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第3章
ヤム。
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【翌日・午後/都内・静かな公園】
鳥のさえずりと子供の笑い声が混じる午後の公園。
春の陽射しが穏やかに木漏れ日となって、砂の地面を照らしている。
ティナはベンチに腰かけ、ジュースを飲んでいた。バルトは木陰で腕を組んでいる。
そして、ユートはスマホを確認していた。
「来たな」
その言葉と同時に、正面から軽快な足取りの男が近づいてくる。
「おーっす!」
ヤム――寺門雅之。トレーニング用のジャージ姿で現れ、まっすぐユートの元へ。
「連絡ありがとうっス、ブレイブさん!」
「俺の本名は“ユート”だ。」
「いや、ブレイブの方が強そうで好きっス!」
ティナがクスクスと笑い、バルトが「単純だな」と小声でつぶやく。
「で、今日は……?」
ユートは軽く顎で合図した。
「俺に攻撃してみろ」
「……へ?」
「いいから、遠慮せず本気で」
「え、マジっすか? いやいや、ここ公園っすよ!?」
「周りは俺が見てる。大丈夫だ」
ヤムはほんの一瞬戸惑ったが、瞳を鋭く細めると、すっと構えを取った。
「じゃあ、いきます……ッ!」
踏み込みと同時に、鋭いジャブ、そして連続のローとミドルのフェイント混じりのコンビネーション。
だが――
ユートはそれらすべてを、右手一本で受け流した。
まるで舞うような動きで、指先で、手のひらで、軽やかに、確実に。
「なっ……!?」
ヤムの額に、じわりと汗が浮かぶ。
再びステップを切り直して、今度は崩しのためのフェイクからの掌底。
それも、すでに読まれていた。
弾かれ、腕を掴まれ、あっという間に投げ技に切り替えられ――
「……はい終了」
地面に転がったヤムは、空を見上げて放心した。
「……う、うそでしょ……?」
「正直に言うと、教えることはない」
ユートが手を差し伸べながら告げた。
「え……?」
「お前の“技術”は俺より上だ。基礎も、応用も、徹底してる。多分、武術だけで言えば、かなりのレベルにある」
「じゃ、じゃあ……俺はどうすれば……?」
ヤムの声には焦りと戸惑いがあった。
強くなりたくて、ここまで来たのに。
ユートは少しだけ迷い、口を開いた。
「……仕方ないな。あそこに連れて行くか」
「え? どこっスか?」
「お前より強い奴らがゴロゴロいる場所だ」
「……マジか」
ヤムの目が燃える。
「じゃ、行きます! いつ? どこに? もう準備とか……!」
「落ち着け。とりあえず“海外”に行くと思って荷物を用意しとけ。服、洗面道具、数日分の着替え。それだけでいい」
「わかりました! 海外っスね!」
「夜、この公園に来い。ティナとバルトも一緒だ。時間は……21時で」
ヤムは立ち上がり、両手を握りしめる。
「向こうで生き残れるかどうかは、お前次第だ」
「はいっ!!」
---
【夜・都内の公園】
夜風が街のネオンを優しく揺らす中、公園の時計がちょうど21時を指した。
「おーっす!!」
元気すぎる声と共に、リュックを背負ったジャージ姿のヤムが駆け込んできた。
「来たな」
ユートがティナとバルトを連れて、ベンチで待っていた。
「うっす! 準備万端っすよ! 海外って言ってたんで、パスポートも……って、あれ? 空港行かないんスか?」
「空港は使わない」
「え? どゆこと?」
「今から、うちに寄ってから、すぐ向かう」
「えぇぇ……? なんか不安しかない……」
ヤムの不安をよそに、ユートは当然のように歩き出した。
---
【榊春都の部屋】
高層階のマンションの一室。
ティナとバルトは手慣れた様子で靴を脱ぎ、ソファに腰を下ろす。
「本当に……ここ、普通の日本の部屋ですよね……?」
ヤムは落ち着きなく、あちこちを見渡している。
「でさ、ここからどうやって行くの? “あっち”ってやつに」
ユートは一言だけ、呟いた。
「転移」
「て、てんい……? いや、え? まさか――」
