世界を滅ぼす神々に立ち向かうのは、神の理とモフモフを従えた俺でした

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プロローグ

牢の中、最悪の出会い

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「……何で、こんなことになってんだよ……」

冷たい石の床に投げ込まれ、田代玄也は頭を抱えた。異世界に転移してから数日。ろくに状況も把握できないまま、帝国兵に“危険存在”として捕まり、今は鉄格子の中。

「おい!俺は何もしてないって!出してくれよ!」

叫びも虚しく、去っていく騎士たちは一度も振り返らなかった。

「クソ……マジで、なんでこんなことに……」

背中を壁に預け、ため息をつく。と、その気配に気づいて振り返る。

そこには整った服を着た青年がいた。きっちりとした身なり、端正な顔立ち。だが目は冷たい。まるで他人を“存在として認識していない”ような眼差しで、こちらを見ていた。

(うわ……絶対こいつとは合わないタイプ)

その隣に目を向けると、丸っこい熊のぬいぐるみが転がっていた。

「……ぬいぐるみ?いや、可愛いな……」

思わず手を伸ばして持ち上げる。やや重いが、モフモフとした手触りは癒されるほど気持ちいい。

「おお……これ癒されるわ……」

頬ずりしかけたその瞬間、不意に低い声が響いた。

「……おい。触るな。」

「ん?」

誰も喋っていない。周囲を見渡すが、気配はない。ふと、手の中のぬいぐるみに目をやると──まばたきした。

「うおぁッ!?」

跳ねるように手から抜け出したそのモフモフは、飛び上がって玄也の顔面に一撃を叩き込み、壁まで吹き飛ばした。

「ぐあっ……!?!?」

「それ、ただのぬいぐるみじゃない。“獣人”だよ。汚いから、触らない方がいい。」

整った青年が冷たく言い捨てる。その言葉に、ぬいぐるみがピクッと反応した。

「あぁ? 今なんつったコラ?」

モフモフの小さな体から、信じられないほどの威圧感がにじみ出る。だが青年は一瞥すらしない。

玄也は慌てて割って入る。

「ま、待て待て!俺が悪かった!モフモフしたのは俺の責任だ!」

睨んでいた獣人はプイッとそっぽを向き、壁際に丸くなる。

(……いや、なんだこの世界……マジでカオスすぎる)

重苦しい空気が漂う牢の中。だが、さらに扉が開き、もう一人が連れてこられる。

がちゃり、と音を立てて騎士たちが入ってくる。その中央にいたのは、真っ直ぐな瞳を持つ少年だった。

「僕は正しいことをしただけだ。それが罪だというなら、誇りに思うよ。」

そう呟きながら連行されてきた青年は、静かに壁際に座り込み、うつむいてため息をついた。

(……なんだコイツ、眩しい)

