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第四章
21 闇の守護竜
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次の守護竜戦の日がやってきた。
勇者はいつもの勇者装備だが、シシャルは大きな袋を背負っている。
「荷物、多いね?」
「あぁ、うん。守護竜様への供物だよ」
さすがに冷凍庫魔導具は持ってきていないが、かさばってはいる。
空間圧縮できる保管庫や袋は今日も持っているが、魔物を詰め込むのに使いたい。
「くもつ? え、そんなの必要だったん? 実力認めさせればいいとばかり」
「必須じゃないらしいけど。初対面の印象良くするにはあった方がいいらしいよ」
「うがぁっ? なんで教えてくれなかったんっ? 手遅れじゃん」
勇者、頭を抱えた。
ここは街道で早朝で、森へ向かう冒険者がそれなりにいるため、奇異の視線を向けられている。
「勇者なら知っているものかとばかり。神殿命令なんだから基本的な決まりや作法なんかも教わってから行ってるのかと」
「ねえよそんな親切仕様。鱗取ってこいって命令一つだけだよ。たぶん連中誰も闇の守護竜の実物知らねえよ」
そんなんで大丈夫なんだろうか、神殿。
防具はともかく聖剣は複製不可能で一点ものなのではなかっただろうか。
持ち逃げされたらどうするんだろう。
「とにかく、いっくぞっ。今日こそ鱗をっ」
シシャルが行ってももらえるわけじゃない、という事実には目を伏せるようだった。
変なノリでとうとう来てしまった、守護竜の住処。
片道にかかる時間は、徒歩で半日、走れば数時間。
魔物との戦闘時間にも左右されるが、シシャルが露払いやっているのでほぼ速度をゆるめず進めた。
「こ、この先だ。深呼吸、深呼吸。俺は勇者、俺は勇者、俺は勇者」
まるで自己暗示のようなことをつぶやいてから、勇者は門のような石柱の向こうに足を進めた。
シシャルも気を引き締めてついていく。
暗黒の森の中なので、当然のように木々は黒っぽく暗い色をしている。
しかし、竜の巨体が悠々と歩けるようにくつろげるようにか木々の間隔はだいぶ広いため、日の光がしっかり射し込んでいて視界は明るく開放的だ。
「あ、勇者が誰か連れてきた」
「勇者だ、勇者がまた性懲りもなく挑みに来たよおとーさーん」
真っ黒な竜が二頭、勇者を完璧に見下した反応を見せて駆け回っている。
一応父親を呼びに行くような素振りを見せたが、すぐに戻ってきてじゃれ合い始めた。
竜が遊んでいる黒い丸い玉、おもちゃか何かだろうか。
そして、この地の竜は本の挿絵でなじみある形に近い。
本の挿絵のずんぐりむっくり竜よりは細身だが、顔はトカゲっぽく、額の左右に角があり、コウモリっぽい翼が生えている。
二足歩行も四足歩行もできるようだ。
装甲トカゲが二足歩行になって角と翼を生やした感じ、とも言えるか。
「もしかして、こてんぱんに伸されてるの?」
「伸されてるの……。神殿のお偉いさんにとって都合がいい中で最強ってだけのただの人間が守護竜にかなうわけねぇじゃん」
「勇者本人はともかく勇者装備ってすごい力持ってるんじゃないの?」
「あぁ、勇者装備は攻撃力と防御力上げるだけでね? 人外じみた反応も挙動もできないんだよ? 守護竜の系譜って、子供でも俺より強いしね?」
勇者が、これまでになく落ち込んで卑屈になっている。
シシャルも闇属性だからとわりと自暴自棄になったりどうせ何やっても闇属性だしと卑屈になったりしてきたが、ここまで湿っぽくなっていたのだろうか。
そんなことを考えながら、勇者の背と同じくらいな体長なのに明らかに子供と分かる竜たちが遊ぶ姿を眺める。
と、木々に隠れて見えづらくなっていた洞窟から、巨大な黒い竜がのそりと現れた。
「ここで一つ恐ろしい話を。あの竜でかいだろ? けど竜としては中型らしいぜ」
勇者の三倍以上の背丈がありそうなのに、もっとでかい竜がいるということか。
「すごーい……。よく生きて帰ってこられたね」
「手加減されてたからな」
