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第参念珠
#022『次郎丸』
しおりを挟む鴨志田さんという、自営業を営む50代の男性から伺ったお話。
今から10年ちょっと前、鴨志田さんが福岡の企業で経理の仕事をしていた頃、ある日 同僚の窪岡さんという方から「仕事中ですけど」「ちょっといいですか」と、不意に声をかけられた。
「あのですねぇ・・・いきなりこう言っちゃナンですが。ウチ、今年に入ってから家族が病気続きで」
「・・・は?」
「ワタシなんか、この年で花粉症になっちまうし。いや、ワタシはまだマシですよ。家内は何ですか、更年期障害っていうのになっちゃって、もう家の中が大変で・・・」
息子さんと娘さんも何とかいう珍しい病気にかかったり、信じられない不運が重なって大怪我をしたりしたのだという。
「不幸って続くモンだなぁ、って心底思いましたワ・・・でも家内はね、違ったんだ。まぁ病気のせいかも知れないですけど、『あんたコレは何かの祟りよ』『霊能者を呼びましょう』って突飛なことを言い出す始末。で、そのおかげで子供達も必要以上に怖がっちゃってですよ。『お父さん、もしそうだったらヤバいよ』『お母さんの言うとおり霊能者を頼ろうよ』って。変な方向に話が進んでしまって・・・」
「――呼ばれましたか」
「はい、呼びました。親戚のツテを頼りましてね。そしたら、その何だ、霊能者の先生がですね。ウチの玄関の前に立つや否や、まるで間取りを知っているかのように庭の方へ真っ直ぐスタスタ、歩いて行かれる。で、ウチの駐車スペースの端っこにある金蓋を指さして、『あれは何だ』と尋ねられたんです」
「ほほぅ、金蓋?」
「ええ。それはね、ワタシの祖父の代に、何か理由があって廃棄してしまったという井戸の跡なんですよ。ちゃんと御霊抜きも行っていると聞いてましたから、きちんとその旨、先生にお伝えしました。でも、その方は『いいや、ここが一等悪い』と首を振られる。『この中にはタチの良くないものがいっぱい埋まっている』『そしてそれは、暦の巡り合わせの悪い年にこの家の人々へ災いをもたらすのだ』って。そう怖い顔で言われるもんで・・・」
「ほんとうですか。厭な話だ」
「ええ、ワタシも未だに狐に抓まれたような気持ちですわ。それは一体何なのですか、と聞いてもみたんですが、『ここでわかれば苦労はいらん!』って。逆に怒られちゃいまして。ハハ・・・」
とにかくあまりに悪い気が強いので、今日のところは手も足も出ない、と霊能者の先生は言った。人を呼んで準備を整え、暦の巡りを見計らって後日ふたたび井戸をあらためることに決まった。
そしてその日というのが、実は明日。奇しくも会社の休みの日に重なったのだという。
「ま、有休取らなくて済んで良かったなぁって話ですよ」
「何とまぁ。しかし、不安でしょう」
「怖いですね。でも霊能者の先生も一緒だから・・・ ハハ、変な話でしたね。お耳汚し、すいませんでした」
窪岡氏は、そう言って業務に戻ってしまった。
正直鴨志田さんは、あまり親しく話したこともない窪岡氏が何故にこんな浮き世離れした近況をいきなり打ち明けてきたのだろう、と首を捻った。だが、「もともと人付き合いの良いタイプの人でもないし、事情が事情だから不安で堪らず、とにかく誰かに話したくなったのだろう」と了解し、自らも仕事に集中することにした。
※ ※ ※ ※
二日後。休み明け。
鴨志田さんは出社して間もなく、窪岡さんから「どうも」と挨拶された。
「あっ、窪岡さん。 ・・・例の件、どうなりました?」
「え? ハハ、あの件ね。いやはや、どうにもこうにも・・・」
果たして昨日、霊能者の先生は約束の刻限きっかりに再び家へやって来た。
地鎮祭のような、ちょっと改まった感じの儀式をした後、先生の連れてきた業者の人々が金蓋をこじ開け、井戸の中を浚ったという。
「底は完璧に枯れていたそうです。井戸として機能しなくなったから廃棄したのでしょう。しかし、問題は中に埋まってたモンでしてね、」
異常な量の、木の板が出てきた。
その数、ざっと見積もって200を超えるほど。
大きさは蒲鉾板くらい。材質は「きっと杉だね」と業者の一人が言ったらしい。
「それに、ぜんぶ『次郎丸』って彫り込んであるんです・・・」
「・・・・・・『次郎丸』??」
作業の最中、霊能者の先生の表情はひときわ厳しかったという。
全ての木の板が回収されると、「もう大丈夫」「これは全部、私の道場で御焚き上げします」と先生は厳粛な調子で言った。
「・・・次郎丸ってのはナンのことですか、とも尋ねてみたんですけどね」
せっかくこんな恐ろしいものから縁が切れようという時に、余計なことを聞いて縁を深めてどうします――と諭されたらしい。
「なるほど。それで、お身体の方はいかがですか」
「いやぁ、そんないきなりスッと治るようなことは無いんでしょうねぇ。実感はしとらんです。でも、これ以上家族に不幸な出来事が起こらないって思えるだけで、ちょっとはね、気が楽になりましたね」
まさかあんなヘンなのが埋まっている家でずっと生活してたなんてね、と苦笑いを浮かべながら、窪岡さんはパソコンを起ち上げた。
なるほど、これが事の顛末か。そう思った鴨志田さんも仕事の準備にかかった。
※ ※ ※ ※
――話は、すべて落着したかのように見える。
しかし鴨志田さんには、いくつか心に引っかかるものがあるという。
『次郎丸』という、木の札に刻まれていた謎の文字。
それは何故か、彼が学生時代に飼っていた柴犬と同じ名前だったのだ。
次郎丸は特に鴨志田さんに懐いており、彼が高校を卒業する年に老衰で死んだ。飼っている最中、何かおかしな出来事が起こったという記憶もない。
「でもね、あんまり悲しかったからものですから。私、近所の大工さんに頼んで蒲鉾板くらいの木片を頂いてきて、それに彫刻刀で名前を彫り込んで次郎丸のお墓に立ててやったんです。はい、マジックとかで書くのも安っぽいし、時間が経つと薄れてくるように思えたので・・・」
『蒲鉾板くらいの木ぎれに次郎丸という文字』という話を聞いた時、瞬時にその時の思い出が鴨志田さんの脳裏に蘇ったのだった。
次郎丸のお墓は、窪岡家の井戸があった場所とほぼ同じようなロケーション。家の駐車スペースの片隅に設けられていた。
「・・・それに、よくよく考えてみればおかしいでしょう。先も言った通り、私と窪岡さんはまったく親しい仲ではなかったんです。同期でもないし、向こうがいくらか年上なくらいだ。そんな人が、いくらデスクが近いからって私みたいな人間にいきなり自らの不安を吐露するものでしょうかね?しかも、仕事中に」
――私の行った弔い行為が、窪岡さんに何か悪い影響でも与えていたのでしょうか。
――わざわざ私に近況を話してきた窪岡さんは、もしかしてそれに気づいていたのではないのでしょうか。でも、何故。何故・・・・・・
数年後に会社を辞めるまで、窪岡氏とは挨拶以外の会話を交わさなかったという。
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