甘い夢を見ていたい

春子

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真名を言うことはね

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スゥッ。
目を瞑り、深呼吸。
を持ち、型を取る。 
刃は、黒刃で、洗練された研ぎ澄まされた剣である。この世で一つしかない真剣。
全身、闇に染まる黒のような剣で、振れば、血を浴びた刀身に、滑り落ちる真っ赤な血が滴れ、禍々しい。
これを使っていた以前の所有者は、この刀は、異様にスピードがつき、どのような硬いものでも、簡単に切り裂くと言った。刃こぼれ一つしない、しなやかな刀。
バシュッ。ザッ。ザッ。ザッ。
「声、掛ければ良いのに。」
手を止めた。チャキンと危なくないように鞘に収める。
あんぐりとしているナオにクスクス笑う。
「凄い。何てゆーか、こう…。」
「そ?ありがとう。」
「演舞みたいな…なんてゆうだっけ?あのほら。」
「あー。わかった。そう見えた?私も完璧に使いこなせなくて、見様見真似だからね。ちょっと型も違うし。お前は、ド下手ってよく言われた。」
「ウソ。」
「はは。不器用だから、直ぐに習得出来なくてね。今のは、ある宗派の一つの技でね。これもその人から譲り受けたの。握りやすいんだけど、ちょっとまだ扱いづらい。」
よく見てろと、何度も練習させられた。あんなに風に綺麗に素早く、技を繰り出すのに、何年かかるか。
「触ってみる?」
「え?!いいの?」 
「大丈夫。ナオは、
わあと真剣なんて初めて持ったとはしゃぐ彼に笑う。 
「ちょっと重たいね。刀ってみんなこんな感じなのかな。」 
「そうだね。ちょっと重いかな。」
ズシッと確かに重みがある。重厚感はある。
「これはさ、私の師匠が使ってた武器でね。組織から、提供された世界最強の武器。通称、黒の秘宝。柄も刀身も真っ黒でしょ。これにはある材料が使われてて、どんな衝撃も温度でも壊れたり、溶けたりしない、この世で最強の武器なんだ。名前は、《セイレーン》。」
「黒の秘宝?セイレーン?」
「物騒な武器。普通の剣なら、何度も斬りつければ、刃こぼれもするし、血でだめになるけど、これは違う。刃こぼれ一つしない、どんな衝撃も吸収して、壊れない。そして、都市伝説では、忌み嫌われた最悪な武器。」
暗殺部隊に支給された武器は、一人ずつ、異なった武器を提供されていた。
それを使い、様々な任務についていた。
「現存する黒の秘宝は、このセイレーンを含めて、6つ。ほかは、海に捨てた。溶けないし、持っていても、扱いづらいなら意味ないし。前の組織を抜ける際に、この刀以外は、拝借してきた。悪用されるよりは、利用した方が良いからね。有効活用しようと持ってる。」
「なんか、中二病みたいな名前だよね。」 
「…ぶっ。アハハハ。そうだね。私個人の武器もあってさ。それがまあ、なんてゆーの。目立つ武器でね。」
「何?」
「大鎌。長距離攻撃型の鎌で、2つの大きな刃がついていて、鎖が長く付いてるの。《ヴァルキリー》って言ってね。そこから死神ってあだ名が先行したの。」
ケタケタ笑う。愉快だ。
「死神っていうコードネームより、先に、つけられた名前がある。その名前が嫌いでね。組織からつけられた名前で、別にその生き物が嫌いなわけではないんだけどね。それはね。《クロウ》。至上最大に嫌いな名前。死神よりも嫌いだわ。」
遠くを見つめる。
「コードネームとかさ、通り名とか、この世界では本名を隠すために使われるなんて、当たり前なんだけど、でもね。仮に、その名前を口に出すような相手が出来たら、それは、多分、幸せだろうなと思う。」
「うん。」 
「エディの真名。聞いてみたら?教えてくれるよ。ナオになら。きっと。目を見開くだろうけど。もしかしたら、照れるかもね。ある意味で、裸になるよりも恥ずかしいかも。」
「そんなに!?」
「真名を知られると厄介だからね。トライワイトのメンバーは大体、通り名だから。私は下の名前を隠してないけど。それでもフルネームは避けてる。まあ、偽名が沢山あるんだけどね。」
「エディの真名。」 
「真名を一人でも知ってる人がいたら、それは、宝になる。名前の持つ意味は、案外、強いからね。」
「でも、どうやってそれ、聞けば?」
「あーそれはね。」
ナオにアドバイス。



いつものように就寝しようと、寝支度を整えている。
ナオは、とても緊張していた。
マリカに言われたあのアドバイスを実行するために。
そうか。思いもしなかったけど、エディは、本名が、エドワード・グリーンではないのか。
闇社会に身を置く人は、通り名やコードネームを持ち、本名を明かさない。身バレが命取りになるから。
そうだよな。何か、足を掬われるか、わからない世界だ。
「どうした?寝れないのか?」
まだモゾモゾしていたら、横にいる彼に聞かれた。
同じベッドでは寝てないが、隣同士にベッドがある。
シングルタイプだが、寝心地は悪くない。
「いや…あの。」
「なんだよ?」
「えーと。」
「?」
ライトをつけ、ぼんやりと、暗闇の中から、光が照らされる。
「あのさ…エディは、マリカみたいにコードネームみたいな通り名?みたいなの、あるの?」
「え?…あいつみたいにしっかりとしたコードネームはない。それがどうした?」
「あの、昼にね。マリカが自分のコードネームで一番嫌いだわって言ってた名前を教えてくれてさ。エディは知ってる?」
「お前に喋った?へー。知ってる。その名前を呼ぶと、絞め殺すぜ。前に不要に口を滑らせた奴がいて、首締めてたからな。直ぐに解放したけど。」
あいつもお前には甘いのなと呟く。
「あーわかった。お前、あいつから、余計なこと言われたろ?大方、俺には他に本名があるから、聞いてみろって。」 
「!?」
「やっぱな。あるぜ。本名。」
「ほんとっ?」
「ブハッ。そこまでの反応かよ?まあ、この世界では、明かすやつはあまりいない。」
クックッと笑う彼に、ちょっと気まずい。
「耳貸せよ。」
「え。」 
「俺の本当の名前はなー。」
起き上がった彼は近寄り、くすぐったい吐息が、耳に感じる。




「ちっ。エディの野郎。気づいたな。ブフッ。まあでも良いか。仲良き事は良きこと。」 
「お前、またしょーもないこと、やってんな。」 
「癒やしは大事だよ。」
ナオにつけた盗聴器で、聞いていた。
「てゆーか、その禍々しい刀、どうにかしろ。」
「お手入れ中なんだよ。他の武器は、別ルートで送り済みだし。チャーリーが受け取ってくれる算段。」
「つくづく、お前を敵に回したくないわ。」
「大丈夫だよ。ジェイは、そんなことしないから。」
今夜は三日月だ。
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