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第1章
出会い
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熊の魔物は、誠也の一撃で腕を裂かれながらも、その場に踏みとどまっていた。
血が滴り落ちる。
それでも巨体は揺らがない。
次の瞬間――
低く、腹の底から響くような咆哮が広場を震わせた。
「グォォオオオオオッ!!」
空気が震え、周囲の葉がばさりと揺れる。
誠也は剣を構えたまま、その巨体と向き合った。
傷は深い。
だが倒れる気配はない。
むしろ、怒りでさらに狂暴になったようだった。
その時だった。
背後から声が飛んできた。
鋼の鎧を着た男――先ほどまで熊を抑えていた男の一人だ。
他の騎士よりも体格がよく、立ち姿からして明らかに指揮官格だった。
男は誠也に向かって叫ぶ。
「♯♯♯♯♭♯♯♯♭♢?」
誠也は思わず眉をひそめた。
「……え?」
まったく意味が分からない。
何を言っているのか理解できない。
言葉が違う。
誠也は一瞬、困惑した。
(やっぱり……言葉が通じないのか)
そう思った、その瞬間だった。
頭の奥に、あの声が響いた。
《スキル『ギレール国語』を習得しました。》
誠也は思わず目を見開いた。
「え?」
突然のことに一瞬思考が止まる。
そんなスキルがあるのか。
だが次の瞬間、男の声が再び聞こえた。
今度は――はっきりと意味が分かった。
「お前は、どこの所属だと聞いている!」
誠也は一瞬ぽかんとした。
聞き取れる。
理解できる。
そして、口も自然に動く。
「あ、ああ……えっと……」
誠也は一瞬だけ言葉を探し、
「どこにも所属してない!」
と答えた。
どうやら本当に、言葉が通じるようになったらしい。
スキルのおかげだ。
だが、そんなことをゆっくり考える暇はなかった。
熊の魔物が再び動いた。
巨体が踏み込む。
地面が揺れる。
次の瞬間、誠也へ向けて鋭い爪が振り下ろされた。
誠也は瞬時に横へ跳ぶ。
巨大な爪が地面を抉った。
土と石が弾け飛ぶ。
熊は止まらない。
すぐさま二撃目。
横薙ぎの一撃。
誠也はさらに後ろへ飛び、距離を取る。
だが、その背後から鋼の鎧の男たちが動いた。
二人の騎士が、熊の後ろへ回り込む。
剣を振り上げる。
「今だ!」
刃が背中へ叩きつけられた。
だが。
熊は一瞬で振り向いた。
「グルォオッ!」
巨大な腕が横に薙がれる。
凄まじい速度だった。
騎士二人がとっさに剣を構える。
だが、力が違いすぎる。
金属がぶつかる重い音。
次の瞬間、二人の体が宙を舞った。
吹き飛ばされる。
地面を転がり、遠くまで滑っていく。
誠也は舌打ちした。
(こいつ……速い)
迷っている時間はない。
誠也は手を前にかざした。
「ファイアボール!」
炎の球が3つ生まれる。
それを同時に放つ。
火球が一直線に熊へ突っ込む。
熊は咆哮を上げながら腕を振った。
一発。
二発。
三発。
すべて片腕で叩き落とす。
爆発。
炎が弾ける。
だが、それで十分だった。
その腕が上がった瞬間――
誠也はすでに動いていた。
爆炎の影から飛び出す。
熊の視界は、腕と炎で遮られている。
完全な死角。
誠也は踏み込んだ。
剣を振り抜く。
刃が熊の首へ食い込んだ。
深い。
かなり深い。
熊の体が大きくよろめく。
「グォォォッ!!」
怒りの咆哮。
だが誠也は止まらない。
すぐさま体を回転させ、二撃目を放つ。
刃が肩へ入り込む。
骨の手応え。
そして――
左腕が切り飛んだ。
巨大な腕が地面に落ちる。
熊の巨体がぐらりと揺れた。
膝が折れる。
そのまま前のめりに倒れ込む。
誠也は一歩踏み込み、
剣を振り上げ熊の首へ、深く突き刺した。
刃が根元まで沈む。
