フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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十一章:戦火の飛び火

第87話 他力本願

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 信号弾を打ち上げてから数十分ほど経った頃、レグルと数名の魔術師が息を切らして林から現れた。彼らは到着するや否や、捕縛されている怪物を見て悲鳴を上げるか慌てて距離を取ろうとする。

「色々と聞きたい事もあるだろうが協力して欲しい。俺と捜査を続ける奴ら、そしてこいつを運ぶ奴らとで別れるんだ」

 地べたで胡坐をかいていたクリスが立ち上がりながら言った。しかし、誰一人として怪物の連行をしたいと名乗り出る者は現れない。それもその筈、不気味に藻掻き続けるこの奇怪な生物の相手など、たとえ動きを封じられているからといって誰もしたいわけが無かった。無論、クリスも同様である。

 不意にガサガサと付近の草むらがざわついた。先程とは打って変わって緊張がその場に迸り、クリスも拾い直した拳銃を向ける。

「あ…あの…」

 草むらに佇んでいる木の陰から、一人の小柄な男が顔を出した。傍らにいた魔術師の一人から見張りに回した者だと告げられ、クリスは敵意を引っ込めながら拳銃を持つ腕を降ろす。

「出てこい。今のところは安全だ」
「た、助かったぁ~… !」

 クリスがこちらへ来いと催促すると、安堵した様に歓喜しながら男は歩いて来る。そして例に漏れず、捕縛された怪物を見て身震いをしてから仲間達の間へ入り込んだ。

「見張りだったそうだな。何が起きたか全て話せ。それと他に生存者はいるか ?」
「恐らく私以外はもう…え、えっと…その後は、帰ってからでも宜しいですか ?まだ生きた心地がしなくて…」

 できる限り急ぎたかったのだが、礼の一つもない厚かましい態度の魔術師にクリスは溜息をついた。仕方なくレグルと二人で怪物を運ぶことにしたクリスは、生存者も連れて守り人達の拠点へと戻って行く。途中で何度か暴れ出そうとする怪物を銃で撃ってみるが、やはり生命活動を停止する様子は無かった。



 ――――すっかり書物庫に入り浸っていたグレッグは、話をまとめた手帳を読み返しながら廊下を歩いていた。中々の面積を持つ施設の出口を目地している間、世界が四体の悪魔によって作られたという伝承や、自分たちの祖先にあたる者の一部に悪魔達が力を与えたという話を思い返していたのである。

「まさか…クリスが …なんてね…」

 独り言として冗談を仄めかしたグレッグだったが、その荒唐無稽な夢物語に思わず吹き出した。そして角を曲がって出口へ向かおうとした時、誰かに勢いよくぶつかりかけてしまう。寸前で体にブレーキをかけ、詫びを入れようと相手の顔をグレッグは見た。

「オールドマン !」

 彼の胸元に手を当ててしまったファティマが、慌てて離れてから少し意外そうに言った。

「すまなかった。私が――」
「す、すみません。ボーっとしてたから――」

 一斉に謝罪を始めてしまった事に気づき、恥ずかしそうに目を逸らして二人は笑った。

「調べものは済んだのか ?」
「ええ、面白い話が聞けましたよ。ファ、ファティマさんは何をしに…  ?」
「私か ?元々、本を読むのが好きでな」

 彼女がこの書物庫を紹介した事もあってか、グレッグに感想を尋ねて来る。満足できたことを伝える一方で、読書家というファティマの一面を知ったグレッグは感心していた。

「そういえば…レグルとかいう男が私の部下と一緒に山の麓へ降りて行ったのは聞いたか ?合図があったそうだ」
「さっき伝言を聞きました。厄介事じゃなければ良いんですが…念のために他の仲間達と合流します」

 ファティマがレグルについて語ると、気持ちを仕事の方へ切り替えたグレッグも頷き、外の警備に戻ると伝えた。その時、急に外が騒がしくなり始めたのを二人は耳にする。顔を見合わせてから急いで向かってみると、クリスとレグルの二人が何やら奇妙な蠢く物体を運んでおり、他の魔術師達が野次馬を退けていた。

「何ですか、これ ?」
「分からねえから持って来たんだよ」

 気持ち悪がりながら尋ねるアンディに淡泊な返しをしてから、クリスは共に連れ帰った生存者の話を聞きはじめた。

「あっという間だったんだ…悲鳴が聞こえたと思って行ってみれば、女共は担がれたままどこかへ連れて行かれちまった。殺された奴は、止めようとしたせいで…俺は何も出来なかった」
「何で戻って来なかった ?」
「もしかしたらまだいるのかもしれないと思ってよ… !現にいただろ…!?ある程度なら魔法が通じるなんて事も知らなかったし、殺された奴への仕打ちを見たら…戦う気にならなかった」

