43 / 62
第伍念珠
#041『赤子玉』
しおりを挟む
今を去ること、優に半世紀。昭和40年代半ばの頃に起きた事件だという。
〇〇県南部、〇〇町にある何の変哲も無い一般家庭 石黒家。
ある日、この家のお父さんが 親戚で不幸な死に方をした人のお葬式に参列した。
くだんの故人は妊婦さんであったらしいのだが、どういう経緯か お腹の中の子供とともに亡くなってしまったらしく、とても暗い雰囲気に沈んだ式であったそうだ。
その、帰り道。
お父さんは、道端に青白くてまん丸いものがポーン、ポーンと跳ねているのを目撃した。
それは小玉のスイカくらいの大きさがあり、まるで手鞠のように小気味よく弾んでいたというが、突然ポ~~~ンと大きく跳躍し、喪服を突き抜けてお父さんのお腹の中にスルリ、入り込んできたという。
さぞかしビックリしたのだろう。
お父さんは急いで家に帰り、お清めの塩を 全身へ塗すように振りかけた。
「これっぽちじゃ、気休めにしかならんだろうな・・・ みんな聞いてくれ。実は葬式の帰り、おかしな〝玉〟がオレの身体の中に入ってきた。あれはもしか、死んだ赤ん坊のタマシイとやらかも知れん」
そう聞かされた家族は、思い切り面食らったという。
だが、更に面食らうような台詞をお父さんは続ける。
「もしそうだとすれば、責任持ってオレが〝生きた赤子〟として生んでやらなきゃならん。大変だろうが、お前達も力を貸してくれないか」
――〝玉〟に入り込まれたせいなのだろうか。
お父さんは、物事がマトモに考えられなくなっていた。
〝赤子を生む〟ことばかり、家族に言うようになった。
いつ生まれるのだろう、今日か、明日か、明後日か。心待ちに待ち続けている様子だったが、妊婦さんのようにお腹が膨れることも、つわりや陣痛が起きることも(ある意味当然ながら)無い。
しばらく経った時、お父さんは「オレがなかなか赤子を生めないのは、赤子が出てくる〝穴〟が無いからだ」という結論に達したらしく。家族へ向かってしきりに、その詳細を説明し始めた。
それをどう解決するかも必死に説いたらしいのだが、あまりにチンプンカンプンすぎて誰も理解出来なかった。ただ、「栄養が必要だ」「栄養を取れば、オレの身体に赤子が生まれる〝穴〟が出来る」とだけは、何度も何度も訴えていた。
――もう、精神病院のお世話になるしかない。
家族は誰もが覚悟していた。
仕事もずっと休んでいるし、快方に向かうどころか日に日に正気が怪しくなってくる。
悲しいけれど、お父さんはもう昔のお父さんではなくなったのだ。
息子さんや娘さんも諦めの境地に達し、入院の方法や手続きについて調べ始めた。
そんな時だった。
お父さんの中に〝玉〟が入り込んで二週間ほどが経過したある日の昼過ぎ。
何やら異臭がするのに気づき、臭いのキツい庭の方へ出てみた石黒家のお母さんは 一生忘れられないであろう光景を目に焼き付け、言葉を失うことになる。
「ひっ・・・! お、 お父さん・・・・・・?!」
お父さんが
七輪で、何かを焼いている。
小さな、人。
細い手足。愛らしい顔。
それは以前、娘さんが岡山土産として買ってきてくれた
茶摘み娘を模した、ファンシー人形だった。
着物を剥ぎ取られて丸裸にされた茶摘み娘は、七輪の網の上に仰向けに転がされ、炭火による業火の責め苦を受けていた。
もうもうと立ち上る黒い煙。焦げた人形の肌。
そして、
はふッはふッと
それに齧り付く お父さん。
「・・・・・・やぁ、見られちゃったな。 母さんか?」
振り向いてニッコリ笑うお父さんの歯は、
中途半端にお歯黒を塗ったかの如く
白と、濃い灰色の
だんだら模様に染まっており――
※ ※ ※ ※
「・・・・・・物語的には ここまでなんです。ハイ、中途半端なお話でスミマセン・・・・・・」
――石黒克典さんが 以上の話を初めて耳にし、脳裏に刻み込んだのは、もう10年以上昔のことであるそうだ。
彼が、色々に複雑な事情の末 石黒家に養子に入った、まだ十代の頃であった。