玄也はあまりの濃すぎる牢メンバーに、頭を抱えそうになる。それでもこのまま黙っているのは性に合わなかった。

「よう。俺の名前はゲンヤ。みんなはどうしてここに?……とりあえず、名前だけでも教えてくれないか?」

牢屋の空気を切るように、玄也が声をかけた。


沈黙の中、最初に口を開いたのは、壁際に座っていた真っ直ぐな瞳の青年だった。

「僕の名前はライオ。正しいことをした……はぁ……まぁ、色々あってココに連れて来られた。」

ため息混じりの声に、ゲンヤはあえて詳しくは聞かず、次へと視線を送る。

次に目が合ったのは、整った身なりの青年。

「……何故わざわざ自己紹介を?」

面倒くさそうに眉をひそめ、わざとらしくため息を吐く。

するとその隣で、獣人がピクッと耳を動かした。

「俺の名前はフレア。ココにいるのは……別にやましいことはしてない。あと、空気も読めないアホには聞かなくていいぞ。」

露骨に身なりの良い青年を睨みつける。

「そこの獣に名前を知られたくなかっただけだ。まあいい。俺の名前はディアルク。ココにいるのは……大した理由ではない。」

あくまで冷淡に言いながらも、フレアを一瞥してからゲンヤに視線を移す。

ゲンヤは軽く笑って、肩をすくめた。

「みんなありがとう。で、だ。相談がある。ココから出たいんだけど、どうしたらいいかな?」

「はぁ……」

「……言うと思った。」

「……バカか」

3人が同時にため息をついた。その瞬間だった。

がちゃり、と鉄扉が開く音が響く。

鎧の足音とともに、騎士たちが一人の女性を引きずるように連れてくる。ぼろぼろのドレス、うつむいたままの表情。疲れ切った気配と、血の気のない肌。

騎士は彼女を向かいの牢に乱暴に放り込むと、鍵をかける。

その後ろから、ひときわ濃厚な脂臭をまとった貴族風の小太りの中年男が、にたにたと笑みを浮かべながらついてきた。

その姿を見て、4人の牢の空気が、一瞬にして静かになる。


がちゃり、と重たい扉が開く。金属の軋む音に、4人がそろって顔を上げた。

鎧を着た帝国騎士たちが、ぼろ布のような少女を引きずってくる。
白いドレスは血と泥に染まり、肩は落ち、髪はばさばさに乱れていた。
顔はうつむいて見えない。ただ、その細い足元が、歩こうともせず引きずられていることだけがわかる。

騎士が乱暴に牢屋を開け、そのまま彼女を中に突き飛ばした。

「大人しくしていろ。お前は“あのお方”に仕える光栄を得たんだ、ありがたく思え」

鍵がかけられ、鉄格子が閉まる。その背後から、やけに甲高く鼻にかかった声がした。

「フフッ、実に良い“調整”が進んでいるようですねぇ……。壊れる寸前が、一番美しい」

騎士たちを従えていたのは、小太りの中年男だった。
絹のようなドレスシャツに太った指を押し込み、うすら笑いを浮かべたまま、牢の中の少女を舐め回すように見ている。

「お人形ちゃん、今日はよく頑張りましたねぇ? 明日には、もっといい“芸”を見せてくれるでしょう」

何の返事も返らない。少女は、ただ膝を抱えて、丸くなっている。

 

「……あの野郎、ぶん殴っていいか?」

フレアが低く唸るように言った。ゲンヤも怒鳴りたいのをこらえ、拳を握る。
だがライオはただ、黙って少女の姿を見ていた。

整った青年――ディアルクは、目を細めて周囲を見た。そして、呟くように言った。

「……この空間、魔力の気配が変だ。あの少女、普通じゃないな」

「はぁ? なに言ってんだ?」

「……いや、何でも無い。」

その瞬間、小太りの貴族が唐突にこちらへ顔を向けた。格子越しに、まるで気配を感じたかのように。

「おや、異端者どもがこんなに揃っているとは……。愉快ですねぇ。あなた方もいずれ、私の“収蔵品”になるでしょう」

「……黙れ。クズが」

ライオが吐き捨てるように言うと、ゼルグは眉をひそめるどころか、笑みを深めた。

「怒りの瞳……いい表情ですねぇ。崩れる瞬間が、楽しみです」

貴族は踵を返し、騎士たちを従えて出ていく。扉が閉まり、再び暗い静けさが戻った。

 

向かいの牢の少女――セリナは、壁に寄り添ってうずくまっていた。
指がかすかに震えている。だが、泣いても、叫んでもいない。
声すら、出せなくなっているのかもしれない。

