フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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三章:蠢く影

第19話 カルマ

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「クリス!」

 少しすると、メリッサが生物学者と二人の兵士を引き連れて現れた。

「なぜここに?村人たちは?」
「あの男が戻って来たから、ひとまず兵士達と一緒に戻る様に指示をしたの。それにしても…凄い有様ね」

 理由を説明したメリッサだったが、すぐに話題は目の前にある異様な光景に移る。腹を引き裂かれた大蛇と周囲に転がる死体、そして生臭い異臭を放つ女性と血だらけの同僚という手掛かりによって何が起きたかは言うまでも無かった。

「サーペント!洞窟を寝床にするのが好きな魔物です。ハーピィにとってはまさしく天敵!これで合点が行きました。少し謎もありますがね」
「ひとまずは外に出ないか?生存者と…死体を連れ出してやろう」

 興奮する生物学者の説明を聞きながらも、クリスの提案によって死体と唯一の生存者である女性は外へと帰還した。幸い、近くに井戸があるという事なのでメリッサは女性を連れてそちらへ向かうと胃液や体液にまみれた服を捨てさせて、体を洗うのを手伝った。

「終わったらこれ着て…ダサいし臭いだろうけど」

 一通り水で洗い流した女性にメリッサは自身の外套を渡した。

「あの男の人もそうだけど…何で助けようとなんかしたの?私達、あんなに酷い事も言ったのに」
「何でって、仕事だから」

 女性に対してメリッサはあっけらかんとして答えると、兵士達から借りた靴を彼女に渡した。

「それじゃあ行こう。ねえ、名前は?私はメリッサ」
「えっと…アメリア…ねえ男がどうとかって言ってたけど」
「ああ、あいつは先に戻ってるはずよ。かなり怯えてた」

 そう言えば自己紹介もまだだったとメリッサは彼女に名前を尋ねた。互いに名前を知った後にクリス達のもとへ合流し、全員で村へと戻っていく。

「しかし疑問といえば、なぜサーペントが棲みついていたのか。元来は湿地帯を好み、長距離の移動をしてまで寝床を探すような生物では無いというのに」

 道中、生物学者は不思議そうにクリスに話を切り出した。

「連れてこられたんだろ。それが出来る奴を知っている」
「もしかしてブラザーフッド?だとしたら目的は?」
「この辺りは食料の生産地だ。とにかく荒らす事で物資の確保に影響を与えたかったんだろ。回りくどいやり方だが、こうしておけば自分達が手引きした事もバレないだろうしな。今回は恐らく様子見…有効であれば今後各地でやっていくつもりなのかもしれない」

 ブラザーフッドの仕業であるとクリスが考え、自身の推理をメリッサや学者に語りながら村に戻ったが妙に騒がしい。アメリアや兵士達を待機させて様子を見に行くとミラーという名前である事が発覚した青年が、村長に詰め寄ろうとして村人たちから宥められていた。

「約束は守ったんだ!早く金を寄越せ!」
「こないだから思っていたが、村長に向かってその態度はなんだ!」

 報酬をせがんで喚きたてるミラーに対し、村人たちも我慢が出来ないと彼に野次を飛ばして村長から遠ざけようとしていた。

「お気持ちは分かります。ですが、お仲間の安否も確認中です。ひとまずは休むべきでしょう…明日になれば必ずお支払いします」
「どうでも良いだろ!俺以外死んだんだ!あんな化け物がいる事を黙ってやがったのに偉そうなことを言うな!分かったらさっさと…」

 容態を心配して休息を取らせようとする村長に対して、ミラーはがめつく追い立てた。先程までの怯え切った顔は何だったのかとクリスが呆れていた直後、メリッサが鋭い視線を崩さないまま猛然と歩き寄って行った。

「ねえ…」
「あ?」

 一声かけて肩を掴んで振り返らせ、とぼけた声をミラーが出した瞬間にメリッサの握りこぶしが彼の顔面を捉えた。

「自分の仲間の心配より金の話かよ乞食野郎!」

 殴り倒されたミラーが立ち上がろうとする前にメリッサは彼の胸倉を掴んで無理やり引き起こし、憤怒に任せて彼を叱りつけ、もう一度殴ろうとした所をクリスが差し押さえた。

「よせ」
「クリス、でもこいつ…!」

 止めようとするクリスにメリッサが歯向かおうとした時、ミラーが突然噴き出した様に笑い出した。何事かと思い、クリスは視線を彼へ向ける。

「…さては、おっさん分かってるんだなあ。思ってるんでしょ?自分が無駄に喧嘩売ったせいで女どもが死ぬ羽目になったって。それ、大正解」

 メリッサの手を払いのけてミラーは体を起こし、ヘラヘラと笑いながら話を続ける。

「感謝してるよ。気づけたのはあんたのおかげなんだから。あの女共が興味あるのは俺が手に入れる金や名誉であって俺自身じゃない。そう思ったら途端にどうでも良くなった。寧ろ食い扶持も減るし、全部俺の金になる。ありがとさん、あの股開く以外に何の役にも立たない足手纏い共と別れるいい機会だったよ」
「お前…」
「へへへ…怒る?なら…最初からあんな事言わなきゃ良かったんじゃないのお?そうすればこんな事にはならなかったってのに!自分の言葉には責任持ちなよ、良い大人なんだからさあ!」

 言い返そうともせずに自分を睨むだけのクリスを、なぜか勝ち誇ったように捲し立てて笑うミラーだったが、そんな束の間の優越感はすぐに消える事となった。立ち上がった後にクリス達を押しのけて歩き出そうとした時、冷めた表情でこちらへ向かって来るアメリアの姿が見えてしまった。ミラーの心の中には焦燥感が現れ、それと同時に先ほどまでの自身の発言を取り消したいという衝動に駆られる。

 形見の短剣を鞘から引き抜き、すぐそこまで迫っている彼女を前に余裕は消え失せた。「自分の言葉には責任を持て」という過去の発言が、繰り返し脳内で流れた直後、小さく鋭い痛みが腹に突き刺さる。短剣が腹の奥深くに入り込んでいるのを目撃したミラーは、ようやく肉体が負った重大な痛手を感じ取った。

 突き立てられている短剣を中心に、赤黒い染みが瞬く間に広がっていく。アメリアは一度短剣を引き抜き、叫ばせる余裕も与えずにミラーを押し倒す。そして馬乗りになって幾度も刺し続けた。あっという間にミラーの服のあちこちには、血の斑点が出来上がっていく。

「お前のせいで!お前のせいで!妹が!皆が!」
「やめろ!!おい、離れるんだ!」

 あっという間の出来事を前に硬直していた一瞬の隙が生んだ惨劇であった。手遅れだと分かっていながら、クリスはアメリアの背後へ回って彼女を引き離し、メリッサは兵士達に指示を出してすぐに応急処置を試みようと近づく。

「死にたくない…死にたくないよ…」

 荒い呼吸交じりにミラーは細々と言い続ける。手遅れであった彼を看取ったメリッサだったが、心底にてこれが天罰だと彼を責めた。

「あいつは死んだ。もう良いだろ!」

 一方でクリスは短剣を握りしめて、アメリアを抑えつけながら言った。それでも収まりがつかないのか、彼女はクリスの手を解こうと動くが当然出来る筈もない。

「皆の事を…役立たずの足手纏いって…淫売呼ばわりもして…心の底から…仲間だと思ってたのに…!」
「あの男はな、クズだった。死んで当然…だが、お前が手を出した時点で奴は被害者になってしまったんだ。すまないが連行させてもらう。悪く思うな」

 言葉をひり出すアメリアの話に耳を傾けていたクリスだったが、私情を持ち込むわけには行かないと兵士の一人から渡された手錠を彼女に付けた。アメリアの犯した罪と憎しみにまみれた彼女の言葉にかつての自分を鑑みたクリスは、今の自分が置かれている立場を滑稽な姿だと卑下する。そして彼女に寄り添って重い足取りで歩き出した。
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