話してくれたのは、彼の義父。先の話に出てきた「お父さん」の、実の孫であるという。
「――克典くん。いきなりこんな気味の悪い話を聞かされて、ビックリしただろうね。すまんコトだよ」
克典さんが、法的にも正式に家族の一員となったその日。ささやかな歓迎の席で。
義父は、義母と共に苦い微笑を浮かべ
俯きながら、そう言った。
「石黒家にはこういう負の歴史もあるということを、我々夫婦の息子となる君にも覚えておいて貰いたかったんだ。 家庭ってのは、家族ってのは、 明るい側面ばかりではないってことだな・・・・・・」
滔々と語る義父。うんうんと頷く義母。
そして、
いま聞かされた恐ろしい話の意味を
必死に頭の中で理解しようとする 克典少年。
「――いやいや、せっかくの歓迎会の雰囲気が暗くなってしまった。母さん、そろそろケーキでも切ろう。克典くんも、甘い物は大好きだったよな?」
取り繕うようにケーキが振る舞われ、克典さんもそれを食べた。
美味しく食べた。
いや。 正直、『先の話に動揺しまくっている』という事実を
察せられないように 美味しそうに食べてみせたのだった。
「・・・・・・松岡さん。どう思われますか。 どう考えても、ふつう歓迎会の席では絶対に口にしないような話題ですよね??」
――激しく同意を求めるような克典さんの声に、私も大きく頷いた。
確かに。何処をどう取っても、まったく気持ちの良い話ではない。めでたいパーティーの最中で〝新しい家族〟に対し話して聞かせる一話としては、 あまり相応しくないものだろう。
「ね? 聞かせるにしても、シチュエーションてのがある筈じゃないですか。僕がもっと家に馴染んだ後とか、義父のお祖父さんについての話になった時に改まって、とか。 でもそれが、」
いきなり 笑顔の歓迎会のムードを引き裂くように、
何の前触れも無く 不意打ちの様に語られた
狂気さえ孕む、昭和の昔話――
果たして、何故?
・・・・・・しかも、
「義父は、それからも ことあるごとに、何度も何度も この昔の話を聞かせてくるんです。 一年に最低一度。多いときは、二度も三度も」
そうなのである。
克典さんの誕生日の席や、年末年始などの改まったタイミングを見計らって。
「キミには先刻承知のコトかも知れないけど。昭和の40年代半ば頃、我が石黒家には恐ろしい事件が起こってね――」と、義父は語り始めた。
むろん。先ほど ここに綴った、異様な物語を。
「・・・・・・話が始まると、僕は金縛りのようになりました。いや、実際の金縛りじゃありませんよ? 何か、こう 最初から最後まで、 黙って不動のまま聞き続けなければならないんだっていう、 何ていうんだろ・・・暗黙のルールみたいなものを感じていたんですよね。 今でもですが・・・・・・」
いつしか義父は、あの「腹に入り込んできた奇妙な玉」を表現する言葉として、〝赤子玉〟という呼称を使い始めた。
アカゴダマ。
何だか異様な響きだな、と克典さんは思いながら、
耳にする度に鬱になりそうな話を、ひたすら黙々と聞き続けた。
何年も。何年も。何年も。
――もういいよ、義父さん!!
その話は、耳にタコが出来るくらい
聞いて、聞いて、聞きまくってるよ!!!
・・・・・・克典さんは 唇を噛みながら 毎回毎回そう考えていたが、
いつもいつも、すんでのところで
その言葉は、どうしても 口に出せなかった。
自らの祖父の歯が、焼け焦げた人形を食んで、だんだら色に染まったところで 義父はいつも、話をやめた。
義母は、そこで ウンウンと。必ず何度も 首を縦に振った。
そして、数秒間の厭な沈黙が場に漂った後に、
「さぁて、気を取り直して。パーッと行くかァ!!」
義父は いつも大声でそうブチまけ、
場の流れをムリヤリ変えるのだった。
だが、何故であろうか。
何故、この〝赤子玉〟の話は
辟易するほど何度も何度も、
石黒家において 語り続けられなければならないのであろうか??
