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第1章
帰宅
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夕暮れ時。
グラースの石畳の通りを抜け、ガアラは自宅の扉を開いた。
「……ただいま」
「おかえり!」
まず顔を出したのは、キッチンからひょっこりと姿を見せた家政婦フェリア。
エプロン姿で、手にはまだ湯気の立つ鍋を持っている。
「今ちょうど、スープが煮えたところです。お風呂も温めてありますから、先に入ってもいいですよ」
「……ありがと」
ガアラは軽く頷いて靴を脱ぎ、奥のリビングに入ると、ソファで待っていたふたりの姿があった。
「遅かったじゃん。何かあったの?」
ソファに足を投げ出して座っていたリィナが、眉をひそめてこちらを見た。
その隣で、本を閉じたカリアが目を上げる。
「団長に詰め所に連れていかれたって聞いたけど……無事で良かった」
「無事、っていうか……まあ、ちょっと話があってな」
ガアラは疲れたように腰を下ろすと、ゆっくりと深く息を吐いた。
「顔、ちょっと疲れてるよ。っていうか、目が赤い? 泣いた?」
リィナがじっと顔を覗き込んできた。
「泣いてねえよ。風が入っただけだ」
「ふうん? まあいいけど。何かあったんでしょ。言いたくなったら言いなよ」
そう言いながら、リィナはさりげなく自分の座っていたスペースを空けてくれた。
「……ありがとな」
「何もしてないけど?」
それでもその声は、優しかった。
カリアがカップにお茶を注ぎながら聞く。
「とりあえず、もう問題は片付いたってことでいいのよね?」
「……ああ。今は、な」
「じゃあ、今夜はちゃんと食べて、ゆっくり休みなよ」
「お風呂もありますよ~」
奥からフェリアの声が響く。
穏やかな、ただの帰る場所。
その静けさが、妙に心に染みた。
ガアラは目を閉じたまま、ソファの背にもたれた。
(アイリスは、今も生きている。誰にも知られず、平穏に)
(団長は、それを見て……きっと、少し報われた)
(じゃあ、俺は……)
「……さて。明日から、また鍛え直しかな」
「お、前向きでよろしい!」
リィナがにやりと笑う。
「今夜はフェリアのご飯、豪華らしいしね。スタミナつけておきなよ」
「うん、ニンジンが特売だったから、煮込みたっぷりにしておきました!」
「……スタミナ、つくかなあ……」
みんなが自然に笑った。
騒がしさも、落ち着きもある、居場所の空気。
ガアラは思った。
(悪くない。今の俺には、これがある)
静かに、あたたかく、日常は戻ってきていた――。
---
夜。
夕食も風呂も済ませ、ガアラは自室のベッドに横になりながら、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。
リィナとカリアはそれぞれ部屋に戻り、家政婦フェリアの片付ける音だけが静かに響いている。
そのとき――
【ピッ】
短く振動音が鳴った。
スマホ画面に、いつもの通知が浮かび上がる。
> 【システムアップデートを受信しました】
Version 4.2.1
※新機能が追加されます。詳細は完了後に通知されます。
「……アップデートか」
特に警戒するでもなく、ガアラは【はい】をタップする。
【アップデート中……】
【残り時間:3分】
その間も、スマホの表面には柔らかな光が脈動していた。
やがて――
【アップデート完了】
> 【新機能追加】
●「危機回避予測」機能(β版)
……使用者の状況と環境データから、近未来のリスクを警告します。
※戦闘支援モードとの連携が可能です。
「……予測?」
一瞬、心に冷たいものが走る。
> ●「行動履歴マッピング」
……指定人物の過去24時間の行動ログを視覚的に表示できます。
※気配察知/ARモードと連動可能。
※対象には視覚的接触または特定条件下での“記録”が必要です。
「……おいおい、なんか物騒になってきたな」
ガアラはスマホを見つめながら、小さく息を吐いた。
神様の意志なのか、ただの“必要”なのか――
