月と一緒

粟生木 志伸

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第一話 プロローグ

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 夜の帳が降りた頃、山の中腹辺りから奴の顔が見えてくる。

「やあ、こんばんわー」

 声が聞こえてきた。それは、若い女性のものにしか聞こえない。

「よおー。昨日ぶりー」
「そだねー」

 俺は、缶ビール片手に話しかける。只今、夜の八時を回ったところ。自宅の二階にある自室の出窓に腰をかけて、一人で飲んでいた。そして、こいつが通り過ぎるまで、一緒に話すのが最近の日課となっている。

 で、今話している相手は、お月様だ。だけど、様を付けるような奴じゃなかった。かなり気さくに話しかけてくる。ちなみに、今夜は綺麗な満月だった。


**********


「今夜は、いい天気だねー」
「ああ」

 こいつの言う通りだ。夜空には雲一つなかった。しかし、星は見えるが、月明かりや街の光が強いからか、満天には見えないな。

「今日は雲がないし、君が良く見えるよ」
「そうなのか?」

 月に目なんて一体どこにあるんだよと突っ込んだが、視覚という感覚はあるらしい。月の光がそれに当たり、その中に感覚用の成分が含まれているそうだ。声が聞こえるのもそう。「光通信なんだよー」って言ってた。

 まあ、理屈は分かんないけど、すごいと思う。タイムラグがないもんなあ。普通に話せているから、隣にいるみたいだ。

「当分、雨は降らないらしいぞ」

 夕方、テレビで天気予報のお姉さんが、教えてくれたことを伝える。

「だね。中国地方にこれといった雨雲は見えないよ」
「へえ」

 俺が住んでいるのは、広島だ。近くに宮島もある。しかし――。

「気象衛星より、正確な天気予報が出来そうだよな」

 月の方が遠くにあるのは分かっているのだが、こんな事が出来るからな。あと、お天気お姉さんより説得力がある、とも思ってしまう。

 声が、いつまでも聞いていたいっていうか……。まあ、優しくって可愛らしい感じはする。落ち着くしな。だから、納得しやすいのかもしれない。

「ふふっ。私の目は君たちと違うから、それはかなり自信があるね。気温、大気の状態、海流の流れ方――。色々分かるよ」
「サーモグラフィとかレーダー、みたいな感じ?」
「そそ。他にもあるんだ。まあ、夜しか見えないけど」
「ふーん」

 やはりそれが関係しているのか……。すごいな、月光。俺は、手に持っていた缶を飲みほし、本日五本目の缶の蓋を開ける。そして、口につけると勢いよく傾けた。

「っぷー……」

 美味いなー。最近、蒸し暑くなってきたから、冷えたビールは最高だわ。ほろ酔いになっていくのも分かる。少しふわふわしてきた。

「そういやあ、今日、何か良いことあったか?」

 地球をずっと回っているから、色んな場所の情報が聞けるんだよな。それこそ、日本を越えて海外の色んな国々のね。

「あったよ」
「お、どこどこ?」

 自分の知らない国の話は、興味が尽きない。

「ついさっきだよ」
「ほー」

 どこだろうな。えーと、東から西に向かって進んでいるんだから、日本よりもっと東――。頭の中で、大雑把な世界地図を広げてみる。

「アメリカとか……。あ、ハワイとか?」
「ふふふ。もっと近いよ」

 何だ、それじゃあ国内になるか。ちょっと残念。

「あー……。じゃあ、東京とか関東か?」
「ふふふ。違うよ……。もっと近い」
「もっと? うーん……」

 何処かな? 京都、大阪、神戸――。俺が唸っていると、答えを教えてくれた。  

「ここだよ」
「ここ? 広島かよ」

 東広島とか、尾道とかその辺りか? まあ、市内の可能性もあるか……。しかし、何だか一気にローカルニュースっぽくなったな。

「で、何があったんだ?」

 俺が、ビールを飲みながら何気なしに尋ねると、優しい声色が返ってくる。

「君に会えた……」
「え?」

 一瞬、何を言われたか分からなかった。意表を突かれ、口に近づけていた手が止まる。

「今夜、君に会えたことが、私にとって一番良いことだよ」
「つっきー……」
「うん」

 つっきーの言葉が、胸にじんわりと伝わり熱くなる。目頭も。俺ってお酒飲むと、涙腺が弱くなるのか……。そして本日、自分の新しい酒癖も発見。どうやら、優しくされると普段以上に、その相手へ好意を抱くらしい。

 つまり、惚れやすくなるようだ。だから、俺を口説くのは、酔っぱらった時がいいかと思います。ころっといきますから。そして、そのまま夜の街を、何処までもご一緒させて下さい。よろしくお願いします。

「よせやい。照れるじゃないかよ」

 俺は、抱いたその感情を隠すように、おどけて見せた。

「ふふっ。君の瞳に乾杯」

 そう言われて、缶ビールを持ち上げる。そして、つっきーに向かって乾杯すると、ウィンクをしてビールを飲んだ。

 そうそう。俺は、可愛らしいお声の持ち主である、このお月様の事を「つっきー」って呼んでるんだ。
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