神霊さんの不協和音な三兄妹、それと周りの人たち

砂樹

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第四章

14 召喚! のはずが

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 五年の間に増築を繰り返した小屋は、立派かはともかく家の体裁になっている。

 しかし廊下はない。
 水回りも調理設備もない。

 防火や排水の設備投資ができない、というよりそれやろうとすると大がかりな工事になりすぎるためだ。
 相変わらず、雨の日や強風の日は面倒くさい。

 召喚術は、小屋の倉庫部屋その三で行うことになった。

 倉庫部屋の中では一番新しいものだが、その二と同様、隊長さん用倉庫と化している。
 それでも他の部屋よりは荷物の量的な意味でマシなので、そこを借りることにした。



 昨日のうちに、荷物を全部出してもらって掃除をした。

 掃除自体はなんとかなった、が。
 荷物の運び先が足りず、他の倉庫部屋だけでなく副隊長の部屋とシシャルの部屋も圧迫している。

 早く召喚終えて倉庫に戻さないと、寝床確保さえ大変だった。

「隊長さん、物持ちがいいのか貧乏性なのか、どっちだろうね」

「どっちでもいいけど、これだけの物貯め込めるお金はどこから……」

「副隊長さん、隊長さんには甘いからね」

 掃除をしながら、シシャルとニクスは何度もホコリ除け布の下でため息をついていた。





 そして、今日。

 荷物も汚れもなくなった倉庫部屋にて、シシャルは動きやすい服で作業を開始した。

(魔法陣描くのって、ほんっとうにお金かかるんだね……)

 床いっぱいに特別な筆とインクを使い魔法陣を描いていく。

 使用する筆とインクだが、筆一本で小銀貨六枚、インク瓶一個で大銀貨二枚する。

 最辺境の町でも手に入った理由はただ一つ。
 本職からの需要があるから。

(普通の魔術師って、儲かるのかな……)

 魔法陣を描くのは使用者本人だったり専門職人だったりいろいろらしいが、どちらにしてもお高くつくのは想像に難くない。

(普通に使う魔法陣は手のひら大の紙に細筆で描くらしいけど……描き損じたら一から描き直しだよ……? 魔術一つ使うたびにお金飛んでく感覚になりそうなんだけど)

 魔法陣、専用インクを使うと一回使用で消える。
 他のインクを使えば魔法陣の図形自体は残るが、なぜか使えなくなる。

 今回の魔法陣も、専用インクを使わなければもう少し安上がりになる。
 が、使用後もずっと床に魔法陣が残り続けると見栄えが悪いし、新しい魔法陣を描くこともできない。
 それだと困るので、高額だろうが専用インクを使っているのだ。



 魔法陣を描き始めてしばらく経った。

「今どこ描いてるのかなぁ」

 シシャルは文字を書けない。
 絵を描くのも壊滅的だ。

 魔法陣作成も鬼門っぽいと開始数秒で判明したため、現在は見本魔法陣を魔力でうっすら床に投影しておいて上からなぞる方式にしている。
 なぞるだけなら、問題なくできる。

「もしかしてさ、マスターが文字書けないのって、練習量の問題じゃなくて、文字を認識する機能は問題ないのに文字を書く機能に何か問題がある、ってことでは?」

 様子を見に来たニクスは部屋をざっと確認した後で、そんなことをつぶやいた。

「手が不器用ってこと?」

 寸分の狂いもなくなぞりながら、これでも不器用なんだろうかと首を傾げる。

「たぶん違う。文献を読む限り、文字は書けないけどすごい繊細な絵は描ける人がいたらしいから。不器用だったら繊細な絵も描けないでしょ?」

「そういうものなんだ?」

「傾向が強い、かな。そういえば、マスターが何度か置いてった書き置きは自筆じゃなくて魔力転写だったね」

 本当に最初の頃の書き置きは、書いたの自分なのに下手すぎて解読不能な文字と、自分なりに伝わりそうな絵みたいな図形みたいな何かだった。
 当然のように、なんだこのラクガキと兄妹に首を傾げられていた。
 意図が伝わったことは、一度もない。

「あー、うん。頭の中で文章思い浮かべるのはできるのに、その通りに書くのはできないから、思い浮かべたものそのまま焼き付けてた」

 なんで高度な魔術使えるのに魔導書も読めるのに貴族なら五歳児でも書ける文字を書けないんですかと隊長に変な目で見られたが、できないもんは仕方ない。

 ただの丸や三角といった図形を書くのも、数字を書くのも壊滅的に下手なのだ。
 別に覚えていないわけじゃないのに、いざ書こうとすると訳が分からなくなるのだ。

 目の前にあるおいしそうな唐揚げを絵にしたいと筆を動かしても見たままには描けないし、おいしそうな鶏の丸焼きを頭に思い浮かべて筆を動かしても思い通りに描けないように。
 こうじゃないのは分かるのに、どう直せばいいか分からない。

 シシャルが文字を書けないのは、それと同じような感覚だ。

「代用手段があるのはいいことだけど、知らない人には使えないのが難しいね」

「使う機会なんて来るか分かんないよ。この辺、識字率一割くらいでしょ?」

 町に店はたくさんあるし、店名を文字で書いているところもそこそこあるが、それ以上にそれぞれ趣向を凝らした絵で店の種類や同業他社との差別化を計っている。

 チーズ唐揚げが売りの店は、鶏と唐揚げ入り容器とチーズの絵。

 いまだに食べられずにいる半身揚げの店は、鶏と半身揚げと様々な香辛料の絵。

 だいたい共通認識になる絵柄があって、そこに売りを追加する方式が多いか。

「魔族も文字使うこと滅多にないけど、人間もそうなんだっけ」

 ちなみに、特殊な効果を持たせるために刺繍される文字は魔術文字とかまじない文字とか呼ばれるもので、一般の読み書きでは使わないとか。

「都会では識字率高くなるって副隊長さん言ってたけどね。あと、貴族は十歳になっても文字読めないと人間扱いされなくなるとか、字が下手なのは顔が不細工なのと同じくらい不遇になるとか、いろんな意味で恐ろしい話も聞いたよ……」

