34 / 102
#033 『霞んだ記憶』
しおりを挟む
猪俣さんには、ずっと〝正体不明の記憶〟があるという。
記憶の中で自分は学生服を着ており、仲の良かった3人の悪友の姿もあるから、ほぼ間違いなく中学時代のこと――と考えていいのだろう、と彼は言う。
自分と悪友3人は、夜も更けた学校の、教室の中でひたすら ダベっている。
気に入らない教師の悪口とか、好きな女の子の話とか、好きな漫画の話とか、ゲームの攻略法の話とか。
そんなことを、ひたすら話した。
――ような気がするのである。
〝ような気がする〟わりには、凄く楽しかったという確固とした感覚が彼にはある。
全部が霞がかっているわりに、思い出すたびに「ああ、あの頃は良かったなぁ」としんみりした気持ちになるのだそうだ。
「夜の学校って・・・忍び込んだんですか?その、悪友たちと」
私が問うと、猪俣さんは大きく首を傾げた。
それもわからない、らしい。
「そこに至る前と、その後の記憶が・・・まったく無いんですよね・・・」
ただ、これが中学時代の記憶だとするなら、だいたい90年代初頭の頃の出来事になる。
そしてただ一つ、明瞭に覚えていることがある。
「俺が不意に時計を見てみると、深夜の2時を差してたんです。でもって、『みんな、そろそろ頃合いだろう』って言ったんですよね、俺。それから、ええと・・・全員帰っちゃったんじゃないかなぁ」
「頃合いって・・・何の頃合いですか?」
「さぁ・・・それも、何とも」
正直言って、こんな掴み所のない取材は 私自身、はじめてだった。
というか、怪談の取材が本題だったのに、一向にそれっぽい話題にならない。
「失礼ですが、その記憶自体が夢だったということは無いのですか?」
「はぁ。俺もそう考えてた時期がありましてね。こんな輪郭のぼやけた記憶、もう夢だ、夢で決まり!みたいな・・・ そしたらですよ。確かめる機会が巡ってきたんです」
「機会?」
「その時、一緒に深夜の教室でダベった友達と―― 偶然、飲み屋で再開したんですわ」
※ ※ ※ ※
社会人となって6年目の年末のことだったという。
仕事仲間らとの、楽しい楽しい〝筈の〟忘年会を終えたものの、猪俣さんはいまいち、そのフィナーレに物足りなさを感じていた。
同僚や部下らが、その頃から既に全員「いまどきの若者」タイプで、飲み事よりも趣味や資格取得の為の勉強にプライベートを費やす人間ばかりだったのだ。
ゆえに飲み会はほとんど盛り上がらず、不完全燃焼のままの万歳三唱となった。
これはつまらない。二次会の話すら上がらない。
根っから飲み助の彼は 会がお開きになった後、適当な飲み屋を見つけてふらりと立ち寄ってみたのである。
そこで、
「ん? ・・・あーっ、お前、飯塚!!」
「はぁ? ――おお、猪俣じゃねぇか!」
悪友との再開なのである。
「相変わらずだなぁ・・・あっ、ちょっと太ったんじゃねぇか?」
「けっ、ばーか。そりゃお互いだろが!」
しばらくは、学生時代のしょうもない想い出話に花を咲かせていたのだが、猪俣さんの胸には「あの記憶の中の友人の一人が飯塚なんだよなぁ」という しこりのような思いが、ずっとわだかまっていた。
それは態度に顕れたと見え、「どうしたんだ猪俣?気分でも悪いのか?」 飯塚氏から、直接そう尋ねられたのだという。
だから、訊いてみた。
「実はさぁ、俺、夢か本当かわかんない記憶があるんだけどさぁ・・・」
全てを打ち明け、友人の反応を見てみた。
今まで見たこともない、愕然とした表情の友人が自分を凝視していた。
「・・・・・・猪俣。そうか思い出した。あの時の3人のうちのひとりはお前だった」
「――は?! 何だって?」