その瞬間、ユートの足元に淡く青白い魔法陣が浮かび、部屋全体に光が満ちた。
「うわああああ!? まって!? え!? これなに!? ええええええっっ!!?」
――次の瞬間、視界が歪み、空間が裏返った。
---
【異世界・ユートの自宅前】
ひんやりとした草の香り。澄んだ空気。
見上げれば、夜空には二つの月が浮かび、星々が静かに瞬いていた。
その場に立ち尽くすヤム。
「………………」
目を見開き、膝から崩れ落ちる。
「え……えぇぇぇ……?」
手で地面を触れ、空を仰ぎ、もう一度地面を撫でて――
「ウソでしょ!? 本気で!? ここ……どこ!!? 宇宙!? 火星!? 異世界!? アニメ!? 俺夢!? 幻覚剤盛られた!?」
「うるさい」
バルトが容赦なくヤムの頭をぺちんと叩いた。
「いってぇぇ!」
「これが夢なら痛くないだろ?」
「ぐっ、ぐぬぬ……!」
ティナはお腹を抱えて笑い、ユートは腕を組んで一言。
「ここが“俺たちの世界”だ。ようこそ、ヤム」
「…………ッッ」
ヤムは、しばし茫然とし、そして、感情が爆発した。
「マジかよおおおおおおおおおおお!!!!!」
---
【ユートの自宅】
そのまま4人は、月明かりの下、落ち着いた佇まいの石造りの家へと向かう。
「こ、ここ住んでんの!? マジで異世界の王の家って感じなんですけど……!」
「まぁ、実際この辺の開拓はユートがやってんだけどな」
バルトがぼそりと言うと、ヤムは全身でのけぞった。
「えぇぇ!? どういうこと!?」
「とりあえず、今日は休め。色々見せたいもんもあるけど、それは明日だ」
「ユート……あんた……何者なんだよ……」
「言ったろ、ユートだよ」
---
【翌朝・アストレア ユートの自宅】
鳥のさえずりと澄んだ空気に包まれて、ヤムは重いまぶたをゆっくりと開けた。
「……うーん……あれ……俺……」
見慣れない天井。木の香りがする部屋。温かい陽射し。
「……夢じゃ、ない……のか……」
跳ね起きて窓を開けると、遠くに広がる街並みが目に飛び込んできた。
石畳の道。行き交う人々。建設途中の区画と、巨大な城門。
馬車。屋台。露店。冒険者風の男女。そして、遠くには列車の線路まで伸びている。
「おいおい……本気かよ……ここ、全部……ユートが?」
---
「すげぇ……すげぇ……すっげぇぇぇ!!」
道行くたびに叫ぶヤムに、通行人が笑いながら振り返る。
ティナは恥ずかしそうに後ろを歩いていた。
「これ……商人の通り? あの建物、食堂? 鍛冶屋!? えっ、あれ列車!? マジで動くの!?」
「まぁな。王都まで行ける。今はそこから開発中だ。」
ユートはさらっと答えるが、ヤムの脳は情報過多で悲鳴をあげていた。
「で、でも、街の整備とか物流とか、法律とか、税とか……どうやって……?」
「全部俺の頭の中と宮野の設計と、地球でのノウハウと、現地の人材。あと、魔法」
「マジで魔法出たー!!」
---
【訓練場】
広々とした練兵場では、アストレア騎士団の訓練が行われていた。
剣を交える音、魔法の放出音、そして怒号と歓声が響き渡る。
「うわ……うわあ……」
騎士のひとりが、軽く放った風の魔法で巨木を両断して見せた瞬間、ヤムは思わず座り込んだ。
「ま、まだ、間に合うかな……空港戻って……」
「無理だな」
ユートが即答する。
「ここまで来たなら、最後まで見てけ。あの先には、もっとすげぇ奴らがいるから」
バルトが槍の演舞を見ながら、肩をすくめた。
「お前が俺を倒したいなら、まずこいつらに勝ってからだな」
「く、くそぉ……俺は今まで、世界中の格闘家と道場破りしてきたのに……! 規格外すぎる……!」
---
夕暮れの街を歩くユート一行。ヤムは疲れ切った顔で歩いているが、その目は輝いていた。
「俺……本当に来てよかったと思ってます」
「ふーん?」
「だって……こんな世界、本でしか知らなかった。剣と魔法。ドラゴン。街を作る勇者。人の夢と力が混ざり合った世界。……最高じゃないっスか」
ユートは何も言わず、ただ前を見て歩き続ける。