「・・・・・・これ、僕の推論なんですけど、
絶対忘れないようにする為、ではないでしょうか。
家の黒歴史を知って欲しい云々は、あくまで建前で。
これは 何らかの、万が一の事態の為、
石黒家の家族全員が
必ず覚えておかなければならない案件なのでは・・・?」
もちろん、勝手な推測だから間違っているかも知れない、と克典さんは言う。
だがしかし、
もし覚えておかないと、今後どうなるのか。
忘れてしまったら、もしもの時にどうなるのか。
覚えておいたとして、
どういう形で、この異様な事件の記憶は役に立つのか――
「でも克典さん。そう考えると、更に大きな疑問が」
私が挟んだ言葉に、克典さんは無言の視線で応えてくれた。
同年齢の多くの方々より 遙かに人の心を汲み取る術に長けているようだった。
「はい、わかってます松岡さん。何で義父は これほど何度も何度も同じ話を繰り返しながら 肝心の、〝僕の曾祖父に当たる方が人形を食べた後の顛末〟を 語ってくれないんだろうか、 ・・・ってことですよね」
そりゃそうですよね。 彼は言う。
僕も同感です、と。
――何だかそれが、
一番大事なことのように 思えるのに・・・・・・
※ ※ ※ ※
誤解の無いよう 敢えて書かせて頂くが、
克典さんにとって 石黒家は平和な家庭である。
義父も義母も、勤勉かつ大らかで、尊敬できる人柄の持ち主だそうだ。
二人とも、時に優しく時に厳しく。一貫して本当の親のように、ともするとそれ以上に、克典さんへ温かく接し続けてくれている。
奇妙な話を 定期的に聞かせてくる以外は。
「一緒に暮らしていてわかったことがあります。どうやら石黒家の男子は子胤がとても薄いらしく。義父と義母にも結局子供が出来なかったらしいのですが、 やはりそれは 例の50年前の〝赤子玉〟の一件に関連しているんでしょうかね――」
コトの真相を 包み隠さずマルっと知りたい、という欲求は強いのだという。
しかしそれは、
一族の禁忌に深く踏み込む行為のように思え、
繊細な克典さんの決意を 大きく鈍らせている。
それを踏まえた上で
改まって義父に面と向かい、頭を下げ、
「あの話の続きを聞かせて下さい!」
と懇願するだけの勇気は
今の克典さんには、 まだ無い。
〇〇県南部、〇〇町にある何の変哲も無い一般家庭 石黒家。
ある日、この家のお父さんが 親戚で不幸な死に方をした人のお葬式に参列した。
くだんの故人は妊婦さんであったらしいのだが、どういう経緯か お腹の中の子供とともに亡くなってしまったらしく、とても暗い雰囲気に沈んだ式であったそうだ。
その、帰り道。
お父さんは、道端に青白くてまん丸いものがポーン、ポーンと跳ねているのを目撃した。
それは小玉のスイカくらいの大きさがあり、まるで手鞠のように小気味よく弾んでいたというが、突然ポ~~~ンと大きく跳躍し、喪服を突き抜けてお父さんのお腹の中にスルリ、入り込んできたという。
さぞかしビックリしたのだろう。
お父さんは急いで家に帰り、お清めの塩を 全身へ塗すように振りかけた。
「これっぽちじゃ、気休めにしかならんだろうな・・・ みんな聞いてくれ。実は葬式の帰り、おかしな〝玉〟がオレの身体の中に入ってきた。あれはもしか、死んだ赤ん坊のタマシイとやらかも知れん」
そう聞かされた家族は、思い切り面食らったという。
だが、更に面食らうような台詞をお父さんは続ける。
「もしそうだとすれば、責任持ってオレが〝生きた赤子〟として生んでやらなきゃならん。大変だろうが、お前達も力を貸してくれないか」
――〝玉〟に入り込まれたせいなのだろうか。
お父さんは、物事がマトモに考えられなくなっていた。
〝赤子を生む〟ことばかり、家族に言うようになった。
いつ生まれるのだろう、今日か、明日か、明後日か。心待ちに待ち続けている様子だったが、妊婦さんのようにお腹が膨れることも、つわりや陣痛が起きることも(ある意味当然ながら)無い。
