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第参念珠
#025『ホビット』
しおりを挟む去年の夏の終わり頃のことだという。
五十嵐さんのスマホに、出来れば便りを頂きたくない友人の一人である高校時代のクラスメイト・大川からメールが届いた。
思わず、乾いた溜め息が出る。
昔からニヤけた男で、何を言っても冗談で返すような人間である。正直 神経質気味な五十嵐さんは彼のことがあまり好きでなかった。そのくせ向こうはやたら五十嵐さんのことを気に入り、勝手に友達認定している。
メールの件名は『Re:』で、本文には『ホビット見つけた!ホビットおった!』とある。
ホビット。
有名なあのファンタジー映画に出てくる妖精だか小人だかの、あのホビット??
画像が添付されているので見てみると、三匹のアブラゼミが仲良く横一列に並んで木にとまっているという、ちょっと珍しい光景が写してあった。
「・・・え、これだけ?」
それだけだった。
「何がホビットだ」とぼやいてメールアプリを閉じた。
大川はやはりふざけたヤツだな、と思った。
後日、大川と会う機会があったので「こないだのホビット云々のメールは何なんだ」と少し怒った風に尋ねてみた。
え、何それぇ、わっかりましぇ~ん~・・・と。いつも通りおどけた風に返されたので、機嫌を損ねた五十嵐さんは 思いっきり憮然としながらその時のメールと添付画像を見せてやった。
大川の顔色が変わる。
「こ、これ いつ来た」
「は? んーと。受信日は〇月×日だから、二ヶ月くらい前になるな」
「・・・うそだろうそだろおいおいおいマジかよおいおい」
「???」
――この画像は撮った覚えがある。でも、その後とても良くないことがあって、忘れたいくらいなんだ。何でお前にこんなのが添付されたメールが送られたんだろう。いや、誓って俺じゃないんだ、送ったのは。俺じゃない・・・
そんな風に。やけに言い訳がましく「送ってない、送ってない」と繰り返した挙げ句、大川はそそくさとその場を去って行った。
「いいか、送ったのは俺じゃないからな!お前ももう忘れろ、この事は!!」
最後には背中越しに、ほとんど叫ぶような調子であった。
本気のアホか、と思った。
※ ※ ※ ※
それから一度も、大川とは会っていない。
ある時、不意にこの時のことを思い出して何気なくメールを検索し、添付されていた画像をもう一度開いてみた。
(・・・ん?)
――おかしい。
初見の時には確かに横に三匹並んでいた筈のアブラゼミが、一匹減って 二匹になっている。
記憶違いかも知れないが、残った二匹の位置も 最初見た時とは、微妙に違っているように思える。
横一列にきれいに並んでいた筈なのに、
今は二匹がちょっとだけズレた形で、木にとまっているのだ。
(・・・ ・・・ ・・・ 確かに、三匹だった。三匹だったのは確かだ・・・よな?)
よくわからなくなった。
よくわからないなりに凄く厭な予感がしたので、メールも画像データも消去した。
気のせいかも知れないが、『削除』を選択した瞬間 背後で「きゅっ」と変に甲高い声のようなものが聞こえた。
その後 大川と仲の良い友人に「最近アイツどうよ」と訊いてみたが、「それがこの頃 急に付き合い悪くなっちゃって、メールの返事すら返って来ねー」と渋い顔で返されたという。
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