シラケン~知らない間に賢者の弟子に歩きたかっただけなのに、気づけば最強になってました〜

モデル.S

文字の大きさ
10 / 29
第2章

旅の始まり

しおりを挟む
扉を開けたメリーは、いつもと変わらぬ軽鎧に剣を背負い、すでに出立の準備万端という姿だった。

「支度はできているか? 領主様がお呼びだ」

「ええ。さっき執事さんからも聞きました。……急な話ですか?」

「私も詳細は知らされていない。ただ、表情が硬かった。何か普通じゃない話だろうな」

そう言って、メリーは歩き出す。ヒューガも慌てて上着を羽織り、廊下を並んで進む。

広い屋敷の廊下は朝の光で静謐に満ちていたが、メリーの足取りは普段より速い。彼女の背中に漂う緊張感が、これから告げられる話の重さを物語っているように感じられた。

執事の先導で、二人は重厚な扉の前へと案内される。

「こちらでございます」

短く告げて執事が扉を開けると、中は見慣れた応接室。すでにアーデル伯爵が椅子に腰掛け、深い皺を刻んだ顔でこちらを見据えていた。

「来たか、ヒューガ。それにメリーも。座れ」

威厳ある声に促され、ヒューガは革張りのソファに腰を下ろす。メリーは控えの位置に立った。

「突然で驚いたことだろう。だが急を要する件なのだ」

伯爵は重々しく口を開いた。

「王国南部の水都――アクア=リュミエールから、正式な依頼が届いた」

「水都……?」ヒューガは思わず呟く。

「そうだ。魔道具によって水を操り、坂を登る流れを造り出す幻想の都市だ。その循環システムに異常が起き、今まさに危機に瀕している」

伯爵は机に肘をつき、目を細める。

「本来、この依頼はミド殿に宛てられたものだ。……だが、あの男は行方不明のまま。王国全土が知っている事実だ」

ヒューガの胸にざわめきが広がる。師匠の名が出るたび、どこか遠くへ押しやられた感覚になる。

「水都の領主は“せめて助言だけでも”と願っていたが……ミドは不在。そこで、この依頼は宙ぶらりんとなった。だがな」

伯爵は視線を強めた。

「ミドの正式な弟子であるお前がいる。――ヒューガ。お前に行ってもらえないか」

一瞬、息を呑む。

「自分に……ですか?」

「もちろん無理強いはしない。ただ、これを果たせば私としては水都の領主に恩を売れる。それはアーデル領にとっても大きな意味を持つ」

そこまで言うと、伯爵は少し笑った。

「正直なところだ、ヒューガ。これは政治の駆け引きでもある。しかし――それ以上に、お前ならできると私は信じている」

その言葉は真っ直ぐ胸に届いた。ヒューガは拳を握りしめる。

「……興味があります。魔法陣のことなら、もっと知りたいです」

「そうか」

満足げに伯爵は頷き、机の引き出しから封書を取り出す。

「これは水都の領主に宛てた書状だ。お前が“賢者ミドの正式な弟子”であることを記してある。必ず渡せ」

ヒューガは両手でそれを受け取り、胸の前で大事に抱えた。

「ありがとうございます」

「ただし、街までの道のりは長い。護衛をつける。入れ」

伯爵の声に応じて扉が開き、二人の騎士が姿を現した。

一人は、がっしりとした筋肉質の体に、ブロンドの短髪。口元に陽気な笑みを浮かべながら歩いてくる。

「アーデル騎士団副団長、ガレス・ホルトだ。護衛ってのは正直ピンと来ねぇが……まぁ任務だ、よろしく頼むぜ」

ぶっきらぼうな口調に、ヒューガは少し戸惑う。

「ガレスは旅の経験が豊富で、実戦にも慣れている。安心せよ」伯爵が補足する。

もう一人は、凛とした黒髪を流し目に結った美しい女性。鋭さのある瞳が印象的だ。

「騎士団員、エリサ・マーレンです。アクア=リュミエール出身ですので、街の案内も務めます」

彼女は一礼し、きっぱりとした口調で続ける。

「私は嘘や誤魔化しが嫌いです。正直である限り、何も問題はありません」

その率直さにヒューガは思わず苦笑し、軽く頭を下げた。

「よろしくお願いします」

「よし。これで準備は整った」伯爵は二人を見渡し、力強く言った。
「ヒューガ、この依頼はお前にとって大きな機会になるだろう。存分に力を示してこい」

ヒューガは深く息を吸い込み、決意を込めて答えた。

「はい!」


屋敷の門を抜け、朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。今日から本格的に「水都への旅」が始まるのだと実感し、自然と背筋が伸びた。