ティナとバルトが、少しだけ笑った。
「じゃあお前も、ここで何かを始めてみるか?」
「……はい!」
---
【翌朝・アストレア訓練場】
朝日が昇るとともに、アストレア騎士団の訓練場に、活気のある声が響き渡った。
「――体を沈めろ! もっと腰を落とせ! そんなんじゃ魔物の爪一撃で吹き飛ぶぞ!」
「はいッ!」
団員たちが汗を飛ばしながら剣を振るい、魔法の練習も同時進行で行われていた。
その一角、見慣れない姿――ジャージにトレーニングシューズの男、ヤムが立っていた。
「ま、マジで俺、ここに混ざっていいんスか……?」
彼は不安げにユートの方を見た。
「ああ、ちゃんと“手加減するように”って言っといたから安心しろよ」
「え、逆じゃない!? 俺の方がヤバいんじゃ……!」
バルトがニヤリと笑った。
「手加減ってのは、殺さない程度って意味だ」
「ヒィッ!?」
---
まずは基本の剣術訓練。
木剣を構え、隊員の一人と対峙する。
「……ッ、来いよ」
気合を入れたヤムが先に踏み込み、素早い足捌きから打ち込んだ。
――が、木剣は寸前で受け止められ、逆に身体が浮いた。
「うおぉっ!?」
肩から転がり、土煙を上げながら着地。団員が苦笑しつつ手を差し伸べる。
「反応は速い。だが、力の差があるな。気を抜くなよ」
「……わかってますッ!」
ヤムは歯を食いしばって立ち上がった。
その後も体力訓練、持久走、武器のバランス取りと、慣れない訓練が続く。
---
訓練の合間、木陰で水を飲みながら、ヤムは地面に寝転がる。
「マジで……キツい……。日本の武道とは次元が違う……」
「でも、ちゃんと動けてたよ」
ティナが笑顔で水筒を渡す。
「え、マジっすか……?」
「うん。最初はみんな戸惑う。でも、君は技術があるから、吸収も早いはず」
「……くぅ……もうちょっと褒めてくれたら立てる気がします」
「仕方ないな……」
ティナが優しく肩を叩いた瞬間、ヤムはガバッと起き上がった。
「やるぞぉぉぉ!」
---
午後は二人一組での実戦形式訓練。
ヤムの相手は、片手剣の中堅騎士。経験値の差は歴然だが、ヤムは果敢に向かっていく。
タイミングを見極めた回し蹴り、フェイントを含めた組み立て。
だが、騎士の剣筋は正確かつ重い。
「っぐ……!!」
数合のやり取りの末、ヤムは剣を弾かれ、後方に跳ね飛ばされた。
「まだだあああああっ!!」
気合と共に立ち上がり、再び構える。騎士の顔に僅かに驚きが浮かぶ。
「まだやるか。面白いな」
「俺は、ここで何かを掴まなきゃ意味がねぇんスよ……!」
――再開の合図と同時、再び激しくぶつかる二人の剣。
ユートはその様子を、遠くから静かに見ていた。
「……悪くない。あとは、こっちの世界の“感覚”さえ掴めれば、化けるかもな」
バルトがうなずく。
「基礎が出来てるのは強みだ。あとは経験と度胸。いずれ戦力になる」
---
夕暮れ。
汗と土まみれになったヤムが、大の字になって寝転ぶ。
「死ぬ……けど、めっちゃ生きてる……ッ!」
ティナとバルトが笑いながら肩を叩き、
ユートが水を投げて寄越した。
「明日もあるぞ」
「鬼か!?」
---
【アストレア冒険者ギルド・午前】
木造の重厚な扉を押し開けて、ヤムはおそるおそる足を踏み入れた。
「うわっ、まじでファンタジー系の冒険者ギルドだ……!」
中は活気に満ちていた。
受付で依頼を受ける者、掲示板の前で仲間と相談している者、剣や鎧を手入れしている者。
重厚な空気と熱気が漂っている。
「こ、こいつは……テンション上がる……!」
ヤムが一人でテンションを上げていると、後ろからティナが肩を叩いた。
「ほら、受付に行こう。ユートが言ってたでしょ。登録しなきゃ、何も始まらないって」
「お、おう……!」
---
【受付カウンター】
「冒険者登録ですね?」
受付嬢の女性が微笑みながら対応してくれる。
落ち着いた物腰に、ヤムは思わず背筋を伸ばす。
「はいっ、お願いします! ……あ、いや、お願いしたいっス!」
「ふふ、ではお名前と年齢、生まれの地を――」