熊の体がびくりと震え、
それきり動かなくなった。
広場に、静寂が落ちた。
誠也はゆっくりと剣を引き抜く。
血が滴る。
深く息を吐いた。
「……終わったな」
ようやく――
戦闘が終わった。
熊の巨体が完全に動かなくなったのを確認すると、誠也はゆっくりと息を吐いた。
体の奥に溜まっていた緊張が、ようやく抜けていく。
剣についた血を軽く振り払い、周囲を見回した。
そして、言葉を失う。
広場は――惨状だった。
地面には倒れた騎士の死体。
砕けた盾。
折れた剣。
踏み荒らされた草と、濃い血の匂い。
少し離れた場所では、魔法使いが震える手で杖を掲げていた。
「……ヒール……」
弱々しい光が怪我人を包む。
回復魔法だろう。
だが、すでに息のない者も多かった。
助けられなかった命。
誠也は胸の奥に重たいものを感じながら、静かに視線を落とした。
その時だった。
低く、よく通る声が響いた。
「怪我人を集めろ!」
先ほどまで熊と戦っていた鋼鎧の男――指揮官らしき人物だ。
男は冷静だった。
怒鳴るでもなく、焦るでもなく、短く的確に指示を出す。
「生きている者を優先だ。急げ。」
騎士たちが動き出す。
倒れた仲間を抱え、必死に運んでいく。
その男が、やがて誠也の方へ歩いてきた。
近くで見ると、かなりの迫力だった。
彫りの深い顔立ち。
ヨーロッパの騎士のような整った顔。
短く切り揃えたブロンドの髪。
顎には少し無精ヒゲ。
年齢は40前後だろうか。
戦場の空気に慣れきった男の顔だった。
男は誠也の前で立ち止まり、しばらくじっと見つめたあと――
ふっと口元を緩めた。
「ありがとう。助かった。」
そう言って、右手を差し出してくる。
誠也は一瞬戸惑ったが、その手を握った。
力強い手だった。
男はそのまま名乗る。
「俺は王国騎士団、副団長のガルドだ。」
そして少し首を傾ける。
「キミは?」
誠也は軽く頭をかいた。
「俺はセイヤ。ただの……旅人だ。」
ガルドは一瞬、目を細めた。
それから苦笑する。
「そうか、ただの旅人か。」
肩をすくめた。
「まあ、何でもいいが助かったよ。ありがとう。」
誠也も軽く手を振った。
「いや、気にしないでくれ。」
ガルドは背後の熊の死体を振り返った。
巨大な赤い魔物。
その首には、誠也の剣が残した深い傷が刻まれている。
「俺たちはな……」
ガルドは静かに言った。
「グランベアの亜種を退治しに来たんだ。」
少し苦い顔になる。
「だが、見ての通りだ。」
誠也は改めて熊の死体を見る。
(この熊……グランベアって言うのか。)
ガルドは続けた。
「普通のグランベアとは別物だった。異常な強さだ。」
少し自嘲気味に笑う。
「危うく全滅するところだった。」
誠也は頷いた。
「本当、強かったな。」
そして少し考えながら言う。
「森の奥にいた奴より強かったよ。」
その言葉に、ガルドの表情が固まった。
「……森の奥?」
ゆっくり誠也を見る。
「一人か?」
「ああ、そうだけど。」
「一人で他のグランベアを?」
「ああ。」
誠也は肩をすくめる。
「森を彷徨ってて、何体か倒したけど……。」
ガルドは黙り込んだ。
数秒。
ただ誠也を見つめている。
明らかに怪訝な顔だった。
誠也は首を傾げる。
「どうした?」
ガルドは視線を外した。
「……いや、何でもない。」
だがその目は、どこか納得していない。
少しだけ間を置き、ガルドは言った。
「あー……良かったらだが。」
広場の惨状を見渡す。
「遺体と怪我人を街まで運ぶのを手伝ってくれないか?」
誠也はすぐに頷いた。
「わかった。手伝うよ。」
「助かる。」
ガルドはすぐに振り返り、大きな声を出した。
「馬車を回せ!生存者を先に乗せろ!」
騎士たちが動き出す。
倒れた仲間を丁寧に運び、馬車へ乗せていく。
誠也も手伝った。
