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第1章
神の力
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「……ソウマ」
ミタマがふと静かな声で呼びかけた。
「え? どうした?」
「わしの魔力が――少し戻ってきたようじゃ。そろそろ、“やってみる”頃合いかもしれん」
ミタマが右手を前に差し出し、目を閉じる。
空気が震えた。
静かだった裏庭に、魔力の波が確かに広がった。
「……っ」
ソウマが思わず息を呑む。
ミタマの手のひらから――
小さな水球が、一つ、また一つ、次々に現れた。
ふよふよと浮かび、十個、二十個、三十個……
その数、ざっと五十以上。
それらがすべて、ミタマの周囲をクルクルと周回し始める。
円を描き、波を描き、軌道が重なることなく、完璧に制御されていた。
「こ、こんな……!」
水球はそれぞれが違うリズムで回転し、違う高さを保ち、互いに一切干渉せず、
まるで“意志を持った衛星”のようにミタマの周囲を舞う。
その姿は、まるで神を中心にした惑星の環のようだった。
「これが、“神の魔力制御”じゃ」
ミタマの目が淡く光る。
その瞬間――すべての水球がピタリと停止した。
そして――
「全弾、別軌道で撃ち出すぞ?」
「へ……?」
次の瞬間――
ずらりと並ぶ木製の標的に向けて、全ての水球がバラバラの軌道で発射された。
左上段へカーブ、右下から巻き込み、上空から急降下、
中には途中で“止まり”、再加速して命中する球もあった。
全て命中。音もなく、静かに、正確に。
「こ、これは……」
唖然として声も出ない。
今の自分が何百回やっても、あの“コントロール”は再現できない。
正確、滑らか、まるで水が“生きて”いるかのような動き。
「神って、こういうことか……」
「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう。
まぁ、今はまだ“全盛期の一割”程度じゃがな」
「これで一割……!?」
ミタマは手を下ろし、水球の残滓が空気に溶けて消えるのを見送った。
「魔法は、暴力ではない。
力ではなく、意志と制御の賜物じゃ。
ソウマ――おぬしも、いずれはこれに届くぞ。
……いや、届かねばならぬ。おぬしには、その“素質”があるからの」
ソウマの胸が高鳴った。
あれを自分も、いつか――いや、必ず使ってみせる。
あの“意思を宿す魔法”を。
「絶対、追いついてみせる。いや、超えてみせる」
「その意気じゃ。わしも、もう一度“本物の神力”を取り戻してみせようぞ」
2人の視線が交差し、静かに火が灯る。
次なる訓練と、次なる冒険の気配が、確かに近づいていた。
「はぁああ……はぁっ……」
ソウマは膝に手をつき、肩で息をしていた。
手のひらには、さっきまで浮いていた水球の残骸――水たまりができている。
「むむ。完全に潰れておるな」
ミタマが水たまりを覗き込んで、わずかに苦笑する。
「でもな……! 今のは軌道はよかったろ! ちゃんと狙った方向に飛んだし!」
「うむ。じゃが、勢いが強すぎて“維持”ができておらぬ。“押しすぎ”じゃな。
魔法とは、力よりも“バランス”じゃ」
「その“バランス”が難しいんだって……!」
ミタマの神業のような魔法制御を目の当たりにしたあと、
ソウマは、自分の水球を“自在に動かす”訓練に没頭していた。
だが現実は甘くない。
思い通りに動かない。
動いてもすぐに崩れる。
維持すれば、威力が出ない。
数を増やせば、軌道がブレる。
「もう、脳のどっかから煙出そう……」
「ふむ。煙が出る前に、ちゃんと休め。今日はここまでにしておくか?」