ただ……唇だけが、かすかに動いていた。

「……だれか……たすけて……」

その声が、誰に届いたかはわからない。
だが、4人の中で何かが、確実に揺れた。

向かいの牢の少女は壁にもたれ、膝を抱えたまま小さく震えていた。
声はかすれてほとんど聞き取れないほど弱々しい。
だがその言葉は、牢の空気を確かに変えた。

フレアは無言のままそちらにちらりと目をやったきり、視線を逸らす。
ディアルクは興味なさそうに目を閉じ、ライオは顔を伏せて拳を強く握っていた。

ゲンヤだけが、じっとその小さな背中を見つめていた。
そして、そっと声をかけた。

「……なあ、君、大丈夫か?」

セリナはぴくりと肩を震わせた。だが顔は上げない。反応もない。

「無理に返事しなくていい。別に、何か聞きたいわけでもない。ただ……その、ちょっと気になってな」

ゲンヤは言葉を選びながら、なるべく柔らかい口調で続ける。

「俺たちも、わけあって捕まってるんだ。君も、きっと無理やりだったんだろ?」

ようやく、セリナの瞳がかすかに動いた。
濁った灰色の瞳が、格子越しにゲンヤの顔をそっと捉える。

「……あの人……また、来るの……?」

「……あのデブか? 来ねぇよ。来たら俺たちがぶん殴る」

軽口めかして言ったゲンヤに、思わずフレアが「はっ」と小さく笑う。

「……ぶん殴る、って……ふふっ……」

セリナが、ほんのわずかに微笑んだ。その表情は、疲れ切った中でも確かに“人間の温もり”が宿っていた。

「……名前、聞いても……いいですか……?」

ゲンヤはにかっと笑った。

「俺はゲンヤ。こっちは獣人のフレアと、勇者っぽいのがライオ、で、眉間にシワ寄せてるのがディアルク」

「……みんな、名前……あるんだね……」

その一言に、ゲンヤは少しだけ胸を痛めた。
まるで、自分の名前すら“不要なもの”として扱われてきたかのようだった。

「君の名前は?」

「……セリナ。セリナ=レイド、です」

どこか儚げな声だったが、しっかりとした響きがあった。

「よろしくな、セリナ。……少なくとも、ここにいる間は、お前の味方が4人いるってこと、忘れんなよ」

セリナは少しだけ目を見開いた。
そして、ゆっくりとうなずいた。

「……ありがとう、ゲンヤさん……」

ゲンヤは小さく笑った。

それを見ていたライオは、目を閉じて小さく頷き、
フレアは無言のまま、少しだけ距離を詰めて格子の近くへ座り直した。
ディアルクは顔を逸らしたまま、わずかに口角を上げていた。

