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#033 『霞んだ記憶』
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猪俣さんには、ずっと〝正体不明の記憶〟があるという。
記憶の中で自分は学生服を着ており、仲の良かった3人の悪友の姿もあるから、ほぼ間違いなく中学時代のこと――と考えていいのだろう、と彼は言う。
自分と悪友3人は、夜も更けた学校の、教室の中でひたすら ダベっている。
気に入らない教師の悪口とか、好きな女の子の話とか、好きな漫画の話とか、ゲームの攻略法の話とか。
そんなことを、ひたすら話した。
――ような気がするのである。
〝ような気がする〟わりには、凄く楽しかったという確固とした感覚が彼にはある。
全部が霞がかっているわりに、思い出すたびに「ああ、あの頃は良かったなぁ」としんみりした気持ちになるのだそうだ。
「夜の学校って・・・忍び込んだんですか?その、悪友たちと」
私が問うと、猪俣さんは大きく首を傾げた。
それもわからない、らしい。
「そこに至る前と、その後の記憶が・・・まったく無いんですよね・・・」
ただ、これが中学時代の記憶だとするなら、だいたい90年代初頭の頃の出来事になる。
そしてただ一つ、明瞭に覚えていることがある。
「俺が不意に時計を見てみると、深夜の2時を差してたんです。でもって、『みんな、そろそろ頃合いだろう』って言ったんですよね、俺。それから、ええと・・・全員帰っちゃったんじゃないかなぁ」
「頃合いって・・・何の頃合いですか?」
「さぁ・・・それも、何とも」
正直言って、こんな掴み所のない取材は 私自身、はじめてだった。
というか、怪談の取材が本題だったのに、一向にそれっぽい話題にならない。
「失礼ですが、その記憶自体が夢だったということは無いのですか?」
「はぁ。俺もそう考えてた時期がありましてね。こんな輪郭のぼやけた記憶、もう夢だ、夢で決まり!みたいな・・・ そしたらですよ。確かめる機会が巡ってきたんです」
「機会?」
「その時、一緒に深夜の教室でダベった友達と―― 偶然、飲み屋で再開したんですわ」
※ ※ ※ ※
社会人となって6年目の年末のことだったという。
仕事仲間らとの、楽しい楽しい〝筈の〟忘年会を終えたものの、猪俣さんはいまいち、そのフィナーレに物足りなさを感じていた。
同僚や部下らが、その頃から既に全員「いまどきの若者」タイプで、飲み事よりも趣味や資格取得の為の勉強にプライベートを費やす人間ばかりだったのだ。
ゆえに飲み会はほとんど盛り上がらず、不完全燃焼のままの万歳三唱となった。
これはつまらない。二次会の話すら上がらない。
根っから飲み助の彼は 会がお開きになった後、適当な飲み屋を見つけてふらりと立ち寄ってみたのである。
そこで、
「ん? ・・・あーっ、お前、飯塚!!」
「はぁ? ――おお、猪俣じゃねぇか!」
悪友との再開なのである。
「相変わらずだなぁ・・・あっ、ちょっと太ったんじゃねぇか?」
「けっ、ばーか。そりゃお互いだろが!」
しばらくは、学生時代のしょうもない想い出話に花を咲かせていたのだが、猪俣さんの胸には「あの記憶の中の友人の一人が飯塚なんだよなぁ」という しこりのような思いが、ずっとわだかまっていた。
それは態度に顕れたと見え、「どうしたんだ猪俣?気分でも悪いのか?」 飯塚氏から、直接そう尋ねられたのだという。
だから、訊いてみた。
「実はさぁ、俺、夢か本当かわかんない記憶があるんだけどさぁ・・・」
全てを打ち明け、友人の反応を見てみた。
今まで見たこともない、愕然とした表情の友人が自分を凝視していた。
「・・・・・・猪俣。そうか思い出した。あの時の3人のうちのひとりはお前だった」
「――は?! 何だって?」
「いや・・・何でも無い。俺、もう帰るわ・・・ ハハ、ちょっと酔っちゃった」
飯塚氏は、焦燥に駆られるような顔で、そそくさと席を立って勘定を済ませた。
そして、呆然としてそれを眺める猪俣さんに少しだけ視線を向け、
「・・・あまりあの日のことを考えるなよ。 ぜんぶ思い出したら、取り返しのつかないことになるぞ」
「えっ、え?」
「俺は丸石から聞いた。さわりのところだけ」
「さわりって・・・?」
「あと、動物園には絶対に行くな。戸部も丸石も、動物園に行った後に思い出したらしい――」
もう会わない方がいいな、と。
飯塚氏は、そう言い残し、店を出て行った。
語尾が震えていたという。
※ ※ ※ ※
猪俣さんはその後、あの時の記憶に登場した残りの二人―― 戸部氏と丸石氏の現状について、少し調べてみた。
すると、二人とも数年前に突然 失踪していることがわかった。
丸石氏に至っては、近しい人間に「学生時代の厭な過去を ふとしたことで思い出してしまって苦しんでいる」と悩みを打ち明けた翌日に消えてしまったらしい。
果たして、それが本当に動物園に行った直後に起こったことか まではわからなかったそうだが。
それから何回か、中学時代の仲間の同窓会が行われたというが、
飯塚氏は、何故か猪俣さんが出席する時に限って、 欠席を繰り返している。
「・・・たぶん俺と会うと、例の霞がかった記憶を全て思い出してしまうんじゃないかって 怖いんでしょうよ、飯塚は・・・」
猪俣さんは そう考えており、「仕方が無い」と諦めているそうだ。
自らも取りあえず 動物園には近寄らないように心掛けているそうだが、齢四十を前にして わけのわからない寂しさのようなものが、年々 募り続けており、