「いや・・・何でも無い。俺、もう帰るわ・・・ ハハ、ちょっと酔っちゃった」
飯塚氏は、焦燥に駆られるような顔で、そそくさと席を立って勘定を済ませた。
そして、呆然としてそれを眺める猪俣さんに少しだけ視線を向け、
「・・・あまりあの日のことを考えるなよ。 ぜんぶ思い出したら、取り返しのつかないことになるぞ」
「えっ、え?」
「俺は丸石から聞いた。さわりのところだけ」
「さわりって・・・?」
「あと、動物園には絶対に行くな。戸部も丸石も、動物園に行った後に思い出したらしい――」
もう会わない方がいいな、と。
飯塚氏は、そう言い残し、店を出て行った。
語尾が震えていたという。
※ ※ ※ ※
猪俣さんはその後、あの時の記憶に登場した残りの二人―― 戸部氏と丸石氏の現状について、少し調べてみた。
すると、二人とも数年前に突然 失踪していることがわかった。
丸石氏に至っては、近しい人間に「学生時代の厭な過去を ふとしたことで思い出してしまって苦しんでいる」と悩みを打ち明けた翌日に消えてしまったらしい。
果たして、それが本当に動物園に行った直後に起こったことか まではわからなかったそうだが。
それから何回か、中学時代の仲間の同窓会が行われたというが、
飯塚氏は、何故か猪俣さんが出席する時に限って、 欠席を繰り返している。
「・・・たぶん俺と会うと、例の霞がかった記憶を全て思い出してしまうんじゃないかって 怖いんでしょうよ、飯塚は・・・」
猪俣さんは そう考えており、「仕方が無い」と諦めているそうだ。
自らも取りあえず 動物園には近寄らないように心掛けているそうだが、齢四十を前にして わけのわからない寂しさのようなものが、年々 募り続けており、
「俺もすべてを思い出して失踪したら、あの仲の良かった二人と同じ場所に行けるのかなぁ」と 妄想する時間が、だんだん長くなってきているという。
記憶の中で自分は学生服を着ており、仲の良かった3人の悪友の姿もあるから、ほぼ間違いなく中学時代のこと――と考えていいのだろう、と彼は言う。
自分と悪友3人は、夜も更けた学校の、教室の中でひたすら ダベっている。
気に入らない教師の悪口とか、好きな女の子の話とか、好きな漫画の話とか、ゲームの攻略法の話とか。
そんなことを、ひたすら話した。
――ような気がするのである。
〝ような気がする〟わりには、凄く楽しかったという確固とした感覚が彼にはある。
全部が霞がかっているわりに、思い出すたびに「ああ、あの頃は良かったなぁ」としんみりした気持ちになるのだそうだ。
「夜の学校って・・・忍び込んだんですか?その、悪友たちと」
私が問うと、猪俣さんは大きく首を傾げた。
それもわからない、らしい。
「そこに至る前と、その後の記憶が・・・まったく無いんですよね・・・」
ただ、これが中学時代の記憶だとするなら、だいたい90年代初頭の頃の出来事になる。
そしてただ一つ、明瞭に覚えていることがある。
「俺が不意に時計を見てみると、深夜の2時を差してたんです。でもって、『みんな、そろそろ頃合いだろう』って言ったんですよね、俺。それから、ええと・・・全員帰っちゃったんじゃないかなぁ」
「頃合いって・・・何の頃合いですか?」
「さぁ・・・それも、何とも」
正直言って、こんな掴み所のない取材は 私自身、はじめてだった。
というか、怪談の取材が本題だったのに、一向にそれっぽい話題にならない。
「失礼ですが、その記憶自体が夢だったということは無いのですか?」
「はぁ。俺もそう考えてた時期がありましてね。こんな輪郭のぼやけた記憶、もう夢だ、夢で決まり!みたいな・・・ そしたらですよ。確かめる機会が巡ってきたんです」
「機会?」
