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第参念珠

#024『お早いお帰り』

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 前話、『まきこむ』と同じく 一般家庭のお父さんが奇妙な体験をしたというお話。
 怖い目にあった当人や、話を聞いた奥方のリアクションに共通する何かを感じた為、興味深く思い連続で発表することにした。
 むろん、前話とはまったく別の人の体験談である。


  ※   ※   ※   ※

 鳥山さんのお父さんは、外に飲みに出るとついつい痛飲してしまうのが玉に瑕だったそうだ。

 でも、一度たりとて予告した時間より遅く帰ったことがなかったので、その点は感心であったという。

 ただ、よく帰宅直後にわけもなく謝りまくっていた。どうやら自分が時間以上に飲み過ぎてしまったと勘違いを起こしていたらしい。


「ウーイ。ごめんよぅ、母ちゃん。ついつい時間オーバーしちまった」
「11時には帰るっつってたけどよぅ、もう深夜1時だ~い」


 しかし実際は、いつも帰ってくる時間は午後9時か9時30分の間くらいなのである。

 家を出るのが午後7時すぎくらいなので、本人が供述するほどべらぼうに長くは飲んではいない。むしろ、そんな短時間でよくもこれほど泥のように酔っ払えるものだと、そっちの方に家族は心配していたそうだ。

 時には、8時過ぎくらいに帰ってきたこともある。
 その時ですら、かなりベロベロだった。


「お父さんたら・・・ どんなお酒の飲み方をしてるのかしら」


 お母さんは、いつもそう言って溜め息をついていた。
 家の中とか家族の前では絶対にアルコール類を飲まない人だったので、家族の誰もが「お父さんはたぶん凄くピッチの早い人なんだな」もしくは「お父さんはたぶん凄く酔いの廻りが早い人なんだな」と思い込んでいた。

「――母さん、昨日はすまん。早く帰るって言ってたけど、日付、変わってたな」
「何を言ってるんですかお父さん。いつも通り、お早いお帰りでしたよ」
「・・・・・・?? え、そう?」
「でも、健康のことも考えて。もう少しほろ酔いに飲んで頂けませんかね」
「・・・ああ、わかった。気をつける。 でも、あれ? そうか、オレ、早く帰ってたのか・・・?」

 このような会話は、日常茶飯事であった。

  ※   ※   ※   ※

 そんな、ある秋口の土曜日。午後7時過ぎ。

 お父さんはいつも通り、近所の居酒屋さんに飲みに行くため家を出た。

 今日も早く帰って来なきゃな・・・などと考えていた矢先、玄関の前に一台のタクシーが止まる。

 ――おや、うちにお客か?
 ――やだなぁ。知ってる人だったら居酒屋は見送りになっちゃうぞ・・・

 様子を見ていると、一人の男性が降りてきた。
 だがそれが、妙に足取りがおぼつかない。車から出ても何だか上機嫌で運転手に話しかけているようで、その後ふらりふらりとこちらへ歩いてくる。

(ん? まさか、酔っ払いか?!)

 お父さんは、驚くというよりほとんど呆れてしまったという。
 宵の口にベロベロに酔っ払った大の男が、ウチに何の用があるというのだ・・・
 ――こんな人間、誰であっても自分の家に入れるわけにはいかない!そう思ってキリッと表情の威儀を正す。相手の顔を確認する。

 思ったとおり、かなり出来上がっていた。男のご面相は、真っ赤っかだった。

 というか、自分だった。



「「――えっっ??!!」」



 こちらもあちらも、バッチリ固めたオールバックの髪型。太めの眉に団子っ鼻。着ている服までピッタリ同じ。ただ一つの相違点は、顔色だけ。

 玄関を出ようとしたお父さんとタクシーを降りたお父さんの二人は、互いに顔を見合わせた瞬間に声を合わせて驚きを露わにし、そのまま固まってしまった。


 ――な、何だこいつは。何でオレと一緒の顔と恰好なんだ。
 ――オレの偽物ってことか?!本物のオレと入れ替わろうとでもしてるのか?
 ――え。でも、そんな馬鹿な。そんな。でも。 え、え、え???


 ・・・もしかすると、向こうの方も同じことを考えていたのかも知れない。
 パニック寸前の頭でいろいろなことを考えた末――二人のお父さんは、同時に言葉を発した。


「「そういうことだったのか」」


 その瞬間、タクシーから降りた方のお父さんが、フッと消えた。

 家から出たお父さんは、思わずその場にへたり込んだという。


  ※   ※   ※   ※

 その後。
 消えなかった方のお父さんは、慌てて家の中に引っ返し、お母さんに今見たものの一部始終を説明した。

 お母さんは一気呵成に喋りまくるお父さんの姿を黙って見ていたというが、興奮に満ちた告白が終わるやズズズ、とお茶を啜り、

「それで、何が『そういうことだったのか』なんです?」

 静かに問うた。

 ――いや、それはつまり。そのー・・・

 お父さんはまた説明しようとしたらしいが、『そういうこと』とはほとんど直感的な認識だったと見えて、どうしても言葉に言い表すことが出来なかったらしい。

 お母さんは呆れたような溜め息を漏らし、お父さんにもお茶を淹れた。
 そして言った。

「ともあれ。少し、お酒は控えましょうね」

 ハイ、と素直な返事が返ってきたという。


  ※   ※   ※   ※

 以来、16年。
 鳥山さんのお父さんは、驚くべきことにそれから一滴もお酒を飲んではいない。

「・・・きっとお父さん、アルコールが頭に廻り始めてたんだねぇ。あん時にやめてくれて、よかった、よかった」

 お母さんは今でも折あるごとにそう呟くというが、鳥山さんはどうも違うんじゃないかと思っている。

「お父さん、飲みに出れば確かにベロベロでしたけど。それも一ヶ月に一度か二度くらいで、家ではまったく飲まない人でしたから。アルコール依存症ってわけじゃないでしょう。 ・・・それにお父さんが帰ってきた時、どうも腑に落ちないことが何度かあったんです」

 たとえば、雨も降っていないのに「降られちゃったよ」とずぶ濡れだったり。
 はたまた、夜遅い時間からしか開かないお店の焼き鳥をお土産に持って帰ったり――

「・・・本当に。お父さんが泥酔した時、何が起こってたんでしょうね」


 お父さんは何度か家族の前で、自分の身に降りかかった現象に対して秩序だった説明を試みたことがあったらしい。
 しかしいつも途中でこんがらがり、「もうわからん!」と大笑いして誤魔化すのが常であった。

「とにかく、消えたのが向こうの方でよかった。あの時ばかりは死ぬほど怖かった」

 ――大好きな居酒屋通いを断って後悔もないほどの恐怖だったという。


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