異世界転移して最強のおっさん……の隣に住んでいる。

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第3章

ヤム。

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【翌日・午後/都内・静かな公園】

 鳥のさえずりと子供の笑い声が混じる午後の公園。
 春の陽射しが穏やかに木漏れ日となって、砂の地面を照らしている。

 ティナはベンチに腰かけ、ジュースを飲んでいた。バルトは木陰で腕を組んでいる。
 そして、ユートはスマホを確認していた。

 「来たな」
 その言葉と同時に、正面から軽快な足取りの男が近づいてくる。

 「おーっす!」
 ヤム――寺門雅之。トレーニング用のジャージ姿で現れ、まっすぐユートの元へ。

 「連絡ありがとうっス、ブレイブさん!」

 「俺の本名は“ユート”だ。」
 「いや、ブレイブの方が強そうで好きっス!」
 ティナがクスクスと笑い、バルトが「単純だな」と小声でつぶやく。

 「で、今日は……?」
 ユートは軽く顎で合図した。

 「俺に攻撃してみろ」

 「……へ?」

 「いいから、遠慮せず本気で」

 「え、マジっすか? いやいや、ここ公園っすよ!?」
 「周りは俺が見てる。大丈夫だ」

 ヤムはほんの一瞬戸惑ったが、瞳を鋭く細めると、すっと構えを取った。

 「じゃあ、いきます……ッ!」

 踏み込みと同時に、鋭いジャブ、そして連続のローとミドルのフェイント混じりのコンビネーション。

 だが――

 ユートはそれらすべてを、右手一本で受け流した。
 まるで舞うような動きで、指先で、手のひらで、軽やかに、確実に。

 「なっ……!?」

 ヤムの額に、じわりと汗が浮かぶ。
 再びステップを切り直して、今度は崩しのためのフェイクからの掌底。

 それも、すでに読まれていた。
 弾かれ、腕を掴まれ、あっという間に投げ技に切り替えられ――

 「……はい終了」

 地面に転がったヤムは、空を見上げて放心した。

 「……う、うそでしょ……?」

 「正直に言うと、教えることはない」
 ユートが手を差し伸べながら告げた。

 「え……?」

 「お前の“技術”は俺より上だ。基礎も、応用も、徹底してる。多分、武術だけで言えば、かなりのレベルにある」

 「じゃ、じゃあ……俺はどうすれば……?」

 ヤムの声には焦りと戸惑いがあった。
 強くなりたくて、ここまで来たのに。

 ユートは少しだけ迷い、口を開いた。

 「……仕方ないな。あそこに連れて行くか」

 「え? どこっスか?」
 「お前より強い奴らがゴロゴロいる場所だ」

 「……マジか」

 ヤムの目が燃える。

 「じゃ、行きます! いつ? どこに? もう準備とか……!」

 「落ち着け。とりあえず“海外”に行くと思って荷物を用意しとけ。服、洗面道具、数日分の着替え。それだけでいい」

 「わかりました! 海外っスね!」

 「夜、この公園に来い。ティナとバルトも一緒だ。時間は……21時で」

 ヤムは立ち上がり、両手を握りしめる。


 「向こうで生き残れるかどうかは、お前次第だ」

 「はいっ!!」


---
【夜・都内の公園】

 夜風が街のネオンを優しく揺らす中、公園の時計がちょうど21時を指した。

「おーっす!!」

 元気すぎる声と共に、リュックを背負ったジャージ姿のヤムが駆け込んできた。

「来たな」
 ユートがティナとバルトを連れて、ベンチで待っていた。

「うっす! 準備万端っすよ! 海外って言ってたんで、パスポートも……って、あれ? 空港行かないんスか?」

 「空港は使わない」

 「え? どゆこと?」

 「今から、うちに寄ってから、すぐ向かう」

 「えぇぇ……? なんか不安しかない……」

 ヤムの不安をよそに、ユートは当然のように歩き出した。


---

【榊春都の部屋】

 高層階のマンションの一室。
 ティナとバルトは手慣れた様子で靴を脱ぎ、ソファに腰を下ろす。

「本当に……ここ、普通の日本の部屋ですよね……?」
 ヤムは落ち着きなく、あちこちを見渡している。

「でさ、ここからどうやって行くの? “あっち”ってやつに」

 ユートは一言だけ、呟いた。

「転移」

 「て、てんい……? いや、え? まさか――」

 その瞬間、ユートの足元に淡く青白い魔法陣が浮かび、部屋全体に光が満ちた。

「うわああああ!? まって!? え!? これなに!? ええええええっっ!!?」

 ――次の瞬間、視界が歪み、空間が裏返った。


---

【異世界・ユートの自宅前】

 ひんやりとした草の香り。澄んだ空気。
 見上げれば、夜空には二つの月が浮かび、星々が静かに瞬いていた。

 その場に立ち尽くすヤム。

