか、兄は相談してくれなかった。

 次の目的の店も工房通りにあることが一つ、工房通りから屋台街まで遠いのも一つ。

「カユ。防具の手入れも駄目出しされそうだが、さすがにさっきほどはかからんだろう。話をこじらせないためにもおとなしくしていろよ」

 まるで子供に対する言い方だ。
 むくれつつもカユシィーは「はぁーい」と返事した。

 革製品を主に扱う防具屋は、独立して三年ほどの若い男性職人が切り盛りしている。
 兄妹が最初の固定客というわけじゃないが、わりと最初の方で客になったからか、闇属性関係があっても売ってくれている。

「カユシィーちゃん、今日も可愛いね。今日は三つ編みじゃなくて二つしばりなんだね」

 少なからず、カユシィー個人が好きだからというのもあるのだろう。

 どうして老若男女問わず「カユシィーちゃん可愛い」と口をそろえるのかよく分からないが、嫌な気はしない。
 貴族に戻れたら誰もが振り返る美少女になれると、実家を立て直して良い婿を見つけて家を存続させられると、幸福な想像ができるのもうれしい。

 ちっちゃくて可愛い発言には少なからずかちんとくるが。

 成長が遅いのは前から気にしていたし、シシャルに身長を抜かれてからというもの、このまま伸びなかったらどうしようと不安なのだ。
 もしも金に糸目をつけなくていい身分だったら、身長を伸ばすと言われる食べ物だの運動器具だの魔導具だの片っ端から買い漁って試していたに違いないのだ。

「今日の用件はなんだい?」

「修理依頼と、お手入れ用品を買わなきゃ、です」

 兄が防具を出し、空になった手入れ用脂の瓶も出す。

「はいよ、じゃ、少し待っていてね」



 防具屋での用件は十分もかからずに終わり、三軒目も寄って出てきたところで昼食を取ることになった。

「あ、今日は鶏の半身揚げまだ残っているんですね」

 シシャルがたびたび食べたがっていた品だ。
 他の店ではかいだことのない独特だが食欲を誘う香りが周囲を漂っている。

 たしか、鶏自体は普通だし揚げ油も普通だが、すりこむ香辛料が特殊で衣に混ぜる香辛料も特殊なんだったか。
 料理をしないカユシィーにはいまいちぴんとこない説明だが、とにかく特別な香辛料がこの店の武器なんだろう。

 ここで買ってもシシャルには渡せないし、渡そうと少しでも考えていたら売ってくれないだろうし、カユシィー一人で食べるには多すぎるし、兄妹二人で食べるには微妙に足りないし、外で食べるのに向いた料理でもない。
 他の人たちは平気な顔でかぶりついているが、いずれ貴族に戻るのだからとカユシィーはそういう食べ方を禁止されている。

 店の前を素通りし、鉄板で焼いた皮のような穀物生地で野菜や肉をくるくる巻いた料理の屋台で昼食を買った。
 何度も食べたことのある、お気に入りの一つだ。

 二人で近くの広場の空いている長椅子に並んで腰掛け、包み紙代わりの木の皮を少しはいでは少しずつほおばる。
 甘辛いタレが野菜とも肉とも絡んで絶妙だ。

 今日は昼間なのに町中に冒険者が多い。
 元々この町は冒険者人口が多いのだが、特異種の件で森に入れずヒマになってぶらついている人が多いのだろう。

 お休みのはずなのに武器屋防具を身につけている人が多いのは、借りている家や宿の防犯に問題があるためだろうか。

 この国で武器や防具を必要とするのは冒険者がほとんどだ。
 聖都の騎士団や貴族の私兵のための武具も存在するが、日常的に使わないため修理も買い換えもそう多くないし、見栄え重視だから冒険者向けとは様々な面が異なっている。

 冒険者向けの武具は質実剛健、飾りも遊びもない地味で無骨な物が多く、一般冒険者が持つ品質だと盗んでも鉄くずに気を持ったくらいの価格でしか売れない。
 それでも盗まれることは少なくない。

 剣一本買う余裕もない赤字冒険者が、悪いことと知りつつ一本の剣を盗んで森に繰り出し、一攫千金を狙う。
 そんな話がちまたにはあふれている。
 実際に盗む人はそう多くないらしいが、年に数回は話を聞くから稀でもない。

(シシャルちゃん、何度か剣を盗んだ容疑かけられてましたよね。なぜか犯人が顔面蒼白で自首したり勇者が犯人見つけて捕縛して突き出したりしていたから、おおごとにはならずにいつの間にか解決していましたけど)

 しゃきしゃき野菜を味わいながらも人の往来を観察する。

 特異種発生の話は町の一般の人にも伝わっているだろうに混乱が一切ないのは、魔物は森の外に出ないものと知れ渡っているからだろうか。

「……あ。あの、ドレ。今、シシャルちゃんってどこにいるんでしょう」

「勇者の仲間によると暗黒の森の空き地に陣取って――、あ」

 兄妹は一斉に顔を見合わせた。

「シシャルちゃん大丈夫でしょうか」

「大丈夫だろう。あの子の防御突破できる特異種なんて勇者の手にも余る。だから問題ない。ないはず。ふわふわ様もニクスもついているし」

 ふわふわ様もニクスも戦闘能力ないのではなかったか。
 シシャルの防御を突破できる敵が想像できないのも、いたら怖すぎるのも、心から同意するが。

「で、でも、万一にもシシャルちゃんが怪我したら誰が治療を――」

 カユシィーが顔を青ざめさせる横で、邪霊が笑うように顔をゆがめている。
 感情などあるのかないのかも分からないから、そう見えるだけだとしても、恐ろしくてたまらない。

