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九章:瓦解
第61話 裏切り
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彼らがいた場所は、使われずに空き家と化したビルであった。とは言ってもあくまで部外者にそう思わせるだけのハッタリであり、建物の周囲には市の外部や内部のあちこちへと繋がる通路が用意され、市場では出回らない違法品の数々が取引されている火薬庫のような場所となっていた。建物の窓はトタンで覆われ、大勢の売人や彼らの手下たちが見張りをしている。しかし大量の抜け道が用意されている場所にも拘わらず、そこを取り仕切っている小男は逃げることを許されなかった。
クリスとイゾウが続々と向かって来る命知らず達を殲滅していく最中、その上階では震える小男を前に、テーブルに着いてから寛いでいるアンディの姿があった。付近を囲う大量の忌まわしい積み荷のせいか若干落ち着なかったが、思いの外この状況を楽しんでいるらしい。
「コーヒーもたまには良いものですね。部屋の飾りつけが少々残念ですが」
「ア、アハハハ…」
足を組みながらコーヒーを嗜むアンディに対して、小男は精一杯の作り笑いで返した。有り合わせの安物を騙して飲ませているなどと知られれば、どうなるか分かったものではない。そして、自分の上司の世話役がどうしてここに訪れているのかという疑問が不安を煽る。何より自身に対する一切の負の感情を、アンディから全く感じないというのも恐怖心に拍車を掛けていた。
「つ、つかぬことをお聞きしますが…なぜコーマック様とあろうお方が、こんな…わたくしの様な三下…武器商人のもとを訪れているのか…それが分からないのです」
「え ?」
階下から聞こえる悲鳴や足音が、自分の寿命にタイムリミットが迫っている事を悟らせる。すぐにでも逃亡したい状況だというのに、彼の接待をしなければならない事に苛立ちを覚えていた小男は、必死にへりくだった言葉を選んでアンディに尋ねた。しかし、先程までご満悦そうだった彼の顔から笑顔が消えた瞬間、小男は虎の尾を踏んでしまったのかと内心焦り始める。
「だって、暇でしたから…」
「ひ、暇 ?」
とぼけた顔をしているアンディから思いがけない答えが出た事で、小男は思わず聞き返す。
「ボスはず~っと鍛錬に勤しんでいる上に、街がこんな状態では業務どころではありません…せっかくなので配下で頑張ってくださっている方々の様子でも見に行こうかと」
アンディの答えには悪意が感じられなかった。或いはあるのだろうがそれをひた隠しにするように笑顔で理由を述べていく。足を組みなおす彼の仕草や、そのたびに動く体を見た小男は、本当に自分と同じ男性なのかと生唾を呑む。胸のサイズを考慮せずに考えるのならば、間違いなく女性とも勘違いされるであろう。そう考えてしまう程の美貌を兼ね備え、服の上から分かる体つきは一体どれほどの男を騙して来たのかと思わせる細身で引き締まった美しい肉体を隠している事が分かった。
そういった見た目や物腰柔らかい姿勢もあるため、来るのは構わなかったのだが状況は選んで欲しかったというのが小男の本音であった。
「合言葉が確かありましたね。こちらの店で取引をするには」
コーヒーを飲み干したらしいアンディが、不意に語り掛けて来た。
「え、ええ…」
「一つ目が”愛しい人に会いたい”、二つ目が”ジェーン・ドゥ”、三つ目が”二枚の硬貨”…でしたね。意図は分かりませんが素敵だと思いますよ。由来はあるのですか ?」
「へ、へへへ…まあ、一応は…それがどうしたんですか ?」
「次からはもう少し難しい合言葉にしておくべきですね。口頭で言っただけなのに、覚えてくれていたみたいですから…彼ら」
合言葉について語り、最後に何やら怪しげな一言をアンディが添えた直後に扉が蹴破られた。顔にまで返り血が掛かっている鬼気迫った表情のイゾウと、ならず者の頭部を鷲掴みにして、その体をドアの前まで引きずって来たらしいクリスがこちらを見据えながら部屋へと侵入してくる。
「アイツか ?」
手が塞がるせいで邪魔になっていたらしいならず者を、その場に捨て置きながらクリスは聞いた。
