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第04報『失語症』

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 田原さんは、小学校3年生くらいの子供の時分、友達と遊んでいる最中などに言葉がつかえて言いたいことが言えなくなってしまうことが多々あった。

 吃音などとも少し違うようなので自分でもおかしいおかしいと思っていたが、あるとき友達から「お前、ボールって付く言葉を使おうとすると声が出なくなるよな」と指摘され、ハッとしたという。

 『ドッジボール』とか、『ボール遊び』とか。確かに、『ボール』と名の付く言葉が言えないのである。

 心配になって担任の先生に数人の友達と一緒に相談したところ、「先生も詳しくは無いが、失語症というものかも知れない」と真剣な顔で返された。

「しつごしょう」

 その時、田原さんはその言葉の響きがとても気に入ってしまったという。

「しつごしょうしつごしょうしつごしょうしつごしょうしつごしょうしつごしょう」

 何度も何度も繰り返し、大笑いした。

 おい、大丈夫か?先生や友達がおそるおそる尋ねると、

「ボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボールボール」

 無茶苦茶に連呼した挙げ句、そのままバッタリと気絶してしまった。

 保健室に運ばれ、ベッドに寝かされて10分ほど後に意識を取り戻した。

 それからは、『ボール』という言葉をつっかえずに言えるようになった。


 ――あん時のお前、ふつうじゃなかったよな。
 その時一緒に居た友人達からは、いまだにそう言われる。


 ただし田原さんの記憶は途中からひどく曖昧になっており、『失語症』という言葉を何故かひじょうにカッコイイと思った時から全てがぼやけているという。

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