受付嬢は書類を取り出して、さらさらとペンを走らせ始めた。
「名前は……ヤム、じゃなくて、えっと、寺門雅之……いや、“ヤム”でいいっす!」
「では、冒険者名は“ヤム”で登録しておきますね。年齢は……?」
「二十歳っス!」
「生まれの地は?」
「……と、とりあえず“西の小国出身”ってことで……!」
「わかりました」
受付嬢は慣れた様子で頷き、登録を完了した。
---
「こちらが冒険者カードです。“ヤム”様は初期登録ですので、Fランクとなります。ですが、実績や試験で昇格は可能ですので、無理のない範囲で活動してくださいね」
「うおぉ……これが俺の、異世界の第一歩……!」
銀色のプレートに刻まれた自分の名と所属ランク。
ヤムはそれを手にし、眺めて、ニヤニヤしていた。
「なんか……感動してきたっス……」
「うんうん、よかったね」
ティナが微笑みながら背中を軽く叩いた。
バルトはぼそりと呟く。
「それで調子に乗って、すぐケガする奴も多いけどな」
「こわっ!?」
---
ユートと合流したヤムは、カードを見せびらかしながらはしゃいでいた。
「じゃあ、次は何やらせてくれるんスか!? ドラゴン討伐? 魔王の城突入?」
「掃除依頼だ」
「え……?」
「Fランクは街の清掃、荷物運び、動物の世話、畑の手伝いが主な仕事だ」
「う、うそでしょ……!?」
それでも――
ヤムの異世界での一歩は、確かに始まったのだった。
---
鳥のさえずりと子供の笑い声が混じる午後の公園。
春の陽射しが穏やかに木漏れ日となって、砂の地面を照らしている。
ティナはベンチに腰かけ、ジュースを飲んでいた。バルトは木陰で腕を組んでいる。
そして、ユートはスマホを確認していた。
「来たな」
その言葉と同時に、正面から軽快な足取りの男が近づいてくる。
「おーっす!」
ヤム――寺門雅之。トレーニング用のジャージ姿で現れ、まっすぐユートの元へ。
「連絡ありがとうっス、ブレイブさん!」
「俺の本名は“ユート”だ。」
「いや、ブレイブの方が強そうで好きっス!」
ティナがクスクスと笑い、バルトが「単純だな」と小声でつぶやく。
「で、今日は……?」
ユートは軽く顎で合図した。
「俺に攻撃してみろ」
「……へ?」
「いいから、遠慮せず本気で」
「え、マジっすか? いやいや、ここ公園っすよ!?」
「周りは俺が見てる。大丈夫だ」
ヤムはほんの一瞬戸惑ったが、瞳を鋭く細めると、すっと構えを取った。
「じゃあ、いきます……ッ!」
踏み込みと同時に、鋭いジャブ、そして連続のローとミドルのフェイント混じりのコンビネーション。
だが――
ユートはそれらすべてを、右手一本で受け流した。
まるで舞うような動きで、指先で、手のひらで、軽やかに、確実に。
「なっ……!?」
ヤムの額に、じわりと汗が浮かぶ。
再びステップを切り直して、今度は崩しのためのフェイクからの掌底。
それも、すでに読まれていた。
弾かれ、腕を掴まれ、あっという間に投げ技に切り替えられ――
「……はい終了」
地面に転がったヤムは、空を見上げて放心した。
「……う、うそでしょ……?」
「正直に言うと、教えることはない」
ユートが手を差し伸べながら告げた。
「え……?」
「お前の“技術”は俺より上だ。基礎も、応用も、徹底してる。多分、武術だけで言えば、かなりのレベルにある」
「じゃ、じゃあ……俺はどうすれば……?」
ヤムの声には焦りと戸惑いがあった。
強くなりたくて、ここまで来たのに。
ユートは少しだけ迷い、口を開いた。
「……仕方ないな。あそこに連れて行くか」
「え? どこっスか?」
「お前より強い奴らがゴロゴロいる場所だ」
「……マジか」
ヤムの目が燃える。
「じゃ、行きます! いつ? どこに? もう準備とか……!」
「落ち着け。とりあえず“海外”に行くと思って荷物を用意しとけ。服、洗面道具、数日分の着替え。それだけでいい」
「わかりました! 海外っスね!」
「夜、この公園に来い。ティナとバルトも一緒だ。時間は……21時で」
ヤムは立ち上がり、両手を握りしめる。