重い鎧の騎士を抱え、馬車へ運ぶ。
血に濡れた鎧はずっしりと重かった。
やがて、すべての遺体と怪我人が積み込まれた。
結果は――
酷いものだった。
生き残った騎士は7人。
魔法使いは2人。
そして、副団長のガルド。
それだけだった。
20人の討伐隊は、ほとんど壊滅していた。
馬車は二台。
重い空気の中、ゆっくりと動き出す。
誠也はその後ろを歩きながら、森の奥を振り返った。
深い森。
自分が一週間生き延びた場所。
だが――
今はもう、そこへ戻る理由はなかった。
馬車の車輪が、静かに軋む音を立てながら回り始めた。
森を抜けるまでの道のりは、決して静かなものではなかった。
血の匂い。
それが、この森では何よりも危険だった。
討伐隊の遺体を積んだ馬車は、ゆっくりと森の中を進む。
車輪がぬかるんだ地面を踏みしめ、重く軋む音を立てていた。
そして、その匂いに誘われるように――奴らは現れる。
狼の魔物だ。
茂みの奥から、赤い目がいくつも光る。
「来るぞ!」
騎士の一人が叫ぶ。
次の瞬間、狼が飛び出した。
だが誠也はすでに動いていた。
剣を抜く。
一歩踏み込み、横薙ぎに振り抜く。
刃が狼の首を裂き、そのまま地面へ叩きつけた。
すぐに次の狼が飛びかかる。
誠也は手をかざした。
「ファイアボール」
火球が狼の顔面に直撃し、爆ぜる。
炎と衝撃で、狼の体が転がった。
その間にも、別の狼が馬車へ迫る。
だがそこへ鋼の鎧の男が立ちはだかった。
ガルドだ。
大剣が振り下ろされる。
重い一撃。
狼の体が真っ二つに裂けた。
もう一人の騎士も盾を構え、馬車の横を守る。
「近づけるな!」
騎士たちは必死だった。
だが――主に狼を仕留めているのは誠也だった。
剣。
魔法。
その両方で、次々と狼を斬り伏せていく。
何度か襲撃を受けたが、馬車は止まらない。
そして――
やがて森の空気が変わった。
木々が途切れる。
視界が一気に開けた。
「……出た」
誠也は思わず呟いた。
森の外だった。
目の前には広い草原が広がっている。
青空。
風が草を揺らす。
そして地面には、整然と並んだ石畳の道が伸びていた。
街道だ。
誠也は思わず大きく息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた緊張が、一気にほどける。
「……はぁ」
ようやく。
ようやく森を抜けた。
馬車はそのまま街道を進み始める。
誠也は荷台に腰を下ろした。
体が軽い。
背負子を降ろし、中を覗く。
果実が残っていた。
オレンジ色の実。
この一週間、自分の命を繋いできたものだ。
誠也は一つ取り出すと、かじった。
甘い果汁が口に広がる。
「……うまい」
そう呟いたあと、ふと周囲を見た。
騎士たちは皆、疲れきっていた。
鎧は血に汚れ、顔には疲労が浮かんでいる。
誠也は背負子を抱え上げた。
「ほら、食べるか?」
騎士たちへ果実を差し出す。
「森で取れたやつだけど。」
騎士たちは一瞬顔を見合わせた。
だが一人が遠慮がちに受け取る。
「……いただきます」
かじる。
そして目を見開いた。
「うまっ……!」
他の騎士たちも次々に果実を受け取る。
疲れた体に染みるのだろう。
皆、驚くほどの勢いで食べていた。
誠也は残りを数えた。
あと五個。
「……まあ、ここまで持っただけでも十分だな」
森の外へ出られた。
もう必要ない。
その時、ガルドが果実を食べ終えた。
そして誠也をじっと見た。
「……こ、これは……」
妙に真剣な顔だった。
「俺らが食べて良かったのか?」
誠也は首を傾げた。
「ん?もう森を脱出できたから、いらないよ。」
ガルドは少しだけ黙り込み――
「……そうか」
と呟いた。
「ありがとう」
その声はどこか慎重だった。
誠也は少し首を傾げる。
(なんだ?)