「ああそうだ…トンプソン、久しぶりだな」
「ミスター…オオカミ…なぜここが」
イゾウは簡潔に肯定してから小男に話しかける。顔が青ざめ、寒いわけでも無いのに小刻みに体を震わしながら、小男はイゾウになぜ自分の所在が分かったのだと尋ねた。
「付き合いは長かったんだ。お前のやり口ぐらい簡単に分かる…”あの時”は見逃してやったのに、懲りずに商売を続けていたとは大した図太さだ」
イゾウはドスの利いた声で話しかけた。一方でクリスはアンディがこちらを見ては何故か嬉しそうに笑っている事に気づく。何か変な物でも体に付いているのかと思って確認してみたが、異常などありはしない。気持ちの悪い奴だと思いながらイゾウとトンプソンのやり取りに再び気を向ける。
「あ、合言葉は… ?何でアンタが――」
「ああ…私が教えました」
トンプソンの疑問に衝撃の回答を披露したのはアンディであった。
「コーマック様…なぜ… ?」
「馬鹿のフリして無駄な時間を使わないでください。先に裏切ったのは貴方です。言わなくても分かっているでしょう ?」
突然すぎる裏切りの告白に対して戸惑いを露にするトンプソンだったが、弁解の余地など与えまいと、情の欠片も見せない真顔でアンディは言い放った。
「な…!?」
「オーピエンの取引。心当たりがあるのでは ?ヘソクリ欲しさに話を通さず、薬物を売りさばき…最近では国外にまで輸出してるそうじゃないですか。ボスは酷くお怒りで…それと同時に期待を裏切られたと嘆いています」
オーピエン。近年、この国において出回り始めた覚せい剤の一種だが、アンディは淡々と密売の真相について詳細を語り始める。最初は困惑していた様子のトンプソンも、やがて無言でひたすら俯いて話を聞いていた。
「そういうわけで、ボスから指令が来ました。『反乱因子に落とし前を付けさせろ…後釜はいくらでも用意できるから、潰してきても構わない』と。私が直接やっても良かったのですが…因縁のある方を誘導してみました。外野で見る分にはその方が楽しいですから。彼らも丁度、あなたに用があるみたいですよ」
「そ…そんな…」
アンディがさらに指令とやらを言い渡され、そのためにイゾウ達が現れる原因を作ったと告げると、ますますトンプソンは怯え切り、とうとう冷や汗をかき始める。
「お前あいつに会ったのか ?」
「さっきな…合言葉に関する情報収集をしている時にいきなりやって来た。そして勝手に情報をくれて消えた」
アンディとトンプソンの会話をそっちのけでクリスが尋ねた。あんまり乗り気ではない様子でイゾウが一部始終を語ると、彼らの会話と合わせて情報を整理する。少なくとも公には出来ない組織を構成して活動しているという事は確実であり、それがシャドウ・スローンなのかが問題であった。ならばやるべき事は一つだと確信し、クリスは拳銃を抜いてからアンディの頭に狙いを付けて構える。
「お取込み中悪いが、そこの…あーっと…聞いておきたいんだが性別は ?」
「私ですか ?れっきとした男ですよ」
「ご丁寧にどうも。それじゃあ…よし、オカマ野郎。お前は何者なのか話せ」
どう考えてもアウトだが、出来るだけ失礼の無いようにクリスが尋ねると、アンディは彼に快く答えた。聞き終えたクリスは礼を添えてから、気を取り直して質問をする。
「単なるファンボーイです、あなたの。こうして話すのは初めてですね」
揶揄うように挨拶をしてからアンディが立ち上がろうとした瞬間、けたたましい爆音が響き渡り、何かが自分の真横を掠めた気がした。振り返って奥の壁を見れば、煙を立てて壁に風穴が空いており、頬が僅かに熱を帯びている。幸い、武器を始めとした積み荷には当たっていなかった。
「残り五発入っている。名前と素性を言え、いますぐ」
「…こわーい」
クリスが警告をすると、アンディは内心嬉しそうにしながら再び座り直して反応する。イゾウはクリスの事を甘い奴だと思う一方で、今のうちに逃げようとするトンプソンに殺気の籠った視線を送って牽制した。
「しょうがないですね…アンディ・マルガレータ・コーマック。あなたが探しているであろう情報に一番近い人物とでも言っておきましょう。よろしく、ミスター・ガーランド……それと、ミスター・オオカミ」