「………………」

 目を見開き、膝から崩れ落ちる。

「え……えぇぇぇ……?」

 手で地面を触れ、空を仰ぎ、もう一度地面を撫でて――

「ウソでしょ!? 本気で!? ここ……どこ!!? 宇宙!? 火星!? 異世界!? アニメ!? 俺夢!? 幻覚剤盛られた!?」

「うるさい」
 バルトが容赦なくヤムの頭をぺちんと叩いた。

「いってぇぇ!」

「これが夢なら痛くないだろ?」

「ぐっ、ぐぬぬ……!」

 ティナはお腹を抱えて笑い、ユートは腕を組んで一言。

「ここが“俺たちの世界”だ。ようこそ、ヤム」

「…………ッッ」

 ヤムは、しばし茫然とし、そして、感情が爆発した。

「マジかよおおおおおおおおおおお!!!!!」


---

【ユートの自宅】

 そのまま4人は、月明かりの下、落ち着いた佇まいの石造りの家へと向かう。

「こ、ここ住んでんの!? マジで異世界の王の家って感じなんですけど……!」

「まぁ、実際この辺の開拓はユートがやってんだけどな」
 バルトがぼそりと言うと、ヤムは全身でのけぞった。

「えぇぇ!? どういうこと!?」

 「とりあえず、今日は休め。色々見せたいもんもあるけど、それは明日だ」

 「ユート……あんた……何者なんだよ……」

 「言ったろ、ユートだよ」


---
【翌朝・アストレア ユートの自宅】

 鳥のさえずりと澄んだ空気に包まれて、ヤムは重いまぶたをゆっくりと開けた。

「……うーん……あれ……俺……」

 見慣れない天井。木の香りがする部屋。温かい陽射し。

「……夢じゃ、ない……のか……」

 跳ね起きて窓を開けると、遠くに広がる街並みが目に飛び込んできた。

 石畳の道。行き交う人々。建設途中の区画と、巨大な城門。
 馬車。屋台。露店。冒険者風の男女。そして、遠くには列車の線路まで伸びている。

「おいおい……本気かよ……ここ、全部……ユートが?」


---


 「すげぇ……すげぇ……すっげぇぇぇ!!」

 道行くたびに叫ぶヤムに、通行人が笑いながら振り返る。
 ティナは恥ずかしそうに後ろを歩いていた。

「これ……商人の通り? あの建物、食堂? 鍛冶屋!? えっ、あれ列車!? マジで動くの!?」

 「まぁな。王都まで行ける。今はそこから開発中だ。」

 ユートはさらっと答えるが、ヤムの脳は情報過多で悲鳴をあげていた。

「で、でも、街の整備とか物流とか、法律とか、税とか……どうやって……?」

 「全部俺の頭の中と宮野の設計と、地球でのノウハウと、現地の人材。あと、魔法」

「マジで魔法出たー!!」


---

【訓練場】

 広々とした練兵場では、アストレア騎士団の訓練が行われていた。
 剣を交える音、魔法の放出音、そして怒号と歓声が響き渡る。

「うわ……うわあ……」

 騎士のひとりが、軽く放った風の魔法で巨木を両断して見せた瞬間、ヤムは思わず座り込んだ。

「ま、まだ、間に合うかな……空港戻って……」

 「無理だな」
 ユートが即答する。

 「ここまで来たなら、最後まで見てけ。あの先には、もっとすげぇ奴らがいるから」

 バルトが槍の演舞を見ながら、肩をすくめた。

「お前が俺を倒したいなら、まずこいつらに勝ってからだな」

 「く、くそぉ……俺は今まで、世界中の格闘家と道場破りしてきたのに……! 規格外すぎる……!」


---

 夕暮れの街を歩くユート一行。ヤムは疲れ切った顔で歩いているが、その目は輝いていた。

「俺……本当に来てよかったと思ってます」

「ふーん?」

「だって……こんな世界、本でしか知らなかった。剣と魔法。ドラゴン。街を作る勇者。人の夢と力が混ざり合った世界。……最高じゃないっスか」

 ユートは何も言わず、ただ前を見て歩き続ける。
 ティナとバルトが、少しだけ笑った。

「じゃあお前も、ここで何かを始めてみるか?」

 「……はい!」


---
【翌朝・アストレア訓練場】

 朝日が昇るとともに、アストレア騎士団の訓練場に、活気のある声が響き渡った。

「――体を沈めろ! もっと腰を落とせ! そんなんじゃ魔物の爪一撃で吹き飛ぶぞ!」

「はいッ!」

 団員たちが汗を飛ばしながら剣を振るい、魔法の練習も同時進行で行われていた。
 その一角、見慣れない姿――ジャージにトレーニングシューズの男、ヤムが立っていた。

「ま、マジで俺、ここに混ざっていいんスか……?」
 彼は不安げにユートの方を見た。

「ああ、ちゃんと“手加減するように”って言っといたから安心しろよ」

「え、逆じゃない!? 俺の方がヤバいんじゃ……!」

 バルトがニヤリと笑った。

「手加減ってのは、殺さない程度って意味だ」
「ヒィッ!?」


---

 まずは基本の剣術訓練。
 木剣を構え、隊員の一人と対峙する。

「……ッ、来いよ」
