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五章:混沌からの産声
第38話 禍去って禍また至る
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「居心地はどうだ?」
騎士団が管理している留置所にて、小窓から差し込む僅かな日光と、仄暗い灯りで照らされた牢屋を訪れたクリスが言った。こちらに近づいて来るにつれ、闇の中でおぼろげだった姿が見えていく。思っていたよりも快適そうな様子のマーシェがヘラヘラとしながら格子にもたれ掛かった。
確保した際の暗めの色合いを持つ細身のロングドレスではなく、支給されたシャツやズボンを身に纏っている。こんな場所で過ごすのなら動きやすい服装が良いと、彼女自身が要求した物らしかった。おまけにはだけさせており、異性からすれば少々目のやり場に苦慮しなければならない程度には胸元が空いている。
「最高。日差しは入るし、見張りもあいつらに比べたら話に乗ってくれるし…食事はもう少し充実させてほしいわね。果物が食べたい。缶詰は嫌よ?生が良い」
「随分と贅沢言うわね…それと服はちゃんと着て」
個人的な観点に基づいた評論を始めるマーシェだったが、メリッサから苦言を呈されると少し残念がる。
「いくつか話を聞かせて貰いに来た。まず最初にあの化け物について教えてくれ」
「化け物だなんて失敬。”キメラ”って呼んで欲しいわね。簡単に言うなら、生物を合体させたのよ。遺伝子の組み換えや肉体そのものに施術を行ってね」
「呼び方は好きにさせてもらう。何の目的であんな物を?」
「最強の生物を自分自身の手で作り上げる…昔からの目標のために好きにやってただけ。そしたら目を付けられちゃってね。兵器として運用できそうなものを作れって依頼された。でも段々要望は増えるわ、期待通りの成果じゃなかったって予算は減らして来るわ…挙句、勝手な事をするからってあんな場所に閉じ込められちゃった」
悪びれることなく経緯を語るマーシェに少し引きながらも、一同は耳を傾け続ける。この際は情報が入れば良しとして、彼女の思想やらには敢えて突っ込まなかった。
「で、頭に来たから計画を台無しにして、騎士団に何とかしてもらおうって事で開発が終わってたキメラを解放したの。実験台にした労働者が、私の協力者だった工場のオーナーに恨みを持ってたみたいだったし、そいつが恨みを晴らしに行ってくれれば騎士団が手掛かりを掴んで私の所まで来ると思ってた」
「そう…それで、あなたに依頼したのは誰?」
「…”シャドウ・スローン”とだけ言っておくわね」
彼女から出て来たシャドウ・スローンという言葉にデルシンとメリッサの表情が強張る。一方でイマイチ理由の分からなかったクリスは、一体何事かと二人を交互に見た。
「シャドウ・スローンってのは?」
「犯罪組織だ。といっても知ってるのは名前だけ…実態も何も掴めてない。にも拘らず、この国で起きている犯罪について調べてみれば、ほとんどの確率で名前が挙がる」
クリスが尋ねてみると、デルシンが親切に答えてくれたが想像以上に謎の多い組織であるらしかった。
「なら多少の情報くらいはあっても良いだろう」
「仕方が無いのよ。手掛かりや情報を持っている相手は数日もしないで死んでしまうし、酷い時は捕まる直前に、目の前で自殺する人もいたくらい」
クリスの疑問に対して、メリッサはこれまた物騒な理由を並べ立てる。
「…長生きできるといいな、お前」
「あなたも人の心配している場合じゃないわよ。今やあなたを狙ってるのはブラザーフッドだけじゃない。もしかすればあなたを巡って殺し合いが起きるかもね…フフ」
同情気味にマーシェを見たクリスだったが、当の本人は自分の事に集中した方が良いと助言をしてくる。
「どういう事だ?」
反射的に聞き返してしまうのも無理はなかった。懸賞金の件もあり狙われるのは理解できたが、殺し合いが起きる程の事なのかとクリスは半信半疑になる。
「少しは私の頼みも聞いてくれないかしら?さっきからあなた達だけ得してるのが気に食わない」
「…内容による。話してみろ」