「その時、一緒に深夜の教室でダベった友達と―― 偶然、飲み屋で再開したんですわ」
※ ※ ※ ※
社会人となって6年目の年末のことだったという。
仕事仲間らとの、楽しい楽しい〝筈の〟忘年会を終えたものの、猪俣さんはいまいち、そのフィナーレに物足りなさを感じていた。
同僚や部下らが、その頃から既に全員「いまどきの若者」タイプで、飲み事よりも趣味や資格取得の為の勉強にプライベートを費やす人間ばかりだったのだ。
ゆえに飲み会はほとんど盛り上がらず、不完全燃焼のままの万歳三唱となった。
これはつまらない。二次会の話すら上がらない。
根っから飲み助の彼は 会がお開きになった後、適当な飲み屋を見つけてふらりと立ち寄ってみたのである。
そこで、
「ん? ・・・あーっ、お前、飯塚!!」
「はぁ? ――おお、猪俣じゃねぇか!」
悪友との再開なのである。
「相変わらずだなぁ・・・あっ、ちょっと太ったんじゃねぇか?」
「けっ、ばーか。そりゃお互いだろが!」
しばらくは、学生時代のしょうもない想い出話に花を咲かせていたのだが、猪俣さんの胸には「あの記憶の中の友人の一人が飯塚なんだよなぁ」という しこりのような思いが、ずっとわだかまっていた。
それは態度に顕れたと見え、「どうしたんだ猪俣?気分でも悪いのか?」 飯塚氏から、直接そう尋ねられたのだという。
だから、訊いてみた。
「実はさぁ、俺、夢か本当かわかんない記憶があるんだけどさぁ・・・」
全てを打ち明け、友人の反応を見てみた。
今まで見たこともない、愕然とした表情の友人が自分を凝視していた。
「・・・・・・猪俣。そうか思い出した。あの時の3人のうちのひとりはお前だった」
「――は?! 何だって?」
「いや・・・何でも無い。俺、もう帰るわ・・・ ハハ、ちょっと酔っちゃった」
飯塚氏は、焦燥に駆られるような顔で、そそくさと席を立って勘定を済ませた。
そして、呆然としてそれを眺める猪俣さんに少しだけ視線を向け、
「・・・あまりあの日のことを考えるなよ。 ぜんぶ思い出したら、取り返しのつかないことになるぞ」
「えっ、え?」
「俺は丸石から聞いた。さわりのところだけ」
「さわりって・・・?」
「あと、動物園には絶対に行くな。戸部も丸石も、動物園に行った後に思い出したらしい――」
もう会わない方がいいな、と。
飯塚氏は、そう言い残し、店を出て行った。
語尾が震えていたという。
※ ※ ※ ※
猪俣さんはその後、あの時の記憶に登場した残りの二人―― 戸部氏と丸石氏の現状について、少し調べてみた。
すると、二人とも数年前に突然 失踪していることがわかった。
丸石氏に至っては、近しい人間に「学生時代の厭な過去を ふとしたことで思い出してしまって苦しんでいる」と悩みを打ち明けた翌日に消えてしまったらしい。
果たして、それが本当に動物園に行った直後に起こったことか まではわからなかったそうだが。
それから何回か、中学時代の仲間の同窓会が行われたというが、
飯塚氏は、何故か猪俣さんが出席する時に限って、 欠席を繰り返している。
「・・・たぶん俺と会うと、例の霞がかった記憶を全て思い出してしまうんじゃないかって 怖いんでしょうよ、飯塚は・・・」
猪俣さんは そう考えており、「仕方が無い」と諦めているそうだ。
自らも取りあえず 動物園には近寄らないように心掛けているそうだが、齢四十を前にして わけのわからない寂しさのようなものが、年々 募り続けており、
「俺もすべてを思い出して失踪したら、あの仲の良かった二人と同じ場所に行けるのかなぁ」と 妄想する時間が、だんだん長くなってきているという。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる