ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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壱ノ章:災いを継ぐ者

第5話 不穏な日常

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 こうして未知の世界での暮らしが始まった龍人だが、和気藹々と交流を深めていく…という心温まるヒューマンドラマなどは一切なかった。

「ほら、起きなさい」
「…は~い…しんど…」

 朝の四時半になれば佐那によりたたき起こされる。スウェット、或いはジャージ…とにかく動きやすい服装に着替えさせられた後に、彼女が管理をしている団地の屋上へと連れて行かされるのだ。

「とにかく体の動かし方を学び、体に覚えさせる必要がある。教えたとおりにやってみなさい」

 佐那から指示をがあると、龍人は教えられた通りにおぼつかない手つきで印を結び、やがて拳を握って小さく長めに息を吐いてから全身の筋肉をこわばらせる。少しすると体が火照ったように熱くなり、自分の腕や脚に見られていた脈が強く輝きだした。
 
「おお…すげ」
「今あなたが行ったのは”開醒”と呼ばれる基本中の基本の技。自分の肉体にある気の流れを増大させ、より強靭な精神と力を五体に巡らせる。刑務所での乱闘騒ぎやあなたの前科を調べると、所々に人間業とは思えない所業が記録されていた。恐らく、無意識に開醒を行っていたのでしょうね。何の鍛錬も積んでない者がこの領域に至るというのは…かなり珍しい」

 光る脈を龍人が興奮したように眺めている側で佐那は語った。龍人の経歴を探ると、絡んできた囚人を集中治療室送りにしたというのはまだ序の口だったらしく、「喧嘩の最中に誤って付近の軽自動車を殴って廃車にした」、「トラックに跳ね飛ばされたがなぜか無傷だった」、「龍人の事を知る人間は、喧嘩になる際は必ず凶器を携行するようにと仲間に指示を出していた」など多岐にわたって風変りな噂や記録が残っていた。それが開醒によるものだと見抜くのは容易かった。

「つまり老師《・・》、俺って天才 ?」
「そうやって調子に乗ったせいで、足元を掬われて落ちぶれた人を沢山見てきたわ。才能は認めるから精進しなさい」
「はーいはい」

 どうやら街の住民がそう呼んでいたのを気に入ったのか、老師と呼びかけながら得意げにしている龍人を佐那は窘める。だが決して彼の事を認めていないというわけでもない。

 遥か昔に修業をしていた頃、自分が開醒に至るまではかなりの期間を要していたというのもあってか、その領域に易々と至った龍人という存在は佐那にとって注目に値するものであった。だからといって好きでも無い物を無理やり続けさせるつもりも無い。彼が一言「辛いからやめたい」と言って来ればすぐにでも特訓を中止して自分の弟子という立場から解放する心構えもしていた。

「それじゃ…あれやるの ? マラソン」
「ええ。今日こそルートを一周してもらうわ」

 そして彼女は刑務所で初めて会った時と同じように身軽な様子で走り、向かいのビルの屋上へと跳躍して見せた。龍人も少し心を落ち着け、勇気を振り絞りながらジャンプをして彼女の後を追いかける。彼女曰く死なない様にこちらへ気を配ってくれているらしいが、時折目に入る地面との距離の遠さはいつ見ても心臓に悪い。そして何より体力の消耗が激しいのだ。

 開醒を行っている間は身体能力こそ向上すれど、全身を力ませている様な状態なため全力で運動を続けているかのような身体的負担が襲い掛かって来る。そのせいでほんの数分程度走っただけでも息が上がり、汗だくになり、すぐにでも倒れ込みたくなってしまう。必死にもがく龍人を適度に見張りつつ、佐那はパルクールと跳躍でビルの間を颯爽と移動していくが呼吸一つ乱れていなかった。それどころか汗の一滴すらかいていないのだ。

 そんなこんなでようやく彼女について行き、元のスタート地点に帰って来た時には眩暈と吐き気とのぼせるような体の熱さに耐え切れず龍人は仰向けに倒れ、少しの間日の出によって明るくなり始めていた空を眺めていた。不思議と不快感は無い。それどころか次はどれくらい早く、そして持久力を維持できるのかと楽しみにし始めていた。

「お疲れ様」

 ペットボトルに入った水を頭の隣に置きながら佐那が話しかけて来る。声色が安堵してるかのように優しくなっていた。

「どう老師 ? この町で特訓始まってすぐだってのに、あっという間に一周走り切っちゃった」
「ええ。最低限の体力が付いてきた証よ。これで本格的に稽古が付けられるという事ね」
「…もっと厳しくなる感じっスか ?」
「寝る時間と食事…あとそうね、日曜日。それ以外の時間は全てトレーニングに捧げると思って良いわ」
「マジか…」

 龍人は水をがぶ飲みしてから自分の成長ぶりに喜んでいたが、佐那からは更に過酷な生活が待っている事を告げられてしまい結局狼狽える羽目になった。話しぶりからするに日曜日だけは休みらしいのがせめてもの救いだが。

「それに体力は大いに越したことは無い。今後は更に走る距離を伸ばしていけるように頑張りましょう…そうね、最低でも今日走った町のルートを三周は出来るようになれたら一人前かしら」

 歩ける程度には体力と気力が戻ってきた頃、帰宅のために龍人を立ち上がらせてから佐那は次の課題に向けて思案を告げた。

「地獄だな…因みに老師はいつもどれぐらい走ってる ? 最高記録は ?」
「十二周」
「…え ?」

 一人前というのがどれぐらいの力量を想定しているのかは知らないが、少なくとも彼女にとってはかなり甘い目標設定だという事を分からせられた龍人は、早くも暗雲が立ち込めだした自分の異世界生活の未来を不安に思う他なかった。

「へぇ、あれが噂に聞く新入りさんか」

 そんな二人の日常をはるか遠くの鉄塔からゴーグル越しに眺めている存在がいた。黒い嘴と羽毛を持つ鴉天狗でありながら、その体には不相応な白銀の機械的な翼を携えている。

「ひとまずは…要注意リストかな」

 手に持っていた小銃のボルトを引き、薬莢達の状態を確認してから鴉天狗は不敵に笑う。そして鉄塔を飛び降りてからどこかへと飛び去って行った。
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