「向こうで生き残れるかどうかは、お前次第だ」
「はいっ!!」
---
【夜・都内の公園】
夜風が街のネオンを優しく揺らす中、公園の時計がちょうど21時を指した。
「おーっす!!」
元気すぎる声と共に、リュックを背負ったジャージ姿のヤムが駆け込んできた。
「来たな」
ユートがティナとバルトを連れて、ベンチで待っていた。
「うっす! 準備万端っすよ! 海外って言ってたんで、パスポートも……って、あれ? 空港行かないんスか?」
「空港は使わない」
「え? どゆこと?」
「今から、うちに寄ってから、すぐ向かう」
「えぇぇ……? なんか不安しかない……」
ヤムの不安をよそに、ユートは当然のように歩き出した。
---
【榊春都の部屋】
高層階のマンションの一室。
ティナとバルトは手慣れた様子で靴を脱ぎ、ソファに腰を下ろす。
「本当に……ここ、普通の日本の部屋ですよね……?」
ヤムは落ち着きなく、あちこちを見渡している。
「でさ、ここからどうやって行くの? “あっち”ってやつに」
ユートは一言だけ、呟いた。
「転移」
「て、てんい……? いや、え? まさか――」
その瞬間、ユートの足元に淡く青白い魔法陣が浮かび、部屋全体に光が満ちた。
「うわああああ!? まって!? え!? これなに!? ええええええっっ!!?」
――次の瞬間、視界が歪み、空間が裏返った。
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【異世界・ユートの自宅前】
ひんやりとした草の香り。澄んだ空気。
見上げれば、夜空には二つの月が浮かび、星々が静かに瞬いていた。
その場に立ち尽くすヤム。
「………………」
目を見開き、膝から崩れ落ちる。
「え……えぇぇぇ……?」
手で地面を触れ、空を仰ぎ、もう一度地面を撫でて――
「ウソでしょ!? 本気で!? ここ……どこ!!? 宇宙!? 火星!? 異世界!? アニメ!? 俺夢!? 幻覚剤盛られた!?」
「うるさい」
バルトが容赦なくヤムの頭をぺちんと叩いた。
「いってぇぇ!」
「これが夢なら痛くないだろ?」
「ぐっ、ぐぬぬ……!」
ティナはお腹を抱えて笑い、ユートは腕を組んで一言。
「ここが“俺たちの世界”だ。ようこそ、ヤム」
「…………ッッ」
ヤムは、しばし茫然とし、そして、感情が爆発した。
「マジかよおおおおおおおおおおお!!!!!」
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【ユートの自宅】
そのまま4人は、月明かりの下、落ち着いた佇まいの石造りの家へと向かう。
「こ、ここ住んでんの!? マジで異世界の王の家って感じなんですけど……!」
「まぁ、実際この辺の開拓はユートがやってんだけどな」
バルトがぼそりと言うと、ヤムは全身でのけぞった。
「えぇぇ!? どういうこと!?」
「とりあえず、今日は休め。色々見せたいもんもあるけど、それは明日だ」
「ユート……あんた……何者なんだよ……」
「言ったろ、ユートだよ」
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【翌朝・アストレア ユートの自宅】
鳥のさえずりと澄んだ空気に包まれて、ヤムは重いまぶたをゆっくりと開けた。
「……うーん……あれ……俺……」
見慣れない天井。木の香りがする部屋。温かい陽射し。
「……夢じゃ、ない……のか……」
跳ね起きて窓を開けると、遠くに広がる街並みが目に飛び込んできた。
石畳の道。行き交う人々。建設途中の区画と、巨大な城門。
馬車。屋台。露店。冒険者風の男女。そして、遠くには列車の線路まで伸びている。
「おいおい……本気かよ……ここ、全部……ユートが?」
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「すげぇ……すげぇ……すっげぇぇぇ!!」
道行くたびに叫ぶヤムに、通行人が笑いながら振り返る。
ティナは恥ずかしそうに後ろを歩いていた。