妙な態度だ。
だが深く考えるほどでもない。
変な果物だったのかもしれない。
誠也は気にしないことにした。
馬車はそのまま街道を進む。
草原を抜け、丘を越える。
そして――
二時間ほど進んだ頃だった。
遠くに、巨大な影が見えた。
誠也は思わず身を乗り出した。
「……おお」
それは――
街だった。
巨大な城壁。
灰色の石で作られた高い壁が、街全体をぐるりと囲んでいる。
門の上には見張りの塔。
さらにその奥。
街の中心には――
白い城がそびえ立っていた。
塔が空へ突き刺さるように伸びている。
まるで映画の世界だった。
誠也は目を輝かせた。
「おおー……」
思わず声が漏れる。
「すげぇー」
ガルドが横から笑う。
「初めてなのか?」
誠也は頷いた。
「ああ。初めて見る。」
ガルドは腕を組み、城壁を見上げた。
「ここがギレール王国の王都――クルフトだ。」
誠也はもう一度その巨大な街を見た。
城壁。
塔。
石造りの街並み。
すべてが、自分の知っている世界とは違う。
「……へぇ」
誠也は感心したように言った。
「デカいな。」
馬車はそのまま、王都クルフトの門へ向かって進んでいった。
こうして誠也は――
ついに、初めての街へと辿り着いた。
血が滴り落ちる。
それでも巨体は揺らがない。
次の瞬間――
低く、腹の底から響くような咆哮が広場を震わせた。
「グォォオオオオオッ!!」
空気が震え、周囲の葉がばさりと揺れる。
誠也は剣を構えたまま、その巨体と向き合った。
傷は深い。
だが倒れる気配はない。
むしろ、怒りでさらに狂暴になったようだった。
その時だった。
背後から声が飛んできた。
鋼の鎧を着た男――先ほどまで熊を抑えていた男の一人だ。
他の騎士よりも体格がよく、立ち姿からして明らかに指揮官格だった。
男は誠也に向かって叫ぶ。
「♯♯♯♯♭♯♯♯♭♢?」
誠也は思わず眉をひそめた。
「……え?」
まったく意味が分からない。
何を言っているのか理解できない。
言葉が違う。
誠也は一瞬、困惑した。
(やっぱり……言葉が通じないのか)
そう思った、その瞬間だった。
頭の奥に、あの声が響いた。
《スキル『ギレール国語』を習得しました。》
誠也は思わず目を見開いた。
「え?」
突然のことに一瞬思考が止まる。
そんなスキルがあるのか。
だが次の瞬間、男の声が再び聞こえた。
今度は――はっきりと意味が分かった。
「お前は、どこの所属だと聞いている!」
誠也は一瞬ぽかんとした。
聞き取れる。
理解できる。
そして、口も自然に動く。
「あ、ああ……えっと……」
誠也は一瞬だけ言葉を探し、
「どこにも所属してない!」
と答えた。
どうやら本当に、言葉が通じるようになったらしい。
スキルのおかげだ。
だが、そんなことをゆっくり考える暇はなかった。
熊の魔物が再び動いた。
巨体が踏み込む。
地面が揺れる。
次の瞬間、誠也へ向けて鋭い爪が振り下ろされた。
誠也は瞬時に横へ跳ぶ。
巨大な爪が地面を抉った。
土と石が弾け飛ぶ。
熊は止まらない。
すぐさま二撃目。
横薙ぎの一撃。
誠也はさらに後ろへ飛び、距離を取る。
だが、その背後から鋼の鎧の男たちが動いた。
二人の騎士が、熊の後ろへ回り込む。
剣を振り上げる。
「今だ!」
刃が背中へ叩きつけられた。
だが。
熊は一瞬で振り向いた。
「グルォオッ!」
巨大な腕が横に薙がれる。
