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第壱念珠

#010 『Ⅲの話』

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 ――この話を以てして、『第壱念珠』がひとまとまりになる。

 そこで一つ確認をしておきたいことがある。
 私の、怪談に対する姿勢、とでも言えば宜しいだろうか。

 私は、「これは何々の霊の仕業です!」「妖怪何々の所業に違いない!」・・・と言い切るような書き方を好まない。
 怪異は人知を越えているから怪異なのであり、何かのカテゴリにあてはめて納得するなど言語道断であると思うのだ。

 体験者様が「私の体験はどういう意味にとらえたら良いのでしょう?」と真剣に悩んでいらっしゃる時には「こういう可能性もありますが、どうでしょう」と僭越ながら助言を差し上げることはあるものの、「絶対こうです、こうに違いない」などとは口が裂けても言わない。

 また、出来るだけ加工もしない。

 体験者様の語る怪奇体験というのは、(言葉は悪いが)実はとても煩雑なのである。「この口述がなければ話としてスッキリするのに」「さっきの体験部分はよくわからないなぁ。読者様を混乱させるだろうから、削らせてもらおう」そう思いたくなる部分が多々ある。

 私は、そういうところも残す主義だ。
 ノンフィルターである。

 だから結果として『シュール系怪談』『不可思議系怪談』などと呼ばれるような仕上がりになってしまう場合が多い。耳で聞いた話のクセをそのまま残しているから当たり前だ。きっとプロの実話怪談作家の先生方は、この〝フィルターのかけ方〟が物凄く上手であるに違いない。お話として綺麗に整える為には、必要不可欠な作業だと思う。
 ただし私はそれをしない。
 素直な感性と体験者様方との対話から導き出した(またアマチュアだから実行できる)、自分なりの個性だと思うからだ。


 ただし、それが災いとなることもある。


 この話は、実は3年ほど前に取材したものだ。だがあまりに奇妙すぎて、今までの怪談シリーズでは発表出来なかった。

 どう奇妙なのか。
 すべてが、何かおかしい。
 話全体が、違和感で以てまとめられているような気すらするのである。
 怪異に、明確な中心がない。
 また、肝心なところでひじょうにあやふやな部分もある。

 そんな話をノンフィルターで発表したら。
 ――極端な話、怪談ですらなくなってしまう可能性もある。

 断っておくが、この話の体験者である岩野さんは分別ある公務員の男性で、精神疾患の類いとも無縁である。きちんとした家庭を持たれており、また取材時におかしな言動、挙動も一切見られなかった。

 というか、本人が、「こんな話はおかしいですけど」「まさに意味不明ですけれど」と何度も仰りながら語って下さったほどなのである。
 そして最後に、こう付け加えられた。

「決して作り話じゃありません。 一から始終、しっくり来ない思い出ですがね――」


 ・・・能書きが長くなってしまったが、書かずにはいられなかった。以上のことを念頭に置いて読んで頂かないと、読者の方々を混乱させると思ったのである。
 それでも混乱されるかも知れないが、ご寛恕願いたい。読む人を選ぶ話ではあるものの、本気で奇妙な味わいに満ちていることもまた事実だ。

 ――では――


  ※   ※   ※   ※

 今から、約30年ほど前の、2月末頃の話。

「・・・だからよ、この魔王って、本物の魔王じゃないんだって。もっと強い『大魔王』が居て、それが真のボスらしいぜ」
「えー、何それ!カッケー!!」

 宮城県、某公園の遊具前にて。
 当時小学五年生だった岩野さんは、仲の良い友達とゲーム談義に花を咲かせていた。

「すげーよなぁ。本当に面白いよなー『Ⅲ』!!」

 話題の中心は、当時発売されると同時に社会現象にまで発展した大名作RPGの『Ⅲ』。
 あまりの人気ぶりに、ゲーム購入目的の人々が徹夜でおもちゃ屋さんに並んだり。学校をずる休みしたり、果ては恐喝してゲームを盗んだりする輩まで出る始末だったという。まさに『伝説』ゲーだ。
 第一次出荷の時に運良くゲームカセット(当時はソフト、ではなくカセット、という呼び名が子供達に浸透していた)を購入出来た岩野さん。その感動すべき出来映えに心から打ち震え、寝る間も惜しんで遊び倒していたのである。