 男は自分が見た出来事の一部始終を語りながら項垂れる。途中、仲間を見捨てた事についてヴァインが問い詰めようとしたが、そういうのは後にしてくれとクリスによって差し押さえられた。

「とりあえず分かったのは、奴らは少なくとも女性は殺そうとせずに攫うってわけだな…全く目的が見えてこないが」

 怪物たちの手によって行われた物だという事は掴めたクリスだったが、問題はその動機であった。なぜ殺さずに誘拐をするのか、そこを知る必要があると考えていた時にファティマが思わぬ提案をし始める。

「…奴らがどこへ行くのか、追跡してみるというのはどうだ ?」

 提案をしたファティマに対してクリスは首を横に振った。当然、その方法を思いついてなかったわけではない。しかし、明らかに問題のある手段である事も同時に理解していた。

「やるとしてもどうするんだ ?誰かを囮にして誘拐させるとでも ?」
「ならば私が行こう」
「何を言うか!?娘であるお前にもしもの事があれば… !」

 ファティマは自分がわざと捕まろうと言い出すが、ヴァインがすぐさま怒り出した。帰って来れる保証が無いとなれば当然の反応である。

「ど、どうしようか…」

 話が行き詰った事で会話も止まってしまい、グレッグは何とかならないものかと言ってみる。流石に誰かへ犠牲になってくれと頼める筈もなく、かといって守り人達の被害を増やす訳にもいかなかった。やはり別の手を考えるべきかと悩んでいた時、その場にアンディの姿が見当たらない事に気づく。

「ふぅ…意外と女性用ってきついんですね…首が締まりそう」

 気が付けば、女性用の胴着に着替えた彼が倉庫から出て来ていた。

「お前…何をしてる ?」
「誰もやらないんなら私がやりますよ。体格からしても、顔さえ隠せばすぐにはバレない自信があります」

 不敵に笑うアンディは、服の具合を確かめつつ少し誇らしげに言った。確かに豪語するだけあって細身の肉体である彼は、少なくとも他の面子に比べれば幾分か様になっている。

「問題はそこじゃない。攫われた連中が何をされるかも分からないんだ。死にに行くようなものだぞ」
「へぇ、心配してくれてるんですね。私の事」

 かなりの危険が伴う事を告げて止めさせようとしたクリスだったが、それなりに大事には思ってくれているんだとアンディは笑って言い返す。悪意は無いのだろうが、クリスはなぜか腹が立った。

「仮に君が囮役を引き受けるとしても、追跡をどうするかが…」
「それについても考えがあります。何か蓋が出来る透明な入れ物を用意できませんか ?」

 グレッグも捕まった後のことを問題視しているらしかったが、アンディは透明な入れ物が欲しいと彼に頼んだ。グレッグがしかたなくファティマに尋ねてみると、暫くしてから彼女はどこかから透明な小瓶を持ってくる。

「ありがとうございます。では…」

 礼をしてから受け取ったアンディは、栓を開けてからひとまず地面に置いた。そして、装備であるナイフを取り出してから自分の手を斬りつける。すかさず小瓶を取り上げ、溢れ出る血を少量だけ収めてから栓をしてグレッグに渡した。因みに傷口は勝手に塞がったらしい。

「以前も話しましたが、吸血鬼の血はある程度の意思を持って動く事が出来ます。こうやって元の持ち主の体を探させる事も出来ますので、コンパス代わりになるかと」

 アンディの説明を聞きながらグレッグ達は血液の様子を観察をする。驚くことに血液は小瓶の内部にて、アンディが立っている方の側面へ張り付いていた。そのままアメーバのように蠢いているのが少々不気味だが、こうして追跡の手段の確保に成功した。

 最終的にまとまった作戦としては、アンディがわざと外を出歩き、攫われたタイミングで追跡を開始するという流れで進める事になった。本当に上手く行くものかと懐疑的な考えのクリスだったが、あまり長々と時間を使っている場合ではないという事もあってか渋々決定に従う。今夜にでも決行すべきだと相談している最中に自分の方へ微笑んだアンディを見て、なぜそこまで協力してくれるのかと改めて不思議に思っていた。
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