凄まじい速度だった。
騎士二人がとっさに剣を構える。
だが、力が違いすぎる。
金属がぶつかる重い音。
次の瞬間、二人の体が宙を舞った。
吹き飛ばされる。
地面を転がり、遠くまで滑っていく。
誠也は舌打ちした。
(こいつ……速い)
迷っている時間はない。
誠也は手を前にかざした。
「ファイアボール!」
炎の球が3つ生まれる。
それを同時に放つ。
火球が一直線に熊へ突っ込む。
熊は咆哮を上げながら腕を振った。
一発。
二発。
三発。
すべて片腕で叩き落とす。
爆発。
炎が弾ける。
だが、それで十分だった。
その腕が上がった瞬間――
誠也はすでに動いていた。
爆炎の影から飛び出す。
熊の視界は、腕と炎で遮られている。
完全な死角。
誠也は踏み込んだ。
剣を振り抜く。
刃が熊の首へ食い込んだ。
深い。
かなり深い。
熊の体が大きくよろめく。
「グォォォッ!!」
怒りの咆哮。
だが誠也は止まらない。
すぐさま体を回転させ、二撃目を放つ。
刃が肩へ入り込む。
骨の手応え。
そして――
左腕が切り飛んだ。
巨大な腕が地面に落ちる。
熊の巨体がぐらりと揺れた。
膝が折れる。
そのまま前のめりに倒れ込む。
誠也は一歩踏み込み、
剣を振り上げ熊の首へ、深く突き刺した。
刃が根元まで沈む。
熊の体がびくりと震え、
それきり動かなくなった。
広場に、静寂が落ちた。
誠也はゆっくりと剣を引き抜く。
血が滴る。
深く息を吐いた。
「……終わったな」
ようやく――
戦闘が終わった。
熊の巨体が完全に動かなくなったのを確認すると、誠也はゆっくりと息を吐いた。
体の奥に溜まっていた緊張が、ようやく抜けていく。
剣についた血を軽く振り払い、周囲を見回した。
そして、言葉を失う。
広場は――惨状だった。
地面には倒れた騎士の死体。
砕けた盾。
折れた剣。
踏み荒らされた草と、濃い血の匂い。
少し離れた場所では、魔法使いが震える手で杖を掲げていた。
「……ヒール……」
弱々しい光が怪我人を包む。
回復魔法だろう。
だが、すでに息のない者も多かった。
助けられなかった命。
誠也は胸の奥に重たいものを感じながら、静かに視線を落とした。
その時だった。
低く、よく通る声が響いた。
「怪我人を集めろ!」
先ほどまで熊と戦っていた鋼鎧の男――指揮官らしき人物だ。
男は冷静だった。
怒鳴るでもなく、焦るでもなく、短く的確に指示を出す。
「生きている者を優先だ。急げ。」
騎士たちが動き出す。
倒れた仲間を抱え、必死に運んでいく。
その男が、やがて誠也の方へ歩いてきた。
近くで見ると、かなりの迫力だった。
彫りの深い顔立ち。
ヨーロッパの騎士のような整った顔。
短く切り揃えたブロンドの髪。
顎には少し無精ヒゲ。
年齢は40前後だろうか。
戦場の空気に慣れきった男の顔だった。
男は誠也の前で立ち止まり、しばらくじっと見つめたあと――
ふっと口元を緩めた。
「ありがとう。助かった。」
そう言って、右手を差し出してくる。
誠也は一瞬戸惑ったが、その手を握った。
力強い手だった。
男はそのまま名乗る。
「俺は王国騎士団、副団長のガルドだ。」
そして少し首を傾ける。
「キミは?」
誠也は軽く頭をかいた。
「俺はセイヤ。ただの……旅人だ。」
ガルドは一瞬、目を細めた。
それから苦笑する。
「そうか、ただの旅人か。」
肩をすくめた。
「まあ、何でもいいが助かったよ。ありがとう。」
誠也も軽く手を振った。
「いや、気にしないでくれ。」
ガルドは背後の熊の死体を振り返った。
巨大な赤い魔物。
その首には、誠也の剣が残した深い傷が刻まれている。
「俺たちはな……」
ガルドは静かに言った。
「グランベアの亜種を退治しに来たんだ。」
少し苦い顔になる。
「だが、見ての通りだ。」
誠也は改めて熊の死体を見る。
(この熊……グランベアって言うのか。)
ガルドは続けた。
「普通のグランベアとは別物だった。異常な強さだ。」
少し自嘲気味に笑う。
「危うく全滅するところだった。」
誠也は頷いた。
「本当、強かったな。」
そして少し考えながら言う。
「森の奥にいた奴より強かったよ。」
その言葉に、ガルドの表情が固まった。
「……森の奥?」
ゆっくり誠也を見る。
「一人か?」
「ああ、そうだけど。」
「一人で他のグランベアを?」
「ああ。」
誠也は肩をすくめる。
「森を彷徨ってて、何体か倒したけど……。」
ガルドは黙り込んだ。
数秒。
ただ誠也を見つめている。
明らかに怪訝な顔だった。
誠也は首を傾げる。
「どうした?」
ガルドは視線を外した。
「……いや、何でもない。」
だがその目は、どこか納得していない。
少しだけ間を置き、ガルドは言った。
「あー……良かったらだが。」
広場の惨状を見渡す。
「遺体と怪我人を街まで運ぶのを手伝ってくれないか?」
誠也はすぐに頷いた。
「わかった。手伝うよ。」
「助かる。」
ガルドはすぐに振り返り、大きな声を出した。
「馬車を回せ!生存者を先に乗せろ!」
騎士たちが動き出す。
倒れた仲間を丁寧に運び、馬車へ乗せていく。
誠也も手伝った。
重い鎧の騎士を抱え、馬車へ運ぶ。
血に濡れた鎧はずっしりと重かった。
やがて、すべての遺体と怪我人が積み込まれた。
結果は――
酷いものだった。
生き残った騎士は7人。
魔法使いは2人。
そして、副団長のガルド。
それだけだった。
20人の討伐隊は、ほとんど壊滅していた。
馬車は二台。
重い空気の中、ゆっくりと動き出す。
誠也はその後ろを歩きながら、森の奥を振り返った。
深い森。
自分が一週間生き延びた場所。
だが――
今はもう、そこへ戻る理由はなかった。
馬車の車輪が、静かに軋む音を立てながら回り始めた。
森を抜けるまでの道のりは、決して静かなものではなかった。
血の匂い。
それが、この森では何よりも危険だった。
討伐隊の遺体を積んだ馬車は、ゆっくりと森の中を進む。
車輪がぬかるんだ地面を踏みしめ、重く軋む音を立てていた。
そして、その匂いに誘われるように――奴らは現れる。
狼の魔物だ。
茂みの奥から、赤い目がいくつも光る。
「来るぞ!」
騎士の一人が叫ぶ。
次の瞬間、狼が飛び出した。
だが誠也はすでに動いていた。
剣を抜く。
一歩踏み込み、横薙ぎに振り抜く。
刃が狼の首を裂き、そのまま地面へ叩きつけた。
すぐに次の狼が飛びかかる。
誠也は手をかざした。
「ファイアボール」
火球が狼の顔面に直撃し、爆ぜる。
炎と衝撃で、狼の体が転がった。
その間にも、別の狼が馬車へ迫る。
だがそこへ鋼の鎧の男が立ちはだかった。
ガルドだ。
大剣が振り下ろされる。
重い一撃。
狼の体が真っ二つに裂けた。
もう一人の騎士も盾を構え、馬車の横を守る。
「近づけるな!」
騎士たちは必死だった。