そのときだった。

「――おい、ヒューガ」

低くも力強い声が背後から飛んでくる。振り返ると、堂々たる体格に鎧を纏った騎士団団長ヴァロスが立っていた。昨日、模擬戦で刃を交えたばかりの人物。その眼差しは真剣さと親しみの混ざったものだった。

「団長……おはようございます」

「おはよう。出立する前に少し付き合え。旅の準備を整えておけとの領主様からの指示だ。必要な金も預かっている」

そう言ってヴァロスは革袋を差し出す。中からは硬貨の重みがずっしりと伝わった。

「ありがとうございます。……でも、自分で払いますよ?」

「馬鹿者。これは領主様からの正式な支度金だ。遠慮するな」

苦笑いを浮かべつつ、ヒューガは受け取る。


---

買い出し

団長と共に街へ繰り出すと、すでに朝市が始まり賑わっていた。商人の声が飛び交い、荷馬車が行き交う。

「まずは旅用のカバンだな」

革製品を扱う店に入り、頑丈なバックパックを選ぶ。容量も大きく、魔道具を入れても問題なさそうだ。

続いて日用品。保存食、火打ち石、替えの衣服、薬草を加工した簡易治療セット。団長は実に手際が良く、必要な物を次々と店主に告げていく。

「野営に慣れていないだろう? 寝袋も要るな。それから水袋は二つ持っておけ」

「なるほど……ありがとうございます」

「ふん、こういうのは場数だ。俺も若い頃は散々失敗したからな」

その言葉に、経験に裏打ちされた頼もしさを感じる。


---

定食屋での一幕

一通り買い揃えた後、ヴァロスは「腹が減っただろう」と街角の定食屋に誘った。木造の小さな店だが、中は活気に満ちており、香ばしい匂いが漂っている。

「ここの煮込み肉は絶品だ。遠征帰りは必ずここに寄るんだ」

二人は席につき、団長おすすめの肉料理を頼む。熱々のスープに浸した柔らかい肉が、じゅわりと口に広がる。

「……美味い!」

「だろう?」

ヴァロスは満足げに笑い、ジョッキを煽った。


---

団長からの助言

食事を終えると、団長は真顔に戻り、低い声で語った。

「ヒューガ。お前の力は見た。……だが、強すぎるんだ」

「……はい」

「特に身体強化。常時発動しているのは驚異だが、手加減ができなければ仲間をも巻き込む。今のうちに“抑える訓練”を積め」

「……努力します」

「それから、副団長のガレスと模擬戦をやれ。あいつは無骨だが、駆け引きと間合いを読む力は俺より上かもしれん。必ず学ぶものがある」

ヒューガは真剣に頷いた。

「そして最後に……旅は戦いだけじゃない。野営、食料の管理、夜警、仲間との意思疎通。これを疎かにすればどんな強者でも命を落とす」

「はい」

「お前はまだ経験が浅い。だが、素直に学べばすぐに一流になるだろう」

団長はそう言って、優しくも力強い視線を送ってきた。


店を出ると、太陽はすでに高く昇っていた。

「さて、俺はここまでだ。……ヒューガ」

団長は肩に手を置き、真剣に言った。

「お前の旅路が無事であるよう願っている。……必ず戻って来い」

ヒューガはその言葉を胸に刻み、深く一礼した。

「はい。必ず」

団長は背を向け、騎士団の方角へと歩き去っていく。

ヒューガは荷物を抱えながら、これから始まる長い旅に心を引き締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...