しばらく経った時、お父さんは「オレがなかなか赤子を生めないのは、赤子が出てくる〝穴〟が無いからだ」という結論に達したらしく。家族へ向かってしきりに、その詳細を説明し始めた。
それをどう解決するかも必死に説いたらしいのだが、あまりにチンプンカンプンすぎて誰も理解出来なかった。ただ、「栄養が必要だ」「栄養を取れば、オレの身体に赤子が生まれる〝穴〟が出来る」とだけは、何度も何度も訴えていた。
――もう、精神病院のお世話になるしかない。
家族は誰もが覚悟していた。
仕事もずっと休んでいるし、快方に向かうどころか日に日に正気が怪しくなってくる。
悲しいけれど、お父さんはもう昔のお父さんではなくなったのだ。
息子さんや娘さんも諦めの境地に達し、入院の方法や手続きについて調べ始めた。
そんな時だった。
お父さんの中に〝玉〟が入り込んで二週間ほどが経過したある日の昼過ぎ。
何やら異臭がするのに気づき、臭いのキツい庭の方へ出てみた石黒家のお母さんは 一生忘れられないであろう光景を目に焼き付け、言葉を失うことになる。
「ひっ・・・! お、 お父さん・・・・・・?!」
お父さんが
七輪で、何かを焼いている。
小さな、人。
細い手足。愛らしい顔。
それは以前、娘さんが岡山土産として買ってきてくれた
茶摘み娘を模した、ファンシー人形だった。
着物を剥ぎ取られて丸裸にされた茶摘み娘は、七輪の網の上に仰向けに転がされ、炭火による業火の責め苦を受けていた。
もうもうと立ち上る黒い煙。焦げた人形の肌。
そして、
はふッはふッと
それに齧り付く お父さん。
「・・・・・・やぁ、見られちゃったな。 母さんか?」
振り向いてニッコリ笑うお父さんの歯は、
中途半端にお歯黒を塗ったかの如く
白と、濃い灰色の
だんだら模様に染まっており――
※ ※ ※ ※
「・・・・・・物語的には ここまでなんです。ハイ、中途半端なお話でスミマセン・・・・・・」
――石黒克典さんが 以上の話を初めて耳にし、脳裏に刻み込んだのは、もう10年以上昔のことであるそうだ。
彼が、色々に複雑な事情の末 石黒家に養子に入った、まだ十代の頃であった。
話してくれたのは、彼の義父。先の話に出てきた「お父さん」の、実の孫であるという。
「――克典くん。いきなりこんな気味の悪い話を聞かされて、ビックリしただろうね。すまんコトだよ」
克典さんが、法的にも正式に家族の一員となったその日。ささやかな歓迎の席で。
義父は、義母と共に苦い微笑を浮かべ
俯きながら、そう言った。
「石黒家にはこういう負の歴史もあるということを、我々夫婦の息子となる君にも覚えておいて貰いたかったんだ。 家庭ってのは、家族ってのは、 明るい側面ばかりではないってことだな・・・・・・」
滔々と語る義父。うんうんと頷く義母。
そして、
いま聞かされた恐ろしい話の意味を
必死に頭の中で理解しようとする 克典少年。
「――いやいや、せっかくの歓迎会の雰囲気が暗くなってしまった。母さん、そろそろケーキでも切ろう。克典くんも、甘い物は大好きだったよな?」
取り繕うようにケーキが振る舞われ、克典さんもそれを食べた。
美味しく食べた。
いや。 正直、『先の話に動揺しまくっている』という事実を
察せられないように 美味しそうに食べてみせたのだった。
「・・・・・・松岡さん。どう思われますか。 どう考えても、ふつう歓迎会の席では絶対に口にしないような話題ですよね??」
――激しく同意を求めるような克典さんの声に、私も大きく頷いた。
確かに。何処をどう取っても、まったく気持ちの良い話ではない。めでたいパーティーの最中で〝新しい家族〟に対し話して聞かせる一話としては、 あまり相応しくないものだろう。
「ね? 聞かせるにしても、シチュエーションてのがある筈じゃないですか。僕がもっと家に馴染んだ後とか、義父のお祖父さんについての話になった時に改まって、とか。 でもそれが、」
いきなり 笑顔の歓迎会のムードを引き裂くように、
何の前触れも無く 不意打ちの様に語られた
狂気さえ孕む、昭和の昔話――
果たして、何故?