 貴族社会は、平民の底辺と別次元別方向で大変らしい。





 予定より少し時間はかかったが、昼前に魔法陣は描き上がった。

 身体をほぐすために伸びをしたり体操したりしてから昼食を取り、休憩も取る。

 そして、万全の体調になったところで部屋に入ろうとしたら、扉が半開きだった。

「あれ。ニクス、私扉閉め忘れたっけ?」

「え? どうだろ。マスターが伸びしてる間にお昼準備に行っちゃったから」

「ま、侵入者警報は鳴ってないし、大丈夫でしょ」

「一応魔法陣確認しといた方がいいんじゃない? さすがに隊長さんは重要な魔法陣に落書きするほど子供じゃないだろうけど、念のため」

 二人はうなずき合い、見本の魔法陣と見比べながら一通り確認をして、問題ないと判断できたところで準備に入った。

「僕は外で見張っていればいいんだよね?」

「うん。おねがい。魔導具と魔術符とお守りは持っているね」

「いくら隊長さんでも見学したいからって強硬手段はないと思うけどね……。今日は夕方まで帰ってこないはずだし……」

 ニクスが部屋を出ていったところで、鍵をかける。
 防御系魔術をかける。

 召喚魔術の性質上、全面完璧防御は問題があるらしいので、天井はあけておく。
 さすがに何か降ってくることはないと思いたい。

「ふわふわ様。魔法陣使う魔術のコツって何かある?」

『基本は慣れ。呼び出し対象がどれくらいいて、誰が応えるか次第で難易度変わるけど、これは事前には読めないからね。今日のところは、寝返りひどすぎ問題どうにかしてくれる精霊さん呼びだから成功失敗の判断もつけやすいし、費用全額負担なんて太っ腹なこともしてもらえたし、練習と思って気楽にやろうか』

「人のお金でやる魔術を練習扱いしていいの……?」

 筆は一回使い捨てじゃないし、インクはあと二回分くらい残っているが。

 ふわふわ様、お金の価値が分からないわけじゃないが、なんか隊長に当たりが強い。

 息子の妹であっても異父兄妹なので赤の他人、というだけではなさそうな気がする。

 しかし、聞いたところで何が好転するでもないので、放置を決めた。



(えーっと、魔法陣に向けて、魔力結晶を溶かした水をふりかけて魔法陣に魔力を通して……部屋全体の魔力濃度も高めて……)

 魔法陣起動の際も、手で触れたり杖を使ったりいろいろ方式があるそうな。

 今回は、空間を魔力で満たした上で指定の場所に素手で触れる方式だ。

(魔法陣が輝き出したら、あらかじめ決めておいた文言で呼びかける……)

 黒いインクで描かれた魔法陣がきらきらと白っぽく発光を始めたところで、魔法陣の手形っぽい図形に合わせるように右手を置く。

「魔法陣起動」

 慣れてきたら頭の中で念じるだけでもいけるが、難易度が高いそうなので、実際に発した声を魔法陣に認識させて召喚対象に飛ばす方がいいのだそうだ。

「凶悪に寝相の悪い人の寝相問題を解決する方法を知る精霊さん」

 この文言を三回繰り返す。

「どうか、悩める人間に手をさしのべてくださるのであれば、召喚に応じてください」

 これも三回。

 唱え終わったら三分待ち、その間に反応がなかったら失敗となる。

 その場合は誰も呼ばれないまま魔法陣が消えていくのだそうだ。

 が、魔法陣は聞いていた話と違う経過を見せた。

「……ふわふわ様。三分経ったのに消えない場合は?」

『その場合は、召喚対象になった精霊さんからの返事待ちだね。拒否だったらそこで終わり、承諾だったらやってくるよ』

「それじゃあ、隊長さんの寝相問題の解決策知る精霊さんは存在す――」

「にゃああ? にゃっ。ふしゃーっ!」

 唐突に、天井の向こうから、猫の騒ぎ声が響いた。

 この小屋の構造、床と平行に天井があって、天井と切妻屋根の間に空間がある。
 いわゆる屋根裏があるわけだが、誰も入れない構造になっていたはずだ。

 なのにどうして猫の声がするんだろう、と思っていたら、ドタンバタンと激しい音がし始めた。
 威嚇と悲鳴の入り交じった声も聞こえてきた。

 そして、ぱらぱらと、天井の板と板の隙間からホコリが降ってきて、魔法陣に触れた。

『あ……。これまずいかも』

「え、なにがどう――っ?」

 ホコリが一瞬で燃え、魔法陣が黄色く強烈に光ったと思ったら、轟音が響きわたった。

 魔法陣からあふれるように黒煙が充満し始めた。

 猫たちが逃げていくような音がする中で、息を止めて防御魔術の一部設定変更して手探りで窓を開けて、煙を追い出す。

 やっと一息ついたところで振り返ると、魔法陣は床に焼き付いて黒く焦げていて、その上に複数の人影があった。

「え……?」

『ホコリ一つでも魔法陣って暴走するから、規模が大きくなるほど危ないんだよね』

 ふわふわ様が、いまさらすぎることをのんびりとつぶやいていた。

 とりあえず、イラッとしたので握っておいた。
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