異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

モデル.S

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第2章

新しい薬

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重厚な赤い絨毯が敷かれた回廊を抜け、屋敷の最奥へと進む。
 ユートはライネルに先導されながら、侯爵家の主・レクサート侯爵とついに対面した。

 長身痩躯、鋭い眼差し。歳は五十代前半、白銀の髪を後ろに撫でつけ、金刺繍のガウンを纏っている。

 その立ち姿は威圧感に満ちていた。


---

「……貴様が“薬師”か。顔を隠し、名も名乗らぬ者を我が家へ入れるなど、本来なら許されぬことだ」

 侯爵の言葉は冷たい。
 が、すぐに目を細めて言葉を続ける。

「……だが、我が娘の命には代えられぬ。試す価値があるならば、犬だろうと入れる」

 ライネルが小声で囁いた。

「気にしないでください。あの方の“精一杯の柔らかさ”です」


---

 病室には、青白い顔で横たわる少女――エリーナ・レクサート。
 かすかな呼吸と、微かに動くまぶた。魔導器の支援で辛うじて命をつないでいる状態だった。

 ユートは上級ポーションを1本取り出し、侯爵に確認することもなく、投与を始めた。


---

 1本目――反応は薄い。

 2本目――魔力の巡りはわずかに良化するも、心臓部に変化はない。

 3本目――魔力は弾かれ、核心に届かない。


---

「……効かないな」

 ユートが小さく呟いた瞬間、侯爵の目が鋭く細められる。

「――何だと? この“奇跡の薬”とやらで、治せるのではないのか?」

「……これは“後天的損傷”に対応する薬だ。
 ――生まれつきの器官異常、つまり“先天性疾患”には対応していない可能性が高い」

「つまり、失敗か」

 侯爵の声は冷えきっていたが、その奥にわずかな動揺と焦燥が見えた。


---

 ユートはそれ以上何も言わず、背を向けた。

「……まだ方法はある。だが、ここでは判断できない。
 一度戻って“錬金の師”に確認する。改めて連絡する」

「ふん……貴様に期待などしていない。
 だが、結果さえ出せば――貴様の扱いも変わるぞ」

 振り返らず、ユートは歩き出した。

(口の利き方はともかく……あの娘の命がかかってるのは事実だ。無視はできない)



---

 帰宅後、すぐにゼネ――元・大陸最高峰の錬金術師にして、
 今はユートの“非常勤アドバイザー”的な立ち位置にいる人物――へ連絡を取る。

「先天的な疾患で、心臓そのものの形が歪んでる。
 上級ポーションでも全然届かなかった。打つ手はあるか?」

 ゼネは、淡々と返す。

「ある。魔大陸に……」




月も隠れた深夜。静まり返った家の中、ユートは音を立てぬように装備を整えていた。

 魔法袋に必要最低限の回復薬と携行食、攻撃魔法用の触媒結晶を詰め込み、黒い軽装マントを羽織る。

 寝室ではティナとバルトが静かに眠っている。
 ダイニングではミリアが明日の仕込みを終え、すでに休んでいた。

ユートは静かに扉を開け、夜の街へと消えた。


転移魔法でたどり着いたのは、かつて来たことのある魔大陸の奥地。
 そのさらに南――地図にもほとんど記されていない未踏の地、黙滅の谷(もくめつのたに)。

 そこは、風が音を立てずに流れ、空すら霞むほどの魔気が漂っていた。

 谷は深く、断崖に沿って続く一本道。足場は悪く、下には黒い靄が渦巻いている。
 進めば進むほど、空気が重くなり、身体の感覚が鈍くなる。

「魔力が流れにくくなる……なるほど、霊脈の逆流域か」

 ユートは体内の魔力を徐々に集中させながら、慎重に歩みを進める。


---

 谷を抜けた先、広がったのは死の大地だった。

 草は生えておらず、岩も削れ、黒灰色の地面が広がる。
 遠くに、わずかに光る結晶のようなものがいくつか見えた。

「……あれが、命の核石」

 だが、気配を感じたのはその直後だった。


 ズル……ズル……。

 地面を引きずる音。
 歪んだ四足、割れた頭蓋、片目が欠けた異形の獣――

 魔気に汚染された“亡獣”たちが、複数体、ユートの前に現れた。

 その奥から、さらに巨大な“人型の影”が姿を現す。

「……そう簡単には採らせてくれねぇってか」


 ユートは呪いの指輪に触れず、魔力を抑えたまま構える。

「全力はまだ出さねぇ。抑えたまま――倒す!」


亡獣たちは吠えることもなく、ただ殺気を漂わせて襲いかかってくる。
 その動きは鈍いが、一撃一撃が重く、しかも倒しても立ち上がる。

「……霊気で半分“死んでる”からか。再生が早すぎる」

 ユートは足元から魔力を放ち、地面ごと持ち上げて距離を取る。
 瞬時にストーンバレットを打ち出し、敵の膝関節を粉砕。

 その隙に、背後に回った亡獣へ――

「《ウィンド・スライサー》!」

 鋭い風刃が首を撥ね飛ばし、ようやく一体が沈黙した。


---

 しかし、問題は奥に佇む巨影。
 背丈は3メートルを超え、全身が黒く硬質な魔殻に覆われている。

 何より、視線が――明らかに“知性を持っている”。

「……お前が、この谷の番人か」

 次の瞬間、巨影が駆けた。

 爆発のような踏み込みと同時に、拳大の岩が飛び散る。
 ユートは紙一重でかわし、反撃の魔法を打ち込む。

「《ファイアランス》!」

 鋭い炎の槍が腹部を貫く――が、まったく効いていない。

「……耐性持ちか。なら――《連環雷槍陣》!」

 頭上に形成された複数の雷の槍が、時間差で放たれる。
 それすら、片腕で弾かれた。

 追い詰められたユートは、肩で息をしながらつぶやく。

「……仕方ねぇな。指輪、砕くか」

 左手の呪いの魔力制限指輪に、魔力を一気に込める――バキッ!

 音と共に砕け、空気が一瞬で変わった。
 周囲の霊気すら引き寄せるように、ユートの体から膨大な魔力が放たれる。


「――《ブレイジング・レイン》」

 空一面に火の雨が降り注ぐ。
 地面が焼け、霊気が掻き消される。
 その中心にいる巨影だけが、なおも立っていた。

「しぶとい……なら全部まとめて――《四属性同時展開・連続詠唱》!」

 水、風、土、火――四つの魔法が四方から展開し、複合弾幕として巨影を包囲。
 反応が追いつかず、次々と直撃――

 最後に、ユートが叫ぶ。

「《コメット・ブレイク》!」

 白熱の彗星が空から叩きつけられ――

 爆音とともに、巨影が崩れ落ちた。



 しばし、沈黙。

 その奥、守るようにあった岩の隙間から、黒く脈動する結晶石――命の核石が浮かび上がる。

 ユートはゆっくりと近づき、膝をついて手に取った。

「……これが、“命の核石”。間違いないな」

 掌の上で、静かに鼓動するような魔力の波を感じる。


 霧の向こうに、もう魔物の気配はなかった。
 谷は静寂を取り戻し、ユートは魔力をゆっくり鎮めた。

「よし……帰るか」

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