「これ……商人の通り? あの建物、食堂? 鍛冶屋!? えっ、あれ列車!? マジで動くの!?」
「まぁな。王都まで行ける。今はそこから開発中だ。」
ユートはさらっと答えるが、ヤムの脳は情報過多で悲鳴をあげていた。
「で、でも、街の整備とか物流とか、法律とか、税とか……どうやって……?」
「全部俺の頭の中と宮野の設計と、地球でのノウハウと、現地の人材。あと、魔法」
「マジで魔法出たー!!」
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【訓練場】
広々とした練兵場では、アストレア騎士団の訓練が行われていた。
剣を交える音、魔法の放出音、そして怒号と歓声が響き渡る。
「うわ……うわあ……」
騎士のひとりが、軽く放った風の魔法で巨木を両断して見せた瞬間、ヤムは思わず座り込んだ。
「ま、まだ、間に合うかな……空港戻って……」
「無理だな」
ユートが即答する。
「ここまで来たなら、最後まで見てけ。あの先には、もっとすげぇ奴らがいるから」
バルトが槍の演舞を見ながら、肩をすくめた。
「お前が俺を倒したいなら、まずこいつらに勝ってからだな」
「く、くそぉ……俺は今まで、世界中の格闘家と道場破りしてきたのに……! 規格外すぎる……!」
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夕暮れの街を歩くユート一行。ヤムは疲れ切った顔で歩いているが、その目は輝いていた。
「俺……本当に来てよかったと思ってます」
「ふーん?」
「だって……こんな世界、本でしか知らなかった。剣と魔法。ドラゴン。街を作る勇者。人の夢と力が混ざり合った世界。……最高じゃないっスか」
ユートは何も言わず、ただ前を見て歩き続ける。
ティナとバルトが、少しだけ笑った。
「じゃあお前も、ここで何かを始めてみるか?」
「……はい!」
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【翌朝・アストレア訓練場】
朝日が昇るとともに、アストレア騎士団の訓練場に、活気のある声が響き渡った。
「――体を沈めろ! もっと腰を落とせ! そんなんじゃ魔物の爪一撃で吹き飛ぶぞ!」
「はいッ!」
団員たちが汗を飛ばしながら剣を振るい、魔法の練習も同時進行で行われていた。
その一角、見慣れない姿――ジャージにトレーニングシューズの男、ヤムが立っていた。
「ま、マジで俺、ここに混ざっていいんスか……?」
彼は不安げにユートの方を見た。
「ああ、ちゃんと“手加減するように”って言っといたから安心しろよ」
「え、逆じゃない!? 俺の方がヤバいんじゃ……!」
バルトがニヤリと笑った。
「手加減ってのは、殺さない程度って意味だ」
「ヒィッ!?」
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まずは基本の剣術訓練。
木剣を構え、隊員の一人と対峙する。
「……ッ、来いよ」
気合を入れたヤムが先に踏み込み、素早い足捌きから打ち込んだ。
――が、木剣は寸前で受け止められ、逆に身体が浮いた。
「うおぉっ!?」
肩から転がり、土煙を上げながら着地。団員が苦笑しつつ手を差し伸べる。
「反応は速い。だが、力の差があるな。気を抜くなよ」
「……わかってますッ!」
ヤムは歯を食いしばって立ち上がった。
その後も体力訓練、持久走、武器のバランス取りと、慣れない訓練が続く。
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訓練の合間、木陰で水を飲みながら、ヤムは地面に寝転がる。
「マジで……キツい……。日本の武道とは次元が違う……」
「でも、ちゃんと動けてたよ」
ティナが笑顔で水筒を渡す。
「え、マジっすか……?」
「うん。最初はみんな戸惑う。でも、君は技術があるから、吸収も早いはず」
「……くぅ……もうちょっと褒めてくれたら立てる気がします」
「仕方ないな……」
