フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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八章:越えられぬ壁

第58話 油断大敵

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「お仲間を助けてやったっていうのに、この仕打ちとはな」
「…四」

 眼帯の女性が呆れた様に話しかけるが、知ったことではないとシェリルはカウントを始める。

「なるほど…冗談が嫌いなタイプか。リュドミーラ・スターリック…二十九歳。目的は賞金稼ぎ。今更標的を言う必要は無いだろう ?」

 そう名乗ってから女性は後ろを振り向こうとするが、「振り向くな」と言うかのように小銃で肩部をどつかれた。それに対して女性は融通が利かない相手だと困ったように顔をしかめてしまう。

「連行する。腕を降ろしてから背中へ回して」

 シェリルが命令をすると、思いの外リュドミーラは素直に従った。しかし、手錠をかけようとしたその時、彼女は歯ぎしりをする要領で口の中に仕込んでいる何かを噛み砕く。生唾を飲み込んだように喉が鳴ったのと同時に痙攣が始まった。小刻みに震えながら、悶え始めた彼女にシェリルは目を丸くし、やがて泡を吹きながら地面に這いつくばって床を掻きむしった後にリュドミーラは動かなくなった。

 何かが異常だと感じたシェリルは、慌ててうつ伏せになっている彼女の体を引っくり返す。口から噴き出た泡が頬を伝い、涙をこぼしながら目を見開いていた。胸に耳を当ててみれば心臓の鼓動が極端に弱まっている事が分かる。口封じのために毒薬か何かを仕込んでいたのかと推測したシェリルは、舌打ちをして彼女の体から離れた。ひとまず連絡をすべきかもしれないと、死体から背を向けて通信用の装置に手を伸ばそうとした時にそれは起きた。

 カチャリという銃の撃鉄が下がる僅かな物音が耳に入った瞬間、すぐさま振り向いた彼女の胸を衝撃が襲う。辛うじて耐えながらも柱の裏に隠れた彼女だったが、幸い銃弾は貫通することなく弾かれていた。反撃をしようと陰から僅かに顔を出してみたが、そこにリュドミーラの姿は無い。足音を鳴らさないように忍び足で歩き出し、小銃を構えながら周囲を見渡す。暗がり故、思うように目を凝らせないと苦労を感じていた刹那、張り巡らされている機械の骨組みから、何か響く様な音が聞こえた。

 頭上を見上げた直後、飛びかかって来るリュドミーラの姿が目に入ったかと思うと、そのまま彼女に組み付かれた後に床へ薙ぎ倒される。同じ女性とは思えないかなりの力であった。勢いのあまり小銃を手放してしまったシェリルの上に圧し掛かり、リュドミーラはすぐさま取り出したナイフを彼女目掛けて突き刺そうとする。何とかナイフを持っている腕を抑えるシェリルだったが、筋力の差からジワジワと切っ先が喉元へと近づいて来た。

 シェリルは咄嗟に片手でリュドミーラの喉仏へ指で突きを入れる。思わずむせてしまう彼女の力が緩んだと同時に、腕をズラシて顔の真横である床へとナイフを突き立てさせた。そのまま態勢が崩れた彼女の顔面に裏拳を入れ、もう一押しと無理やり彼女をどかしてからすぐに立ち上がり、同様にナイフを取り出した。

「はあ…」

 口が切れた事を滲むような痛みで悟ったリュドミーラは一息入れてから立ち上がり、逆手持ちのまま手放さずにいたナイフと共に再び構えに入る。対人格闘が得意ではないシェリルにとって、厄介な相手である事は佇まいと殺気から感じ取れた。

 沈黙が続いた後にいきなり踏み込んで斬りつけようとする彼女の攻撃を、後ろへ下がってシェリルは躱す。こちらからも反撃を試みるが、思うように手が出せないせいで牽制に終わってしまった。一方で、取っ組み合いになった際に感じた服の材質などから、恐らく刃ではまとも致命傷は与えられないだろうとリュドミーラは判断し、何とか頭部へ攻撃を入れられないものかと苦心していた

 顔を狙うしかないと判断した彼女は、もう一度踏み込んでから彼女に斬りかかる。何とか応戦するシェリルであったが、時に体術も交えてこちらを翻弄するリュドミーラに押されつつあった。

「チビ、ここまでやっておいて言うのもアレだが…私の目当てはガーランドだ。命が惜しかったらどけ」
「私すら殺せないんじゃ一生かかっても無理だよ、ゴリラ女」

 思いの外しつこい彼女に邪魔をするなと凄むリュドミーラに対して、シェリルはさらに煽り返した。再び斬り合いに入って蹴りや拳、ナイフによる応酬が続く。長引くのに耐えかねたらしいリュドミーラは、尚しつこく食い下がる彼女を突き飛ばし、あろうことか割れた窓の外へと身を投げる。シェリルが慌てて窓の外へ身を乗り出してみるが、先程と同じように影も形も無かった。