言いながら、なぜかシシャルの後ろに隠れる勇者。
背中に光のびりびり感がくるのは非常に嫌だが、竜の視線がこちらを向いたので勇者にかまっている余裕がなくなった。
「お初にお目にかかります、暗黒の森の偉大なる守護竜様。私はシシャルと申します」
名乗ってから、すぐに取り出せるようにしていた袋を手に取る。
中は拳大の石がいくつか。
複数の魔術を併用しないと持ち上げるのも困難な代物だ。
「こちら、お供えものとして、角磨きにも鱗の汚れ落としにも使える万能砥石を持ってきました。どうぞ、お納めください」
芝生のように背丈の低い草の生えた地面に袋を置き、数歩下がって頭を垂れる。
当然、勇者を押し退けつつ下がっている。
背中は痛いが仕方ない。
「……ほう。勇者より我らに詳しい娘か。ありがたく受け取ろう」
のしのしと近づいてくる巨体は非常に圧迫感があって怖い。
人間相手にはほぼ怯えることのなくなっていたシシャル、久々に恐怖や背筋の凍る感覚を思い出した。
「おぉ、ありがたい。最近在庫が減ってきてケチっておったのだ。おぬし、シシャルと言ったな。これを供物にと選定したのは何者だ?」
「あなた様とお会いしたことのある冒険者です。共に仕事をしていた頃、守護竜様の話をうかがいました。ディールクという名です」
「そうかそうか、奴の知人か。ならば気の利いた供物なのも納得だ」
うれしげに笑った、かと思うと、すうっと寂しげな気配に変わる。
竜なんて見るのが初めてなのに、分かってしまうほどにはっきりとした変化だった。
きっと、闇の守護竜と呼ばれるこの竜にとってもディールクおじさんは大事な存在で、行方不明になったことも知っているのだろう。
「おぬしとはじっくり話をしたいところだが。その前に。その服、どこで手に入れた」
下手な返答したら喰い殺すと言わんばかりの殺気が一瞬で発生した。
知人の知人だろうと敵なら容赦しない、と言わんばかりだった。
「こちらは、私の相棒の闇の精霊が、森のお蚕様の繭から紡いだ糸を織り、服に仕立てたものです。守護竜様がお望みであれば、連れてまいります」
「……嘘はないか。すまぬ、よけいな警戒をした。いや、この森も色々あってな」
「あのねー、昔ねー、おとーさんの服作ってくれた人がねー、殺されちゃったの」
「布もぜんぶ略奪? されちゃったから、すごい服着てる人は警戒するんだよ」
玉遊びに飽きたのか、話題のせいなのか、竜の子たちが寄ってきてざっくりしすぎた説明をした。
この子たちは警戒心皆無、むしろ好奇心しか感じさせない。
「お前たち。向こうで遊んでいなさい。……すまんな、人間には巨大に見えるだろうが、あの子らはまだ小さな子供なのだ」
小さな子供というのが人間の何歳児相当なのか気になるが、ここで聞くと話がズレる。
「さて……。本題に移るとするか」
ずいっと竜の首が伸ばされ、勇者を見据えた。
「後ろに隠れておる勇者。戦う気がないならちょっと子供らと遊んでいてくれるかね」
「すみません戦います! おもちゃにはしないでっ」
どうやら、力試しの戦闘より子供たちと遊ぶ方が大変なようだ。
力加減が分かってなくて本気で危険とかそんな感じだろうか。
「ではシシャル。おぬしが代わりに子供らの相手をしてやっとくれ。話し相手だけでいいから。競争も相撲もしなくていいから。危なくなったら木の上に避難するように」
「は、はい。かしこまりました」
この辺の木は、竜の子の突進くらいなら耐えられるのだろうか。
数本、人間の腰の高さくらいのところでへし折られた木があるのだが。
勇者と守護竜の戦いは、戦いと呼ぶのもはばかられるほど圧倒的な力の差だった。
一定時間内に一発でも角に攻撃を当てられたら認める、守護竜は一歩も動かない、守護竜は攻撃を受けた回数分だけ反撃をするがそれ以外の攻撃はしない、という条件なのに、勇者は挑めば挑むほどぼろぼろになっていく。
「最初はね、ちゃんと模擬戦やろうとしてたんだよ」
「でも勇者が弱っちいから、ああいう風にしたの」
シシャルが知る人間の中で二番目に強い勇者が、弱っちい扱い。
