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第1章

第5話 旅する便利屋

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 日差しが照り付け、新鮮な緑に染まった草が一面に広がっている山の斜面を横目にエンジン音を響かせながら大型の乗り物が走り去っていく。ネスト・ムーバーと呼ばれる移動式住居の窓際に頬杖を突きながらジーナは外の景色を見ていた。行く当てもなく真相を知りたかった彼女はシモンからの提案に対して結局首を縦に振った。そして現在は地図に記されていたペーブシティと呼ばれる都市へと辿り着くのをボンヤリと待っていたのである。

 しばらくすると道から外れ、近くの草原に入ると大きな音を立てて停車させた。運転席からレイチェルが戻ってきて、ソファに座り込むとジーナを見て誇らしげに笑った。

「動きながら見る景色ってのも意外と悪くなかったでしょ?」
レイチェルは得意げに話しかける。

「そうね、ちょっと不思議な気分だったわ」

 ただでさえフォグレイズシティから出る機会がさほど無かったジーナにとって移動しながら、ましてやこれほどくつろぎながら景色を堪能できるというのは何よりの驚きだった。そんな彼女の反応を見たレイチェルは笑顔で返した。

 そんな和気藹々としたテーブルにシモンが近づいてきた。寝起きなのか欠伸をしつつ、髪の毛もボサボサの状態である。

「あれ…今どの辺りだ?」
「もう近くまで来てる。この調子なら明日の朝には着くわね」
「そうか、ありがとな。この後は運転を変わろう」
シモンはレイチェルと段取りを軽く決めると、椅子を動かして座った。

「そうだジーナ、ちゃんと俺が知ってることについて話さなきゃいけないな。何でも良い、聞きたいことがあれば言ってくれ」

 シモンがそんな事を言ってるうちにセラムも部屋に入ってきた。しかし空気を呼んだのか特に何を言うわけでも無く、コップに水を入れると壁にもたれかかって飲み始めた。

「私が見たっていうスーツを着た男の事を知ってるって言ってたわね。どういう事なのか説明してくれないかしら?」

 ジーナがシモンにそう言うと、シモンは少し黙った後静かに立ち上がる。そして手袋を外し、袖をまくって左腕を露にした。

「見せた方が話が早いだろうしな」
「え、どういう…」

 ジーナが言い終える前にシモンの左腕の傷跡から石炭のように黒い触手が数本ほど蠢きながら這い出てくる。ジーナが絶句し、呆気に取られているのをよそにシモンはテーブルに左腕を向けた。触手達はスルスルとテーブルへ伸びていきテーブルに置かれていたコップを掴んでから持ち上げて見せる。

 しばらくするとシモンが命じたのか触手達はコップを元の場所に置き、傷跡の中へと戻っていった。傷跡から出血は起きず、間もなく塞がってしまった。

「…今から俺が話す事を信用してくれるな?」

 シモンはジーナに言った。ジーナは何の返事も出来ず、ただ彼の左腕を見つめていた。シモンは再び椅子に腰かけると話を始めた。

「…知ってるだろうが昔に、デカい戦争があった。3つの種族間による対立が原因で泥沼の戦いが十年近く続いていたんだ。ムンハ族は…身体能力的な部分が弱点ではあったが、最初こそ数と技術力で上手く立ち回っていた。だが次第に二つの種族に追い詰められ始めたんだ。そりゃそうだよな、対処法が分かってしまえばアドバンテージなんて無くなっちまうんだから」
シモンは少し一息いれつつ天井を見上げた。そしてすぐに話を続ける。

「そんなときにムンハ側の軍のお偉いさんはある計画に手をつけたらしい。かつて遺跡の発掘によって発見された知的生命体の遺体…それから採取された細胞や肉体を移植する計画だ」
「まさか…」
「ああ、そうだよ。俺は…被検体だったんだ」
シモンは静かに、それでいて軽い口調でジーナに告げた。

「そして、あんたが見たっていうスーツの男は俺の体をこんな風にした連中の仲間だろう。少なくとも服装や髪型に関しては、似たような奴を収容されていた施設で見かけたことがある。科学者共と仲良く歩いていたよ」

 それを聞いたジーナはあの時の怒りが再び湧き上がってくるのを感じた。倒すべき相手が分かった以上、何をすればいいのかも見えてくる。

「その後、何があったかは分からんが計画は中止。口封じって事で俺は消されかけるが、隙を見て脱走、今に至るってわけだ。俺が知ってるのはこんなもんかな」

 不意にシモンが事の顛末を語る。だが、今のジーナにとってそれはどうでも良い事だった。ようやく犯人の尻尾を掴めただけでなく、このまま巡り合える可能性が高まっていることがさらに彼女の復讐への思いを強くしていた。

「もう一度だけ確認させて。私が付き合うのは依頼の達成とそのスーツの男に仕返しをするまでの間。それで良かったわね?」
「ああ、終われば後は好きにすると良いさ。なんなら報酬も払うぜ。まあ、そのまま一緒に来てくれても良いがな」

 シモンは彼女と約束を確認すると先ほどまでの重い空気はどこ吹く風とでも言わんばかりに明るく笑った。

「そういえば依頼とか何とか言ってるけど仕事か何かやっているの?」
ジーナは部屋に置かれてる武器や工具箱を見ながら聞いた。

「よく聞いてくれたな。俺達は便利屋をやってるのさ。各地を旅して、依頼を引き受け金を貰い、また旅を続ける…誰にも縛られず自由気ままに生きていくんだ」
「まあ早い話が傭兵やってる浮浪者みたいなものだ」
「オイ、そういうことを言うんじゃない」