静かな対話の中、4人とひとりの少女の距離が、ほんの少しだけ近づいた。



「……なんかもう、俺さ。無理だわ。こういうの見て、黙ってられるタイプじゃないんだよな、俺」

ゲンヤが立ち上がり、鉄格子を見上げながらぼやいた。

「この世界のことも、ルールも、政治も何も知らねぇ。でもさ……こんなの間違ってるってことくらい、俺でもわかる」

「……何が言いたい?」

ディアルクが面倒くさそうに聞き返す。ゲンヤは苦笑して振り返った。

「決まってんだろ。ここから出る」

「……ああ、やっぱ言いやがったな」

フレアが額に手を当ててうなだれる。
ライオは少し目を丸くし、それから静かに、頷いた。

「僕も、同じ考えだった。彼女を、このまま見捨てるのはできない」

「ライオ、お前もかよ……」

「悪いか?」

「いや、まあ……悪くはねぇけど……ってか、お前ら正義感強すぎだろ」

ゲンヤが肩をすくめる。
ディアルクはため息をひとつ吐いて、壁にもたれた。

「正面から出ようなんて無理だぞ。魔法封じ、結界、鉄製の二重扉。ここの警備は牢屋の中でも最上級だ」

「そうそう簡単にはいかねぇだろうな。でも、何もしないよりはマシだ」

「で、どうするんだ? 脱出計画でもあるのか?」

「ない。けど、今から考えればいい」

あっけらかんと言い切るゲンヤに、三人とも黙った。

「……お前って、ほんと馬鹿だな」

「よく言われる。でもな、バカでも動かなきゃ何も変わらねぇんだよ。俺は……変えたい。せめて、今目の前の理不尽だけでも」

セリナは顔を伏せていたが、唇をかすかに噛みしめていた。

「……そんなこと……無理だよ……あの人は、強いし……誰も、逆らえない……」

「なら、俺たちが“逆らう誰か”になればいいだけだろ」

ゲンヤは微笑んだ。強く、けれどどこか優しい笑みだった。


「魔法封じ、結界、鉄製の二重扉……」

ディアルクの言葉に、ゲンヤは「魔法……?」とぽかんとした顔をした。

「ちょっと待て、今さらだけど……魔法って、マジであんのか?」

「……お前、何を今さら……」

「いやだって、火とか氷とか、ドーンって出すあれ? 本物?」

ライオが苦笑しながらうなずいた。

「うん。そういうの、普通にある。……知らないの?」

「マジか……すげぇな異世界……。いや、今は置いとこう。問題は、その魔法が使えねぇってことだよな?」

ディアルクが無言で頷く。

「なら――力でいくしかねぇな」

ゲンヤが檻の格子を握り、ぐっと押してみるが、びくともしない。
すぐに隣の檻の中、モフモフの熊(フレア)に視線を向けた。

「なあ、フレア。お前、見た目カワイイけど、獣人って言うなら中身は筋肉モリモリだろ? この鉄、曲げられるか?」

「……誰がカワイイだ。まあ、力ならある。試す価値はあるかもな」

「いけそうなら、向かいの檻のも頼む。あの子――セリナも出さないと意味がない」

フレアはちらりとセリナを見やり、無言で頷いた。

「ライオ、ディアルク。外にいる騎士どもと戦えるか?」

「僕は問題ない。……ただ、素手じゃ分が悪い」

「俺も。魔法が封じられてるとなると、なおさらだ」

「ってことは――武器を取り戻す必要があるってことか」

「その点は任せろ」

ディアルクが静かに言った。

「この目は“構造と気配”を読む。……壁の向こう、地下の収容室に武器がある。階段を挟んで監視兵が2人。夜勤交代が近い」

ゲンヤが目を見開いた。

「お前、便利すぎだろ……」

「自覚してる」

「よし、なら話は早い。計画立てようぜ。まず――」

ゲンヤは檻の床に落ちていた小石で、ざっと簡単な見取り図を描き始める。

「フレアが檻を壊す→全員脱出→まずは武器を確保→その後、セリナを守りながら出口まで」

「……待て。警報が鳴る前に何人倒せるか、が勝負だ」

ディアルクが補足を入れる。

「ゲンヤ、君は……武器は扱えるのか?」

ライオの問いに、ゲンヤは少し考え、苦笑する。

「……棒なら振れる。なんでか知らんが、“力の入れどころ”とか“急所”が見える気がするんだよな。たぶん剣とかあれば……なんとかなる」

「……それ、普通じゃないな」

ディアルクが目を細めた。

「だよな? 俺もちょっと自分が怖ぇよ……まあ、それも今は置いとく」

ゲンヤは立ち上がり、鉄格子の先にいるセリナを見据えた。

「――準備が整い次第、やる。もう、黙って見てるのは嫌なんだ」

その言葉に、フレアがにやりと笑い、ライオが頷く。
ディアルクも無言のまま立ち上がった。

牢の中の空気が変わった。
ただの囚人だった彼らの中に、確かな“意志”が芽生えていた。

──そして、脱出の夜が近づいていた。



牢内は静まり返っていた。
外では交代の鈴が鳴り、夜の見回りが始まろうとしている。

ディアルクは目を閉じ、深く息を吐いた。

「……今だ。交代の空白ができた。監視の動きが薄れた」

その声に、フレアが立ち上がる。
ゲンヤは一歩下がり、隣の格子を見た。

「頼んだぜ、相棒」

「フッ……見てろよ」

ぬいぐるみのようなモフモフが、ふるりと揺れた。
次の瞬間――その身体が、ぐにゃりと膨張し始める。

ふさふさの毛が逆立ち、二回りも大きな獣人の姿へと変貌する。
鋭い牙、獣の耳、膨らんだ右腕が異様にうねりながら肥大化していく。

「うおっ……見た目以上にインパクトあるな……」

「“ぬいぐるみ”じゃねぇって言っただろ」

ぶうん、と腕を振りかぶり――
フレアの右腕が鉄格子にめり込む。
金属がきぃんと鳴き、ぐにゃりと歪んだ。

そのまま、力任せに引き千切る。

「よし、次!」

獣人の姿のまま、向かいのセリナの牢へ駆ける。
躊躇なく同じ動作で檻を叩き潰す。

セリナは恐怖に怯えた目を見開いていたが、フレアの声がかぶさる。

「動けるか? 立て、嬢ちゃん。今がチャンスだ」

「……う、うん……!」

檻が開くと同時に、フレアの体は一気にしぼみ、ぬいぐるみサイズに戻った。
モフッとした身体がゲンヤの背に飛びつく。

「お前、便利すぎじゃね……」

「つべこべ言うな、走るぞ!」

ゲンヤは折れた檻の棒切れを持ち、走り出す。


「この先、階段を下りた地下。武器の保管庫がある。見張りは2人。片方は半分寝てる」

ディアルクが低く呟く。

一行は鉄階段を静かに駆け降り、曲がり角の直前で止まった。
ディアルクの目が光る。

「……今」

ライオとゲンヤが同時に飛び出した。

不意を突かれた騎士が何かを言う間もなく、ライオの拳が一人を顎から沈め、
ゲンヤの棒術がもう一人の脇を突き、壁にたたきつけた。

「よし!」

保管庫の扉を開け、中へと突入。

ディアルクが自分の長剣を、ライオが光の紋が刻まれた細身の剣を、ゲンヤは――

「何かないかなぁ」

一本の長剣を手に取る。手に吸い付くような感覚。

「……これでいいや。」

最後にフレアが、腰に巻いていた小さな包みを開けると、中から爪のついた籠手が現れる。

「さぁ、出口へ行くぞ」

 

「この先の扉は重いぞ。魔力封じと耐衝撃処理されてる」

ディアルクが言う。
フレアは再び膨張し、右腕だけを巨大化させた。

「壊すなら、一撃だ。騒がれる前に」

ゲンヤがうなずく。

「やっちまえ」

フレアが拳を振り上げ、全体重を乗せた一撃を――

「ッッッしゃああああああああああああああっ!!」

ドガァン!

分厚い扉が内側から粉砕され、金属の残骸が吹き飛んだ。

「行けぇっ!」

ゲンヤの号令で、5人と1モフが外へ飛び出す。

脱出――成功の第一歩だった。

 
石畳の夜道を、五人と一匹が駆け抜けていた。

背後では怒号と金属音。
騎士団の追手が迫ってくる。

「このままじゃ振り切れない!」

フレアの声に、ゲンヤが路地の角を指差す。

「右! 細い道に入れ!」

狭い路地裏へ滑り込み、すぐに足音が近づく。

「来たぞ、二人……!」

ライオが先に飛び出した。
細身の剣が流麗な軌道を描き、迫る騎士の剣をはじく。

「ディアルク!」

「任せろ」

ディアルクが素早く背後へ回りこみ、一人を後頭部に手刀で昏倒。
ゲンヤも、もう一人の足をすくい、喉元に肘を入れて沈めた。

「よし、逃げるぞ!」

誰も余計な言葉はなく、再び走り出す。

だが――

「……もうよかろう」

静かな声が、前方から響いた。

街灯の下に立っていたのは、黒と銀の鎧に身を包んだ男。
背には長身の剣。冷たい威圧を放つ一振りの殺気。

「逃がさん」

「ッ……あいつ……!」

ライオが目を見開く。

「“灰狼の剣”ルーグ……帝国騎士団長だ……!」

一歩、また一歩と彼が近づいたその瞬間――

「――ッはえぇぇぇぇぇッ!!?」

ゲンヤが叫ぶより先に、ルーグの剣が空を裂いた。

その速度、まさに見えない。
だが――ゲンヤの剣が、刃を“自然に”受け流していた。

キン、キンッ!

四連撃、五連撃、六、七――

「な、なんで俺、生きてんの!?」

ゲンヤの叫びとは裏腹に、ルーグは目を見開いていた。

「……どういうことだ。この動き……完全に“見切って”いる……?」

そのまま、息を吐く間もなく八、九、十――

「速すぎる……! 見えねぇっての……!」

叫ぶゲンヤ。
だが、剣筋は鋭く、軽く、正確に、全てを弾いていく。

「ッ……バケモノか……」

ルーグの額に、初めて汗がにじんだ。

見ていたディアルク、フレア、ライオの三人が固まっていた。

「……あれ、普通じゃないよな?」

「今のゲンヤ、おかしいぞ……」

「というか……何者なんだ、アイツ……」

ゲンヤは心の中で――(このままやり合ったら、マジで死ぬ……!)と全力で警戒していた。

だが、彼の中には“ある直感”があった。

──この剣なら、切れる。

視線を横に流す。
目の前の建物の外壁、老朽化した梁。その“支点”と“裂け目”が、何故か見えた。

(いける……!)

ゲンヤが静かに剣を振る。
わずかな振り、音もなく空気を裂いた一閃。

ザリ……。

建物の梁に、小さな音が走る。

その直後――

ガゴゴゴ……ッ!!

「……!?」

ルーグが気づいたときには、崩れた壁が上から迫っていた。

「チッ……!」

咄嗟に剣で防ぐが、瓦礫に囲まれ、視界が遮られる。

「今だッ! 行けぇぇぇ!」

ゲンヤの叫びに、全員が反応した。
フレアがゲンヤの背に飛びつき、ライオがセリナの手を引き、ディアルクが道を先導する。

夜の街に響く怒号を背に、彼らは闇の中へと姿を消した。

脱出成功――ただし、それは序章にすぎなかった。

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