竜は小型でも人間を圧倒するというから、中型の竜となれば人間の相手なんて羽虫を相手にするようなものだろうか。
いや、羽虫は意外と倒すの大変だから、もっと別の何かと同じ扱いか。
「あの条件で守護竜様に勝利判定になった人っているの?」
「僕らが産まれてからはいないよ。勇者が初めて見た人間」
「しゃるたんがね、二人目の人間――にんげん?」
小首を傾げる仕草は愛らしいが、それはそれとしてカチンときた。
「人間だよ。時々人外判定されるけど、人間だからね」
竜の子供たちにまで人外判定されたらたまらない。
「そっかぁ。しゃるたん、すごい魔力なのに。勝てそうなのに」
「あー、私の取り柄は魔力の量と回復速度だからね。魔力量多いからそれなりにごり押しできるけど、さすがに守護竜様にはかなわないよ。私より勇者のが強いんだからね」
シシャルは回避特化の戦法だが、防御魔術を駆使すればそれなりに攻撃を受け止められる。
だから、回避が無意味なほどしっかりとなぎ払うような攻撃でも、ある程度は耐えられる。
が、さすがに守護竜ほどの質量の暴力には太刀打ちできない。
戦いの場となっている広場からそこそこ離れているのに、時々風圧が届くのだ。
シシャルは人間相手だと時々自信過剰になっているが、決して戦力把握が不得手なわけではない。
勇者には時々「敵に回したくない」発言されているが、本気でやり合えば勝つのは勇者だと理解している。
昼間なら圧倒的に勇者有利、夜でも勇者が視界確保さえうまくやれれば有利不利は覆らない。
「あの弱っちい人がしゃるたんより強いとは思えないなぁ」
「いや、それは守護竜様が強すぎるだけだから。私だって守護竜様と戦ったらぼろぼろにされるから」
あの攻撃を受け止めるには相当な魔力が必要だし、一定時間内に角を攻撃するのが勝利条件だから、防戦一方になるわけにもいかない。
しかし、シシャルは飛び道具を使えないから、防御を固めつつ攻撃というのはかなり難しい。
「あ。もしかして、魔族なら勝てる人いる?」
「ん? 魔族は戦わなくっても鱗もらえるよ? だから分かんない」
人間に辛辣なのか、守護竜。
(そういえば、移民船団が肥沃な平野を獲得するための戦争では平野の守護竜とも戦ったってあったような。もはや神話のような伝説のような扱いだけど)
その守護竜と闇の守護竜の関連性は知れないが、なにかしら知っている可能性はある。
「しゃるたん。また遊びに来てね」
「シャルルー、次は追いかけっこしようね?」
そんなに覚えづらく呼びづらい名前とは思っていなかったのだが、子供たちにちゃんと名前を覚えてもらう前に帰る時間になった。
「我が子らになつかれたな。怪我もないようでなにより」
「ここ数年ヒビ一つ入ったことなかった防御壁の魔術が砕けたんだけどね……」
竜、恐るべし。
しかも今回はしっぽふりふりと見せかけての凶悪な打撃だった。
殺意も敵意もなかったせいで対処がぎりぎりとなり、久々に肝を冷やした。
子供相手でぎりぎりなのだ、守護竜に勝てる図なんてまったく想像できない。
「守護竜様ぁ。うろこぉ。うろこぉ……」
勇者はぼろ雑巾になっている。
いつもは魔物に襲われても対処できる程度にしか痛めつけられていなかったが、今回はシシャルがいるので骨折れない程度に痛めつけられたらしい。
「シシャルよ。友は、選んだ方がよいのではないかな」
「ただの利害関係の一致です。勇者の光属性ぴりぴりくるし……」
私服なら無視できる程度になっているが、やはり勇者装備は無理。
勇者個人は嫌いじゃないが、隊長の邪霊恐怖がなかったら関わっていたか疑問だ。
「この人、年末までに鱗を得られそうですか?」
「無理だな。まぁ、悪い人間ではないし、今後も通い続けてもらえればカビの生えた鱗の破片程度なら渡してやってもよいぞ。シシャルもまたおいで。もてなそう」
「たいぐうのさぁー」
「我らの喜ぶ供物の一つでも持ってこられれば改善を検討せんでもない」
「で、では、次に来るときは勇者に資金を出させて何か持ってきますね」
光避け布を羽織ってから勇者を背負い、シシャルは守護竜の住処を後にした。