 顔を少し押してみると、痣か傷のせいでズキズキと痛む。残されている銃や荷物を八つ当たりと言わんばかりに一度だけ蹴飛ばしたシェリルは、装置を使って不満げに不審者との交戦を本部に報告した。



 ――――ゴーレム達を大鎌で斬り伏せていきながらグレッグは彼らは自分に任せて欲しいとクリスに叫ぶ。クリスは声を上げることなく少しだけ頷いて、再びルジアへ弾丸を浴びせた。分厚い装甲に守られてはいた体は、浴びせられた銃撃によって既に大きく損傷している様子であったが、それと同時にクリスの方も弾薬が尽きていた。

「やっぱり、結局はこうなるんだ」

 クリスは銃はもう使えないと悟り、ホルスターにしまってから拳を構える。タイマンをご所望しているかつての弟子に応えるため、ルジアも大きく振りかぶってパンチを放った。しかし見事に空を切り、死角へと潜り込ん来だクリスによって脇腹へガントレットを纏った鉄拳がめり込む。かろうじて威力は軽減できたものの、魔法によって作られた外殻が一部だけ剥がれた。

 やり返そうと蹴りを放つが、これもクリスによって受け止められてしまう。そのまま腹へ目掛けてストレートが入り、粉々に鎧が砕けた。その後も攻撃のたびに装甲が破壊されていき、ほとんど生身ではないかというほどにまで追い詰められていく。物質操作による外殻の形成やゴーレムの使役を同時に行うのは、ルジアにとってもかなりの負担だったらしく、再び作り直すという事はしなかった。

 ルジアは最後の抵抗にと殴りかかるが、見切られては殴り返され、ついには膝を突かせらてしまう。彼の体に限界が来たのか、ゴーレム達も崩れ落ちるようにバラバラになり、消え失せてしまった。

「大したもんだなあ…お前がしくじりさえしなければ、ブラザーフッドも安泰だったろうに」

 ボロボロになった体を支えながら、苦笑いと共にルジアは言った。

「せいぜい気を付けろ。俺たち以外にもお前を狙ってる奴がわんさかいる…せめてもの忠告だ」
「…シャドウ・スローン、ですか」
「なんだ、知ってるのか…まあ、頑張れよ。どうせ殺すんだろ ?せめてお前の手でやってくれ…この場を生き延びた所で同胞たちに顔向けできねえからな…」

 ルジアは諦めているらしく、開き直って警告をした後にトドメを刺す事を懇願した。生き恥を晒すくらいならば死を選ぶ。それが彼のやり方だった。

「…最後に一つ。シャドウ・スローンの事を何か知っている口ぶりでしたが…心当たりがあるのなら聞かせてください」
「へへ、お偉いさんの名前を知ってる。ギャッツ・ニコール・ドラグノフと名乗っていたらしい…さあ、もう良いだろ。俺が知ってるのはそれだけだ」

 僅かな手掛かりだけを伝えたルジアは、両手を広げていつでも来いと受け止める気でいる様だった。背後にグレッグが立っている事に気づくと、半ば強引に彼から散弾銃を受け取り、ルジアの頭に狙いを定める。そして引き金を引いた後に銃声が響き渡ると、一人の魔術師の命が潰えた。

 衝撃によって仰向けに倒れてしまっている彼の死体をクリスは少しの間だけ覗き込んでいた。

「…よ、良かったの ?知り合いみたいだったけど…」

 他の魔術師達の死体を横目にグレッグが尋ねてきた。何かを恐れている口ぶりであり、遠慮をしている様にも感じられる。

「どんな相手だろうが今は敵であり、排除すべき対象だった…それだけだ。他にどうしようもないだろ」

 どこか言い訳じみた言葉を伝えたクリスは、そのままグレッグに銃を返す。どうも自身の冷淡さを不気味がっているのか、グレッグは何も言わずにそれを受け取った。

「あー…そうだ。さっきの銃撃、念のために調べておくべきか ?」

 辛気臭くなった空気を紛らわしたかったのか、クリスはどうにか口調を明るくしようと努力しながら話題を変えようとする。

「ああ…きっとシェリルだよ !そ、狙撃なら彼女の十八番だから。と、とりあえず…物資の補給もしたいし、一度本部に戻ろう…ここから遠くない」
「そうだな…しかし、驚いたよ。急に通信を付けたままにしておこうなんて言い出したもんだからな」
「ハハ…彼らはきっとこの装置の事について知らないだろうって思ったんだ。だからいざって時に場所さえ伝える事が出来れば、誰かを助けに寄越してくれるかもってね。それで騎士団本部がシェリルを向かわせてくれたんだと思う」

 グレッグも察してくれたのか、なるべく陽気に答えてくれた。そのまま歩き出す二人だったが、どこか落ち着かない気分を抱えたままであった。
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