「おれ、結局買えなかったしな~。うらやましいぜ~」
「へへ。じゃ、お前ん家に行ってやろうぜ。3つまである〝冒険の記録〟、一個やるよ」
「・・・あ、おまえ持ってきたのかよ。やばいぞ、埃で汚すと〝冒険の記録〟が消えやすいってゲーム雑誌に書いてあったし」
「だいじょぶ、だいじょぶ!!面白いぜー、Ⅲはよー」

 当時、まるでお守りのようにゲームカセットを持ち歩いていた。それくらい好きだった。
一通り公園で話が盛り上がった後、誰かの家に行って自分の『Ⅲ』で遊ばせるのがパターン。売り切れで本作を買えなかった友達に、率先してゲームをやらせる。
 慈善事業に近い心持ちだったというが、友達が「すげー」「おもしれー」と連呼しながら真剣な顔でゲームをしている様を見るのも、とにかく誇らしくて気持ちよかったという。

 までは。


  ※   ※   ※   ※

 ある日曜日のお昼頃。相も変わらず岩野さんは、ゲームのラベルに描かれた恰好良いイラストを話の中心にし、小篠くんという友達と『Ⅲ』の話で盛り上がっていた。

「だから、そもそもモンスターの絵がカッコイイんだよな」
「漫画家の人が描いてるんだもんな。ゲームの絵も描くなんてすげーよなぁ」

 いつものように「すげーすげー」を連発しながらニコニコ二人で話し合っていると、「おーい、キミタチ??」 不意に声をかけられた。

「もしかして、今手に持ってるの『Ⅲ』じゃん?そうだよね?」

 声の主の方へ振り向いてみて、岩野さんはドキン、としたという。

 学生服をだらしなく着こなした、見た目から不良とわかる3人組の高校生だ。
 しかも、真ん中に陣取った一番背の高いヤツは髪を金色に染めていた。

「それ、お兄さんに貸してくれないかなぁ。頼むよ。な?」

 つくりものの優しい口調で、金髪は小首を傾げながら両手を合わせ、「おねがい」のポーズをとった。すると、他の二人が「ふふっ」と厭な失笑を漏らした。

 背筋が凍り付くような感覚をおぼえる。
 こいつら、僕のゲームを盗るつもりなんだ。ここで貸すと、もう二度と『Ⅲ』は返って来ない――直感でわかった。でも、髪の色を染めるほどの不良と生まれて初めて対峙してしまった岩野さんは、恐怖で足がすくみ、逃げることすら選択肢の中から失われてしまった。

「あのねぇ、お兄さんにはキミと同い年くらいの弟が居て、でもその弟は病気でずっと寝たきりの生活を送ってるんだ。弟思いのボクはね、そんな弟に、せめて『Ⅲ』を遊ばせてやりたいんだよ。ねぇ頼む。それ貸してくれよ」

 他の二人が、「ぱはっ」と露骨に吹き出した。ふざけた嘘であることは明白だった。

「はーい、キミは俺らと遊ぼうねー」
「何か向こうの話が長くなりそうだからよー、終わるまで楽しくやろうや」

 二人組が、小篠くんを強引にホールドしてしまった。「人質だ」と思った。

「で・・・どうすんの。ボクの弟とキミの友達のために、『Ⅲ』を貸すのか貸さないのかどっちかって聞いてんだおい聞いてんだ答えてくださいねぇねぇねぇねぇ??」


 結局、ゲームを渡すしか無かった。
 3人組はげらげら笑いながら何か捨て台詞を吐いたが、それは覚えていないという。
 「ご、ごめん・・・」涙目で謝る小篠くんにも、気の利いた言葉はかけてあげられなかった。「気にすんなよ」くらいは言ったかも知れないが、それも覚えていないそうだ。

 それくらい、ショックだった。

 涙が出たのは、とぼとぼと家に帰って自分の部屋に入った時だった。
 親に言っても、「外にゲームなんか持ち出したりするからだ!」と怒られるのは明白だったので、あえて口を噤む。

 完全な敗北感だけが心に残ったという。


  ※   ※   ※   ※

 それからしばらくして――おそらく一週間もしない頃だったと岩野さんは仰る。

(あ!あいつら・・・)

 岩野さんは、両親と一緒に出かけたデパートの書店で忘れることの出来ない顔ぶれを見つける。

 そう。自分から『Ⅲ』を奪い取った、あの不良高校生らだ。
 瞬時に口の中が苦くなるような感覚をおぼえた、という。

 しかし――瞬時に彼は、おかしいことに気づく。
 おそらく一同のリーダー格。背の高い金髪の少年が・・・


(・・・・・・何であの人、新体操の服みたいなの着てるんだろう?)


 そう。その金髪が、全身真っ白なタイツ姿だったというのだ。

 他の2人は、相変わらずこれでもかと着崩したヤンキールック。
 しかし、何というか全員、眼に精気というものが無いように感じられた。

 ――なんかおかしいぞ。
 あんな恰好して、恥ずかしくないのかな・・・

 岩野さんが怪訝に思うと同時、向こうがこちらの方に視線を集中させてきた。
 え、見つかった?! ヤバイと思った瞬間、足早に不良らはこちらへ向かってきた。
 まずい!漫画の本を物色するため、ちょうど両親とは別行動をとっていたのだ。こちらは一人なのである。

「やぁ、久しぶり、だね。久しぶり、だよ」

 何をされるのだろう・・・と怯えて萎縮していると、白タイツの金髪は妙にぎこちない口調でそんな挨拶をしてきた。

「キミの、『Ⅲ』を貸してくれたおかげで、ボクの弟は、キミに感謝しているよ。病気の弟を元気づけてあげられた、あげた。ボクもとても嬉しい」

(・・・・・・は??)

 金髪の口調は、何故か『日本語を覚えたての外国人』のようになっていたと岩野さんは語る。

 そして、「病気の弟は『Ⅲ』を病床でプレイすることが出来てとても喜んでいる」という意味の言葉をデタラメな文脈に乗せてつらつらと連ね、

「ありがとう。これはキミにあげます。もう返します」

 そう言って、『Ⅲ』のカセットをソッと手渡してきた。

(え・・・ えぇっ、返ってきた?!!)

 死ぬほどビックリする岩野さん。
 すると3人組は、「もうやることはやったので」と言った風におもむろクルリと背を向け、とぼとぼした足取りで書店を去って行った。

 学生服の2人は、ぼぅっとしたような表情のまま一言も喋らなかった。
 金髪タイツの後ろ姿は、まるで未来人のように見えたという。


  ※   ※   ※   ※

 その後、家に戻った岩野さんは直ぐに『Ⅲ』を起動させてみた。
 久しぶりに大好きなゲームが出来る! ・・・というワクワク感は、実はあまり無かった。何故か、ひどく心配な気持ちが心を支配していたからだ。

 セーブデータを確認してみると、一番上の項に設定していた岩野さんの〝冒険の記録〟が消されていた。そして『けん』という名前で、新たな記録が作られていた。

 『けん』。あの金髪の名前だろうか。
 もしかすると弟?本当に病気の弟が居たのだろうか?

 が、直ぐに岩野さんの頭の中は一層多くの疑問符で満ちることになる。


「・・・この人、レベル1で記録してそのまんまだぞ・・・?」


 そう。『けん』のセーブデータを再開して、主人公が立っていた場所は序盤も序盤、城下町の教会だったのだ。しかもレベル1で、仲間すら一人も連れていない。

 つまり。ゲームを始めて間もなく即行で教会に向かい、そのままセーブしてゲームを終え、あとは再開すらしなかった――としか考えられないのだ。

 となると、考えられる可能性はただひとつ。岩野さんが友達に提供してあげた残り2個のセーブデータで、不良ども(弟?)は遊んでいたに違いない。そこそこストーリーが進んだ状態でセーブされていたので、序盤の展開を面倒くさく思った彼らはこっちで楽しんだのではないだろうか。

 岩野さんはそちらも再開してみた。

 だが――不思議なことに、まったく物語が進展した形跡は見当たらない。こちらをプレイしたわけでもなさそうだ。

(どういうことだろう・・・)