荷物を抱えていても前線で戦えるほどの技能はないので、魔物を避けながら森を抜け、町に帰還した。
今日の稼ぎは少なそうだと覚悟していたが、まさか行きの稼ぎだけとは。
「なんで、守護竜の心をつかむ供物選びを、知っていたのだ……?」
森を抜けて安全となった帰り道、背負われた勇者がうなっている。
「ディールクおじさんに教わったこと思い出して買っといただけだよ。在庫が豊富だった場合に備えて、他にもいくつか用意してたんだけどね」
「参考までに、他には何を?」
「まず、鱗のつや出しになる脂。豚の脂が原料なんだけど、何度も精製? って作業をして臭みを極限まで減らしたやつ。肌に直接塗ってもいい品質のもの」
「貴族が革製品に使ってるやつかな。貴族のご婦人がたの美容に使われてるアレから香料減らしたものって表現でもいけるアレかな……」
「たぶん。町の中で買えるはずなのに売ってなくて焦ったよ。お金持ち向けの店にあったから、姫様に頼んで代わりに買ってきてもらうしかなかった」
「姫さんも結構使うから怪しまれねえ、か? 時々脂てかてかしてるんだよなぁ、うちの姫さん。あ、ごめん続けて」
「次は、虫除けの芳香剤。一ヶ月は持つものを六個。……これは知り合いの商人に頼んで取り寄せてもらうしかなかったよ。ものすごく高かった」
「高かったかぁ。なんだろう、あの竜、高いものが好きなん?」
「品質がいいものはだいたい高くなるし最辺境の田舎では出回らないから仕方ないんじゃない? 輸送費用もバカにできないし」
「……そうね。ところで渡してた砥石はおいくらほど」
「隊長さんが常連になってる鍛冶屋でもらった。使い込んで壊れて普通には使えなくなったものだから、処分費用が浮くって」
「タダかよっ?」
「あれで満足してもらえてよかったよ。お高いものは特別な時に渡す方が効果あるから」
「……後で一番高い供物向きのもの教えてくだせぇ」
「高ければ満足するとは限らないけど、分かった」
一番高いものは勇者にとっても高すぎて手も足も出ないことを、まだ二人は知らない。
勇者はいつもの勇者装備だが、シシャルは大きな袋を背負っている。
「荷物、多いね?」
「あぁ、うん。守護竜様への供物だよ」
さすがに冷凍庫魔導具は持ってきていないが、かさばってはいる。
空間圧縮できる保管庫や袋は今日も持っているが、魔物を詰め込むのに使いたい。
「くもつ? え、そんなの必要だったん? 実力認めさせればいいとばかり」
「必須じゃないらしいけど。初対面の印象良くするにはあった方がいいらしいよ」
「うがぁっ? なんで教えてくれなかったんっ? 手遅れじゃん」
勇者、頭を抱えた。
ここは街道で早朝で、森へ向かう冒険者がそれなりにいるため、奇異の視線を向けられている。
「勇者なら知っているものかとばかり。神殿命令なんだから基本的な決まりや作法なんかも教わってから行ってるのかと」
「ねえよそんな親切仕様。鱗取ってこいって命令一つだけだよ。たぶん連中誰も闇の守護竜の実物知らねえよ」
そんなんで大丈夫なんだろうか、神殿。
防具はともかく聖剣は複製不可能で一点ものなのではなかっただろうか。
持ち逃げされたらどうするんだろう。
「とにかく、いっくぞっ。今日こそ鱗をっ」
シシャルが行ってももらえるわけじゃない、という事実には目を伏せるようだった。
変なノリでとうとう来てしまった、守護竜の住処。
片道にかかる時間は、徒歩で半日、走れば数時間。
魔物との戦闘時間にも左右されるが、シシャルが露払いやっているのでほぼ速度をゆるめず進めた。
「こ、この先だ。深呼吸、深呼吸。俺は勇者、俺は勇者、俺は勇者」
まるで自己暗示のようなことをつぶやいてから、勇者は門のような石柱の向こうに足を進めた。
シシャルも気を引き締めてついていく。
暗黒の森の中なので、当然のように木々は黒っぽく暗い色をしている。
しかし、竜の巨体が悠々と歩けるようにくつろげるようにか木々の間隔はだいぶ広いため、日の光がしっかり射し込んでいて視界は明るく開放的だ。
「あ、勇者が誰か連れてきた」
「勇者だ、勇者がまた性懲りもなく挑みに来たよおとーさーん」