「俺もすべてを思い出して失踪したら、あの仲の良かった二人と同じ場所に行けるのかなぁ」と 妄想する時間が、だんだん長くなってきているという。
記憶の中で自分は学生服を着ており、仲の良かった3人の悪友の姿もあるから、ほぼ間違いなく中学時代のこと――と考えていいのだろう、と彼は言う。
自分と悪友3人は、夜も更けた学校の、教室の中でひたすら ダベっている。
気に入らない教師の悪口とか、好きな女の子の話とか、好きな漫画の話とか、ゲームの攻略法の話とか。
そんなことを、ひたすら話した。
――ような気がするのである。
〝ような気がする〟わりには、凄く楽しかったという確固とした感覚が彼にはある。
全部が霞がかっているわりに、思い出すたびに「ああ、あの頃は良かったなぁ」としんみりした気持ちになるのだそうだ。
「夜の学校って・・・忍び込んだんですか?その、悪友たちと」
私が問うと、猪俣さんは大きく首を傾げた。
それもわからない、らしい。
「そこに至る前と、その後の記憶が・・・まったく無いんですよね・・・」
ただ、これが中学時代の記憶だとするなら、だいたい90年代初頭の頃の出来事になる。
そしてただ一つ、明瞭に覚えていることがある。
「俺が不意に時計を見てみると、深夜の2時を差してたんです。でもって、『みんな、そろそろ頃合いだろう』って言ったんですよね、俺。それから、ええと・・・全員帰っちゃったんじゃないかなぁ」
「頃合いって・・・何の頃合いですか?」
「さぁ・・・それも、何とも」
正直言って、こんな掴み所のない取材は 私自身、はじめてだった。
というか、怪談の取材が本題だったのに、一向にそれっぽい話題にならない。
「失礼ですが、その記憶自体が夢だったということは無いのですか?」
「はぁ。俺もそう考えてた時期がありましてね。こんな輪郭のぼやけた記憶、もう夢だ、夢で決まり!みたいな・・・ そしたらですよ。確かめる機会が巡ってきたんです」
「機会?」
「その時、一緒に深夜の教室でダベった友達と―― 偶然、飲み屋で再開したんですわ」
※ ※ ※ ※
社会人となって6年目の年末のことだったという。
仕事仲間らとの、楽しい楽しい〝筈の〟忘年会を終えたものの、猪俣さんはいまいち、そのフィナーレに物足りなさを感じていた。
同僚や部下らが、その頃から既に全員「いまどきの若者」タイプで、飲み事よりも趣味や資格取得の為の勉強にプライベートを費やす人間ばかりだったのだ。
ゆえに飲み会はほとんど盛り上がらず、不完全燃焼のままの万歳三唱となった。
これはつまらない。二次会の話すら上がらない。
根っから飲み助の彼は 会がお開きになった後、適当な飲み屋を見つけてふらりと立ち寄ってみたのである。
そこで、
「ん? ・・・あーっ、お前、飯塚!!」
「はぁ? ――おお、猪俣じゃねぇか!」
悪友との再開なのである。
「相変わらずだなぁ・・・あっ、ちょっと太ったんじゃねぇか?」
「けっ、ばーか。そりゃお互いだろが!」
しばらくは、学生時代のしょうもない想い出話に花を咲かせていたのだが、猪俣さんの胸には「あの記憶の中の友人の一人が飯塚なんだよなぁ」という しこりのような思いが、ずっとわだかまっていた。
それは態度に顕れたと見え、「どうしたんだ猪俣?気分でも悪いのか?」 飯塚氏から、直接そう尋ねられたのだという。
だから、訊いてみた。
「実はさぁ、俺、夢か本当かわかんない記憶があるんだけどさぁ・・・」
全てを打ち明け、友人の反応を見てみた。
今まで見たこともない、愕然とした表情の友人が自分を凝視していた。
「・・・・・・猪俣。そうか思い出した。あの時の3人のうちのひとりはお前だった」
「――は?! 何だって?」
「いや・・・何でも無い。俺、もう帰るわ・・・ ハハ、ちょっと酔っちゃった」
飯塚氏は、焦燥に駆られるような顔で、そそくさと席を立って勘定を済ませた。
そして、呆然としてそれを眺める猪俣さんに少しだけ視線を向け、
「・・・あまりあの日のことを考えるなよ。 ぜんぶ思い出したら、取り返しのつかないことになるぞ」
「えっ、え?」
「俺は丸石から聞いた。さわりのところだけ」
「さわりって・・・?」
「あと、動物園には絶対に行くな。戸部も丸石も、動物園に行った後に思い出したらしい――」
もう会わない方がいいな、と。
飯塚氏は、そう言い残し、店を出て行った。
語尾が震えていたという。
※ ※ ※ ※
猪俣さんはその後、あの時の記憶に登場した残りの二人―― 戸部氏と丸石氏の現状について、少し調べてみた。
すると、二人とも数年前に突然 失踪していることがわかった。
丸石氏に至っては、近しい人間に「学生時代の厭な過去を ふとしたことで思い出してしまって苦しんでいる」と悩みを打ち明けた翌日に消えてしまったらしい。
果たして、それが本当に動物園に行った直後に起こったことか まではわからなかったそうだが。
それから何回か、中学時代の仲間の同窓会が行われたというが、
飯塚氏は、何故か猪俣さんが出席する時に限って、 欠席を繰り返している。
「・・・たぶん俺と会うと、例の霞がかった記憶を全て思い出してしまうんじゃないかって 怖いんでしょうよ、飯塚は・・・」
猪俣さんは そう考えており、「仕方が無い」と諦めているそうだ。
自らも取りあえず 動物園には近寄らないように心掛けているそうだが、齢四十を前にして わけのわからない寂しさのようなものが、年々 募り続けており、
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