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第参念珠
#023『まきこむ』
しおりを挟む2019年のクリスマス前後の話。
定年退職した旦那様と悠々自適な老後を送っていた主婦の妙子さんは、その旦那様からいきなり「母さん!あれを見ろ、母さん!」と真っ昼間から大声を出され、やおらビックリして裁縫中の指に針を刺しそうになってしまった。
おお、危ない危ない・・・はいはい、何ですかお父さん? 声のした居間に向かってみると、何時になく真剣な顔をした旦那様がガラス向こうの庭の方を指さしている。
「来ましたよ、お父さん。私は何を見ればいいんですか?」
「も、もう居なくなった。でも、あれは何だ。母さんは知らないか?」
要領を得ないので詳しく尋ねてみると、どうやら旦那様は何気なく視線をやった家の庭で妙な物を目撃したらしい。だが、それがどんなものであるかを、今まで見たことも聞いたこともない代物だったので表現すら出来ない始末だったのだ。
「庭を、横切るようにザザーッと移動していった。そして塀を伝って、向こうに消えた」
「あらイヤだ。ヘンな生き物ですか」
「生き物・・・じゃないだろうな。扁平で、生きてる感じがしなかった」
「?? 生きてないものがどうやって移動するんです?」
「それが不思議なんだ・・・気持ち悪いだろ」
「気持ち悪いですねぇ」
「・・・敢えて言えば、黒くてでっかいゴミ袋だな」
「・・・黒くてでっかいゴミ袋だったんじゃないですか?最近、風も強いし」
「いや、違う。庭の半分を埋め尽くすゴミ袋なんて存在するか?風で飛んでるような動き方でも無かったぞ」
「あら、そんなに大きいものなの? ・・・ねぇ、ソノ、あなた・・・」
「――なんだ、その目は。俺は至ってマトモだぞ!!」
果たして、頭がマトモでなくなった人間が律儀に「私はマトモでありません」などと主張するものだろうか。
・・・流石に旦那様の正気を疑いはじめた妙子さんだったが。よくよく庭を観察してみて、おかしい点が多々あることに気づいた。
数日来、やけに風が強くて 庭に植わっている柿の木の葉っぱが、庭にたくさん落ちていた筈だ。さっきまで「今日中に掃き掃除をしなきゃ」と思っていたのだから、間違いない。
それが、無くなっている。
いや、正しく言えば、庭の隅にまとめたようにスッカリと移動しているのである。
一方、家の塀に面した隅っこには少し多めな落ち葉の山が確認出来、そして何故か塀自体にもこびり付くように数枚の葉っぱが引っかかっているのが遠目にも見えた。
つまり。
(・・・大きなゴミ袋に似た何かが、お庭の落ち葉を巻き込みながら移動して、塀を舐めるように伝って向こう側に・・・)
そんなバカな、と思いながらも。妙子さんは「俺はボケてない」「目もしっかりしとる」と声高に主張する旦那様を半ば無視するようにして玄関に回り、家の敷地の外に出て『塀の向こう側』を確認してみた。
そこで絶句する。
――堆く積もった、大量の落ち葉がそこにあった。
まるで、自宅の庭を越えて行った何かが―― ここで一瞬にして、煙にでもなって消えてしまったかのように。
(・・・この落ち葉の量、絶対にウチの柿の木だけじゃないけど・・・)
もしかして、ご近所の他の場所の落ち葉もずっと巻き込みながら移動してきたのか。
そう思うと、何やらわけもわからない怖気が走った。
※ ※ ※ ※
「・・・まぁ、そうですね。まったく意味不明な出来事でしたけど。結果として、ウチの庭の落ち葉。8割方は、その何かが巻き込んで、家の外にまとめてくれましたから・・・・・・」
――掃除自体は、すごく楽だったという。
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