・・・・・・しかも、
「義父は、それからも ことあるごとに、何度も何度も この昔の話を聞かせてくるんです。 一年に最低一度。多いときは、二度も三度も」
そうなのである。
克典さんの誕生日の席や、年末年始などの改まったタイミングを見計らって。
「キミには先刻承知のコトかも知れないけど。昭和の40年代半ば頃、我が石黒家には恐ろしい事件が起こってね――」と、義父は語り始めた。
むろん。先ほど ここに綴った、異様な物語を。
「・・・・・・話が始まると、僕は金縛りのようになりました。いや、実際の金縛りじゃありませんよ? 何か、こう 最初から最後まで、 黙って不動のまま聞き続けなければならないんだっていう、 何ていうんだろ・・・暗黙のルールみたいなものを感じていたんですよね。 今でもですが・・・・・・」
いつしか義父は、あの「腹に入り込んできた奇妙な玉」を表現する言葉として、〝赤子玉〟という呼称を使い始めた。
アカゴダマ。
何だか異様な響きだな、と克典さんは思いながら、
耳にする度に鬱になりそうな話を、ひたすら黙々と聞き続けた。
何年も。何年も。何年も。
――もういいよ、義父さん!!
その話は、耳にタコが出来るくらい
聞いて、聞いて、聞きまくってるよ!!!
・・・・・・克典さんは 唇を噛みながら 毎回毎回そう考えていたが、
いつもいつも、すんでのところで
その言葉は、どうしても 口に出せなかった。
自らの祖父の歯が、焼け焦げた人形を食んで、だんだら色に染まったところで 義父はいつも、話をやめた。
義母は、そこで ウンウンと。必ず何度も 首を縦に振った。
そして、数秒間の厭な沈黙が場に漂った後に、
「さぁて、気を取り直して。パーッと行くかァ!!」
義父は いつも大声でそうブチまけ、
場の流れをムリヤリ変えるのだった。
だが、何故であろうか。
何故、この〝赤子玉〟の話は
辟易するほど何度も何度も、
石黒家において 語り続けられなければならないのであろうか??
「・・・・・・これ、僕の推論なんですけど、
絶対忘れないようにする為、ではないでしょうか。
家の黒歴史を知って欲しい云々は、あくまで建前で。
これは 何らかの、万が一の事態の為、
石黒家の家族全員が
必ず覚えておかなければならない案件なのでは・・・?」
もちろん、勝手な推測だから間違っているかも知れない、と克典さんは言う。
だがしかし、
もし覚えておかないと、今後どうなるのか。
忘れてしまったら、もしもの時にどうなるのか。
覚えておいたとして、
どういう形で、この異様な事件の記憶は役に立つのか――
「でも克典さん。そう考えると、更に大きな疑問が」
私が挟んだ言葉に、克典さんは無言の視線で応えてくれた。
同年齢の多くの方々より 遙かに人の心を汲み取る術に長けているようだった。
「はい、わかってます松岡さん。何で義父は これほど何度も何度も同じ話を繰り返しながら 肝心の、〝僕の曾祖父に当たる方が人形を食べた後の顛末〟を 語ってくれないんだろうか、 ・・・ってことですよね」
そりゃそうですよね。 彼は言う。
僕も同感です、と。
――何だかそれが、
一番大事なことのように 思えるのに・・・・・・
※ ※ ※ ※
誤解の無いよう 敢えて書かせて頂くが、
克典さんにとって 石黒家は平和な家庭である。
義父も義母も、勤勉かつ大らかで、尊敬できる人柄の持ち主だそうだ。
二人とも、時に優しく時に厳しく。一貫して本当の親のように、ともするとそれ以上に、克典さんへ温かく接し続けてくれている。
奇妙な話を 定期的に聞かせてくる以外は。
「一緒に暮らしていてわかったことがあります。どうやら石黒家の男子は子胤がとても薄いらしく。義父と義母にも結局子供が出来なかったらしいのですが、 やはりそれは 例の50年前の〝赤子玉〟の一件に関連しているんでしょうかね――」
コトの真相を 包み隠さずマルっと知りたい、という欲求は強いのだという。
しかしそれは、
一族の禁忌に深く踏み込む行為のように思え、
繊細な克典さんの決意を 大きく鈍らせている。
それを踏まえた上で
改まって義父に面と向かい、頭を下げ、
「あの話の続きを聞かせて下さい!」
と懇願するだけの勇気は
今の克典さんには、 まだ無い。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる