フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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八章:越えられぬ壁

第55話 務め

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 レングートの町を二分している巨大な河川は、果てしなく広がり続けている大海への巨大な出入り口であった。貿易に使われる輸出品や他地域から集まる積み荷は、全てこの川を通ると言っても過言ではない。トーキンス製鉄所はそんな河川沿いの目と鼻の先にある内地、小規模な工業地帯の一画に佇んでいる。この国において蒸気機関の登場、そして重工業による大規模な成長が始まった時期から精力的に産業を支え続けている老舗である。

「ほい、お前さんの分だ。あちこち物色してみたが、こんなのしか残ってねえ」

 重厚ではあるものの、どこか薄汚れた工場の屋根にて一人の髭を蓄えた壮年の男性が若い青年に缶詰を渡した。缶切りで乱暴に開けられ、中に入ってたらしい汁が缶から滴っている。ミックスビーンズであった。

「まっず」
「食えないよりはマシだ」

 味が無く、水っぽさと冷めて固くなった芋のようなそれは、腹を膨れさせるだけであり、そこに有難さなど無い。命を繋ぐ事だけを目的とした栄養摂取が終わり、缶を投げ捨てると音を立てて一度だけ弾み、残り汁を辺りに垂れ流しながら転がった。

「隊長…ホントに来ると思いますか ?」
「死体が無くなってたんなら回収はされたんだろう。後は奴が見てくれる事を祈るしかない。もっとも、魔術師の習わしを忘れてないのが前提にあるがな」

 青年から少し遅れて完食した男は、残り汁まで飲み干してから近くに缶を置いた。あちこちから煙が上がっている景観を一望し、ボヤ騒ぎや銃声を心地よさげに聞いている。

「懐かしいなあ、この感じ…もう来ることは無いと思ってたが、こんな形で戦いに戻る羽目になるとは。フィリップ、確かお前は初めてだったか ?任務に来るのは」
「はい…だけど、こんな形で初陣なんか飾りたくなかった」

 昔の記憶に耽る男とは別に、フィリップは愚痴をこぼした。

「そうか ?」
「だってそうでしょう。仇の本拠地がある街に援軍も無しに送り込まれて…挙句、怪物と呼ばれた野郎の始末だなんて…遠回しに死ねって言われたようなものです。大体シャドウ・スローンだか何だか知らないが、暴動で街が混乱に陥るならそれに乗じ、総力を挙げて攻め込んでやればいいんですよ。ネロ様はシャドウ・スローンと潰し合いになるのが嫌だなんて言ってますが、どうせあのドラグノフとかいう男と取り決めでもしてたに違いない。全く、何であんな腰抜けが側近になれたのか――」
「…おい」

 実質殺されに行くようなものだという事を嘆き、攻撃を仕掛けるチャンスを疎かにするネロに対して怒りを露にしながら、フィリップはそのまま罵倒でも並べてやろうかとした。しかし、こちらを睨む男によって一喝されてしまう。

「口が過ぎるぞ青二才」
「しかし――」
「じゃあ本人に直接言わなかったのはなぜだ ?怖気づいたんだろ。既に任務が始まった以上、上の奴らが知りたいのは結果だけだ。一介の戦士にすぎん俺達の意見などではない」

 ヒートアップするフィリップを牽制して、男は今更言った所で何の意味も無いと強めに言い聞かせる。それでも不服そうにフィリップはそっぽを向いて代わり映えのしない荒れ果てた街を見ていた。

「ブラザーフッドが今日まで残って来れたのも、ネロ…やつが資金繰りや外部への口利きをしてくれたおかげだ。今でこそ机仕事に精を出しているが、戦場での実績も確かにあった。何か考えがあっての事だろう…それより問題はガーランドだ。ヤツのせいであちこち大荒れだよ」
「…そうなんですか ?」
「ヤツの知り合いがどうやらホワイトレイヴンにいるらしくてな。他の勢力にも騎士団の肩を持つように取引できないかと持ち掛けているそうだ。傘下に入った連中はホワイトレイヴンのように騎士団が保護してくれるんだと。おかげで中立派や穏健派は勿論、ブラザーフッド以外の武闘派連中さえ、どうするのか揉めているらしい。このままじゃ我々ブラザーフッドに協力してくれるかどうか…全くかき乱されてしまった。ガーランドがどこまでその動きに関わっているかは知らんが、ホワイトレイヴンへ襲撃を仕掛けた者達を殺したんだ。少なくとも騎士団の動きに反対するつもりは無いらしい」

 ネロに対する擁護の姿勢を見せながら、男はクリスによって魔術師達の間でも衝突が起きつつあることを語る。どこか寂し気な風であった。

「…殺戮から生き残った奴が語ってくれた特徴からして間違いないだろう。あいつはもう、俺達の同胞ではない。元から他人とつるむような奴ではなかったが、こうも薄情だとは…」

 言い終えてから男は溜息を一つばかり漏らした。

「教え子だったんですよね…その、クリス・ガーランドは」
「ああ。傲慢で口が悪く、人を嘗め腐ったような奴だが…悔しい事に才能と実力だけはあった。魔術師としての信条や、俺が最も得意としていた大地の属性を持つ魔法の技術…短い間だったが出来る限りはアイツに教えたつもりだ。今となっては水泡に帰したがな」

 男は未練がましく語り、一度だけフィリップに目配せをしてから空を見上げた。しかし、すぐに視線を彼に戻してから再び口を開く。

「他にも奴と師弟関係にあった魔術師はいるが、もう死んでしまっているか消息が分かってない奴ばかりだ。恐らくは俺が最後の一人だろう…だからこそ、せめて俺が奴に落とし前を付けさせる。どんな手を使ってでもだ」

 男はフィリップに自分が今回の任務に同行した目的を伝えてから立ち上がり、改めて周囲の確認を行う。気配を探れば、周囲に待機している仲間や部下達が念入りに準備を行っている様子が手に取るように分かった。その時、変装して付近に潜伏していた部下が帰還して、二人の敵影が近づいている事を告げた。詳細を聞いたことでガーランドである事を確信した男は、すぐに全員に気を引き締めるように伝えてからフィリップと共に製鉄所の前を通る道の真ん中に立つ。そして標的が現れるの焦がれるようにして待った。
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