 気合を入れたヤムが先に踏み込み、素早い足捌きから打ち込んだ。

 ――が、木剣は寸前で受け止められ、逆に身体が浮いた。

「うおぉっ!?」

 肩から転がり、土煙を上げながら着地。団員が苦笑しつつ手を差し伸べる。

「反応は速い。だが、力の差があるな。気を抜くなよ」

「……わかってますッ!」

 ヤムは歯を食いしばって立ち上がった。

 その後も体力訓練、持久走、武器のバランス取りと、慣れない訓練が続く。


---

 訓練の合間、木陰で水を飲みながら、ヤムは地面に寝転がる。

「マジで……キツい……。日本の武道とは次元が違う……」

「でも、ちゃんと動けてたよ」
 ティナが笑顔で水筒を渡す。

「え、マジっすか……?」

「うん。最初はみんな戸惑う。でも、君は技術があるから、吸収も早いはず」

 「……くぅ……もうちょっと褒めてくれたら立てる気がします」

「仕方ないな……」
 ティナが優しく肩を叩いた瞬間、ヤムはガバッと起き上がった。

「やるぞぉぉぉ!」


---

 午後は二人一組での実戦形式訓練。
 ヤムの相手は、片手剣の中堅騎士。経験値の差は歴然だが、ヤムは果敢に向かっていく。

 タイミングを見極めた回し蹴り、フェイントを含めた組み立て。
 だが、騎士の剣筋は正確かつ重い。

 「っぐ……!!」
 数合のやり取りの末、ヤムは剣を弾かれ、後方に跳ね飛ばされた。

 「まだだあああああっ!!」

 気合と共に立ち上がり、再び構える。騎士の顔に僅かに驚きが浮かぶ。

「まだやるか。面白いな」
「俺は、ここで何かを掴まなきゃ意味がねぇんスよ……!」

 ――再開の合図と同時、再び激しくぶつかる二人の剣。

 ユートはその様子を、遠くから静かに見ていた。

「……悪くない。あとは、こっちの世界の“感覚”さえ掴めれば、化けるかもな」

 バルトがうなずく。

「基礎が出来てるのは強みだ。あとは経験と度胸。いずれ戦力になる」


---

 夕暮れ。
 汗と土まみれになったヤムが、大の字になって寝転ぶ。

「死ぬ……けど、めっちゃ生きてる……ッ!」

 ティナとバルトが笑いながら肩を叩き、
 ユートが水を投げて寄越した。

「明日もあるぞ」
「鬼か!?」


---
【アストレア冒険者ギルド・午前】

 木造の重厚な扉を押し開けて、ヤムはおそるおそる足を踏み入れた。

「うわっ、まじでファンタジー系の冒険者ギルドだ……!」

 中は活気に満ちていた。
 受付で依頼を受ける者、掲示板の前で仲間と相談している者、剣や鎧を手入れしている者。
 重厚な空気と熱気が漂っている。

「こ、こいつは……テンション上がる……!」

 ヤムが一人でテンションを上げていると、後ろからティナが肩を叩いた。

「ほら、受付に行こう。ユートが言ってたでしょ。登録しなきゃ、何も始まらないって」

「お、おう……!」


---

【受付カウンター】

「冒険者登録ですね?」
 受付嬢の女性が微笑みながら対応してくれる。
 落ち着いた物腰に、ヤムは思わず背筋を伸ばす。

「はいっ、お願いします! ……あ、いや、お願いしたいっス!」

「ふふ、ではお名前と年齢、生まれの地を――」

 受付嬢は書類を取り出して、さらさらとペンを走らせ始めた。

「名前は……ヤム、じゃなくて、えっと、寺門雅之……いや、“ヤム”でいいっす!」

「では、冒険者名は“ヤム”で登録しておきますね。年齢は……?」

「二十歳っス!」

「生まれの地は?」

「……と、とりあえず“西の小国出身”ってことで……!」

「わかりました」
 受付嬢は慣れた様子で頷き、登録を完了した。



---

「こちらが冒険者カードです。“ヤム”様は初期登録ですので、Fランクとなります。ですが、実績や試験で昇格は可能ですので、無理のない範囲で活動してくださいね」

「うおぉ……これが俺の、異世界の第一歩……!」

 銀色のプレートに刻まれた自分の名と所属ランク。
 ヤムはそれを手にし、眺めて、ニヤニヤしていた。

「なんか……感動してきたっス……」

「うんうん、よかったね」
 ティナが微笑みながら背中を軽く叩いた。

 バルトはぼそりと呟く。

「それで調子に乗って、すぐケガする奴も多いけどな」

「こわっ!?」


---

 ユートと合流したヤムは、カードを見せびらかしながらはしゃいでいた。

「じゃあ、次は何やらせてくれるんスか!? ドラゴン討伐? 魔王の城突入?」

「掃除依頼だ」

「え……?」

「Fランクは街の清掃、荷物運び、動物の世話、畑の手伝いが主な仕事だ」

「う、うそでしょ……!?」

 それでも――
 ヤムの異世界での一歩は、確かに始まったのだった。


---
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