だが――主に狼を仕留めているのは誠也だった。
剣。
魔法。
その両方で、次々と狼を斬り伏せていく。
何度か襲撃を受けたが、馬車は止まらない。
そして――
やがて森の空気が変わった。
木々が途切れる。
視界が一気に開けた。
「……出た」
誠也は思わず呟いた。
森の外だった。
目の前には広い草原が広がっている。
青空。
風が草を揺らす。
そして地面には、整然と並んだ石畳の道が伸びていた。
街道だ。
誠也は思わず大きく息を吐いた。
胸の奥に溜まっていた緊張が、一気にほどける。
「……はぁ」
ようやく。
ようやく森を抜けた。
馬車はそのまま街道を進み始める。
誠也は荷台に腰を下ろした。
体が軽い。
背負子を降ろし、中を覗く。
果実が残っていた。
オレンジ色の実。
この一週間、自分の命を繋いできたものだ。
誠也は一つ取り出すと、かじった。
甘い果汁が口に広がる。
「……うまい」
そう呟いたあと、ふと周囲を見た。
騎士たちは皆、疲れきっていた。
鎧は血に汚れ、顔には疲労が浮かんでいる。
誠也は背負子を抱え上げた。
「ほら、食べるか?」
騎士たちへ果実を差し出す。
「森で取れたやつだけど。」
騎士たちは一瞬顔を見合わせた。
だが一人が遠慮がちに受け取る。
「……いただきます」
かじる。
そして目を見開いた。
「うまっ……!」
他の騎士たちも次々に果実を受け取る。
疲れた体に染みるのだろう。
皆、驚くほどの勢いで食べていた。
誠也は残りを数えた。
あと五個。
「……まあ、ここまで持っただけでも十分だな」
森の外へ出られた。
もう必要ない。
その時、ガルドが果実を食べ終えた。
そして誠也をじっと見た。
「……こ、これは……」
妙に真剣な顔だった。
「俺らが食べて良かったのか?」
誠也は首を傾げた。
「ん?もう森を脱出できたから、いらないよ。」
ガルドは少しだけ黙り込み――
「……そうか」
と呟いた。
「ありがとう」
その声はどこか慎重だった。
誠也は少し首を傾げる。
(なんだ?)
妙な態度だ。
だが深く考えるほどでもない。
変な果物だったのかもしれない。
誠也は気にしないことにした。
馬車はそのまま街道を進む。
草原を抜け、丘を越える。
そして――
二時間ほど進んだ頃だった。
遠くに、巨大な影が見えた。
誠也は思わず身を乗り出した。
「……おお」
それは――
街だった。
巨大な城壁。
灰色の石で作られた高い壁が、街全体をぐるりと囲んでいる。
門の上には見張りの塔。
さらにその奥。
街の中心には――
白い城がそびえ立っていた。
塔が空へ突き刺さるように伸びている。
まるで映画の世界だった。
誠也は目を輝かせた。
「おおー……」
思わず声が漏れる。
「すげぇー」
ガルドが横から笑う。
「初めてなのか?」
誠也は頷いた。
「ああ。初めて見る。」
ガルドは腕を組み、城壁を見上げた。
「ここがギレール王国の王都――クルフトだ。」
誠也はもう一度その巨大な街を見た。
城壁。
塔。
石造りの街並み。
すべてが、自分の知っている世界とは違う。
「……へぇ」
誠也は感心したように言った。
「デカいな。」
馬車はそのまま、王都クルフトの門へ向かって進んでいった。
こうして誠也は――
ついに、初めての街へと辿り着いた。
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