 とりあえず、『けん』のセーブデータは消してしまった。そして新しく自分の名前で記録を作り、最初からやり直すつもりでゲームを始めたのだが。

「ん・・・? あれ? お、おかしいぞっ?!」

 しばらくプレイして、異変に気づいた。
 致命的な状態。 セーブが出来なくなっているのだ。

 正確に言えば、教会に行って神父さんと話をすると、冒険の記録はしてもらえる。しかし一度電源を切り、再開しようとしてみると、何と消した筈の『けん』のセーブデータが復活しており、岩野さんが自らの名前で始めたデータは記録すらされていない状態になっていたのだ。

 どうやれば、こんな不具合が起きるのか。
 ・・・友達には悪いと思ったが、岩野さんは上から2番目のセーブデータを消し、それで新しく冒険を始めた。そしてセーブし、電源を切った。

 再開する為に電源を入れ直す。
 すると、やはり記録はされていなかった。
 それどころか、2番目のセーブデータも『けん』になっていた。

「・・・・・・・・・・・・」

 そんな馬鹿な、と思った。


 3番目のセーブデータも消した。冒険を始め、セーブした。電源を入れ直した。

 3番目のデータも、『けん』になった。

 恐怖というより、物凄く不安な気持ちになってしまったので、そのまま電源を落とした。その日はもうゲームをしなかったという。


  ※   ※   ※   ※

 翌日。学校に行くと、あのとき一緒に不良に絡まれた小篠くんが、「あの3人組とまた会ったよ!と強ばった表情で言ってきた。

 こちらがその話題を切り出そうと思っていた岩野さんは少しビックリしたが、「ふぅん偶然!」「おれも昨日、あいつらと会ってさぁ」とゲームが返ってきたエピソードを切々と小篠くんに語った。

 が、小篠くんは泣きそうな顔を崩さない。

 どうしたんだ、と聞くと、「脅された」という。

「き、昨日、ヨッちゃんの家に遊びに行って帰る途中、後ろからいきなり、あの3人組が話しかけてきた。そしてあの金髪が、〇〇〇〇のことを他人に話すな、話せばコロス・・・ってわけわかんないことを言って睨んできたんだ。胸ぐらも掴まれた。本当に怖かった」

 はぁ? 岩野さんは大声を出して呆れた。
 自分の時と、態度がまったく違うではないか。
 金髪は白くてピッチピチの服を着てただろう、と尋ねると、「何言ってるんだ?」「私服だったよ。もろヤンキーの」と小篠くんは答える。
 〇〇〇〇の部分を、小篠くんは聞き取ることが出来なかったらしい。だが、何か歌うような変なイントネーションの言葉だったそうだ。

「おれ、怖い。あいつらマトモじゃないかも知れない」

 それは岩野さんも賛成だった。
 もう忘れよう。あんな奴らのこと・・・ひたすら怯える小篠くんの肩を叩き、励ました。


  ※   ※   ※   ※

 それから小篠くんは、明らかにおかしな子になってしまった。

 お調子者でギャグ好きな少年だったのに。彼は一転して暗い性格となり、話をしても「あいつら、もう来ないかな」「あの言葉は何だったのかな。こわい、こわいな」と不安を掻き立てるようなことしか喋らなくなった。

 それだけならまだしも、だんだん学校に着てくる服が女の子っぽくなってきた。
 完全に女子の服、というわけではないが、ファッションのチョイスがどことなくフェミニンになり、他の男の子と比べて完全に浮いた印象になってしまったのだ。

 ある日、近くで小篠くんの顔を見た岩野さんは、彼の唇がやけに艶々しく赤いことに気づいた。
 ――こいつ、口紅塗ってるんじゃ・・・と瞬時に思った。

 以来、あまり付き合わないようにした。


  ※   ※   ※   ※

 それから頻繁に、例の不良どもと町中で出会うようになった。

 やはり金髪は白タイツ姿だった。あとの2人は、ときどき1人が欠けている時もあったものの、やはりヤンキースタイルで皆一様に精気がない。

 ひとつ違ったことは、岩野さんを無視するようになったことだ。
 何処で出会っても、一同の真ん前に立っても、不良らは岩野さんに再び絡んでくるようなことはなかった。不自然なほどに何も言わず、茫洋とした視線を残して立ち去って行った。

