フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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十一章:戦火の飛び火

第88話 理解不能

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 当日の夜、クリスは装備を整えた後にアンディと共に山を降り始める。後続には精鋭である十名ほどの魔術師とレグルも控えていた。とりあえずの予定としては、攫われるまでの間は他の者達は森へ入らず、クリスとアンディのみで外を出歩かなければならなかった。クリスならば口封じに殺されても大丈夫だからという理由によるものである。

「連れ攫われる段階で殺されないと良いですが」

 山を降りている最中、隠し通路の中でアンディは口走った。いざ本番となってみると、やはり不安を抱えるらしい。

「あの後、生存者からさらに話を聞いたが、奴らは女を捕まえてから気を失わせたそうだ。隠れて見ていたんだと…血が出なかったというだけで確証はないがな」

 その場で殺される可能性はないとクリスは伝えて、隊の先頭を歩き続けていた。

「ひとまず下に降りたら喋るんじゃないぞ。極力、女じゃないとバレるまでの時間を稼ぐんだ」

 続けてクリスは背後にいるアンディに対して振り返ることなく忠告した。分かっているのだろうが、お喋り好きな気性からして大人しく守ってくれる気がしないと、勝手に心配したのである。

「ご安心を。時と場合によりますが、そのつもりです」

 少し早歩きで自分の隣に来たアンディが微笑みながら返事をする。時と場合によるという言葉が引っかかるが、裏切ったり期待外れな結果に終わる事は無さそうだと思わせる自信が醸し出されていた。

「お前は…何でそこまで協力してくれる ?入って日も浅く、思い入れがあるわけでも無い組織のために、自分の事を犠牲にしようとなんざ普通しないだろ。本当にネロへの復讐や恩返しだけが目的なのか ?」

 クリスが不意に投げかけて来た質問に対して、アンディは少しだけ間を置いた。

「ええ、どうせくたばり損ないです。それなら命を存分に使わせてもらいますよ。ネロ…最後に彼が苦しみ、死んでくれるなら何だってやります。あなただってそれを望んでいるでしょう ?」
「ならヤツの居場所を捜しに行けばよかっただろ」
「後先考えずに突っ込むのはバカのする事です。大事なのは確実性…私一人でやるよりも、彼と敵対している連中に取り入った方が楽。そうは思いませんか ?」

 アンディは口を開いたが、そこには普段から振りまいている愛想が微塵もなかった。憎しみの表れであろうか。

「まあ、死なない程度に頑張ると良いさ。あいつの死にざまを見たければな」

 何か指摘をするわけでも無く、クリスは無難なエールを送ってから再び静かになる。こんな話を切り出した理由は特になかった。辺りの静けさが嫌になったからだと言い訳がましく割り切り、黙々と前へ進み続ける。

「そうだ。私からも質問していいですか ?プライベートな話ですが」
「仕事に集中しろ」
「へー…好き勝手聞いてくる癖に、自分の番になったら逃げるんですか ?」
「ちっ…面倒くせえ。何だよ」

 話しかけてくれたのをいいことに、アンディは自分も聞きたい事があると投げかけて来る。嫌な予感がしたクリスは最初こそ断ったものの、嫌味ったらしく文句を言う彼に辟易してしまう。

「結婚するつもりは無いって言ってましたが何故です ?興味が無いとか、それとも…過去に相手がいたんですか ?」
「…」
「あれ ?」

 それは、クリスにとって一番来て欲しくなかった問いかけであった。沈黙を貫きとおすクリスにアンディは不思議がる一方で、自分が何か触れてはいけない部分に言及してしまったのだと理解した。一方でクリスも、他人に話した所で取り戻せるものでも無いと考え続ける。答えてあげるのが優しさなのだろうが、大勢の者達に聞こえるかもしれない状況で言うのは少々憚られる気持ちになっていた。

「何だか…すいません」
「…その内、話すさ」

 ダンマリを決め込むクリスに対して見かねたアンディが謝罪をする。そんな彼にクリスが気が向いたら話すと伝えていた時、丁度のタイミングで隠し通路の出口へと辿り着いた。

「では…どうかご無事で」
「ああ」

 手筈通りに魔術師達は通路に隠れて待機し、クリスとアンディは植物による結界を解かれた出入口から密林へと躍り出た。辺りは既に静まり返っており、獣の鳴き声はおろか虫のさざめきすら聞こえない。そのままクリスが歩き出そうとした時、いきなりアンディは彼の傍に寄り添ってから腕を組もうとしてくる。

「何やってる…」
「こうした方がカップルみたいに見えるでしょう ?」

 少し戸惑っているクリスに対して、アンディは小声でそれらしい理由を言った。絶対それだけが理由じゃないとは感じていたが、別に断る必要性も無かったため、渋々クリスはされるがままに任せた。心地の良い夜風に体を当てながら歩いている内に、おぼろげだった暗闇での視界に目が慣れ始める。誰かと共に自然の中を真夜中に歩くという行為は、どこか懐かしさがあった。

「一人いたよ。こうやって、一緒に歩く程度の関係だった女が」

 唐突にクリスは話を切り出す。驚いたアンディは彼を見るが言いつけ通り声を出す事は無かった。

「今となってはもういない…とっくの昔に別れた。死別だよ」

 暗闇に包まれている周囲の景色も相まってか、そのように話しているクリスの姿は何か大きな影に体を浸食されている様にも見えた。自分、もしくは他の者達さえも知り得ない何かを隠して生き続けているのかと、アンディが少し不気味に思ったその時だった。