ソウマはしばし考え、深くうなずいた。
「……うん。今日は収穫あった。
“狙って飛ばす”って感覚が、ちょっとだけ分かってきた」
「うむ、よきことじゃ。“ちょっとだけ”を繰り返すことで、“当たり前”に変わる。
わしの制御も、最初からできたわけではないからな」
その言葉は少し意外だった。
「え、ミタマでもそうだったのか?」
「当然じゃ。わしとて最初は、水球を顔に当ててべちゃりじゃったぞ」
「絶対嘘だ」
「ほんとじゃ。しかも目に入って、ぐえってなった。涙出たぞ」
「なんか神様、すごい人間味あるな……」
ソウマはタオルで汗を拭きながら、空を見上げた。
「……さて、魔法の修行ばっかりしてても仕方ないし、そろそろギルドに顔出すか」
「うむ、実戦でしか得られぬ気付きもある。魔法の応用は“戦いの場”でこそ磨かれるからの」
ミタマが軽く頷くと、2人は装備を整え、街の中心にあるギルドへと足を運んだ。
木製の扉をくぐると、いつものにぎやかな雰囲気が迎えてくれる。
ざわめきの中、カウンターに立っていた受付のリィナが2人に気づいて手を振った。
「お、来た来た。ソウマくん、ミタマさん。いいところに来たわね」
「依頼、なんかあります?」
「うん。ちょうどひとつ、受け手がいなくて困ってた依頼があるの。
内容は“近郊の林での魔物調査”。簡単な調査と、もし魔物がいたら軽く駆除する感じね。
ランクはD相当。今のあなたたちに、ちょうどいいんじゃない?」
ソウマは少しだけ緊張しながら、ミタマと視線を交わす。
「……やってみるか?」
「うむ。そろそろ、修行の成果を“実地”で示すときじゃな」
リィナが微笑みながら依頼書を差し出した。
「詳細はこれ。準備できたら、受付で報告してから出発してね」
「ありがとうございます。行ってきます」
依頼書を手に、ソウマとミタマはギルドを後にする。
その背中には、確かな気合と、少しの不安、そしてほんのわずかな期待があった。
――水球は、今度こそ“武器”になれるか。
ギルドで依頼書を受け取ったソウマとミタマは、簡単な装備の確認を済ませて林へと向かった。
目的地は街から東へ1時間ほど歩いた先にある、常緑樹の密集する自然林。
魔物の目撃情報があり、その調査と必要ならば討伐も行うという内容だ。
「森の空気って、街とは全然違うな……」
ソウマは歩きながら、深く息を吸い込んだ。
「うむ。空気に魔素が多い。魔物が住み着きやすい環境じゃな」
ミタマは周囲を警戒しながら、淡い金髪を風に揺らして歩いている。
林に入って数分、周囲は急に静けさを増した。
「……気配が変わったな」
「うむ、魔物の“気”じゃ。近いぞ」
ソウマは手のひらを前に出す。
集中――魔力を集め、練り、手のひらへ。
ぷるん、と水球が生まれる。
草むらがざわりと動いた瞬間――
ガサガサッ!
茂みから、茶色い体毛に包まれた四足の魔物が飛び出してきた。
鋭い爪と獰猛な目つき。サイズは大型犬ほど。
「グロールハウンド……牙獣系じゃな!」
ミタマが叫ぶ。
「来るぞ、ソウマ!」
「うおおっ――!」
ソウマは即座に水球を前方へ押し出した。
水球は勢いよく飛び、一直線に獣の顔面へ――命中!
「ッシャア!!」
獣の動きが一瞬止まり、水飛沫と共によろめく。
だが――
「まだ来るっ……!」
獣はそのまま跳ね返るように再び突進してきた。
「連続、間に合わねぇ――!」
そのとき、ミタマが前へ出た。
「任せよ――《水環陣》!」
彼の周囲に小さな水球が数個展開され、それぞれが交差するように飛ぶ。
獣の足元を狙って次々に命中。バランスを崩させ、土に体を滑らせた。
「今じゃ、ソウマ!」
「よっしゃあああ!」
ソウマは再び水球を生成、そして――渾身の一発!
獣の額に命中! 今度は深く食い込むように炸裂する水の衝撃!
ギャイン! と鳴いて、魔物はそのまま動かなくなった。
「……倒した……」
息を切らしながら、ソウマは手を下ろした。
グロールハウンドの死骸を前に、ソウマは深く息を吐いた。
手のひらには、もう魔力の余韻すら残っていない。ただ、じんわりとした疲労感だけが残っていた。
「ふむ、動かぬな。討伐完了じゃ」
ミタマが獣の目を覗き込みながら、冷静に告げる。軽く小枝を折って証拠部位の確認を終えたあと、くるりと振り返った。
「見事な一撃であった。だが、どう思う? ソウマ」
「……通用は、したと思う。けど、満足はできない」
ソウマは自分の右手をじっと見つめる。さっきまでそこに浮かんでいた水球。
あれが命中した時、確かに敵は怯んだ。
けれど、それだけだった。止めを刺したのは、連携のタイミングと運が噛み合っただけ。
「威力が足りない。二発目がすぐに出せない。外したら終わりだって緊張もある。……今の俺の魔法は、まだ“使える”とは言えない」
「うむ、それでよい。今の感覚を、決して忘れるでないぞ」
ミタマはふっと微笑んだ。それは、弟子がようやく“自覚”に至った時の、師としての笑みだった。
「魔法は、撃てれば終わりというものではない。“どう使い、どう重ねるか”が勝負の分かれ目じゃ。そなたの水球は、やっとようやく“投げられるようになった石”といったところじゃな」
「これから“狙い”と“投げ方”を学んで、“戦術”に昇華させなきゃいけないってことか」
「その通りじゃ。今日の戦い、わしは横から見ておったが――最初の魔法はよく当てた。だが、二発目が遅すぎた。敵が動きを取り戻していたら、わしの介入がなければ危なかったやもしれぬ」
その指摘に、ソウマは唇を噛んだ。悔しい。でも、正しい。ミタマの水球のように、自在に制御し、軌道を操ることなど、今の自分には到底できない。
「帰ったら、すぐに訓練の再開だな。連続発動、軌道制御、スピード調整……できることは全部やる」
「うむ。良い意気込みじゃ。わしのほうも、魔力の流れが安定してきておる。補助魔法の一つや二つは、そのうち披露できるやもしれんぞ」
「それ、楽しみにしてる。……俺も、いつかあれだけの水球を制御してみせる」
「ふふ、“あれ”をか? わしの水の舞いは、一朝一夕には真似できぬぞ?」
「だからこそ、やる価値があるんだろ?」
森を抜ける帰り道、夕陽が斜めに差し込み始めていた。木々の隙間から赤く染まった空がのぞく。森の中の湿った匂いも、どこか戦いの熱を冷ますような気がした。
「それにしても、魔物とはいえ、動く相手に魔法を当てるのは難しいな……。静止目標とは全然違う」
「当たり前じゃ。魔物は人間以上に“殺気”に敏感じゃし、攻撃の予備動作にも鋭い。だからこそ、“魔法の初動”を隠す技術が必要になる」
「初動を隠す?」
「たとえば、構えを小さくする。気配を殺す。手元に魔力を溜めた状態から即座に撃てるよう、日頃から準備しておく。中級以上の魔法使いは、たいていこれらを無意識にやっておるぞ」
「くっそ……道のり、長いな……」
ソウマは頭をかきながら笑った。あえて自分を奮い立たせるように。
「だが、確実に“前には進んでる”実感はある。森に来る前の俺だったら、あの一発も出せなかった」
「うむ。それが“成長”というものじゃ。焦らずともよい。今のおぬしには“正しい苦戦”が必要なのじゃよ」
街が見えてきた。ギルドでの報告はすぐに終わり、報酬も簡単に受け取れた。戦利品の評価はさほど高くなかったが、それでも今の二人にとっては十分すぎる成果だった。
「……で、明日からまた修行な」
「当然じゃな。次は“水球の連続展開”と、“時間差制御”でもやってみるか?」
「出たな……ミタマ式スパルタ修行……!」
「ふふん、神の修行に手加減はないぞ?」
宿に戻る足取りは、どこか軽かった。疲れているのに、気持ちは前を向いている。魔法が、少しだけ自分の力になったこと。それが、何より嬉しかった。
だからこそ、ソウマは誓う。
今のままでは終わらない。
この手の魔法は、まだまだ進化する。
そう信じて、明日もまた――水球を生み出すのだ。
ミタマがふと静かな声で呼びかけた。
「え? どうした?」
「わしの魔力が――少し戻ってきたようじゃ。そろそろ、“やってみる”頃合いかもしれん」
ミタマが右手を前に差し出し、目を閉じる。
空気が震えた。
静かだった裏庭に、魔力の波が確かに広がった。
「……っ」
ソウマが思わず息を呑む。
ミタマの手のひらから――
小さな水球が、一つ、また一つ、次々に現れた。
ふよふよと浮かび、十個、二十個、三十個……
その数、ざっと五十以上。
それらがすべて、ミタマの周囲をクルクルと周回し始める。
円を描き、波を描き、軌道が重なることなく、完璧に制御されていた。
「こ、こんな……!」
水球はそれぞれが違うリズムで回転し、違う高さを保ち、互いに一切干渉せず、
まるで“意志を持った衛星”のようにミタマの周囲を舞う。
その姿は、まるで神を中心にした惑星の環のようだった。
「これが、“神の魔力制御”じゃ」
ミタマの目が淡く光る。
その瞬間――すべての水球がピタリと停止した。
そして――
「全弾、別軌道で撃ち出すぞ?」
「へ……?」
次の瞬間――
ずらりと並ぶ木製の標的に向けて、全ての水球がバラバラの軌道で発射された。
左上段へカーブ、右下から巻き込み、上空から急降下、
中には途中で“止まり”、再加速して命中する球もあった。
全て命中。音もなく、静かに、正確に。
「こ、これは……」
唖然として声も出ない。
今の自分が何百回やっても、あの“コントロール”は再現できない。
正確、滑らか、まるで水が“生きて”いるかのような動き。
「神って、こういうことか……」
「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう。
まぁ、今はまだ“全盛期の一割”程度じゃがな」
「これで一割……!?」
ミタマは手を下ろし、水球の残滓が空気に溶けて消えるのを見送った。
「魔法は、暴力ではない。
力ではなく、意志と制御の賜物じゃ。
ソウマ――おぬしも、いずれはこれに届くぞ。
……いや、届かねばならぬ。おぬしには、その“素質”があるからの」
ソウマの胸が高鳴った。
あれを自分も、いつか――いや、必ず使ってみせる。
あの“意思を宿す魔法”を。
「絶対、追いついてみせる。いや、超えてみせる」
「その意気じゃ。わしも、もう一度“本物の神力”を取り戻してみせようぞ」
2人の視線が交差し、静かに火が灯る。
次なる訓練と、次なる冒険の気配が、確かに近づいていた。
「はぁああ……はぁっ……」
ソウマは膝に手をつき、肩で息をしていた。
手のひらには、さっきまで浮いていた水球の残骸――水たまりができている。
「むむ。完全に潰れておるな」
ミタマが水たまりを覗き込んで、わずかに苦笑する。
「でもな……! 今のは軌道はよかったろ! ちゃんと狙った方向に飛んだし!」
「うむ。じゃが、勢いが強すぎて“維持”ができておらぬ。“押しすぎ”じゃな。
魔法とは、力よりも“バランス”じゃ」
「その“バランス”が難しいんだって……!」
ミタマの神業のような魔法制御を目の当たりにしたあと、
ソウマは、自分の水球を“自在に動かす”訓練に没頭していた。
だが現実は甘くない。
思い通りに動かない。
動いてもすぐに崩れる。
維持すれば、威力が出ない。
数を増やせば、軌道がブレる。
「もう、脳のどっかから煙出そう……」
「ふむ。煙が出る前に、ちゃんと休め。今日はここまでにしておくか?」
ソウマはしばし考え、深くうなずいた。
「……うん。今日は収穫あった。
“狙って飛ばす”って感覚が、ちょっとだけ分かってきた」
「うむ、よきことじゃ。“ちょっとだけ”を繰り返すことで、“当たり前”に変わる。
わしの制御も、最初からできたわけではないからな」
その言葉は少し意外だった。
「え、ミタマでもそうだったのか?」
「当然じゃ。わしとて最初は、水球を顔に当ててべちゃりじゃったぞ」
「絶対嘘だ」
「ほんとじゃ。しかも目に入って、ぐえってなった。涙出たぞ」
「なんか神様、すごい人間味あるな……」
ソウマはタオルで汗を拭きながら、空を見上げた。
「……さて、魔法の修行ばっかりしてても仕方ないし、そろそろギルドに顔出すか」
「うむ、実戦でしか得られぬ気付きもある。魔法の応用は“戦いの場”でこそ磨かれるからの」
ミタマが軽く頷くと、2人は装備を整え、街の中心にあるギルドへと足を運んだ。
木製の扉をくぐると、いつものにぎやかな雰囲気が迎えてくれる。
ざわめきの中、カウンターに立っていた受付のリィナが2人に気づいて手を振った。
「お、来た来た。ソウマくん、ミタマさん。いいところに来たわね」
「依頼、なんかあります?」
「うん。ちょうどひとつ、受け手がいなくて困ってた依頼があるの。
内容は“近郊の林での魔物調査”。簡単な調査と、もし魔物がいたら軽く駆除する感じね。
ランクはD相当。今のあなたたちに、ちょうどいいんじゃない?」
ソウマは少しだけ緊張しながら、ミタマと視線を交わす。
「……やってみるか?」
「うむ。そろそろ、修行の成果を“実地”で示すときじゃな」
リィナが微笑みながら依頼書を差し出した。
「詳細はこれ。準備できたら、受付で報告してから出発してね」
「ありがとうございます。行ってきます」
依頼書を手に、ソウマとミタマはギルドを後にする。
その背中には、確かな気合と、少しの不安、そしてほんのわずかな期待があった。
――水球は、今度こそ“武器”になれるか。
ギルドで依頼書を受け取ったソウマとミタマは、簡単な装備の確認を済ませて林へと向かった。
目的地は街から東へ1時間ほど歩いた先にある、常緑樹の密集する自然林。
魔物の目撃情報があり、その調査と必要ならば討伐も行うという内容だ。
「森の空気って、街とは全然違うな……」
ソウマは歩きながら、深く息を吸い込んだ。
「うむ。空気に魔素が多い。魔物が住み着きやすい環境じゃな」
ミタマは周囲を警戒しながら、淡い金髪を風に揺らして歩いている。
林に入って数分、周囲は急に静けさを増した。
「……気配が変わったな」
「うむ、魔物の“気”じゃ。近いぞ」
ソウマは手のひらを前に出す。
集中――魔力を集め、練り、手のひらへ。
ぷるん、と水球が生まれる。
草むらがざわりと動いた瞬間――
ガサガサッ!
茂みから、茶色い体毛に包まれた四足の魔物が飛び出してきた。
鋭い爪と獰猛な目つき。サイズは大型犬ほど。
「グロールハウンド……牙獣系じゃな!」
ミタマが叫ぶ。
「来るぞ、ソウマ!」
「うおおっ――!」
ソウマは即座に水球を前方へ押し出した。
水球は勢いよく飛び、一直線に獣の顔面へ――命中!
「ッシャア!!」
獣の動きが一瞬止まり、水飛沫と共によろめく。
だが――
「まだ来るっ……!」
獣はそのまま跳ね返るように再び突進してきた。
「連続、間に合わねぇ――!」
そのとき、ミタマが前へ出た。
「任せよ――《水環陣》!」
彼の周囲に小さな水球が数個展開され、それぞれが交差するように飛ぶ。
獣の足元を狙って次々に命中。バランスを崩させ、土に体を滑らせた。
「今じゃ、ソウマ!」
「よっしゃあああ!」
ソウマは再び水球を生成、そして――渾身の一発!
獣の額に命中! 今度は深く食い込むように炸裂する水の衝撃!
ギャイン! と鳴いて、魔物はそのまま動かなくなった。
「……倒した……」
息を切らしながら、ソウマは手を下ろした。
グロールハウンドの死骸を前に、ソウマは深く息を吐いた。
手のひらには、もう魔力の余韻すら残っていない。ただ、じんわりとした疲労感だけが残っていた。
「ふむ、動かぬな。討伐完了じゃ」
ミタマが獣の目を覗き込みながら、冷静に告げる。軽く小枝を折って証拠部位の確認を終えたあと、くるりと振り返った。
「見事な一撃であった。だが、どう思う? ソウマ」
「……通用は、したと思う。けど、満足はできない」
ソウマは自分の右手をじっと見つめる。さっきまでそこに浮かんでいた水球。
あれが命中した時、確かに敵は怯んだ。
けれど、それだけだった。止めを刺したのは、連携のタイミングと運が噛み合っただけ。
「威力が足りない。二発目がすぐに出せない。外したら終わりだって緊張もある。……今の俺の魔法は、まだ“使える”とは言えない」
「うむ、それでよい。今の感覚を、決して忘れるでないぞ」
ミタマはふっと微笑んだ。それは、弟子がようやく“自覚”に至った時の、師としての笑みだった。
「魔法は、撃てれば終わりというものではない。“どう使い、どう重ねるか”が勝負の分かれ目じゃ。そなたの水球は、やっとようやく“投げられるようになった石”といったところじゃな」
「これから“狙い”と“投げ方”を学んで、“戦術”に昇華させなきゃいけないってことか」
「その通りじゃ。今日の戦い、わしは横から見ておったが――最初の魔法はよく当てた。だが、二発目が遅すぎた。敵が動きを取り戻していたら、わしの介入がなければ危なかったやもしれぬ」
その指摘に、ソウマは唇を噛んだ。悔しい。でも、正しい。ミタマの水球のように、自在に制御し、軌道を操ることなど、今の自分には到底できない。
「帰ったら、すぐに訓練の再開だな。連続発動、軌道制御、スピード調整……できることは全部やる」
「うむ。良い意気込みじゃ。わしのほうも、魔力の流れが安定してきておる。補助魔法の一つや二つは、そのうち披露できるやもしれんぞ」
「それ、楽しみにしてる。……俺も、いつかあれだけの水球を制御してみせる」
「ふふ、“あれ”をか? わしの水の舞いは、一朝一夕には真似できぬぞ?」
「だからこそ、やる価値があるんだろ?」
森を抜ける帰り道、夕陽が斜めに差し込み始めていた。木々の隙間から赤く染まった空がのぞく。森の中の湿った匂いも、どこか戦いの熱を冷ますような気がした。
「それにしても、魔物とはいえ、動く相手に魔法を当てるのは難しいな……。静止目標とは全然違う」
「当たり前じゃ。魔物は人間以上に“殺気”に敏感じゃし、攻撃の予備動作にも鋭い。だからこそ、“魔法の初動”を隠す技術が必要になる」
「初動を隠す?」
「たとえば、構えを小さくする。気配を殺す。手元に魔力を溜めた状態から即座に撃てるよう、日頃から準備しておく。中級以上の魔法使いは、たいていこれらを無意識にやっておるぞ」
「くっそ……道のり、長いな……」
ソウマは頭をかきながら笑った。あえて自分を奮い立たせるように。
「だが、確実に“前には進んでる”実感はある。森に来る前の俺だったら、あの一発も出せなかった」
「うむ。それが“成長”というものじゃ。焦らずともよい。今のおぬしには“正しい苦戦”が必要なのじゃよ」
街が見えてきた。ギルドでの報告はすぐに終わり、報酬も簡単に受け取れた。戦利品の評価はさほど高くなかったが、それでも今の二人にとっては十分すぎる成果だった。
「……で、明日からまた修行な」
「当然じゃな。次は“水球の連続展開”と、“時間差制御”でもやってみるか?」
「出たな……ミタマ式スパルタ修行……!」
「ふふん、神の修行に手加減はないぞ?」
宿に戻る足取りは、どこか軽かった。疲れているのに、気持ちは前を向いている。魔法が、少しだけ自分の力になったこと。それが、何より嬉しかった。
だからこそ、ソウマは誓う。
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