フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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八章:越えられぬ壁

第56話 ミス

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 気が付けば雨が降っていた。クリスはどこからか視線を感じ、時折周囲に目を向けたが、気のせいだったのかもしれないと再びグレッグに追従する。製鉄所へ近づくにつれて人気の無さは不気味なほどに増していった。

「ここを歩いていけばもうすぐだよ」

 グレッグは背中に背負っている折りたたまれた鎌を、少し重荷に感じた様に背負い直してから言った。一応辺りの警戒はしているらしく、腰のホルスターに手を当てながら歩いている。やはり何かが変だという事に気づいているらしかった。

「…クリス、少し話があるんだけど良いかな ?」
「ん ?」

 少し不安そうに話しかけるグレッグだったが、その真剣な眼差しは決して臆病風に吹かれているわけではない事を物語っていた。



  ――――フィリップが手の震えに気づき、拳を握って止めようとしていた時だった。

「おい、来たぞ」

 男がそう呼んで顔を向けた先には、二人の怪しげな人物が並んでこちらへ歩いて来ていた。

「マスタールジア、やっぱりあなたでしたか」
「久しぶりだなあ…覚えててくれたようで何よりだ」
「俺以外にあんな汚い字を書くのなんて、あなたぐらいしか思い当たらないんでね。つまり、彼らを殺したのはあなたと…そこにいるもう一人ってわけだ」

 クリスからの呼びかけに男は少し顔を明るくした。懐かしそうに軽く挨拶を交わした後に話題は兵士達が発見した死体についてへと移っていく。

「ああ。俺と新入りのコイツで一緒にやった」
「…俺に会いたかったのなら、彼らを殺す必要がどこに ?」
「魔術師だと分かるや否や、先に仕掛けたのは奴らだ。身を護るつもりがうっかり死んだんで、ついでに利用した。それだけだ」

 正直に白状したルジアに対して、クリスの語気が僅かに強まる。しかし当の本人はそれがどうしたといった具合に正当防衛を主張し、悪びれる様子を見せなかった。

「身を護るため ?あれほど死体を弄んでおきながらですか ?」
「あれをやったのは殺した後だ。死体の異常さが際立てば際立つほど、魔術師によるものだと判断し、騎士団がお前を寄越してくれると睨んでた。それに…昔の自分を少しでも思い出してみろ。人の事を言えた義理か」
「…要件は何です ?俺と戦う事ですか ?」

 過剰な仕打ちを批判するクリスだったが、ルジアからの言葉を前にして食い下がった。あまり追及されたくないのか、すぐさま会いに来た目的を尋ねると、ルジアは少し髭を触ってから慎重に話を始めた。

「短い間ではあったが師弟関係を持っていたのも事実。せめて俺の手でお前にケジメを付けさせようと息巻いてた…が、やっぱり…俺は迷っている」

 濁った汚水で湿り切った路面を眺めながらルジアは言った。

「なあ、やっぱり戻ってくる気は無いか ?」
「…今更何を言い出すんです ?」

 あまりに唐突な告白であった。萎れたルジアを相手に、クリスもまた戸惑いを隠さずに言い返す。フィリップやグレッグも思うように話に入れないのか、ただ黙って突っ立ていた。

「色々あったんだ。もう味方じゃないからと、気楽に割り切れるような関係じゃない…こんな事態になるまでは、ブラザーフッドでもお前に戻って欲しいと本気で考えている奴もいたんだ。どうだ ?今から頭を下げて――」
「そんな事で帳消しにするには、俺は人を殺しすぎました。もっと早くに、その言葉を伝えてくれれば良かったものを」

 ルジアがいくら情に訴えかけてみようと試みても、既に手遅れらしかった。もう謝って済む問題ではない事くらい、クリス自身が一番良く分かっていたのである。

「そうか…ならば…残されたのは決闘以外にあるまい。責任を持って俺がお前を捕らえ、ギルガルド様のもとへ連れて行く。お前は手を出すなフィリップ。奴は――」
「…ハハ」
「どうした ?」
「ハハハハ !」

