夢の渚

高松忠史

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9 青空と白球と…

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「諒太ぁ、ちょっと来てくれ!」

源一が諒太の家に飛び込んできたのはちょうどお昼をまわったころのことである。

「一体どうしたんだい源さん、そんなに慌てて?」
諒太とチーリンが玄関に行ってみると源一が息を切らして立っていた。

「今よぅ、体のでっかい黒人さんが漁協の事務所に来て英語でまくしたてているんだ!
俺は学がねぇからヤローの言っていることちんぷんかんぷんでさっぱりわからねぇ。諒太お前来て訳してくれねぇか?」

「そんな事言われても俺、英会話なんて出来ないよ。書いてある物を翻訳するのがせいぜいだ」

「なんだお前ぇ英語出来ねーのかよ⁈」

「そんな事言われたって俺理系だもの。ネイティヴな英語なんてわからないよ」

源一はがっくりと肩を落とした。

「あの…私、英語ならわかりますよ。学生の頃カナダに留学していたので」
チーリンが声をかけた。

「本当か!チーリンちゃん⁈」

源一は生き返ったようにチーリンを見つめた。
早速諒太とチーリンは源一の後に続いて漁協に赴いた。
外には若い上地拓巳が源一の帰りを今や遅しと待っていた。
そして事務所の中には一人口髭を生やした体の大きな黒人がソファーに頭を抱えて座っていた。

「この男なんだよチーリンちゃん」
源一は困ったように頭を掻いた。
チーリンは男に英語で声をかけた。
男の目には涙が見える。
時には怒るように、時には泣き叫ぶように話す男は精神的に不安定になっているように諒太には見えた。

男の話がある程度落ち着いたところでチーリンが訳した。

「興奮していてあまり要領を得ていない話しなんだけど、この人が言うには俺が悪かった。知らなかったんだ。神に懺悔しても許してはもらえまい。息子よパパを赦して…と」

「息子?」
諒太と源一は顔を見合わせた。
チーリンは男に質問をぶつけた。

「息子がこの島にいると聞いた。
一目会って息子に謝りたいって言ってます…」
男はチーリンに話を聞いてもらったことで少し落ち着きを取り戻したように見えた。

「まさかアントニーの親父か⁈」
源一は合点がいったようだ。

「この方マイケルって名乗っています。もし本当に息子がいるのなら会わせて欲しいって…」

「おぅ、拓巳!ちょこっと津嘉ちゃんのとこ行ってこのこと伝えてきてくれや」
早速 上地拓巳は事務所を飛び出していった。

チーリンは更にマイケルから事情を聞いた。
マイケルは米軍海兵隊の軍人として13年前嘉手納へ配属されていた。
その時、那覇の飲食店で働いていたアントニーの母親 津嘉山 百々子と出会い愛し合うようになった。
しかし、世界情勢の変化によりマイケルは嘉手納からイラクへ異動となり沖縄を離れることとなった。
マイケルはイラクから帰ってきたら百々子にプロポーズをするつもりであった。
マイケルがイラクでの過酷な任務を終えて沖縄に帰ってきた時、既に百々子の姿はなく消息を絶っていた。
マイケルには理由がわからなかった。 なぜ百々子はいなくなってしまったのか…
百々子を血眼になって探したが結局手掛かりを掴めず失意のままマイケルは任務を解かれ本国へ帰った。

その後マイケルは軍を辞めロスで中古車販売店を開き、現地で結婚し一男一女の幸せな家庭を作った。 
今年の初めマイケルは旧友に会うべく那覇に来た時に当時百々子と共に飲食店で働いていた女性と偶然街で出会した。
そこでマイケルは衝撃の事実を告げられた。
百々子は店を辞める前に子供を身ごもっていたというのだ。
マイケルはその子は自分の子供だと確信した。 しかし、その女性もその後の百々子の足取りまではわからないということだった。
マイケルは必死になって再び百々子のことを探した。 そして最近になって百々子の兄がここ美波間島に居て息子とともに暮らしているという情報を得たのだった。 
忙しい仕事に穴を開け、本国の妻に事情を話してここ美波間に来たが、どうしても明日には帰らなくてはならない。
マイケルがここにいられる残された時間は限られていた。

最近涙腺が緩んでいる源一は涙ぐんでいた。
暫くして拓巳が津嘉山を連れて帰ってきた。

「津嘉ちゃん、アントニーは⁈」
源一は津嘉山に聞いた。

「本人は会いたくないって言っている。僕も彼をアントニーに会わせる事は反対だ」
津嘉山は険しい表情で答えた。

「だってよぅ津嘉ちゃん!」
源一は津嘉山の肩を揺らしながら津嘉山さえ知らなかったこれまでマイケルが語ったことを全て話した。
マイケルは息子がこない事実がわかり涙していた。

津嘉山はため息を吐くとぽつりぽつりと語り出した。

「11年前…百々子はいきなり混血の小さくてかわいい赤ん坊を連れて僕の前に現れたんです。 
僕が何を聞いても百々子は事情を話そうとはしなかった…
百々子と僕は年の離れた兄妹でね、
妹というより僕は娘のように接していたんですよ。
百々子は高校を卒業したころから実家とは疎遠になっていきましてね… 那覇にいることは知っていたんですけど当時、僕も自分の牧場を開いたばかりで彼女のことを気にする余裕がなかった。
何年か振りに会って赤ん坊だけを残して百々子はまた何処かへ行ってしまった。
今も自分の子供を残して去った百々子の気持ちは僕にもわからない。
ここ美波間なら肌の色が違っても誰も差別をするものなどいない。
そう思ったんでしょうか…

ただ…アントニーは親に捨てられたと思っている。
あの子は12年間僕の息子として平和に暮らしてきたんです。
今になってアントニーが親に会いたいと思うかどうか…」

津嘉山は腕を組み瞼を閉じた。

「とにかく…アントニーには僕から説得をしてみる。 だが、事情があるとはいえあの子の気持ちを考えると僕には強制することはできない…
あの子が本当にマイケルに会いたいかどうかだ。少し時間が欲しい」

そう言って津嘉山は帰って行った。
津嘉山自身もアントニーの育ての親としてやってきただけに複雑な心境のようであった。

チーリンは津嘉山の話したことをマイケルに訳して話してあげた。
マイケルは深く自分を責めているような表情だった。

この日、源一は津嘉山からの吉報を待つべくマイケルを比嘉の経営する民宿『さんご荘』に泊まるよう手配した。

一方、家に帰った諒太は居間に座り深くため息をついた。

「アントニーはマイケルさんに会いますかね?」

チーリンは諒太に声をかけたがその言葉に諒太が反応することはなく、何かを考えるかのように中空の一点を見つめ続けていた。
結局夜になっても津嘉山から連絡が入ることはなかった。
それはアントニーが父のマイケルに会うことを拒絶していることの意思表示を示していた。

翌日は平日のためアントニーは普段通りに分校へ行った。
身体はここ数年見違えるほど大きくなったアントニーではあるが、まだ小6の12歳なのだ。
大人が考えるより感受性が豊かなこの時期の子供が突然の父親の出現に動揺していない筈はない。
既にアントニーには全てを話してある津嘉山にはこれ以上アントニーを追い詰めるような真似は出来なかった。
こうしている間にもじりじりとマイケルが島に滞在出来る限られた時間は無くなっていく。

諒太は押入れから何やらスポーツバッグのような物を持ち、学校の放課後の時間を見計らいチーリンを伴い分校へと向かった。
まだアントニーは諒太がこの一件に関わっていることを知らない。

諒太はアントニーがまだ小学校低学年の頃よりサッカーやキャッチボールの相手として彼の面倒を見てやっているほどの間柄である。
諒太が島に来た当時はまだ小さかったアントニーもぐんぐん背が伸びて今では声も変わり始めていた。
アントニーは既に下級生が帰った教室で一人帰宅準備をしていた。

「よう!アントニー元気か?」

諒太は普段と変わりなく開けられた教室の窓の外からアントニーに声をかけた。 アントニーは諒太がまた学校の修繕に来たものと思った。

「アントニー、久しぶりに俺と野球でもしないか?」

「本当?真田さん!」

アントニーは学校ではいつも上級生として自分より下の子の面倒をみるばかりで、自分自身おもいっきり体を動かすことがなかなか出来ない。
野球が好きなアントニーはごくたまに教師の又吉とキャッチボールやノックを受けることもあったが、又吉も教師の仕事が忙しいため、アントニーにばかり時間を費やすことも出来なかった。
そのためアントニーにとって普段野球は相手がいなくてしたくても出来ないスポーツであり、諒太の誘いは嬉しかった。
諒太はちょうど教室に入ってきた又吉にも野球に入ってもらうようお願いをした。

「アントニー、今日は少し志向を変えて俺がピッチャーをやるからお前のバッティングを賭けて勝負してみないか?」

「ちょっと真田さん、子供相手に賭けって…」
又吉は慌てて間に入った。

「なあに、又吉先生ただのゲームですよ」

「ゲーム?」
アントニーは諒太の言うことが理解出来なかった。

「そう。俺がストライクボールを10球投げるからお前はそのうち一本でもヒットを打ったらお前の勝ち。
全球無安打に抑えたら俺の勝ち。
お互い勝った方が負けた方に好きな要求を言えるってゲームだ。
簡単だろ?」

「面白そう、やる。僕が勝ったら新しいグローブが欲しい!
来年中学に行ったら野球部に入って活躍して将来野球選手になりたいんだ。だから硬式グローブが欲しいんだよ。
もし真田さんが勝ったら何して欲しいの?」

「まあ、それはお前が勝てば聞く必要はないだろ?」

「わかった。僕、絶対打つからね」
アントニーは自信満々だった。

諒太はバックから自分のグローブを出した。 アントニーと又吉は普段学校で野球をしているので、教室のロッカーに道具は置いてある。
三人は早速グラウンドにでた。

(このタイミングで野球なんかしている場合じゃないでしょうに…)
グラウンドの外のチーリンは心配した。

アントニーは右のバッターボックスに立った。
又吉はキャッチャーとして諒太の球を捕球することになる。
諒太はマウンドに立つと白いボールを二度三度軽く手の上で放った。

又吉はど真ん中にミットを構えた。
諒太は大きく振りかぶると腕を思い切り振って渾身のストレートを又吉のミットめがけて放った。

ズバン!

諒太の投げたボールは唸りを上げて又吉のミットに収まった。
ど真ん中のストライクボールだ。
アントニーは今まで見たことのない速球に目を丸くしていた。

「ちょっ、真田さん!」
又吉は立ち上がるとマウンドにいる諒太に近づいた。
誰の目にも小学生相手に投げるスピードの球ではないと映るだろう。
諒太は又吉の接近を目で制した。

2球目…諒太はまた大きく振りかぶる
と直球を投げ込んだ。
今度はアントニーの胸元をえぐるブラッシュボールだ。
明らかにそこを狙ってコントロールされた球であった。
アントニーはのけぞって尻もちをついた。 

「真田さん! 子供相手に本気になって大人気ないです!
 ひどいですよ!」
チーリンが大きな声で抗議した。

「うるさい! 男同士の勝負に女が口を出すな!」
諒太は一喝した。

「何よ! 女だからって馬鹿にして!」チーリンは諒太を睨みつけた。

「アントニー! そんなんで野球選手目指すのか?
ビビってんじゃねぇぞ! 立て!」
諒太は悪びれた様子も見せず仁王立ちでマウンドからアントニーを挑発した。

アントニーは諒太を一度睨みつけるとズボンの砂を払い起き上がった。
遊びとばかり思っていたアントニーの中で別のスイッチが入った。

(よし!)
諒太はうなづいた。

「アントニー頑張ってー!
 ホームラン打って!」
チーリンは必死にアントニーに声援を送った。

今の一球はボール球のためカウントには入らない。
改めて2球目…ど真ん中のストレート
アントニーは思い切りバットを振るが当たらない。
ドンッとボールは良い音をたてて又吉のミットに収まった。
3球目、4球目、5球目、諒太の投げ込む速球にアントニーのバットは虚しく空を切る。

「アントニー、バットをもっと短く持ってタイミングを早くとるんだ」
又吉が小さな声でささやいた。

6球目…キンと音がしたがミットに収まる。
僅かにチップした音だ。

7球目…当たった! しかし球は一塁線ゴロでファールとなる。

8球目…バットはボールの下を叩きキャッチャーの真後ろに上がるファールフライとなる。 
タイミングは合ってきている。

9球目…金属バットの快音を残したが少し振り遅れてバットに当たった球は諒太の真上に上がるピッチャーフライで諒太が軽々と捕球する。
もはやアントニーには後がない。 
アントニーは一度打席を外した。

(絶対に打つ…)
アントニーは自分に気合いを入れた。

「アントニー! 打てるわよー!」
チーリンも精一杯声を出す。

最後の10球目…諒太は変わらず大きく振りかぶると渾身の力を込めて全力のストレートを投げ込んだ。

(きた!)
アントニーはバットを振り抜いた。

カキーン!

