フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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六章:輸送作戦

第39話 違和感

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 マーシェとの対面が終わった後に大急ぎで調べた所、ここ数日の間に得体の知れない化け物の目撃情報が多数報告されていた。ただの見間違いや悪戯だとして誰からも相手にされてなかったらしいが、今となっては重要な情報源である。出来る事ならもっと早く動いておくべきだったが。

 最後に目撃されたという地点は東部にある農村の付近の街道であった。近くには炭鉱もあり、地域にとっての収入源にもなっている。とにかく手遅れになる前にと、早朝の特急を予約してクリスとメリッサ、そして暇そうだったグレッグが現場へ向かう事となった。

 一等車にて、忙殺される生活をクリスは窓際で思い返しながら、いつかは思い切って休暇でも取ってみようかなどと耽った。マーシェの持つ情報の精査や今抱えている問題を解決しない限りは無理そうだと静かに諦めていた時、車内販売を買ったらしい二人が荷物を抱えて戻って来た。

「はい、パンプキンケーキとルートビアで良かったよね?あとこれはお釣り…」
「ああ、悪いな。わざわざ使いにやらせてしまったんだ、お釣りは貰っててくれ」

 グレッグは抱えていたケーキの切れ端が入った包と茶色く濁った瓶を渡してくる。ここ最近、魔術師コミュニティが持つ文化や風習について彼に教授する事が度々あったが、それもあってかクリスに対しては非常に愛想よく接してくれていた。今も何かしら聞きたい事が山ほどあるのだろうかと思いを馳せながら、クリスはルートビアの栓を開ける。バニラと薬草の香りが鼻をくすぐり、温くはあったがいつも通りの薬っぽい味だった。

「見た目は良さそうだったのに、このケーキあんまり美味しくないな」
「この列車ではダントツの不人気商品だからね。少なくとも十年連続ぐらい」
「そんなにか?」
「私が子供の頃から有名だったわよ。勿論そっちの意味で」

 齧ったパンプキンケーキについて愚痴を言うと、二人もその話に釣られる。暫くすると、話題は任務における標的についてがテーマとなっていった。

「今回の…キメラ?まあ何でもいいが、確か聞き出したんだろ?何かわかったか?」
「あの女から特徴を聞いて来たの…ただ…」
「ただ?」

 クリスが情報を知りたいと申し出たところ、なぜかメリッサは言い淀む。

「やっぱりアイツどこかおかしいわよ」
「おかしくなかったら化け物作りなんかしないだろ。さ、話してくれ」
「はあ…なんでもトロールの肉体に、ベヒーモスの皮膚を移植したらしい」

 トロールと言えば人間を優に上回る巨体と怪力を持つことで有名な魔物であった。一方でベヒーモスは、岩の様な皮膚で天敵からの攻撃を防ぐ事に長けているとされている魔物である。

「トロールの屈強さとベヒーモスの持つ装甲か…攻守ともに完璧だな」

 今回のターゲットであるキメラのコンセプトが分かったと、クリスは感想を漏らした。

「そして、移植が終わった魔物の肉体に知能を備えさせようとしたらしいの」
「でも、トロールは知能もそれなりに高いんじゃなかったっけ?簡単な言葉の意味くらいは理解するって雑誌で読んだことがあるよ」

 キメラに知能を獲得させる計画を行っていたという話題を彼女が振ると。グレッグは以前自分が呼んだことのある文献を基に、彼女の話で感じた疑問をぶつけてみる。

「兵器として使うには、意思疎通がもっとスムーズに行えた方が良かったんだってさ…それであいつ、人間から脳髄を摘出して…ぶち込んでやったらしい。おまけに大成功」

 気分が悪そうにメリッサが言うと、二人もまた血相を変えた。呆然としすぎるあまり、持っていたルートビアの瓶を危うく落としそうになったクリスは、辛うじて堪えてから再び彼女の方を見る。

「つまり、こうか?人間の知能を持つトロールとベヒーモスのかけ合わせが、今向かっている地域のどこかに潜んでいると…」
「…そうなるよね」

 クリスは手付かずになったパンプキンケーキを窓際に置いて落ち着きを取り戻しながら確認する。グレッグもまたそれに同意して、イマイチ想像が出来ないと物思いに考えている様子であった。

「ポジティブに考えてみる?こう…知能が高いから説得が出来そうとか」
「ハハ…で、出来ると良いなあ…」

 慌ててメリッサがジョークを言ってみるが、グレッグは乾いた笑いと共に無難な返事をする。それから暫くして駅に付いた事を伝えられた三人は、改札を出てから地域を受け持っているという騎士団の兵士達と合流した。

「お話には聞いていました。本当なら目撃された地点へ行きたいところですが、少し騒ぎが起きていましてね」
「何があった?」
「ここから先の村です。ご案内しましょう…何でも怪物に襲われたとか」

 兵士達から状況を伝えられた一同は大急ぎで馬車に乗り込んで、穏やかな青空や少し寂しげな雑木林を横目に事件の起きたという村へ向かった。村に到着した彼らを出迎えたのは、武装した状態の村人とそれを宥めようとする兵士達による一悶着であった。

「全員落ち着いてくれ!」

 クリスがひとまず話を聞きたいと割って入り、掴みかかっている村人たちを兵士から引き離す。ようやく到着した彼らの存在に気づいたのか、村人たちは畏怖の籠った眼差しでクリス達を見ていた。

「まさか騎士様が来てくださるとは…」

 リーダーらしい初老の男が言った。

「何があったんですか?」

 周りの状況を見て、ただ事ではないと感じたメリッサが彼に尋ねたが、初老の男よりも先に他の者達が口々に声を出し始めた。

「化け物に襲われたんだよ!」
「岩みたいな肌を持った巨人だ!あんなの見た事ない!」
「皆であいつを倒すか捕まえようとしてたら、そこにいる兵士共に止められたんだ!」

 とりあえず状況は分かったと全員に言い聞かせた後、グレッグが目撃者や被害者の有無を尋ねる。しかし、怪我人や死者は出ていないとの事であった。

「全員が無事なんですか?」

 流石に不自然だとグレッグは近くにいた女性に尋ねた。

「私はあいつに掴まれそうになったわ…凄く怖かった」

 少々やつれている風貌の女性はグレッグに対して顔色を悪くしたまま語る。そんな彼女の後ろからグレッグほどでは無いが高い身長を持つ男性が現れて、彼女の肩を抱きよせた。

「彼女が掴まれそうになる前に、俺が化け物の手の平に銃をぶっ放してやったんですよ。それで怯んだらしくて山の方へ逃げていきました」
「他には?」
「それが…襲われたのは私だけだったみたい」

 彼女を労わる様に擦りながら。男性はグレッグに事の顛末を伝える。結局、さらに奇妙な情報が出ただけで事情徴収は終わってしまった。

「これだけの村で犠牲者無しか…そんな事ってあるかしら?」

 グレッグからの報告を聞きながら準備をしていたメリッサは、事件における不可解な点を呟いてみる。

「もしキメラと意思疎通が出来るのなら、是非とも聞き出してみたいもんだな」

 クリスも準備を終えたらしく、ウォーミングアップをしながら軽口を叩いた。
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