 和解が出来ないと悟り、ルジアは構えを取って戦う意思を見せる。しかし突如として、クリスが笑いだした。その場にいた者達は一人を除いて大きく動揺し、何があったのかと彼に引くばかりだった。やがて落ち着いたクリスは首を横に振って、真顔を維持し続けていたルジアを心底呆れたような笑顔で見た。

「マスタールジア、本当に…とことん人が悪い。八人だ。そこにいる新米も含め、あなたが連れて来た部下の数は八人。違いますか ?」

 クリスがそう語り掛けていた時、ルジアとフィリップが凍り付いたように動かず、そして一言も発さずに黙っていた。

「…気配を探ったか」
「正解という事でよろしいんですね。魔法は使えずとも、それ以外の鍛錬を欠かしたことは一度もありません。手に取るように分かります」
「はあ…全員出てこい !こうなっては奇襲もへったくれも無い」

 ようやく口を開いたルジアだったが、否定はしなかった所からして図星である事が分かった。彼の号令を皮切りに、建物の陰や窓、扉などから魔術師達が現れてクリス達の背後に立ち塞がる。挟み撃ちであった。何より厄介な事に服装と佇まいからしてそこらの下級や中級達ではない。恐らくルジアが集めた精鋭達であると推測出来た。

「礼儀や作法、戦場でそんなものを真に受ける奴は総じて馬鹿だ…あなたの教えです。老いたからといって決闘の申し込みなど、柄にもない伝統を守るほど血迷うあなたではない」
「気配を探られた時も思っていたが…出来れば忘れていて欲しかったよ」

 そう言ったルジアは、魔法によって製鉄所や周囲の建物から鉱物で出来ているのであろう物品達を引き寄せると、それらを宙で砕き、流動的に動く一つの塊へと変化させる。塊はアメーバのように動いてルジアに纏わりつくと、その体を覆い隠していった。やがて不細工な形の鎧のように固まった殻の具合を確かめてから、ルジアは改めて構えを取る。

「トーキンス製鉄所…この国の歴史的にも、産業においても重要な場所です。建物の修復や、素材の窃盗…賠償金を払う覚悟はおありで ?」
「ヘッ…”アーブレン”共の財布事情など知った事では無い。さあ、備えるがいい」

 クリスは巻き込まれた製鉄所の事をわざとらしく声に出して憐れんだが、ルジアは鼻で笑って一蹴した。彼の発したアーブレンという単語は、魔法を使えない者達への蔑称である。流儀やしきたりに囚われない男を演じているが、どこまで行こうが彼も魔術師なのだとクリスは少しだけ失望の念を抱いた。

 フィリップもライターに火をつけ、噴き出した炎を腕に纏わせて臨戦態勢に入る。一方でグレッグはポーチから肉体強化薬を二本取り出した。

「…おい、確かそれは――」
「僕なら大丈夫」

 二本とも栓を開けてから、クリスの制止も聞かずにグレッグは一度に飲み切って瓶を捨てる。通常ならば副作用である毒素に侵され、場合によっては死に至る危険性もある肉体強化薬は一般の兵士の使用を禁じられている。そのため、騎士の称号を持つエージェント達は中毒への耐性を高めるため、多様な種類の毒物を血液に微量ずつ送り込んで抗体を作らせるといった訓練も定期的に行う。グレッグはその中でも稀にみる程の高い耐性を持っている事が発覚しており、異例の措置として二本以上の同時及び連続での使用を認められていた。

 唸り声と共に目が変化し、クリスと比べて服の上からでも分かる程の細身であった体が徐々に膨れ上がった。ただでさえクリス以上の長身であった彼の体は、破壊と再生によって見違える程に屈強な物へと変貌していく。

「こっちも準備出来てるみたいだ」

 すぐにでも襲い掛かりそうな気迫と、それを抑えつけるように体を震わせるグレッグを見てからクリスは言った。拳銃を二丁とも取り出してからいつでも来いと言わんばかりに挑発をすると、ルジアもそれに応えて駆け出した。それに続いて他の魔術師達も攻撃の準備に入る。しかし、彼らは自分達がある重大な物を見落としている事に気づいてはいなかった。クリスとグレッグ、彼ら二人が装着している通信用の装置は、到着した時から既にダイヤルが回され、赤い光を放ち続けていたのである。
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