「ここから出して欲しい。ついでに雇ってほしい」
「聞くだけ無駄だったな」
ギブアンドテイクで行きたいと申し出る彼女の要求はとてもでは無いが、受け入れられるものでは無かった。それ以前に騎士団の中でも低い地位では無いとはいえ、この場に居合わせている者達だけで決めて良い物ではない。
「ダメかしら?そしたら私は安全。出来る範囲で情報も渡せる。それにこう見えて科学者だし、薬草や生物、遺伝学にも詳しいわよ?装備開発でも良いし、騎士団は国における生態系の調査もやっているらしいじゃない。力になれると思うわ」
「まあ、前科があっても場合によっては…だがあんたに関しては笑い話で済まねえからなあ。誘拐、人体実験、犯罪組織への加担…」
少なくとも人材としては申し分無さそうではあるのだが、デルシンは彼女の経歴が気になってしょうがないらしく気を揉んでいた。
「それに…もっといい事もしてあげられるかもね」
「お、おいおい!ナンパかあ?俺には女房も子供もいるんだぜ」
「…結婚、してたんだな」
彼女からの挑発的な発言にデルシンは狼狽え、それを呆れながらメリッサは見ていた。一方でクリスは彼が婚約し、家庭を築いていた事を知らなかったこともあってか感心した様な声を漏らす。
「…これ以上話すつもりが無いのなら今日はこれで終わりだ。しかしキメラか…金を掛けてあれだけしか作れないんじゃ、遅かれ早かれ計画は頓挫してたかもな」
「それでも結構手こずらせなかったかしら?二体倒すのに騎士が二人も駆り出されたのなら、量産さえ出来れば――」
「え?」
気を取り直してこの場をお開きにしようとクリスが仕切っていた時、マーシェがキメラの性能について語り始めた。しかし、その言葉の中に不穏な要素が含まれている事に気づいたクリスは、思わず素っ頓狂な反応を示してしまう。
「待て、二体ってどういう事だ?」
「…もう一体はいなかった?デカいのが」
ここを訪れる前までは確かにあった事件を解決したという安堵感が崩れ、不思議そうにするマーシェの前で三人は固まったまま立ち尽くす。『森や草原を移動しながら奇妙な鳴き声を出す巨体の怪物』についての目撃談を彼らが知る事になったのは、それから間もなくであった。
騎士団が管理している留置所にて、小窓から差し込む僅かな日光と、仄暗い灯りで照らされた牢屋を訪れたクリスが言った。こちらに近づいて来るにつれ、闇の中でおぼろげだった姿が見えていく。思っていたよりも快適そうな様子のマーシェがヘラヘラとしながら格子にもたれ掛かった。
確保した際の暗めの色合いを持つ細身のロングドレスではなく、支給されたシャツやズボンを身に纏っている。こんな場所で過ごすのなら動きやすい服装が良いと、彼女自身が要求した物らしかった。おまけにはだけさせており、異性からすれば少々目のやり場に苦慮しなければならない程度には胸元が空いている。
「最高。日差しは入るし、見張りもあいつらに比べたら話に乗ってくれるし…食事はもう少し充実させてほしいわね。果物が食べたい。缶詰は嫌よ?生が良い」
「随分と贅沢言うわね…それと服はちゃんと着て」
個人的な観点に基づいた評論を始めるマーシェだったが、メリッサから苦言を呈されると少し残念がる。
「いくつか話を聞かせて貰いに来た。まず最初にあの化け物について教えてくれ」
「化け物だなんて失敬。”キメラ”って呼んで欲しいわね。簡単に言うなら、生物を合体させたのよ。遺伝子の組み換えや肉体そのものに施術を行ってね」
「呼び方は好きにさせてもらう。何の目的であんな物を?」
「最強の生物を自分自身の手で作り上げる…昔からの目標のために好きにやってただけ。そしたら目を付けられちゃってね。兵器として運用できそうなものを作れって依頼された。でも段々要望は増えるわ、期待通りの成果じゃなかったって予算は減らして来るわ…挙句、勝手な事をするからってあんな場所に閉じ込められちゃった」
悪びれることなく経緯を語るマーシェに少し引きながらも、一同は耳を傾け続ける。この際は情報が入れば良しとして、彼女の思想やらには敢えて突っ込まなかった。