真っ黒な竜が二頭、勇者を完璧に見下した反応を見せて駆け回っている。
一応父親を呼びに行くような素振りを見せたが、すぐに戻ってきてじゃれ合い始めた。
竜が遊んでいる黒い丸い玉、おもちゃか何かだろうか。
そして、この地の竜は本の挿絵でなじみある形に近い。
本の挿絵のずんぐりむっくり竜よりは細身だが、顔はトカゲっぽく、額の左右に角があり、コウモリっぽい翼が生えている。
二足歩行も四足歩行もできるようだ。
装甲トカゲが二足歩行になって角と翼を生やした感じ、とも言えるか。
「もしかして、こてんぱんに伸されてるの?」
「伸されてるの……。神殿のお偉いさんにとって都合がいい中で最強ってだけのただの人間が守護竜にかなうわけねぇじゃん」
「勇者本人はともかく勇者装備ってすごい力持ってるんじゃないの?」
「あぁ、勇者装備は攻撃力と防御力上げるだけでね? 人外じみた反応も挙動もできないんだよ? 守護竜の系譜って、子供でも俺より強いしね?」
勇者が、これまでになく落ち込んで卑屈になっている。
シシャルも闇属性だからとわりと自暴自棄になったりどうせ何やっても闇属性だしと卑屈になったりしてきたが、ここまで湿っぽくなっていたのだろうか。
そんなことを考えながら、勇者の背と同じくらいな体長なのに明らかに子供と分かる竜たちが遊ぶ姿を眺める。
と、木々に隠れて見えづらくなっていた洞窟から、巨大な黒い竜がのそりと現れた。
「ここで一つ恐ろしい話を。あの竜でかいだろ? けど竜としては中型らしいぜ」
勇者の三倍以上の背丈がありそうなのに、もっとでかい竜がいるということか。
「すごーい……。よく生きて帰ってこられたね」
「手加減されてたからな」
言いながら、なぜかシシャルの後ろに隠れる勇者。
背中に光のびりびり感がくるのは非常に嫌だが、竜の視線がこちらを向いたので勇者にかまっている余裕がなくなった。
「お初にお目にかかります、暗黒の森の偉大なる守護竜様。私はシシャルと申します」
名乗ってから、すぐに取り出せるようにしていた袋を手に取る。
中は拳大の石がいくつか。
複数の魔術を併用しないと持ち上げるのも困難な代物だ。
「こちら、お供えものとして、角磨きにも鱗の汚れ落としにも使える万能砥石を持ってきました。どうぞ、お納めください」
芝生のように背丈の低い草の生えた地面に袋を置き、数歩下がって頭を垂れる。
当然、勇者を押し退けつつ下がっている。
背中は痛いが仕方ない。
「……ほう。勇者より我らに詳しい娘か。ありがたく受け取ろう」
のしのしと近づいてくる巨体は非常に圧迫感があって怖い。
人間相手にはほぼ怯えることのなくなっていたシシャル、久々に恐怖や背筋の凍る感覚を思い出した。
「おぉ、ありがたい。最近在庫が減ってきてケチっておったのだ。おぬし、シシャルと言ったな。これを供物にと選定したのは何者だ?」
「あなた様とお会いしたことのある冒険者です。共に仕事をしていた頃、守護竜様の話をうかがいました。ディールクという名です」
「そうかそうか、奴の知人か。ならば気の利いた供物なのも納得だ」
うれしげに笑った、かと思うと、すうっと寂しげな気配に変わる。
竜なんて見るのが初めてなのに、分かってしまうほどにはっきりとした変化だった。
きっと、闇の守護竜と呼ばれるこの竜にとってもディールクおじさんは大事な存在で、行方不明になったことも知っているのだろう。
「おぬしとはじっくり話をしたいところだが。その前に。その服、どこで手に入れた」
下手な返答したら喰い殺すと言わんばかりの殺気が一瞬で発生した。
知人の知人だろうと敵なら容赦しない、と言わんばかりだった。
「こちらは、私の相棒の闇の精霊が、森のお蚕様の繭から紡いだ糸を織り、服に仕立てたものです。守護竜様がお望みであれば、連れてまいります」
「……嘘はないか。すまぬ、よけいな警戒をした。いや、この森も色々あってな」
「あのねー、昔ねー、おとーさんの服作ってくれた人がねー、殺されちゃったの」
「布もぜんぶ略奪? されちゃったから、すごい服着てる人は警戒するんだよ」