 ある日、人混みの中で3人に遭遇した時、「何で周囲の人々はこんなおかしなヤンキー達に怪訝な素振りすら見せないのか?」と気づいた。

 関わり合いになりたくないから――いや違う。他人にはもしかして、?白タイツの金髪が居るのだ。遠目に凝視したり、思わず吹き出してしまう者が居てもおかしくないのに・・・ そんな人すらいないのだ。

 気づいてしまうと、怖くなった。
 何か周囲がおかしいぞ、と その時から思い始めた。


  ※   ※   ※   ※

 すべては『Ⅲ』のせいかも知れない。岩野さんはそういう結論に達する。

 あれから一度も起動していない『Ⅲ』――もしこのカセットが健全な状態に戻れば、自分の周りで起こっている変な出来事も収束するのではないかと思い立った。

 しかし、どうやっておかしくなってしまったゲームカセットを直せばいいのだろう?

 当時の時代性を考慮しても、ふつう、こういう場合はメーカーに電話で問い合わせるのがスタンダードである。当然、岩野さんも電話を入れた。しかし、メーカーさんにではない。

 当時を知る人ならば、誰でも「ああ!」と思い当たるだろう。今は廃刊してしまったが、裏技の特集で大人気を博した とあるゲーム雑誌の編集部に、岩野さんは助けを求めたのだ。
 その雑誌に編集部の番号が記載されているのを見つけ、居ても立ってもいられなくなったから・・・という理由らしい。

「あのぅ、もしもし・・・〇〇〇マガジンの人ですか?実はゲームで困っていて・・・」

 いきなり電話をしてきた小学生に、その雑誌の編集部の方はとても親切に応対してくれたという。経緯を説明していくに従い岩野さんも感情的になり、「友達がおかしくなった。へんな人達を見るようになった。ぜんぶゲームのせいだと思う。どうにか元に戻ってほしい」堰を切ったように全てを吐露し、泣いた。

 たいへんだったんだね、と編集部の人は優しく言ってくれた。

 友達や不良のくだりはよくわからないけど、おかしな動作を来すようになったゲームを直したいのであれば、販売元に送付すればいい。そう言われ、詳しい手順や会社への連絡の取り方なども教えて貰った。

 電話を切り、直ぐお父さんに「ゲームがおかしいので販売元に送りたい」「雑誌の人から送り方も全部教わった」と打ち明けた。
 お父さんは息子の意外な行動力に呆れたようだったが、「何事も社会勉強だ。仕様がわかるのであれば、やってみなさい」と快くOKの返事をくれた。

 よし、やるぞ。
 部屋に戻り、ゲーム機に差しっぱなしになっている『Ⅲ』を取り外そうとカセットを見た。


 ラベルに描かれた絵が、何故か赤茶けた風に変色していた。



  ※   ※   ※   ※

 ・・・・・・それで、どうなったんです? 取材の時、私は何時になく胸をはらはらさせながら、岩野さんに話の続きを急かした。

 それが―― 岩野さんは、苦く固まったような表情でしばし沈黙され、

 そこだけ、よく覚えていないんです と仰った。

 変な色に染まったゲームカセットを見た瞬間、感情が一気に昂ぶって激しい恐怖に貫かれたところまでは覚えているそうであるが、

 その後が、まったく記憶から抜け落ちているのだという。

 『Ⅲ』のカセットは、手元からなくなってしまったそうだ。もしかすると恐ろしさに突き動かされるあまり、無意識のうちに何らかの手段で処分してしまったのかも知れない―― 自信なさげな様子で、岩野さんは語られた。そこからはまったく、絞り出すような口調であった。

 例の不良どもとは、まったく出会わなくなった。
 カセットが身近になくなってしまったのが、功を奏したのかも知れないと言う。


「小篠くんは、元に戻りませんでしたけどね・・・ 学校に、スカートを履いてくるようになりました」



 『Ⅲ』は本当に良いゲームだった。岩野さんは取材時、何回もそう力説された。
 だが自分は、そんな名作に異様な思い出を重ねるしか出来なくなってしまった。それはとても悲しいことだし、名作に対して申し訳ない気持ちすらするという。


 現在、『Ⅲ』は何回もリメイクされており、スマートフォンアプリで遊ぶことすら出来る。

 もう一度、このゲームをプレイされたいとは思いませんか?私の問いに、岩野さんは寂しそうに微笑まれただけで、それ以上何も語られなかった。

 
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