シラケン~知らない間に賢者の弟子に歩きたかっただけなのに、気づけば最強になってました〜

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第2章

模擬戦

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翌朝。
屋敷に訪れたメリーが、きりっとした表情で言った。

「すまない、ヒューガ。領主様がお呼びだ。今から来てくれないか」
「分かりました」

二人は並んで領主の屋敷へと向かった。

「よく来たな、ヒューガ」
応接室で待っていた領主は、鋭い眼差しで彼を見据える。

「早速だが、模擬戦をしてくれないか。魔法無しで」

「……魔法無しで、ですか?」
ヒューガは目を瞬いた。
「剣も体術も、まともにやったことがないんですが……」

「ただの模擬戦だ。気軽にやってくれればいい。相手は——私設騎士団の団長だ」

「わ……分かりました」



屋敷の裏手にある広い訓練所。
砂地の広場の中央で、がっしりとした壮年の男が待ち構えていた。

「私設騎士団団長、ヴァロスだ。よろしく頼む」
「朝倉ヒューガです。よろしくお願いします」

軽く礼を交わし、二人は向かい合う。
その場に領主とメリーも現れ、脇に立って見守る。

ヴァロスは剣を構え、ヒューガは素手で拳を握った。

「始めッ!」
審判役の団員が声を張り上げる。



次の瞬間、ヴァロスが地を蹴った。
砂を散らしながら一直線に距離を詰め、剣を振り下ろす。

ヒューガは半身を捩ってそれを躱すと、反射的に拳を突き出した。

「——ッ!」
ヴァロスは咄嗟に頭を傾け、直撃を避ける。

だが拳が通り過ぎた瞬間、
ドン!

轟音が訓練場に響き、空気が揺れた。
拳が生んだ衝撃波が、背後の砂地を深く抉っていた。

ヒューガは拳を引き、次の攻撃へと構え直す。


「ま、待て待て待て!!」
ヴァロスが叫んだ。

額から滝のような汗を流し、剣を振り下ろした姿勢のまま肩を震わせている。

「参った! 俺の負けだ!」

その声に訓練場の空気が一瞬で凍りついた。
見守っていた団員たちがざわめき、領主が深く目を細める。

ヒューガはぽかんとした顔で拳を下ろした。

「え? もう終わりですか?」

ヴァロスは剣を地面に突き立て、大きく息を吐いた。
「……お前の拳に触れたら、ただじゃ済まん。命が惜しいからな」

「ヴァロス、模擬戦はどうだったか?」
領主の低い声が訓練場に響く。

団長は剣を収め、深く頭を下げた。
「……はい。正直、死ぬかと思いました」

重苦しい沈黙が広がる。
ヴァロスは汗を拭いながら続けた。

「渾身の一撃を、軽く躱されました。
それだけでなく、反撃が来ると予想し、来るなら顔だとあらかじめ身を傾けていたのです。……もし予測が外れていたら——私は今頃、首から上が吹き飛んでいたでしょう」

訓練場にざわめきが走った。
団員たちの目が一斉にヒューガへ向けられる。

「聞いたか、ヒューガ」
領主の声は鋭かった。
「ヴァロスの剣の腕は相当なものだ。それを凌駕するほど、お前の身体強化は規格外ということだ。……自覚しておけ」

ヒューガは背筋を伸ばし、素直に頷いた。
「はい」

「強大な力を持つ者は、その責任も重くなる。その意味を忘れるな。……お前なら分かるはずだ」

一瞬、空気が張り詰めた。
やがて領主は息を吐き、柔らかく口を開いた。

「私としては、是非その力を借りたい。その時が来れば、改めて声をかけよう。……メリー、後は頼む」
「は!」



屋敷へ戻る道すがら、メリーが振り返り声をかけた。

「今日は討伐は休みにしよう。その代わり……文字の勉強をしておけ」
「はい」

「明日の朝、また迎えに行く」
そう言い残し、メリーは背を向けて歩き去った。

ヒューガは一礼し、屋敷へと戻る。
その手には、まだ使い慣れぬギルドカードと、買ったばかりの絵本が握られていた。

「……責任、か」
小さく呟きながら、ヒューガは屋敷の門をくぐった。


屋敷へ戻ったヒューガは、自室の椅子に腰を下ろした。
窓から差し込む夕陽が、部屋を淡く照らしている。

「……強大な力には、責任が伴う……か」

領主の鋭い眼差しを思い出す。
拳を握り、そしてふっと力を抜いた。

(考えても仕方ない。今の俺にできることからだな……)

深呼吸をし、机の上に子ども向けの参考書と絵本を並べた。

「よし。文字の勉強でもするか」


ベルを鳴らすと、静かに扉が開き、一人のメイドが現れた。
「お呼びでしょうか」
「文字を学びたい。少し手伝ってくれるか」
「承知しました」

机に置かれた子ども向けの本。
メイドは指で一つの文字を示し、ゆっくりと発音を教える。

ヒューガは同じように声を出す。
何度も繰り返し、形を目で追い、指先でなぞる。
書き取りも試す。筆先はぎこちなく、形も歪んでいたが、徐々に整い始める。

次の文字へ。
また繰り返す。
音と形を結び付ける作業を、根気強く重ねていく。

時間が過ぎるごとに、単なる記号が意味を持ち始める。
読めるはずのなかった行が、かすかに繋がりとして見えてくる。



「……ここまでですか」
一息つき、メイドが本を閉じる。

ヒューガは机の上の文字をじっと見つめた。
自分の手で書き記した拙い文字列。
それでも、確かに「意味」として心に響く。

「少しずつだけど、分かってきた……」
小さく呟いた声は、真剣な眼差しとともに静かな部屋に溶けていった。

勉強はまだ始まったばかり。
だがヒューガの胸には、わずかな達成感と次への意欲が確かに宿っていた。
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