世界を滅ぼす神々に立ち向かうのは、神の理とモフモフを従えた俺でした

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第1章

魔法修行、クララの葛藤

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午後の陽光が柔らかく差し込むなか、クラリーチェ・フィオナ・ランメル――クララはフレアの家の裏庭に出ると、魔導具で作られた的を三つ並べた。

「では午後は、魔力の放出訓練を行いますわ」

スカートの裾を軽くつまみ、くるりと回ってゲンヤのほうを向く。

「まずは、お手本をお見せしますわね。目を凝らして、しっかりと見てくださいな?」

クララは静かに息を吸うと、右手のひらを前に差し出す。

「【球状魔力操作・展開】」

ふわり、と空間が揺れるようにして、手のひらの上に直径十センチほどの淡い蒼の魔力球が浮かんだ。揺らめきながら、明らかに“意志”を持っているように動く。

「これを――」

クララは指を軽く振ると、魔力球が音もなく飛び、中央の的に吸い込まれるように命中した。木の的が、ぱすん、と乾いた音を立てる。

「さらに、こうですわ」

今度は両手を開くと、合計五つの魔力球が同時に出現し、クララの頭上で円を描いて回転を始める。

「それぞれに異なる軌道と、異なる速度を――」

言葉通り、球体は交差しながら一つひとつ、別々のタイミングで飛び出し、それぞれの的を次々と正確に撃ち抜いていった。

「ふふ……理解できましたかしら?」

完璧な所作、優雅な笑み。クララはすこし顎を上げてゲンヤを見下ろすように言った。

ゲンヤはしばし呆然とした後、眉を寄せてうなった。

「……いや、マジで何が起きたのか、半分くらいしか分かんなかったですけど……とにかく、あの青い玉みたいなのを出せばいいんすね?」

「そうですわ。魔力を外へと押し出し、形を持たせる。まずはそれだけです」

「よーし、やってみます!」

――が、ここからが苦戦の始まりだった。

ゲンヤは両手を前に出し、目を閉じ、魔力の流れを感じて……が、何も起きない。

「んんーっ……これでどうだ!? ……ちょっと出た気が……あれ?」

ぶぉん、と空気が震えたような気がしたが、目の前には何もない。

「いや、たぶん今の……惜しい! かな?」

「惜しくありませんわ」

クララはきっぱりと切った。

ゲンヤは肩をすくめ、今度は手に力を込めて「うおおおおおおっ!」と気合で押し出そうとする。

クララはそんな彼を見て、唇の端を吊り上げた。

(ふふ……よろしいですわ、そうやって一生懸命でも出来ない様子を見ているのが――いえ、むしろそれが自然ですの。簡単に出来てたまるものですか)

クララは腕を組み、やや離れた場所からゲンヤを見つめながら、心の中でにやにやと笑っていた。

(これでやっと、伯爵様が私の教えの凄さを認めてくださる……“クラリーチェがいなければ、この男は何も出来なかった”と)

しかし――。

一時間が過ぎ、ゲンヤは手を動かしながらつぶやいた。

「クララさん。これ、もしかして押し出すってより、“湧かせる”ってイメージじゃないですか?」

「……え?」

思わずクララが聞き返した。ゲンヤの手のひらに、ふわり、と青い光が灯る。

「やった……出た!」

ふわり、ふわりと浮かぶ小さな魔力球。ぐらついてはいるが、確かにそれはクララの放ったものと同じ“球”だった。

「なるほど、ちょっと中で一回溜めて、それを押し出して……!」

ゲンヤはそこから数分後には、より明確な形を作り、さらに回転まで加えていた。

クララの頬が引きつった。

(な、なんですの!? さっきまで何も出来なかったくせに……たった一言で!?)

「うおっ、飛んだ! ちょっと的外したけど……でも、狙えそうだな……!」

クララの瞳がわずかに震える。

(ち、違いますわ。まだです、まだ彼は“未熟”……! でも……どうして……!?)

彼女の内心はすでに嵐だった。

(私は……私は伯爵様に認められたくて……こうして教えてるのに……!)

(それなのに、こいつが出来すぎたら――**“有能なのはゲンヤ”**ということになってしまいますわ!)

(でも、出来なかったら――伯爵様に「クララは役立たずだ」と思われてしまう……どっちでも駄目……!)

クララは目をぎゅっと閉じ、無理やり笑顔を貼りつけた。

「す、素晴らしいですわね……さすがは、ゲンヤさん。クララが教えたおかげですわよ?」

「え? あ、はい。クララさんのアドバイス、マジで助かりました」

ゲンヤの無邪気な笑顔に、クララはぐらついた。

(こいつ……笑顔が憎たらしい……でも笑顔が……伯爵様に似ている……どうして……)

胸の奥で、黒い感情と赤い恋慕が同時に渦巻いていた――。


「……よろしいですわ。ゲンヤさん、今日はこの【魔力球操作】だけを徹底的に反復なさい」

夕方が迫る中、クララはやや早口でそう告げた。

「え? もう次の段階に行かなくていいんすか?」

「……ふ、普通はこの時点で次に進みますが、あなたの場合……基礎が不安定かもしれませんもの。今のうちに徹底的に身体に覚え込ませてくださいませ」

(嘘ですわ……本当は――)

(私が怖くなっているのですわ)

ゲンヤは素直に「了解です」と返し、すぐに再び集中する。彼の周囲には、十数個の魔力球が宙に浮いていた。

それぞれが違う軌道、違う速度、違う高さで舞いながら――次の瞬間、同時に全ての球が、狙いすましたように三つの的に吸い込まれていった。

「……っ!」

クララは無意識に一歩後ずさった。

それはまるで、意志を持つ精密兵器。魔力球が、命令された通りに一糸乱れず動いたのだ。

しかも――。

ゲンヤは片手で、さらには片目をつぶりながら言った。

「うーん、もうちょっと速度揃えたほうが良さそうっすね。こっちの球がほんのちょっとだけ早く届いちゃった」

「……貴族の魔導師でも、ここまで出来るのは……数人……」

クララの唇が震える。声はかすれ、瞳は揺れ、思考がまとまらない。

(なにこれ……なにこれ……私は魔道学園を首席で卒業して、誰よりも努力して、やっとここまで来たというのに……)

(この男は、私の指導を少し受けただけで――こんな、馬鹿みたいな領域に……っ!)

ゲンヤが楽しげに呟く。

「クララさん、これ、もうちょっと応用してみてもいいっすか? 球の軌道をジグザグに飛ばしてみたい」

「……えぇ、ええ、ご自由にどうぞ……」

その言葉は空々しく、力がなかった。

(なにが“魔法研究所”よ……なにが“未来の魔導技術”よ……。この男が1人いれば、私なんて不要じゃないの……?)

(伯爵様は、こんな男を“認める”の? 私より先に?)

(いや……いやよ、それだけは、絶対に嫌……)

クララの心は壊れそうなほどに混乱していた。怒り、恐怖、劣等感、そして――愛。すべてがぐちゃぐちゃに渦を巻く。

しかし、外面は崩さない。

クララは微笑を作り、かろうじて震える声で言った。

「今日は……ここまでになさってくださいませ……。お疲れ様でした、ゲンヤさん。また……明日……来ますわ」

くるりと背を向け、足早に立ち去る。

その後ろ姿は、気品を保ちながらも、明らかに沈んでいた。

ゲンヤは頭を掻きながらぽつりと呟いた。

「……あれ? なんか怒らせたかな?」

その声が届くことはなく、クララは黙って、まるで“逃げるように”フレアの家を後にした――。


夕暮れの空に、やや肌寒い風が吹く。
訓練を終えたゲンヤはフレアと共に、フレアの家の食卓で簡単な夕食を囲んでいた。

「今日の訓練、なんか最後は変な空気になった気がするんだよな……」

ゲンヤがスプーンでスープをかき混ぜながら呟いた。

フレアはぐいっとミルクを一口飲むと、テーブルにコトンとカップを置いて言う。

「……お前、自覚ねぇだろうけどな。もう結構な熟練者だぞ」

「は?」

「魔力を自在に操作して、軌道まで細かく制御してるだろ? あれは、普通は半年以上修行して、やっと一球ってとこだ」

「マジか……?」

「マジだ。あのクララが教える段階はもうとっくに超えてる。だから困ってんだよ。あいつ、“自分が一番じゃない”ってのが一番苦手なタイプだ」

「……え、あの人ってそんな感じだったの?」

「お前が伯爵に気に入られてるのも地味に刺さってるだろうしな」

ゲンヤは額に手を当て、深いため息をついた。

「マズいことしたかな、俺……」

「いや、別に悪いことじゃねえ。ただ……ま、しばらくは“気を遣え”」

「はあ……がんばる」


---

夜――。
クラリーチェ・フィオナ・ランメルの私室。高級な寝具に囲まれた空間。だが、そこに眠気はない。

クララは薄暗い部屋の中、鏡台の前に座り、紅茶に口をつけていた。けれども、その手は小刻みに震えている。

「……どうして……?」

ぽつりと呟く。

「私は……魔導学園を主席で卒業して……努力して……ずっと一人でここまで来たのに……」

「“ぽっと出の男”が、少し教えただけで私以上の魔法を……? 馬鹿みたい……」

クララは紅茶のカップをガシャンと落とした。
床に茶色の液体が広がり、染みを作るが、気にした様子はない。

「――いいえ、きっとあれは幻。偶然よ、偶然……っ」

「ねぇ、イベール様……。どうして、私を見てくれないの……?」

「私はここまで尽くして、忠義も誠意も捧げて……全部あなたのためにやってきたのに……」

「ゲンヤ……ゲンヤ……ゲンヤ……っ!」

壁をバンと叩く。顔が歪む。

「あなたが現れてから、イベール様が私に向ける言葉が……減った……っ」

「ふふ……でも大丈夫。あなたが優秀であればあるほど、“教えた私”も優秀なはずでしょう? イベール様もきっと、私を褒めてくれるはず……」

「だから……私が一番なの……。ねぇ、ゲンヤさん……?」

クララは鏡に映る自分を見つめながら、ゆっくりと口角を吊り上げた。

「……あなたを育ててあげる。立派に……ね?」

「私だけの、生徒として……ふふふふふ――」

その笑みは冷たく、けれども確かな熱を帯びていた。

狂気と愛と執着が絡まり合った、魔法士クララの夜は、まだ終わらない――。

朝日が昇り、フレアの家の庭に再びクラリーチェ・フィオナ・ランメル――通称クララの姿があった。
前日とは違い、彼女の表情は妙に明るく、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべている。

「おはようございます、ゲンヤさん。今日は一流の魔法使いを目指すあなたに、私の全てを授けてさしあげますわ!」

キラキラと瞳を輝かせて宣言するクララ。
ゲンヤは目をぱちくりとさせながら「……はあ」と気のない返事を返す。

フレアが肩の上でぼそっとつぶやく。

「……昨日とテンション違くねぇか……?」

クララは構わず胸を張る。

「いいえ、これは指導者としての誇りと責任感に目覚めた証ですわ。イベール様が私の才能を見てくださるならば、それで十分……ふふ……」

後半は小声になっていたが、ゲンヤとフレアはあえて聞き流した。


---


クララは庭の中央に立ち、ぴたりとゲンヤを見つめる。

「ではまず、“火属性”の基本から参ります。指先に、ほんの小さな炎を――」

クララが指を鳴らすと、右手の人差し指の先に、ろうそくのような赤い火が灯った。

「これは“火の種”とも呼ばれる基本中の基本。魔力を熱と光に変換するイメージが大切ですわ」

ゲンヤも真似てみるが――

「……くっそ、熱っ!? 煙だけ出た!」

「ふふ……慌てなくてよくてよ。魔力を外に出すまでは制御できているようですわ。あとは“熱”をイメージして、火として燃やす方向性を明確に――」

10分後――

「出た……! お、ちっちぇぇけど燃えてる!」

「お見事ですわ!」

クララは拍手しつつ、内心では**(なによ……昨日の無双に比べれば普通じゃない……ふふっ、やっぱり私は有能!)**と満足気に微笑んだ。


---


「では次、“ファイアーボール”。魔力球を作り、それに火属性の変換を行います。大きさ、温度、威力……すべては想像力と制御力にかかっていますのよ」

クララが空中に赤く燃え上がる火球を作り、宙を舞わせると、庭の木製の標的に命中――ドンッという爆発と共に、木片が飛び散った。

「……うわぁ、マジか」

ゲンヤはすぐさま集中し、魔力球を作り、火属性の変換を意識する――

「……できた? いや……おおっ!? できた!」

赤い火球がふわりと宙に浮かぶ。

「見事ですわ! では次は、それを“自由自在に操る訓練”ですわよ!」

ゲンヤは最初はぎこちなかったが、30分もすれば火球をクルクルと空中に回しながら軌道変更や加速も自在に。

クララは拍手を送りながら――内心ではまたもや葛藤する。

(なんなのこの男は……一時間でここまで!? でも大丈夫、私が教えたから……そう、私が“完璧に指導した”から……イベール様、見ていてくださいね……!)


---

クララは次の訓練に進む。

「では――“火の範囲魔法”ですわ」

彼女は両手を前にかざし、地面に向けて詠唱。

「《火環陣(カレン・フレア)》」

ぽうっ、と紅い光が走り、数秒後、直径5メートルほどの円形に火炎が地面を舐めるように噴き出す。

「これは“制御範囲”と“火力”の両立が難しい魔法ですわ。あなたに扱えるかは、試してみないとわかりませんけれど……ふふ」

クララは自信ありげに笑う――が、次の瞬間。

ゲンヤが真似て魔力を集中し、火球を複数連動させてから地面へ向けて操作――

ズウッ――と、数秒後、クララが見せたよりもやや小さいが、確かに同様の火炎範囲が広がった。

「……あ」

クララの口から小さく声が漏れる。

「……す、すごいですね、ゲンヤさん。とっても上手にできてますわ……ええ、本当に……」

(また……また私の“特技”が……でも大丈夫、これは……教え方が良かったから……きっと、そう……!)

クララは引きつる笑顔を保ったまま、心の奥でぐつぐつと嫉妬と賞賛の矛盾が煮えたぎっていた。
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