 あの異臭がクリスの鼻を通り、日中に見舞われた災難を記憶の中から呼び起こす。直感的にアンディを突き放して振り返った瞬間、背後から近づいてきた怪物が腕を振り下ろそうとしていた事に気づいた。咄嗟にそれを受け止めたクリスだったが、受け止めた怪物の手に黒い靄が纏われている事や、それが”闇”であることを瞬時に見抜く。

 ”闇”に包まれている手が眼前に迫っている中、怪物はクリスの脇腹へ膝蹴りをかまして怯ませる。抵抗する腕の力が弱まった瞬間に蹴り飛ばして大木へ彼を叩きつけた。そして体勢を整える隙を与えることなく急速に接近し、再び”闇”を纏った腕を彼の頭めがけて振り下ろす。

 クリスはヤケクソ気味に両腕を構えて防ごうとする。”闇”に包まれた怪物の手が自分の腕の一部に当たった瞬間、その箇所を覆うガントレットや外套の袖ごと削り取られた。バラバラに宙を舞っている自分の腕を最後の光景として、クリスの目の前は暗闇に覆われる。

 頭部の前半分が削り取られて倒れ伏したクリスを尻目に、怪物はアンディの方へぎこちなく首を向ける。アンディは自分に抵抗する意思が無い事をアピールしたかったのか、両手を小さく上げて後ずさりした。しかし、背後にいたもう一体の怪物によって捉えらえ、首を絞めつけらた後に意識を失ってしまう。

 目的が済んだらしい怪物は、アンディの顔を覆っていたフードとマスクを外して何やら見つめていたが、やがて彼を担ぎ上げてから立ち去ろうとする。再生が終わったクリスは、拳銃を引き抜いて命中しないのを覚悟で何発か撃った。まだ敵がいると判断したのか、怪物達は一斉に猛スピードで走り出していった。やがて銃声を聞きつけたレグル達も彼のもとに駆け付ける。

「すぐに追うぞ…」

 何とか立ち上がれたクリスは、ポーチからアンディの血液を入れた小瓶を取り出す。動きながら瓶の側面に張り付いている血を頼りに方角を特定したクリス達は、怪物の後を追おうと密林を抜け、付近に用意していた馬に乗って駆け出した。



 ――――場所は変わって、とある洞窟の中では鼻の下にちょび髭を生やした中年の男が、少し気が進まなさそうにしているネロと話していた。松明によって明るい場所ではあったが、辺りには大量の血や歯が飛び散っている。さらに進んだ奥の方にある別の部屋には、地面に打ち込まれた柱に鎖で吊るしあげられている子供や女性の姿があった。

「相変わらず趣味が悪いな」

 自分を見て怯える彼らを憐れみながら、ネロは男に言った。

「ネロ様、何を仰るのです。栄えある未来の戦士と、それを生む事になるであろう女子を見つけよ…そうやって使命を託してくれたのは貴方ではありませんか !」

 そんなネロに対して、男は威厳と凛々しさを兼ね備える生き生きとした喋り方で反論した。その小汚い見た目にはそぐわない大物ぶった政治家やカリスマの様な物言いで詰め寄った男だったが、元気な笑顔を浮かべつつネロから距離を取った。

「彼らは皆、自分の弱さに向き合おうとしている。それを知る事が出来れば、勇気を持つ”戦士”としての高みを目指せるからです !私の役目はその手助けをしてあげる事…だからこそ愛の鞭を振るわねばならない !」

 人材不足に悩んでいるブラザーフッドの解決策は、恐ろしく単純且つ力業であった。このように他勢力の魔術師を攫っては調教し、自分達に都合の良い存在へと作り変えてしまうのである。そんなおぞましい行為を人目から隠れて各地で行っていたブラザーフッドだが、その中でもこの男の教育方法は群を抜いて異常であった。

「…お前が育てた奴らは、脱走したり自殺する割合が多いんだ。頼むからほどほどにしといてくれ。ところでここは妙に人が少ないが…何かあったのか ?」
「実はかなり大がかりな計画を立てておりましてな。間もなく実行に移す所です。きっと良い成果を得られましょう」

 ネロは軽く注意を促してから、いつもと違う状況である事を訝しんだ。男が自信満々に結果を楽しみにしててほしいと語っていた時、一人の魔術師が彼らの元へ現れる。見張りだった。

「報告です。狩りに向かわせていた二体が戻ってきました」
「ほう !すぐに連れてこさせるんだ !」

 部下の報告に男は目を輝かせてから催促をすると、間もなく部下に連れられてアンディを担いでいる怪物が現れた。怪物が地面に放り投げて叩きつけられると、アンディは衝撃によって朦朧としていた意識が明瞭になっていくのを感じる。

「これは驚いたな」

 聞き覚えのある声にハッと見上げたアンディは、自分を見下すネロがいる事や周囲の状況が呑み込めないのか、辺りを必死に見まわそうとする。

「やあ、きみがアンディだね ?話には聞いているよ !今日から君も大事な同志というわけだ」

 男はしゃがみ込んでからアンディに笑顔で話しかけて来る。しかし彼が瞳に宿している冷たさと、背後の奥深くから自分を見ているボロボロな状態の女子供が事態の深刻さをアンディに嫌でも分からせた。
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