玉遊びに飽きたのか、話題のせいなのか、竜の子たちが寄ってきてざっくりしすぎた説明をした。
この子たちは警戒心皆無、むしろ好奇心しか感じさせない。
「お前たち。向こうで遊んでいなさい。……すまんな、人間には巨大に見えるだろうが、あの子らはまだ小さな子供なのだ」
小さな子供というのが人間の何歳児相当なのか気になるが、ここで聞くと話がズレる。
「さて……。本題に移るとするか」
ずいっと竜の首が伸ばされ、勇者を見据えた。
「後ろに隠れておる勇者。戦う気がないならちょっと子供らと遊んでいてくれるかね」
「すみません戦います! おもちゃにはしないでっ」
どうやら、力試しの戦闘より子供たちと遊ぶ方が大変なようだ。
力加減が分かってなくて本気で危険とかそんな感じだろうか。
「ではシシャル。おぬしが代わりに子供らの相手をしてやっとくれ。話し相手だけでいいから。競争も相撲もしなくていいから。危なくなったら木の上に避難するように」
「は、はい。かしこまりました」
この辺の木は、竜の子の突進くらいなら耐えられるのだろうか。
数本、人間の腰の高さくらいのところでへし折られた木があるのだが。
勇者と守護竜の戦いは、戦いと呼ぶのもはばかられるほど圧倒的な力の差だった。
一定時間内に一発でも角に攻撃を当てられたら認める、守護竜は一歩も動かない、守護竜は攻撃を受けた回数分だけ反撃をするがそれ以外の攻撃はしない、という条件なのに、勇者は挑めば挑むほどぼろぼろになっていく。
「最初はね、ちゃんと模擬戦やろうとしてたんだよ」
「でも勇者が弱っちいから、ああいう風にしたの」
シシャルが知る人間の中で二番目に強い勇者が、弱っちい扱い。
竜は小型でも人間を圧倒するというから、中型の竜となれば人間の相手なんて羽虫を相手にするようなものだろうか。
いや、羽虫は意外と倒すの大変だから、もっと別の何かと同じ扱いか。
「あの条件で守護竜様に勝利判定になった人っているの?」
「僕らが産まれてからはいないよ。勇者が初めて見た人間」
「しゃるたんがね、二人目の人間――にんげん?」
小首を傾げる仕草は愛らしいが、それはそれとしてカチンときた。
「人間だよ。時々人外判定されるけど、人間だからね」
竜の子供たちにまで人外判定されたらたまらない。
「そっかぁ。しゃるたん、すごい魔力なのに。勝てそうなのに」
「あー、私の取り柄は魔力の量と回復速度だからね。魔力量多いからそれなりにごり押しできるけど、さすがに守護竜様にはかなわないよ。私より勇者のが強いんだからね」
シシャルは回避特化の戦法だが、防御魔術を駆使すればそれなりに攻撃を受け止められる。
だから、回避が無意味なほどしっかりとなぎ払うような攻撃でも、ある程度は耐えられる。
が、さすがに守護竜ほどの質量の暴力には太刀打ちできない。
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シシャルは人間相手だと時々自信過剰になっているが、決して戦力把握が不得手なわけではない。
勇者には時々「敵に回したくない」発言されているが、本気でやり合えば勝つのは勇者だと理解している。
昼間なら圧倒的に勇者有利、夜でも勇者が視界確保さえうまくやれれば有利不利は覆らない。
「あの弱っちい人がしゃるたんより強いとは思えないなぁ」
「いや、それは守護竜様が強すぎるだけだから。私だって守護竜様と戦ったらぼろぼろにされるから」
あの攻撃を受け止めるには相当な魔力が必要だし、一定時間内に角を攻撃するのが勝利条件だから、防戦一方になるわけにもいかない。
しかし、シシャルは飛び道具を使えないから、防御を固めつつ攻撃というのはかなり難しい。
「あ。もしかして、魔族なら勝てる人いる?」
「ん? 魔族は戦わなくっても鱗もらえるよ? だから分かんない」
人間に辛辣なのか、守護竜。
(そういえば、移民船団が肥沃な平野を獲得するための戦争では平野の守護竜とも戦ったってあったような。もはや神話のような伝説のような扱いだけど)
その守護竜と闇の守護竜の関連性は知れないが、なにかしら知っている可能性はある。
