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第一章 蓼科で生活環境をつくる魔女
第30話 解放されし自宅温泉
しおりを挟むそして翌朝。
エスティは、とりあえず朝風呂に入った。
温泉があれば、とりあえず浸かる。
そしてお酒を飲みたくなる。
今飲んだら多分寝るので、夜になってしまう。夜になったら再び風呂に入ってお酒を飲まなきゃいけないから、永遠にループする。新しいタイプの魔物の出来上がりだ。
だが――。
「……考えたが、結構まずい状況なのではないか?」
ロゼにそう言われて、エスティは思い留まった。
広場の温泉はこうこうと湧き出ている。そして、庵の支柱は温泉に浸かりきっていた。
日向からは「硫黄って体の不純物が溶けたりするんだよ」と聞いていた。この庵のある広場は窪地になっているため、このままだと腐食する。
そして更に大きな問題が発覚した。排水用に作った地下ピットの空間に、温泉の湯が延々と流れ込んでいる。地下に繋がる梯子は、既に半分以上が温泉に浸かっていた。このままでは排水を汲み取りに行けない。
「困りました」
打開策を求め、庵の魔石に触れた。
「改築したら水が引かないでしょうか?」
エスティの問いかけに返事は無い。
ロゼは今、笠島家で相談しているはずだ。
取り急ぎ、庵に必要な追加機能は『防水』と『防腐』の効果だろう。
「えぇと、浸透型の防腐防水剤、油性の木部保護塗料……。これは商品名でしょうかね?」
必要なのはこの2つ。
蓼科の素材のようだ。
所持していない。
エスティはバックスから送られてきた木箱を開き、使えそうな素材がないか探し漁る。臨時で【貯水用弁当箱】を複数作ってみようかとも考えたが、この魔道具は不完全さが怖い。
「もういっその事、兄弟子の背中に繋ぎっぱなしにして、背中温泉人間に仕立て上げて……お、これは?」
かなり大きな魔石があった。
何かしら使えそうだが、今は難しい。
諦めたエスティは工房へと向かう。
棚を見上げた。
ネクロマリアで購入した素材が並ぶ。
そして机にはノートパソコン。本棚にも基礎教本と応用教本全てが揃っている。
物資は充実しているが、どうするか。
工房の窓から外を眺めた。
あの湧き出ている場所に蓋ができれば、問題は解決するはずだ。
「……現場を見に行きますか」
エスティは短いパンツに履き替え、玄関を出た。そして浅く大きな広場の湯船に足を踏み出す。歩くたびに温泉の波紋が広がる。
「ああぁ、無駄に気持ちいいです……」
絶妙な温度だ。
仰向けで浮かび、何ならお酒を飲みたい。
そんな欲望と戦いながらも、エスティは吹き出し口らしき場所を見つけた。
広場の西端で、露天風呂用に仮で作ったウッドデッキから南西に進んだ位置だ。ほぼ森の入り口に近い。
「これは……結構な量ですね」
広場に向かって流れ出ている分と、南側に流れ出ている部分とで分岐していた。どちらかといえば、南側に流れている方が多かったのだ。
手で押さえようにも、結構熱い。
「どうしたものか……」
「――おーい、エスティちゃん!」
どうやって蓋をしようか考えていた時、庵の方から成典の声がした。ロゼと作業着を着た見覚えの無いお爺さんもいる。
「成典さん、こっちですー!」
ロゼはその場で待機し、あとの二人はバシャバシャとエスティの方にやって来る。そして状況を確認した作業着のお爺さんが、急に慌てだした。
「こりゃ、やばいべや」
そう言って機材で細工を始めた。
その場をお爺さんに任せて、エスティと成典はロゼの元へと戻る。
「いやぁ、なんだこれ凄いね」
「成典さん、お仕事は大丈夫なんですか?」
「うん。今日は第1金曜日だからね、たまたま休みだったんだ。ロゼから聞いて驚いたよ」
成典はそう言って、南を指差した。
「幸いな事にあっちの川に向かって流れているようでね、被害は無いよ。あとこんな状況で言うのもなんだけど、温泉審議会から連絡があったんだ」
「お、何と言っていましたか?」
「それが、恥ずかしい話でさ。実は――」
なんと、成典の祖父が既に許可を得ていたと回答があったそうだ。将来この場所に温泉宿を作るために開拓していたところ、金銭的な理由で不可能となりそのまま放置されていた、というのが真相らしい。
そのため、自噴していた場所には既にバルブが取り付けてあった。だが今回それが何らかの理由で破損し、こうして温泉が流れ出たと。
「あちらの職人さんが若い頃に作ってくれたらしくてね、昔の図面を持っていたんだよ」
「助かります」
「だから、もういつでも温泉として使用して構わないよ」
いつでも温泉!!
もう温泉が使える。
自宅で、いつでも温泉が!
「――聞きましたか、ロゼ」
「鼻息が荒いぞ、エス」
「ありがとうございます成典さん!」
「はは、どういたしまして。むしろ、こちらからも管理を頼むよ。今みたいな事が再び起こりかねないから」
「もちろんです!」
「よし! それじゃ、まずは止めないとね」
それからは、皆で連携して作業を進めた。
破損したバルブを何とかするために、まずはエスティが温泉を【弁当箱】につめて移動した。そして、お爺さんと成典が二人で新品のバルブを付け替えた。
バルブは2ヶ所。一つはそのまま内湯へと接続し、湯量の多いもう一つは外湯として露天風呂予定地へと吐き出し口を伸ばす。
作業は丸一日かかった。
「何かあったら、また呼ぶべや」
「じゃ、僕もこれで」
「はい、ありがとうございました……べや」
これでようやく、温泉の準備が整った。
◆ ◆ ◆
その夜、日向が泊まりに来た。
明日は土曜日で学校が休み、それに明日はネットを繋げるための業者が来る。日向にも立ち会ってもらう予定だったため、急遽お泊り会となったのだ。
「本当に温泉だ、しかも白い!」
温泉を楽しみにしていた日向は、浴槽に勢いよく飛び込んではしゃいだ。
「あぁー気持ちいい。エスティちゃん、露天風呂はどんな感じで作るの?」
「大きい混浴を一つ、家族風呂を一つ作ります。成典さんと陽子さんが入りたがっていたので」
「おー、ありがとエスティちゃん!」
「あーあー、風呂場でバシャバシャするな」
ロゼに水がかかるのを気にせず、日向は喜んでエスティに抱き付いた。
その時だった。
「……ニャー…………」
「ん、何ですかロゼ。そんな可愛い声出して」
「しっ!! 我ではない、外だ!」
ロゼは慌てて窓に駆け上り、外を探す。
白いネコが森の中へと去っていく姿が見えた。
「ぐおおお、可愛い!」
「ロゼ……まだ発情してたんですか」
「これは本能なのだ」
そう言ってため息を吐き、ロゼは再び浴槽内に戻ってくる。
「ロゼ、可哀想に。実は、そんなあなたに更に残念なお知らせがあるんですよ」
「聞きたくは無いから、話さなくてもいい」
「地下ピットがまだ温泉だらけでして」
ロゼは日向を見た。
「……日向、助けてくれ」
「? 何の話?」
その後エスティは日向をも巻き添えにし、こっぴどく怒られた。
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