ティナが優しく肩を叩いた瞬間、ヤムはガバッと起き上がった。
「やるぞぉぉぉ!」
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午後は二人一組での実戦形式訓練。
ヤムの相手は、片手剣の中堅騎士。経験値の差は歴然だが、ヤムは果敢に向かっていく。
タイミングを見極めた回し蹴り、フェイントを含めた組み立て。
だが、騎士の剣筋は正確かつ重い。
「っぐ……!!」
数合のやり取りの末、ヤムは剣を弾かれ、後方に跳ね飛ばされた。
「まだだあああああっ!!」
気合と共に立ち上がり、再び構える。騎士の顔に僅かに驚きが浮かぶ。
「まだやるか。面白いな」
「俺は、ここで何かを掴まなきゃ意味がねぇんスよ……!」
――再開の合図と同時、再び激しくぶつかる二人の剣。
ユートはその様子を、遠くから静かに見ていた。
「……悪くない。あとは、こっちの世界の“感覚”さえ掴めれば、化けるかもな」
バルトがうなずく。
「基礎が出来てるのは強みだ。あとは経験と度胸。いずれ戦力になる」
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夕暮れ。
汗と土まみれになったヤムが、大の字になって寝転ぶ。
「死ぬ……けど、めっちゃ生きてる……ッ!」
ティナとバルトが笑いながら肩を叩き、
ユートが水を投げて寄越した。
「明日もあるぞ」
「鬼か!?」
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【アストレア冒険者ギルド・午前】
木造の重厚な扉を押し開けて、ヤムはおそるおそる足を踏み入れた。
「うわっ、まじでファンタジー系の冒険者ギルドだ……!」
中は活気に満ちていた。
受付で依頼を受ける者、掲示板の前で仲間と相談している者、剣や鎧を手入れしている者。
重厚な空気と熱気が漂っている。
「こ、こいつは……テンション上がる……!」
ヤムが一人でテンションを上げていると、後ろからティナが肩を叩いた。
「ほら、受付に行こう。ユートが言ってたでしょ。登録しなきゃ、何も始まらないって」
「お、おう……!」
---
【受付カウンター】
「冒険者登録ですね?」
受付嬢の女性が微笑みながら対応してくれる。
落ち着いた物腰に、ヤムは思わず背筋を伸ばす。
「はいっ、お願いします! ……あ、いや、お願いしたいっス!」
「ふふ、ではお名前と年齢、生まれの地を――」
受付嬢は書類を取り出して、さらさらとペンを走らせ始めた。
「名前は……ヤム、じゃなくて、えっと、寺門雅之……いや、“ヤム”でいいっす!」
「では、冒険者名は“ヤム”で登録しておきますね。年齢は……?」
「二十歳っス!」
「生まれの地は?」
「……と、とりあえず“西の小国出身”ってことで……!」
「わかりました」
受付嬢は慣れた様子で頷き、登録を完了した。
---
「こちらが冒険者カードです。“ヤム”様は初期登録ですので、Fランクとなります。ですが、実績や試験で昇格は可能ですので、無理のない範囲で活動してくださいね」
「うおぉ……これが俺の、異世界の第一歩……!」
銀色のプレートに刻まれた自分の名と所属ランク。
ヤムはそれを手にし、眺めて、ニヤニヤしていた。
「なんか……感動してきたっス……」
「うんうん、よかったね」
ティナが微笑みながら背中を軽く叩いた。
バルトはぼそりと呟く。
「それで調子に乗って、すぐケガする奴も多いけどな」
「こわっ!?」
---
ユートと合流したヤムは、カードを見せびらかしながらはしゃいでいた。
「じゃあ、次は何やらせてくれるんスか!? ドラゴン討伐? 魔王の城突入?」
「掃除依頼だ」
「え……?」
「Fランクは街の清掃、荷物運び、動物の世話、畑の手伝いが主な仕事だ」
「う、うそでしょ……!?」
それでも――
ヤムの異世界での一歩は、確かに始まったのだった。
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