 シシャルがいなくなったら、誰がこいつらを遠ざけてくれるのだろう――。





 幼い頃、カユシィーは常に怯えていた。

 両親と兄と共に実家で暮らしていた頃は、頼れる存在がいて安心できる場所があったから、邪霊が見えていてもそこまで深刻に怯えてはいなかったはずだ。

 けれど、母が神殿に呼び戻されると同時に離婚し、父が不本意な再婚をして、あの女が現れてから、邪霊がちらりと視えるだけでも恐ろしくてたまらなくなった。

 兄に連れられて各地を転々とするようになってからはさらに顕著になり、邪霊による恐怖に加え、知らない場所を転々とする不安で精神的に不安定になっていった。

 客観的に見れば、ささいな刺激に過剰反応する状態になっていた、というべきか。

 幼かったのもあって記憶はおぼろげな部分の方が多いが、兄の姿が見えないのを極度に恐れていたし、夜泣きもすごかったと聞いているし、否定する材料もない。
 周りに迷惑がかかって宿や集合住宅を追い出されたこともあったのは、なんとなく覚えている。

 カユシィーはこんなに怯えているのに、兄がずっとそばにいてくれなくなったのが許せなくて、疲れ切って帰ってきた兄に当たり散らしたり必要以上につきまとったりした記憶も残っている。

 お金を稼がなければ暮らせないとか、子供連れで働ける仕事ではないとか、世話係を雇える金銭的余裕なんてないとか、だから一人で留守番させるしかなかったとか、まったく理解できないほど幼くはないし愚かでもなかったが、兄を恨んで憎みさえもした。
 冷血だとののしりもした。
 何も好転しないと心の片隅で分かっていたはずなのに。

 シシャル無しのまま過ごしていたら、カユシィーは遠からず精神の均衡を崩して病気になっていた。
 邪霊の存在と不調に耐えきれず自殺した可能性さえもある。

 邪霊視の力を持つ者の自殺率が高いことを、彼らの周囲の人間も精神を病みやすいことを、今のカユシィーはふわふわ様から聞いて知ってしまっている。

 あの頃の兄はいつも疲れていた。
 執事時代の凛とした態度など見る影もなかった。
 今思えば疲労のせいだが、絵本の読み聞かせも子守歌も雑になっていき、カユシィーは眠いのになかなか寝付けなくて怒って暴れたことが幾度もあった。

 兄妹は神経すり減らしながら暮らしていた。
 どちらが倒れてもおかしくなかった。

 小さな子供を抱える困窮家庭や病気の家族を抱える家庭への支援もなくはないが、流れ者への支援は不備だらけだし、まともな暮らしができるほどの援助などあり得ない。

 そして、悪循環はカユシィーが死ぬまで続く。

 母からの援助も見込めなかっただろう。
 当時はまだ、居場所を明かすことはおろか、生存さえも隠していた。
『あの女』に命を狙われていると信じて、息を潜めていた。

 だから、きっと、乗っ取られた家を取り返すことも、洗脳された父を救出することも、夢のまた夢で終わっていた。
 いや、夢を持つことさえできたかどうか。

 シシャル無しでは、人生そのものが詰んでいたのだ。

 それがどれだけ重い意味を持つのか。

 闇属性と一緒にいるからどうこうと理不尽な扱いされたり借家を壊されたりした程度でどうこうなるほど軽いものじゃないのだ。

 あの子といることでどんな理不尽にさらされようと、あの子が手元からいなくなることの方が、あの子の力を失うことの方が恐ろしいのだ。

 それをどうして分かってくれないのだろう。

 どうして、住む家がなくなるより恐ろしいことだと――。





「カユ。落ち着け」

 兄の言葉で、現実に引き戻される。

 いつの間にか思考に没頭し、食べかけの料理を握りつぶしかけていた。
 ぎりぎりでこぼしていないが、危ういところだった。

 今日の服はお気に入りでもなんでもない安物だが、汚してしまうと後が大変だ。

「すみません。……シシャルちゃんのことが心配で」

 勇者と仲間たちのおかげで、シシャルなしでも睡眠不足に悩まない方法は手に入れた。

 けれど、外では使えない手段だった。
 金銭的にも人材的にも負担が大きく、ずっと頼れるものじゃないことも、シシャルがどれほど偉大でありながら安上がりだったかも、痛感させられていた。

「もしも怪我をしたら勇者に頼んで治療術師を貸してもらう。カユシィーちゃんを悲しませないためならと了承してくれるはずだ。だから、大丈夫だ」

 兄はすでに料理を食べきっていて、木の皮で作られた包み紙をたたんで背負い袋の中のゴミ入れに押し込むと、手をパンパンとはたいた。

「午後も予定はある。シシャルとまた暮らしたいなら悩んでいないで口を動かせ」

 兄の容赦ない言葉に渋々うなずき、カユシィーは料理の残りに視線を向けた。
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