このまま我慢比べをしても碌な事にならないと察したアンディは、手短に望んでいるであろう言葉を交えながら自己紹介をする。その目つきはクリスに陶酔しているかのように見えると同時に、獲物を狙っているかのように不気味な鋭さを併せ持っていた。
クリスとイゾウが続々と向かって来る命知らず達を殲滅していく最中、その上階では震える小男を前に、テーブルに着いてから寛いでいるアンディの姿があった。付近を囲う大量の忌まわしい積み荷のせいか若干落ち着なかったが、思いの外この状況を楽しんでいるらしい。
「コーヒーもたまには良いものですね。部屋の飾りつけが少々残念ですが」
「ア、アハハハ…」
足を組みながらコーヒーを嗜むアンディに対して、小男は精一杯の作り笑いで返した。有り合わせの安物を騙して飲ませているなどと知られれば、どうなるか分かったものではない。そして、自分の上司の世話役がどうしてここに訪れているのかという疑問が不安を煽る。何より自身に対する一切の負の感情を、アンディから全く感じないというのも恐怖心に拍車を掛けていた。
「つ、つかぬことをお聞きしますが…なぜコーマック様とあろうお方が、こんな…わたくしの様な三下…武器商人のもとを訪れているのか…それが分からないのです」
「え ?」
階下から聞こえる悲鳴や足音が、自分の寿命にタイムリミットが迫っている事を悟らせる。すぐにでも逃亡したい状況だというのに、彼の接待をしなければならない事に苛立ちを覚えていた小男は、必死にへりくだった言葉を選んでアンディに尋ねた。しかし、先程までご満悦そうだった彼の顔から笑顔が消えた瞬間、小男は虎の尾を踏んでしまったのかと内心焦り始める。
「だって、暇でしたから…」
「ひ、暇 ?」
とぼけた顔をしているアンディから思いがけない答えが出た事で、小男は思わず聞き返す。
「ボスはず~っと鍛錬に勤しんでいる上に、街がこんな状態では業務どころではありません…せっかくなので配下で頑張ってくださっている方々の様子でも見に行こうかと」
アンディの答えには悪意が感じられなかった。或いはあるのだろうがそれをひた隠しにするように笑顔で理由を述べていく。足を組みなおす彼の仕草や、そのたびに動く体を見た小男は、本当に自分と同じ男性なのかと生唾を呑む。胸のサイズを考慮せずに考えるのならば、間違いなく女性とも勘違いされるであろう。そう考えてしまう程の美貌を兼ね備え、服の上から分かる体つきは一体どれほどの男を騙して来たのかと思わせる細身で引き締まった美しい肉体を隠している事が分かった。
そういった見た目や物腰柔らかい姿勢もあるため、来るのは構わなかったのだが状況は選んで欲しかったというのが小男の本音であった。
「合言葉が確かありましたね。こちらの店で取引をするには」
コーヒーを飲み干したらしいアンディが、不意に語り掛けて来た。
「え、ええ…」
「一つ目が”愛しい人に会いたい”、二つ目が”ジェーン・ドゥ”、三つ目が”二枚の硬貨”…でしたね。意図は分かりませんが素敵だと思いますよ。由来はあるのですか ?」
「へ、へへへ…まあ、一応は…それがどうしたんですか ?」
「次からはもう少し難しい合言葉にしておくべきですね。口頭で言っただけなのに、覚えてくれていたみたいですから…彼ら」
合言葉について語り、最後に何やら怪しげな一言をアンディが添えた直後に扉が蹴破られた。顔にまで返り血が掛かっている鬼気迫った表情のイゾウと、ならず者の頭部を鷲掴みにして、その体をドアの前まで引きずって来たらしいクリスがこちらを見据えながら部屋へと侵入してくる。
「アイツか ?」
手が塞がるせいで邪魔になっていたらしいならず者を、その場に捨て置きながらクリスは聞いた。
「ああそうだ…トンプソン、久しぶりだな」
「ミスター…オオカミ…なぜここが」
イゾウは簡潔に肯定してから小男に話しかける。顔が青ざめ、寒いわけでも無いのに小刻みに体を震わしながら、小男はイゾウになぜ自分の所在が分かったのだと尋ねた。
「付き合いは長かったんだ。お前のやり口ぐらい簡単に分かる…”あの時”は見逃してやったのに、懲りずに商売を続けていたとは大した図太さだ」