「しゃるたん。また遊びに来てね」
「シャルルー、次は追いかけっこしようね?」
そんなに覚えづらく呼びづらい名前とは思っていなかったのだが、子供たちにちゃんと名前を覚えてもらう前に帰る時間になった。
「我が子らになつかれたな。怪我もないようでなにより」
「ここ数年ヒビ一つ入ったことなかった防御壁の魔術が砕けたんだけどね……」
竜、恐るべし。
しかも今回はしっぽふりふりと見せかけての凶悪な打撃だった。
殺意も敵意もなかったせいで対処がぎりぎりとなり、久々に肝を冷やした。
子供相手でぎりぎりなのだ、守護竜に勝てる図なんてまったく想像できない。
「守護竜様ぁ。うろこぉ。うろこぉ……」
勇者はぼろ雑巾になっている。
いつもは魔物に襲われても対処できる程度にしか痛めつけられていなかったが、今回はシシャルがいるので骨折れない程度に痛めつけられたらしい。
「シシャルよ。友は、選んだ方がよいのではないかな」
「ただの利害関係の一致です。勇者の光属性ぴりぴりくるし……」
私服なら無視できる程度になっているが、やはり勇者装備は無理。
勇者個人は嫌いじゃないが、隊長の邪霊恐怖がなかったら関わっていたか疑問だ。
「この人、年末までに鱗を得られそうですか?」
「無理だな。まぁ、悪い人間ではないし、今後も通い続けてもらえればカビの生えた鱗の破片程度なら渡してやってもよいぞ。シシャルもまたおいで。もてなそう」
「たいぐうのさぁー」
「我らの喜ぶ供物の一つでも持ってこられれば改善を検討せんでもない」
「で、では、次に来るときは勇者に資金を出させて何か持ってきますね」
光避け布を羽織ってから勇者を背負い、シシャルは守護竜の住処を後にした。
荷物を抱えていても前線で戦えるほどの技能はないので、魔物を避けながら森を抜け、町に帰還した。
今日の稼ぎは少なそうだと覚悟していたが、まさか行きの稼ぎだけとは。
「なんで、守護竜の心をつかむ供物選びを、知っていたのだ……?」
森を抜けて安全となった帰り道、背負われた勇者がうなっている。
「ディールクおじさんに教わったこと思い出して買っといただけだよ。在庫が豊富だった場合に備えて、他にもいくつか用意してたんだけどね」
「参考までに、他には何を?」
「まず、鱗のつや出しになる脂。豚の脂が原料なんだけど、何度も精製? って作業をして臭みを極限まで減らしたやつ。肌に直接塗ってもいい品質のもの」
「貴族が革製品に使ってるやつかな。貴族のご婦人がたの美容に使われてるアレから香料減らしたものって表現でもいけるアレかな……」
「たぶん。町の中で買えるはずなのに売ってなくて焦ったよ。お金持ち向けの店にあったから、姫様に頼んで代わりに買ってきてもらうしかなかった」
「姫さんも結構使うから怪しまれねえ、か? 時々脂てかてかしてるんだよなぁ、うちの姫さん。あ、ごめん続けて」
「次は、虫除けの芳香剤。一ヶ月は持つものを六個。……これは知り合いの商人に頼んで取り寄せてもらうしかなかったよ。ものすごく高かった」
「高かったかぁ。なんだろう、あの竜、高いものが好きなん?」
「品質がいいものはだいたい高くなるし最辺境の田舎では出回らないから仕方ないんじゃない? 輸送費用もバカにできないし」
「……そうね。ところで渡してた砥石はおいくらほど」
「隊長さんが常連になってる鍛冶屋でもらった。使い込んで壊れて普通には使えなくなったものだから、処分費用が浮くって」
「タダかよっ?」
「あれで満足してもらえてよかったよ。お高いものは特別な時に渡す方が効果あるから」
「……後で一番高い供物向きのもの教えてくだせぇ」
「高ければ満足するとは限らないけど、分かった」
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しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
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