「で、頭に来たから計画を台無しにして、騎士団に何とかしてもらおうって事で開発が終わってたキメラを解放したの。実験台にした労働者が、私の協力者だった工場のオーナーに恨みを持ってたみたいだったし、そいつが恨みを晴らしに行ってくれれば騎士団が手掛かりを掴んで私の所まで来ると思ってた」
「そう…それで、あなたに依頼したのは誰?」
「…”シャドウ・スローン”とだけ言っておくわね」
彼女から出て来たシャドウ・スローンという言葉にデルシンとメリッサの表情が強張る。一方でイマイチ理由の分からなかったクリスは、一体何事かと二人を交互に見た。
「シャドウ・スローンってのは?」
「犯罪組織だ。といっても知ってるのは名前だけ…実態も何も掴めてない。にも拘らず、この国で起きている犯罪について調べてみれば、ほとんどの確率で名前が挙がる」
クリスが尋ねてみると、デルシンが親切に答えてくれたが想像以上に謎の多い組織であるらしかった。
「なら多少の情報くらいはあっても良いだろう」
「仕方が無いのよ。手掛かりや情報を持っている相手は数日もしないで死んでしまうし、酷い時は捕まる直前に、目の前で自殺する人もいたくらい」
クリスの疑問に対して、メリッサはこれまた物騒な理由を並べ立てる。
「…長生きできるといいな、お前」
「あなたも人の心配している場合じゃないわよ。今やあなたを狙ってるのはブラザーフッドだけじゃない。もしかすればあなたを巡って殺し合いが起きるかもね…フフ」
同情気味にマーシェを見たクリスだったが、当の本人は自分の事に集中した方が良いと助言をしてくる。
「どういう事だ?」
反射的に聞き返してしまうのも無理はなかった。懸賞金の件もあり狙われるのは理解できたが、殺し合いが起きる程の事なのかとクリスは半信半疑になる。
「少しは私の頼みも聞いてくれないかしら?さっきからあなた達だけ得してるのが気に食わない」
「…内容による。話してみろ」
「ここから出して欲しい。ついでに雇ってほしい」
「聞くだけ無駄だったな」
ギブアンドテイクで行きたいと申し出る彼女の要求はとてもでは無いが、受け入れられるものでは無かった。それ以前に騎士団の中でも低い地位では無いとはいえ、この場に居合わせている者達だけで決めて良い物ではない。
「ダメかしら?そしたら私は安全。出来る範囲で情報も渡せる。それにこう見えて科学者だし、薬草や生物、遺伝学にも詳しいわよ?装備開発でも良いし、騎士団は国における生態系の調査もやっているらしいじゃない。力になれると思うわ」
「まあ、前科があっても場合によっては…だがあんたに関しては笑い話で済まねえからなあ。誘拐、人体実験、犯罪組織への加担…」
少なくとも人材としては申し分無さそうではあるのだが、デルシンは彼女の経歴が気になってしょうがないらしく気を揉んでいた。
「それに…もっといい事もしてあげられるかもね」
「お、おいおい!ナンパかあ?俺には女房も子供もいるんだぜ」
「…結婚、してたんだな」
彼女からの挑発的な発言にデルシンは狼狽え、それを呆れながらメリッサは見ていた。一方でクリスは彼が婚約し、家庭を築いていた事を知らなかったこともあってか感心した様な声を漏らす。
「…これ以上話すつもりが無いのなら今日はこれで終わりだ。しかしキメラか…金を掛けてあれだけしか作れないんじゃ、遅かれ早かれ計画は頓挫してたかもな」
「それでも結構手こずらせなかったかしら?二体倒すのに騎士が二人も駆り出されたのなら、量産さえ出来れば――」
「え?」
気を取り直してこの場をお開きにしようとクリスが仕切っていた時、マーシェがキメラの性能について語り始めた。しかし、その言葉の中に不穏な要素が含まれている事に気づいたクリスは、思わず素っ頓狂な反応を示してしまう。
「待て、二体ってどういう事だ?」
「…もう一体はいなかった?デカいのが」
ここを訪れる前までは確かにあった事件を解決したという安堵感が崩れ、不思議そうにするマーシェの前で三人は固まったまま立ち尽くす。『森や草原を移動しながら奇妙な鳴き声を出す巨体の怪物』についての目撃談を彼らが知る事になったのは、それから間もなくであった。
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