イゾウはドスの利いた声で話しかけた。一方でクリスはアンディがこちらを見ては何故か嬉しそうに笑っている事に気づく。何か変な物でも体に付いているのかと思って確認してみたが、異常などありはしない。気持ちの悪い奴だと思いながらイゾウとトンプソンのやり取りに再び気を向ける。
「あ、合言葉は… ?何でアンタが――」
「ああ…私が教えました」
トンプソンの疑問に衝撃の回答を披露したのはアンディであった。
「コーマック様…なぜ… ?」
「馬鹿のフリして無駄な時間を使わないでください。先に裏切ったのは貴方です。言わなくても分かっているでしょう ?」
突然すぎる裏切りの告白に対して戸惑いを露にするトンプソンだったが、弁解の余地など与えまいと、情の欠片も見せない真顔でアンディは言い放った。
「な…!?」
「オーピエンの取引。心当たりがあるのでは ?ヘソクリ欲しさに話を通さず、薬物を売りさばき…最近では国外にまで輸出してるそうじゃないですか。ボスは酷くお怒りで…それと同時に期待を裏切られたと嘆いています」
オーピエン。近年、この国において出回り始めた覚せい剤の一種だが、アンディは淡々と密売の真相について詳細を語り始める。最初は困惑していた様子のトンプソンも、やがて無言でひたすら俯いて話を聞いていた。
「そういうわけで、ボスから指令が来ました。『反乱因子に落とし前を付けさせろ…後釜はいくらでも用意できるから、潰してきても構わない』と。私が直接やっても良かったのですが…因縁のある方を誘導してみました。外野で見る分にはその方が楽しいですから。彼らも丁度、あなたに用があるみたいですよ」
「そ…そんな…」
アンディがさらに指令とやらを言い渡され、そのためにイゾウ達が現れる原因を作ったと告げると、ますますトンプソンは怯え切り、とうとう冷や汗をかき始める。
「お前あいつに会ったのか ?」
「さっきな…合言葉に関する情報収集をしている時にいきなりやって来た。そして勝手に情報をくれて消えた」
アンディとトンプソンの会話をそっちのけでクリスが尋ねた。あんまり乗り気ではない様子でイゾウが一部始終を語ると、彼らの会話と合わせて情報を整理する。少なくとも公には出来ない組織を構成して活動しているという事は確実であり、それがシャドウ・スローンなのかが問題であった。ならばやるべき事は一つだと確信し、クリスは拳銃を抜いてからアンディの頭に狙いを付けて構える。
「お取込み中悪いが、そこの…あーっと…聞いておきたいんだが性別は ?」
「私ですか ?れっきとした男ですよ」
「ご丁寧にどうも。それじゃあ…よし、オカマ野郎。お前は何者なのか話せ」
どう考えてもアウトだが、出来るだけ失礼の無いようにクリスが尋ねると、アンディは彼に快く答えた。聞き終えたクリスは礼を添えてから、気を取り直して質問をする。
「単なるファンボーイです、あなたの。こうして話すのは初めてですね」
揶揄うように挨拶をしてからアンディが立ち上がろうとした瞬間、けたたましい爆音が響き渡り、何かが自分の真横を掠めた気がした。振り返って奥の壁を見れば、煙を立てて壁に風穴が空いており、頬が僅かに熱を帯びている。幸い、武器を始めとした積み荷には当たっていなかった。
「残り五発入っている。名前と素性を言え、いますぐ」
「…こわーい」
クリスが警告をすると、アンディは内心嬉しそうにしながら再び座り直して反応する。イゾウはクリスの事を甘い奴だと思う一方で、今のうちに逃げようとするトンプソンに殺気の籠った視線を送って牽制した。
「しょうがないですね…アンディ・マルガレータ・コーマック。あなたが探しているであろう情報に一番近い人物とでも言っておきましょう。よろしく、ミスター・ガーランド……それと、ミスター・オオカミ」
このまま我慢比べをしても碌な事にならないと察したアンディは、手短に望んでいるであろう言葉を交えながら自己紹介をする。その目つきはクリスに陶酔しているかのように見えると同時に、獲物を狙っているかのように不気味な鋭さを併せ持っていた。
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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