 自分達の生活について自慢げに話すシモンをすかさずセラムが茶化した。思わぬ横槍に戸惑ったシモンは反論をした。そんな二人を見たレイチェルとジーナは思わず笑いだす。

「ひとまず今日はここで早めに休もう。夜明けに出発するつもりだが、構わないか?」

 シモンはそういうと立ち上がって背伸びをした。他の三人も異論無しと見たのか頷いて賛同した。

「じゃあ食事にするか」

 そう言うとシモンは立ち上がり台所へと向かった。レイチェルは武器をいくつか手に取ると台所を通り過ぎて奥へと向かった。

「ジーナ、時間もある事だしネスト・ムーバーの中を案内しようか?」
セラムがジーナに話しかけた。

「ええ、ありがとう」
ジーナはそう言って席を立つとセラムの後について行った。

「紹介といっても大したものがあるわけじゃないがな。まずそこが台所。このまま真っすぐ行った突き当りのこの部屋が寝室だ。広いわけじゃないが、寝るには困らない。そしてここがシャワーとトイレ、後洗面台だ。それとここは…」

 セラムはジーナを連れて車内を案内していく。ネスト・ムーバーの中は思っていたよりも多くの機能を兼ね備えているらしく、確かに生活に困る事はなさそうだった。家を持たずにこれに乗って暮らしている人がいるのも納得だとジーナは思った。

「ねえ、この部屋は?」

 ジーナはふと他と比べて頑丈そうな扉で閉じられている部屋が気になった。セラムはそれに気づくと、扉を開けた。中には多くの武器装備や工具、それらのために必要な作業台や大型の設備が備わっていた。

「私の仕事場へようこそ!…なんてね」

 作業台に立っていたレイチェルが振り返りながらそう言った。武器の整備を行っていたのか、台には工具や武器が散らばっている。

「彼女が使っているんだ。武器や装備の調整をここでやってくれている」
「昔からこういう事するのが好きでさ…あ、そうだセラム。これ後でシモンに渡しておいて」

 レイチェルはそう言うとセラムに3発ほど銃弾を渡した。とは言っても見たことが無いような大きさの口径であったが。

「これは?」
ジーナはレイチェルに聞いた。

「シモンが使っている大型の拳銃に使っている弾丸よ。とは言っても外に流通はしていない私の特製。シモンに伝えといて、材料が足りなくなっているから無駄撃ちはするなって」
「分かった、伝えておこう」

 セラムは銃弾を受け取るとレイチェルにそう言った。部屋から出ると、セラムはジーナに向き直った。

「とりあえずこんなものだよ。基本的には各地で仕事をこなして、これに乗って生活をしているんだ。短い付き合いになるのかもしれないが…よろしく頼む」
「ええ…よろしくね」

 互いに握手を交わしながら二人は改めて挨拶をする。すると台所からシモンの呼ぶ声が聞こえてきた。食事が出来たのだろうと考えた二人はそのまま彼の元へ歩いて行った。


 ―――翌日、シモンが運転するネスト・ムーバーはペーブシティの移動式住居専用区域に到着していた。シモンは時計を確認してから運転席を立ち、軽く背伸びをしてから寝室へと向かう。ドアを開けると、少しむさ苦しい空気が彼の顔を撫でた。床に敷き詰められたマットではレイチェル、セラムそしてジーナの3人が毛布をかぶりながら寝息を立てている。ジーナだけは部屋の隅で少し縮こまりながら二人に背を向けていた。彼女なりに遠慮しているのだろうかとシモンは思いながら3人を順番に揺すっていく。

「ほら、着いたぜ。全員起きてくれ」

 シモンがそう言いながら繰り返し揺すると、まずセラムが起きた。それに次いでレイチェルとジーナも目を擦ったり欠伸をしながら気だるそうに起き上がる。3人が着替えや身だしなみを整えている間、シモンはライフルを背中に背負ってから両腰のホルスターに2種類の拳銃を収めた。そして上着のポケットに予備の弾薬をしまった。

「昨日も伝えたけど、デカい方は無駄撃ちしないでよ」
釘を刺すようにレイチェルは洗面台から大声で言った。

「はいよ、肝に銘じとく」
シモンは少し不貞腐れた様にしながら彼女に返事をした。

 ジーナはハンガーにかけていた上着を掴みながらセラムを見た。彼はシャツの上から緑を基調としたフード付きのミリタリージャケットを羽織り、背中に刀を2本ほど背負っていた。

「刀を見るのは始めてか?」

 ジーナの視線に気づいたのかセラムはナイフなどの装備を確認しながら揶揄う様に言った。

「そういうわけじゃない。てっきりシモンみたいに銃を使うのかと思ってたから」

 ジーナはすぐさま弁解した。刃物など今更彼女にとっては驚くようなものでは無かったからである。

「フフ…俺にはこういう武器が馴染んでるのさ」
 セラムはその言葉を最後に装備を整え終わったのか、ネスト・ムーバーから出ていった。ジーナも当然その後に続いていく。

「レイチェル、あなたは来ないの?」
ジーナはレイチェルに尋ねた。

「ここの留守番しとかないと。それに私は実力行使は苦手だし…いつでも動かせるようにしとくから必要だったら連絡を頂戴」
 レイチェルからそう言われたジーナは簡単な返事をした後、ネスト・ムーバーの外に出た。

 外に出ると、自分達が乗ってきた物とは別のネスト・ムーバーがチラホラ停められている事にジーナは気づいた。一人用の小さいものもあれば、何倍もの大きさの物もこの区域に収められていることが分かる。区域から出て、少し歩くと街が見えてきた。道を挟んだすぐ隣には海も見える。

「トラブルが起きるなんて事は無いだろうが、気を引き締めていこうぜ」
シモンからの言葉にジーナとセラムは頷くと足早に街へと向かった。
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