それとも、これから何かが起こる前触れなのか。
だが一つだけ、確かなことがある。
(――使えるものは、使うしかねぇ)
どんな力も、どう使うかは自分次第だ。
ガアラは画面を閉じ、スマホを胸に置いて目を閉じた。
---
朝の陽光が差し込むダイニングに、朝食の香ばしい匂いが広がっていた。
家政婦フェリアが手際よくパンを焼き、香草入りスープを注ぎ分けていく。
「はい、おはようございます。今日のスープは胃に優しいですよ」
「……おう、助かる」
ガアラはぼんやりとしながら席に着き、椅子の背に身を預けた。
「昨日、団長と何してたの?」
テーブルの向かいでパンをちぎるリィナが、あくまで自然に問いかけてきた。
「ちょっとした話だよ。過去の整理ってやつだ」
「ふーん……それにしちゃ、顔が妙にスッキリしてるね」
「たぶん気のせいだな」
「ぜったい気のせいじゃないけどな」
隣のカリアが、スープを啜りながら笑う。
食後、ガアラは部屋に戻り、昨日アップデートされた新機能を確認する。
まずはひとつ――
> 【危機回避予測】
状況監視中……
……周辺リスク:低
直近24時間、異常接近記録なし
「……便利すぎて怖いな、これ」
とはいえ、現時点では“安全”という判定。
これが赤く点滅したら、本当にヤバいやつだと理解する。
続いて、気になっていたもうひとつの機能。
> 【行動履歴マッピング】
対象:カリア
昨日の記録、視覚再生しますか?
※視覚認識ログより取得
(カリアは昨日、ちょっと行動が早かったよな……買い物だっけ?)
【再生】
スマホの画面に、街の簡略地図とともに“彼女の移動ルート”が浮かび上がる。
鮮やかなラインが、8時から18時までの動きを示していた。
(薬屋……武具屋……雑貨屋……)
そのラインは、不自然に“ある場所”で5分ほど留まり――再び歩き始めていた。
(……ここ、路地の裏じゃねえか?)
気配察知マップと重ね合わせると、その路地裏には常に“人の気配”が登録されている。
(……まさか、誰かに接触……?)
だが、再生された映像では、カリアはただ、屋根の上をぼんやりと見ているだけだった。
何かを探しているような、迷っているような。
(……なんかあるな)
「はーい、ちょっといい?」
背後から不意に声がした。
ガアラがスマホをしまいながら振り返ると、そこにいたのは当のカリア。
「今日って何か予定あったっけ? 依頼、入ってないならちょっと鍛錬したいなーって思ってさ」
「……そうだな、いいタイミングだ。ちょうど俺もやろうと思ってた」
カリアはにっと笑って、親指を立てた。
「じゃ、裏庭集合! リィナにはスープ飲ませとくから」
「ありがとな」
ガアラは彼女を見送りながら、少しだけ視線を伏せた。
(……あの行動、聞くべきか、泳がせるべきか)
そう考えながら、ポケットのスマホを握りしめる。
【危機回避予測:状況変化なし】
【異常兆候:検出なし】
いまのところは、“何も起きていない”。
けれど――
“何かが始まる予感”だけは、確かに漂っていた。
---
西市場裏の魔力痕跡を調べ終えた後、ガアラのスマホが静かに震えた。
【ピピッ】
> 【特別指示】
内容:街中に断続的に発生している“正体不明魔力反応”を調査せよ
優先度:高
補足:公式依頼ではない。記録・報告は不要。
注意:敵対存在の可能性あり。戦闘準備を整えよ。
備考:詳細は順次送信
「……また、あんたか」
ガアラは画面を閉じ、スマホをポケットに戻す。
カリアが横目でそれを見ながら訊ねる。
「神様? ……また何か、面倒ごと?」
「……面倒ってより、“先に手を打っておけ”ってやつだな。
公式の依頼でもない、裏の指示……って感じだ」
「そっか。でも、神様がそれだけ警戒してるってことだよね」
「その可能性はある」
ふたりは静かに街の風を感じながら、歩き出す。
その足取りは、平和な街の中でただひとつ“影”を追う者たちのそれだった。
◆
この“非公式調査”が、後にグラース全体を巻き込む騒乱の“火種”になることを、
このときのガアラたちはまだ知らなかった――
---
グラースの石畳の通りを抜け、ガアラは自宅の扉を開いた。
「……ただいま」
「おかえり!」
まず顔を出したのは、キッチンからひょっこりと姿を見せた家政婦フェリア。
エプロン姿で、手にはまだ湯気の立つ鍋を持っている。
「今ちょうど、スープが煮えたところです。お風呂も温めてありますから、先に入ってもいいですよ」
「……ありがと」
ガアラは軽く頷いて靴を脱ぎ、奥のリビングに入ると、ソファで待っていたふたりの姿があった。
「遅かったじゃん。何かあったの?」
ソファに足を投げ出して座っていたリィナが、眉をひそめてこちらを見た。
その隣で、本を閉じたカリアが目を上げる。
「団長に詰め所に連れていかれたって聞いたけど……無事で良かった」
「無事、っていうか……まあ、ちょっと話があってな」
ガアラは疲れたように腰を下ろすと、ゆっくりと深く息を吐いた。
「顔、ちょっと疲れてるよ。っていうか、目が赤い? 泣いた?」
リィナがじっと顔を覗き込んできた。
「泣いてねえよ。風が入っただけだ」
「ふうん? まあいいけど。何かあったんでしょ。言いたくなったら言いなよ」
そう言いながら、リィナはさりげなく自分の座っていたスペースを空けてくれた。
「……ありがとな」
「何もしてないけど?」
それでもその声は、優しかった。
カリアがカップにお茶を注ぎながら聞く。
「とりあえず、もう問題は片付いたってことでいいのよね?」
「……ああ。今は、な」
「じゃあ、今夜はちゃんと食べて、ゆっくり休みなよ」
「お風呂もありますよ~」
奥からフェリアの声が響く。
穏やかな、ただの帰る場所。
その静けさが、妙に心に染みた。
ガアラは目を閉じたまま、ソファの背にもたれた。
(アイリスは、今も生きている。誰にも知られず、平穏に)
(団長は、それを見て……きっと、少し報われた)
(じゃあ、俺は……)
「……さて。明日から、また鍛え直しかな」
「お、前向きでよろしい!」
リィナがにやりと笑う。
「今夜はフェリアのご飯、豪華らしいしね。スタミナつけておきなよ」
「うん、ニンジンが特売だったから、煮込みたっぷりにしておきました!」
「……スタミナ、つくかなあ……」
みんなが自然に笑った。
騒がしさも、落ち着きもある、居場所の空気。
ガアラは思った。
(悪くない。今の俺には、これがある)
静かに、あたたかく、日常は戻ってきていた――。
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夜。
夕食も風呂も済ませ、ガアラは自室のベッドに横になりながら、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。
リィナとカリアはそれぞれ部屋に戻り、家政婦フェリアの片付ける音だけが静かに響いている。
そのとき――
【ピッ】
短く振動音が鳴った。
スマホ画面に、いつもの通知が浮かび上がる。
> 【システムアップデートを受信しました】
Version 4.2.1
※新機能が追加されます。詳細は完了後に通知されます。
「……アップデートか」
特に警戒するでもなく、ガアラは【はい】をタップする。
【アップデート中……】
【残り時間:3分】
その間も、スマホの表面には柔らかな光が脈動していた。
やがて――
【アップデート完了】
> 【新機能追加】
●「危機回避予測」機能(β版)
……使用者の状況と環境データから、近未来のリスクを警告します。
※戦闘支援モードとの連携が可能です。
「……予測?」
一瞬、心に冷たいものが走る。
> ●「行動履歴マッピング」
……指定人物の過去24時間の行動ログを視覚的に表示できます。
※気配察知/ARモードと連動可能。
※対象には視覚的接触または特定条件下での“記録”が必要です。
「……おいおい、なんか物騒になってきたな」
ガアラはスマホを見つめながら、小さく息を吐いた。
神様の意志なのか、ただの“必要”なのか――
それとも、これから何かが起こる前触れなのか。
だが一つだけ、確かなことがある。
(――使えるものは、使うしかねぇ)
どんな力も、どう使うかは自分次第だ。
ガアラは画面を閉じ、スマホを胸に置いて目を閉じた。
---
朝の陽光が差し込むダイニングに、朝食の香ばしい匂いが広がっていた。
家政婦フェリアが手際よくパンを焼き、香草入りスープを注ぎ分けていく。
「はい、おはようございます。今日のスープは胃に優しいですよ」
「……おう、助かる」
ガアラはぼんやりとしながら席に着き、椅子の背に身を預けた。
「昨日、団長と何してたの?」
テーブルの向かいでパンをちぎるリィナが、あくまで自然に問いかけてきた。
「ちょっとした話だよ。過去の整理ってやつだ」
「ふーん……それにしちゃ、顔が妙にスッキリしてるね」
「たぶん気のせいだな」
「ぜったい気のせいじゃないけどな」
隣のカリアが、スープを啜りながら笑う。
食後、ガアラは部屋に戻り、昨日アップデートされた新機能を確認する。
まずはひとつ――
> 【危機回避予測】
状況監視中……
……周辺リスク:低
直近24時間、異常接近記録なし
「……便利すぎて怖いな、これ」
とはいえ、現時点では“安全”という判定。
これが赤く点滅したら、本当にヤバいやつだと理解する。
続いて、気になっていたもうひとつの機能。
> 【行動履歴マッピング】
対象:カリア
昨日の記録、視覚再生しますか?
※視覚認識ログより取得
(カリアは昨日、ちょっと行動が早かったよな……買い物だっけ?)
【再生】
スマホの画面に、街の簡略地図とともに“彼女の移動ルート”が浮かび上がる。
鮮やかなラインが、8時から18時までの動きを示していた。
(薬屋……武具屋……雑貨屋……)
そのラインは、不自然に“ある場所”で5分ほど留まり――再び歩き始めていた。
(……ここ、路地の裏じゃねえか?)
気配察知マップと重ね合わせると、その路地裏には常に“人の気配”が登録されている。
(……まさか、誰かに接触……?)
だが、再生された映像では、カリアはただ、屋根の上をぼんやりと見ているだけだった。
何かを探しているような、迷っているような。
(……なんかあるな)
「はーい、ちょっといい?」
背後から不意に声がした。
ガアラがスマホをしまいながら振り返ると、そこにいたのは当のカリア。
「今日って何か予定あったっけ? 依頼、入ってないならちょっと鍛錬したいなーって思ってさ」
「……そうだな、いいタイミングだ。ちょうど俺もやろうと思ってた」
カリアはにっと笑って、親指を立てた。
「じゃ、裏庭集合! リィナにはスープ飲ませとくから」
「ありがとな」
ガアラは彼女を見送りながら、少しだけ視線を伏せた。
(……あの行動、聞くべきか、泳がせるべきか)
そう考えながら、ポケットのスマホを握りしめる。
【危機回避予測:状況変化なし】
【異常兆候:検出なし】
いまのところは、“何も起きていない”。
けれど――
“何かが始まる予感”だけは、確かに漂っていた。
---
西市場裏の魔力痕跡を調べ終えた後、ガアラのスマホが静かに震えた。
【ピピッ】
> 【特別指示】
内容:街中に断続的に発生している“正体不明魔力反応”を調査せよ
優先度:高
補足:公式依頼ではない。記録・報告は不要。
注意:敵対存在の可能性あり。戦闘準備を整えよ。
備考:詳細は順次送信
「……また、あんたか」
ガアラは画面を閉じ、スマホをポケットに戻す。
カリアが横目でそれを見ながら訊ねる。
「神様? ……また何か、面倒ごと?」
「……面倒ってより、“先に手を打っておけ”ってやつだな。
公式の依頼でもない、裏の指示……って感じだ」
「そっか。でも、神様がそれだけ警戒してるってことだよね」
「その可能性はある」
ふたりは静かに街の風を感じながら、歩き出す。
その足取りは、平和な街の中でただひとつ“影”を追う者たちのそれだった。
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この“非公式調査”が、後にグラース全体を巻き込む騒乱の“火種”になることを、
このときのガアラたちはまだ知らなかった――
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