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鉱山都市ロイハイゲン編

89 レヴィアタンの流涙

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 レヴィアタンは思い出す。彼の、オロバスの言葉を。見えない目の瞼から鮮明に幼い頃のオロバスが焼き付いている。なんて真っ直ぐな目をした者だろうと。

だからか、オロバスの首が転がってきたことに気づけたのは。

「妾は、結局なにがしたかったのじゃろうか」

目は見えなくとも涙は流れる。ぱたぱたと抱いているオロバスの顔へと落ち、オロバスの頬をつたる。

「妾は、何を恨むべきじゃ?何を憎めばいい?」

 オロバスの顔に問いかけるが勿論返答はない。きっとこれが自分への報復なのだと、遅まきながら気づく。自分の身勝手な行動がオロバスを反逆者として生まれてしまった。

 馬車はカシャガシャと音を立て城へ向かっている。レヴィアタンはふと思う。これは夢で、城の門をくぐり王広間に行けばオロバスが迎えてくれると。

 馬車が止まり、レヴィアタンは忙しく王広間へと向かう。長い廊下を駆け抜け、そして王広間の扉を開けばーーーーーー。

 レヴィアタンの見えない眼科に広がるのは虚しく蝋燭がゆれ、ひんやりとした空気だけ。無論、オロバスはいない。近衛隊も誰ひとりとして、いない。

「妾は、また独りか…」

 また自然と見えない目から涙が溢れる。とめどなく溢れる涙。止める術を知らない。そしてまた、止める術を教われなかった。

「独りは怖いのじゃ…。オロバスよ、妾は怖い…。民衆が怖くて仕方ない…。人が魔物が、この世の全てが怖い…。お主がいなければ、怖くて恐くて…」

 何でこうなった?どうしてこうなる?分からない。あの時ああしていれば、こうしていれば。そんな考えが頭を脳内を埋め尽くす。

「あ…、ああ…。あ、あぁ…ああああ!」

 嗚咽はいつしか悲観の声に変わり、 絶望の悲鳴に変わる。誰もその悲鳴を受け止めてはくれないのだ。そう思うとさらに悲鳴は狂気に変わる。

「落ち着け」

 頭にぽすっと優しく手が乗る。大きく暖かい手。見えない。その顔を見たいのに、見えない。

 その手は、オロバスを殺し、自分の狂った思考回路を正した。

「大丈夫だ。怖いのは知ってる。俺だって怖いさ。人が国民が怖かった」

 その手は未だ話す。

「でも、拠り所はある。数千年先にも」

 手はレヴィアタンの頭をわしわしと撫でる。それは荒いものの筈なのに、気持ちよく、心地よかった。

「困ったら俺に言え。お前の目は俺が傷つけたんだ。その責任はオロバスが此処に帰ってくるまでさ、頼れよ」

 トリストはそういうとレヴィアタンの手首を優しく握り立たせる。

「そうだな。まずは飯、食いに行こうか」

「…うん」

 そしてトリストは続ける。

「あ、あとも一つ」

「なんじゃ?」

 すんとレヴィアタンははなをすする。

「いや、暫く此処にいないと行けないからさ。この城に泊めてくんない?」

 にへへと締りのない笑いをトリストは目の見えていないレヴィアタンに笑いかける。

「ふふっ。全く、最後まで締まらん奴じゃのう」

 レヴィアタンは笑う。いつの間にか、笑っている。狂気の涙、絶望の狂気。それ全てを掻き消すほどに、トリストは眩しかった。
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