フェイト・オブ・ザ・ウィザード~元伝説の天才魔術師は弾丸と拳を信じてる~

シノヤン

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十二章:コールド・ハート

第94話 要求

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「制圧…か」

 列車に揺られながらクリスは座席で呟いた。これから向かう鉱山地帯で発生している季節外れの寒波や、突如として出現した異形の怪物達による生物災害の調査のためである。表向きはそのように命じられていたものの、騎士団は間違いなくブラザーフッドの仕業であると睨んでいた。

「その通り。だが付近の町村の奪還ついでに、異常気象について調べる必要があるそうだ…心当たりは ?」

 向かいの席に座っているイゾウは、新聞を読みながらこちらへ問いかけて来る。わざわざクリスに聞く辺り、魔術師に関連しているとハナから決めてかかっているらしかった。

「俺の知り合いに弟子がいたが…そいつなら或いは出来るかもな。この規模の天候操作が」

 クリスは窓の外で吹雪いている粉雪を見ていたが、やがてイゾウとメリッサの方へ顔を向けてから言った。ネロに仕えている四人の弟子の一人、氷上の女帝と呼ばれたヴァーシという名の人物である。一応ではあるが、彼女とは面識があった。

「それってネロとかいう人のお弟子さん ?」
「ああ…あいつには弟子が四人いてな。それぞれの属性の魔法に精通している。もっとも…こないだ拿捕したあの男は単なる穴埋めだろう。他の連中の強さはきっとあんな物じゃない」

 メリッサがネロの事に言及すると、クリスも彼の師弟関係について説明をした。途中、ブレイズと名乗っていた男に付いて思い出したクリスは、他の二人に気を抜いて欲しくなかったため、彼は仕方なく弟子に迎え入れられただけの小物だと付け加える。

「それより、この後の予定はどうなっている ?」
「ええとね…この後に着くカヴィデ駅を降りてすぐ騎士団の駐屯地へ向かうわ。そこで装備を整えてから鉱山付近の兵站へ行く手筈になってる…どうかしたの ?」
「いや…着いた後に少し時間が欲しくてな。仕事に取り掛かるのはすぐか ?」
「状況の確認もしないといけないし、すぐには始められない。どれくらい時間が掛かるのか知らないけど…用事があるなら出来る限り早めに済ませて」

 クリスが執拗に時間の空きを尋ねて来ることにメリッサは少し不気味だと感じたが、悪さをするわけでも無いだろうと考えて条件付きではあるが了解だと伝える。それを聞いたクリスは少し安心した様に礼を言ってから、休むつもりなのか目を閉じて仮眠に入っていた。動機や彼の反応の意味はイマイチ分からなかったメリッサだったが、深く考え込むのが面倒になったのか通りがかった車内販売に声をかけて菓子類を買い漁り始める。

 その様子を呆れた様に見ているイゾウだったが、彼もまた並々ならぬ憎悪とそれを解消出来るかもしれない期待感を胸に秘めたまま新聞に目を通し続けていた。自分の推測通りならば、ここで待っている者は間違いなく自分が長年追い続けていた宿敵である。そう思っていた。



 ――――とある鉱山都市の旧市街は、凍てつく様な気温によって街全体が冷え込み、夏だというのに積雪や建設物から垂れ下がる氷柱によって覆い尽くされている。街のシンボルとも言える聖堂の中では、眼鏡を掛けたキツイ目つきの女性が椅子に座ったまま本を読んでいた。

「ヴァーシ、随分と寛いでるな」

 背後から声が聞こえたかと思うと、ネロがどこからともなく来訪していた。溜息をつきながら本を閉じた女性は立ち上がって、腕を組みながら彼を見る。

「何の用です ?」

 ヴァーシが問いかけるも、ネロはそれを無視して聖堂の奥に祭られている巨大な四体の巨像を眺めた。寄り添って立つ巨像たちは、一つの丸い球体を協力して大事に支え合っており、「世界が四体の悪魔によって作られた」という伝承が今も崇められ続けている証である。

「馬鹿馬鹿しいと思わないか ?誰かの掌の上で踊らされているだけだというのに、それを良しとして有難がっているんだ。自分以外の誰かに縋らなきゃ何も出来ない…愚図な奴らだよ全く」
「まず質問に答えてくれますか ?」

 御大層な能書きを垂れるネロに嫌気が差したような顔でヴァーシは言った。

「まあ、様子を見に来ただけとしか…頑張ってくれよ ?ブレイズのやつがしくじったせいで、俺は少し落胆しているところでな」
「ちっ…役立たずめ」

 ネロがブレイズの近況について語ると、彼女は舌打ちをしながら悪態をつく。

「残る二人は砦の防衛に当たらせている。お前は随分と自信があるようだが…本当に一人で良かったのか ?」
「ええ、対策をしてあります…というわけで、失礼しても ?準備もしたいので」

 ネロに聞かれたヴァーシは既に対策済みだと言い放ち、せわしそうに聖堂を出ていこうとする。ネロは自分がウザがられている事に薄々勘付いているのか、少々寂しげであった。

「君に万が一の事があってこの場を奪還されれば、騎士団は装備に使う資源の調達を再開できる。そうなれば次は総力戦に持ち込むつもりだろう…そうすると数だけで見れば我々は不利だ。出来る限り戦力を削げ…いいな ?」
「ええ。分かっています」

 ネロが改めてこの地域を任せた理由を語り、ここが破られればブラザーフッドは確実に追い込まれると軽く圧をかけて来た。ヴァーシは特に動じることなく答えてから、雪が吹き荒れる外へと静かに出ていく。ネロはその姿を見てほくそ笑んだ後に闇の力を使ってどこかへと消え失せていった。
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