森で若返った元45歳、神の御使いとして世界を救うことになりました

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第1章

森からの脱出

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この世界へ来てから、一週間が経っていた。

誠也は大樹の根元に腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。
相変わらず森は深い。
どこまで行っても木、木、木。
枝葉の隙間から、わずかな空が見えるだけだ。

「……一週間か」

小さく呟く。
早いのか、遅いのか、自分でも分からない。
ただ一つはっきりしていることがある。
帰れていない。
人にも会っていない。

会ったのは――

魔物ばかりだ。

誠也は苦い顔をした。
この一週間、周辺をかなり歩き回った。
森の中を探索し、少しずつ範囲を広げていった。
だが、出会うのはいつも同じだった。

狼の魔物。
熊の魔物。
巨大な蛇。

そして――
蟻。

誠也は思わず顔をしかめる。
あれは本当に最悪だった。
大人の腕ほどある巨大な蟻が、群れで襲ってきたのだ。
あの黒光りする外殻。
カチカチと鳴る顎。
思い出すだけで鳥肌が立つ。

「……もう二度と会いたくない」

誠也は深く息を吐いた。
何度も死ぬかと思った。
ホーミング魔法がなければ、確実にやられていた。
それでも、あの気持ち悪さだけは慣れない。
人間は、やはり人間の世界で生きるべきなのだ。
誠也は拳を握った。

「……家族に会いたい」

ぽつりと呟く。
妻。
子供たち。
今ごろ、どうしているだろう。
突然いなくなった自分を、どう思っているだろうか。
事故だと思っているのか。
それとも――
誠也は頭を振った。
考えると、胸が苦しくなる。
どうすれば帰れるのか。
そもそも帰れるのか。
答えは分からない。
ただ一つ言えることは――
この森に、いつまでも留まるわけにはいかないということだ。

誠也は立ち上がり、周囲を見渡した。
この大樹の周辺は、比較的安全だった。
巨大な果樹。
あのオレンジ色の果実。
それがあるおかげで、どうにか食料は確保できている。
だが、それだけだ。
他に食べ物はない。
誠也は一本の果実を手に取った。
つややかな表面。
甘い香り。
かじると美味い。
しかも、傷が治る気配まである。
まるでゲームの回復アイテムみたいな果実だ。

だが――
それでも問題はある。

「……魔物の肉、食えないかな」

誠也は空を見ながら呟いた。
狼や熊の魔物。
あれを捌いて焼けば、食べられるかもしれない。
だが。
誠也は苦笑した。

「……無理だな」

そもそも、捌く度胸がない。
あんな魔物の肉を切り分けるなんて想像しただけで嫌になる。

しかも、道具がない。
ナイフすらない。
あるのは錆びた剣だけだ。
あんなもので肉を切ったら、確実に腹を壊す気がする。
せめて研げればいいのだが。
石で研ぐにしても、ちゃんとした砥石がない。
どうしていいか分からない。

誠也は森の奥を見つめた。
この森は広い。
とてつもなく広い。
大樹の頂上から見た景色が思い出される。
地平線まで森だった。
つまり――

森を抜けるには、あそこまで行かなければならない。
果たして、果実だけで持つのか。
そもそも、その先に町があるのか。
人が住んでいるのか。
分からない。
何一つ分からない。
誠也は腕を組んで唸った。

「……うーん」

しばらく考える。
だが、結論は一つだった。
ここに留まることはできない。
いつかは動かなければならない。
ならば――
今だ。
誠也は顔を上げた。

「……行くか」

決意すると、体が軽くなる。

誠也はすぐに作業を始めた。

大樹の周辺から枝を集める。
太めの枝を骨組みにし、ツタを使って縛る。
何度もやり直しながら、形を整える。
背中に背負う形の簡易的な背負子だ。

決して綺麗な作りではない。
だが、荷物を運ぶには十分だ。

誠也は果実を次々と収穫した。
枝を揺らし、実をもぎ取る。
オレンジ色の果実が、どんどん背負子に積まれていく。

十個。
二十個。
三十個。
かなり重くなった。

だが、今の誠也の体なら問題ない。
レベルアップした身体能力がある。
普通の人間ではない。
誠也は背負子を背中に担いだ。
ずしりと重い。
だが、歩けない重さではない。
誠也は一度、大樹を見上げた。
この一週間、ここが拠点だった。
命を繋いだ場所だ。

「……世話になったな」

誰に言うでもなく呟く。
そして、森の奥を見据えた。
深い森。
どこまでも続く未知の世界。

誠也は大きく息を吸った。

そして――

走り出した。

強化された脚が地面を蹴る。

体が軽い。
風が頬を打つ。
枝の間をすり抜けながら、誠也は一直線に森の奥へ駆けていった。
ようやく。
本当にようやく。

誠也は、この場所を飛び出した。


実は――この一週間、誠也はかなりレベルを上げていた。

狼の群れ。
熊の魔物。
巨大な蛇。
あの忌々しい蟻の群れ。
死ぬかと思う戦いを何度もくぐり抜け、そのたびにレベルが上がった。

新しいスキルもいくつか覚えている。
しかし、それは――
……まあ、いずれ紹介しよう。


今はそれどころではない。
森を抜けること。
それが最優先だ。

誠也は背中の背負子を背負い直す。
枝とツタで作った簡易的なものだが、思った以上に頑丈だった。
中には大量の果実。
ずっしりと重い。
しかし、誠也の脚は軽かった。

「……行くぞ」

地面を蹴る。
次の瞬間、体が前へ弾けた。
自分でも驚くほどの速度だった。
森の景色が一気に流れる。
木々が横へ滑り、枝葉が視界の端を流れていく。
まるで車に乗って走っているようだった。

「……速っ」

誠也は思わず笑った。
レベルアップした身体能力は、想像以上だった。
息も切れない。
脚も重くならない。
地面を蹴るたび、体が軽く前へ跳ねる。

これなら――

「思ったより早く抜けられるかもしれないな」

森の奥へ向かって、誠也は走り続けた。
だが、この森は甘くない。
走り続けていると、すぐに気配が反応する。
気配感知。
誠也は走りながら意識を広げる。
すると、森の中に点々と浮かぶ“反応”が分かる。
魔物だ。
一つ。
二つ。
三つ。
あちこちにいる。
だが誠也は速度を落とさない。
できるだけ無視する。
余計な戦闘は避ける。
この森を抜けるのが目的だからだ。

だが、時々――
避けられない奴もいる。
茂みの奥から飛び出してくる狼。
木の根元に潜んでいる蛇。
そんな時は、迷わない。
誠也は走りながら手をかざす。

「ファイアボール」

火球が飛ぶ。
爆発。
それだけで終わる。
止まる必要すらない。

そのまま駆け抜ける。
気配感知で前方を探りながら、誠也は森の中を一直線に進んでいった。
やがて、空が赤く染まり始める。
夕方だった。
誠也は脚を止めた。

「……今日はここまでか」

夜の森は危険だ。
さすがの誠也でも、暗闇の中で魔物の群れに囲まれたらどうなるか分からない。
誠也は近くの木を見上げた。
太い幹。
枝が広く張っている。

「よし」

軽く膝を曲げる。
次の瞬間、誠也の体はふわりと跳び上がった。
枝へ着地。
さらに上の枝へ。
背負子を背負ったまま、するすると登っていく。
あっという間に、かなり高い位置へ辿り着いた。
誠也は枝に腰を下ろした。
下を見る。
森は暗くなり始めている。
ここなら、地上の魔物は簡単には来れない。
誠也は背負子を降ろした。
果実を取り出す。
皮をかじると、甘い果汁が口に広がった。

「……うまい」

疲れた体に染み渡る。
誠也は三つほど食べると、背中を木の幹に預けた。
森の夜は静かだった。
虫の声。
遠くで魔物の唸り声。
風が葉を揺らす音。
そのすべてを聞きながら、誠也はゆっくりと目を閉じた。

そして――
朝。

木の上で目を覚ます。
誠也は大きく伸びをした。

「……さて」

果実を一つかじり、水魔法で水を飲む。
体を軽くほぐす。
そして再び背負子を背負う。

「行くか」

地面へ飛び降りる。
ドン、と着地。
誠也はそのまま走り出した。
また森を突き抜ける。
気配感知。
魔法。
回避。
それを繰り返す。

そして――
三日目の朝。

その出来事は起きた。




その日も、誠也は森の中を走っていた。
背中には、果実を詰め込んだ背負子。
枝とツタで組み上げた簡素なものだが、今のところ壊れる気配はない。
肩にかかる重みを感じながらも、誠也の足取りは軽かった。

森の空気は相変わらず湿っている。
深い緑の匂いと、腐葉土の甘ったるい匂いが混ざり合い、肺の奥にまとわりつく。
木々の間を縫うように走り抜けながら、誠也は意識を広げていた。

気配感知。
視界ではなく、頭の奥で森を“見る”感覚。
魔物の気配はそこら中にある。

気配を避け、近づくものは魔法で排除する。
この三日間、それを繰り返してきた。

走りながら、森の中の流れを読む。
危険な場所は迂回する。
どうしても避けられない時は、先に撃つ。
それが今の誠也の生存方法だった。

――その時だった。

誠也の足が、ふと止まる。

「……ん?」

違和感。
今まで感じたことのない反応が、気配感知に引っかかった。
魔物ではない。
数が多い。
だが、気配の質が明らかに違う。
ざわついている。
乱れている。
慌ただしい。

そして――
ぶつかり合っている。

「……戦ってる?」

誠也は眉をひそめた。
ゆっくりと歩き出す。
足音を消し、枝を踏まないよう慎重に進む。
気配を殺しながら、森の奥へ近づいていく。

すると――

かすかな音が聞こえた。
金属がぶつかる音。
怒号。
魔物の唸り声。
誠也の心臓が、ドクンと強く鳴った。

「……人?」

信じられなかった。
この森で、人の気配を感じるのは初めてだった。
誠也の喉から、思わず言葉が漏れる。

「よかった……」

胸の奥に、熱いものが広がる。
ようやく。
ようやく人に会える。
誠也は思わず走り出した。
枝を払い、茂みをかき分け、森の奥へ飛び込む。

そして――

視界が一気に開けた。
森の中に、ぽっかりと空いた小さな広場。
そこでは、激しい戦いが繰り広げられていた。
鋼の鎧を身にまとった男たちが5人。
剣と盾を構え、必死に前線を支えている。
その後ろには、フードを被った者たちが5人。
杖を握っている。
魔法使いだろう。
だが、その光景は決して優勢とは言えなかった。
地面には、すでに何人も倒れている。
鎧の騎士。
そして魔法使い。
血に濡れ、動かない。
誠也の胸が冷たくなる。
魔物はまだ残っていた。
狼が三体。
赤い目を光らせ、唸り声を上げている。

そして――

その奥。

熊。

だが、ただの熊ではない。
赤い体毛。
筋肉が異様に盛り上がった巨体。
3メートルはある。
その顔には、深く刻まれた切り傷が走っていた。
古い傷跡だ。
誠也は思わず息を呑む。

「……デカい」

広場の中央では、鎧の男たちがその怪物を押さえ込んでいた。
盾を構え、必死に攻撃を受け止める。
だが、押されている。
明らかに限界が近かった。
その瞬間だった。
狼が動いた。
三体の狼が、地面を蹴る。
騎士たちの脇をすり抜け、後方へ回り込む。
狙いは――魔法使い。

「まずい――」

誠也の口から思わず声が漏れる。
次の瞬間。
狼が飛びかかった。
悲鳴が上がる。
杖が宙を舞う。
魔法使いの一人が倒れた。
続いて二人目。
三人目。
後衛が、一瞬で崩壊した。

「……!」

騎士たちが叫ぶ。
だが、その隙を熊は見逃さない。
巨体が唸りを上げる。
太い腕が振り下ろされる。
盾ごと、騎士が吹き飛んだ。
地面を転がる。
二人目。
三人目。
鎧の男が叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
残った騎士は――2人。
完全な劣勢だった。
誠也は迷わなかった。

「……助ける」

地面を蹴る。
身体強化された脚が爆発的な力を生む。
誠也は一気に広場へ飛び出した。
突然の乱入。
誰も反応できない。
誠也は走りながら手をかざした。
視界にターゲットマークが浮かぶ。
狼三体。
ロックオン。

(ホーミング・ファイアボール!)

手の前に炎の球が三つ現れる。
次の瞬間、それらは弾丸のように飛び出した。
火球は空中で軌道を曲げ、狼へ向かって突き刺さる。

爆発。
炎が弾ける。
狼の体が宙を舞い、地面へ叩きつけられた。

誠也は止まらない。
そのまま一直線に熊へ突っ込む。
巨体がゆっくりと振り向く。
赤い目が誠也を捉える。
誠也は腰の剣を抜いた。
錆びた剣。
だが、関係ない。
踏み込む。
熊の腕が振り下ろされる。
誠也はそれを紙一重でかわした。
風圧が頬を叩く。
次の瞬間。
誠也の剣が振り抜かれる。
刃が熊の腕へ食い込む。
肉が裂ける。
骨に当たる手応え。
深く、鋭く。
赤い血が噴き出した。
熊が凄まじい咆哮を上げる。
誠也はすぐに後ろへ飛び退いた。
広場の空気が、一瞬で凍りつく。

誰もが――
この乱入者を見ていた。
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