瞬間、その場にいた全員がボールの行方を目で追った。
砲弾のように放物線を描いた打球はホームラン性の打球となって見る見る青空に向かって飛んでいく。

「やったぁー!」
チーリンはホームランと確信して声を上げた。

しかし…
打球は三塁を超えた辺りから左に急に切れはじめ大きなファールとなってしまった。
飛距離はホームランに充分であっただろう。
打球の行方を目で追っていたアントニーはガックリと肩を落とした。
チーリンは勢いよく走り出すとアントニーに駆け寄った。

「よくやったわ…あの速い球をあれだけ飛ばすことが出来たんだもの。グローブなら私がプレゼントしてあげるから…」

「余計な真似はやめてもらおう。
アントニーは勝負に負けたんだ。
男ならそれを潔く認めなければならない」

諒太はバッターボックスにゆっくり近寄ると冷たく言い放った。

「真田さん!あなたって人は⁈」

チーリンはここまで真田が非情な男だとは思ってもみなかった。
キャッチャーをしていた又吉も同じ思いであった。
子供相手に本気になって勝った事がそんなに嬉しいのか…?
二人は憮然と諒太を睨みつけた。

「いいんです…僕が打てなかったんだから…」
アントニーは唇を噛み締めた。

「それで真田さんの望みって何なんですか?」
アントニーは悔しそうに聞いた。

「ああ…俺の望みか…
キャッチボールだ」

「キャッチボール?」
又吉が素っ頓狂な声を上げた。

たった今バッティング勝負をしたばかりである。それなのに今更キャッチボール?  誰も諒太の言う事が理解出来なかった。

「但し、キャッチボールの相手は俺じゃあない」
諒太は倉庫の方に向かって目配せをした。
すると建物の陰から源さんと津嘉山に伴われてマイケルが姿を現した。

「何でだよ…
真田さん僕のこと騙したの?…」
アントニーは引きつった顔を諒太に向けた。

「俺は騙してなんかいない。キャッチボールの相手はマイケルさんだ」

「嫌だ…嫌だよ」
アントニーは後ずさりした。
マイケルがグラウンドに入ってくるとアントニーは背を向けて歩き出した。

「卑怯者かお前は‼︎ 」

諒太の大喝にそこにいる全員がビクッとなった。
ここにいる者だけではない…
島の誰一人諒太の大声など聞いた事がなかった。
諒太はびっくりして立ち止まったアントニーに回り込み肩に手をかけて言葉をかけた。

「アントニー、マイケルさんは必死になってお前を探し出してやっとの思いでここまで来たんだぞ。
今日、マイケルさんはアメリカに帰らなくてはならないんだ。
お前が話したくないというならそれでもいい…  
俺の望みは少しの時間でいいから
マイケルさんとキャッチボールをして欲しいんだ…」

先程の鬼のような形相とは打って変わり優しい顔と声で諒太はアントニーに話った。

「わかったよ…キャッチボールだけなら…」

アントニーは渋々諒太の言葉に従うと使い込んでボロボロになった自分のグローブを取り出した。
諒太はマイケルに自分のグローブを差し出した。

二人は距離をとると正面に対峙した。アントニーは手にしている白いボールを見つめると右手でギュッと握りしめた。
諒太、チーリン、源一、津嘉山、その様子を誰も声も出さずにじっと見つめた。
アントニーは12年間の想いをこめ思いきりマイケルに向かって投げつけた。
アントニーのしなやかな筋肉から投じられたボールは物凄いスピードでマイケルのグローブにバシン!という音とともに収まった。 
ボールを受け止めたマイケルは優しい顔でうなずいた。
マイケルはアントニーの胸元に優しい球を返球した。
再びアントニーは思い切り速球を投げつけた。
それでもマイケルはアントニーに優しく返球するのであった。
そんなボールの遣りとりが延々と続いた。
もはやこの二人には言葉は必要なかった。
お互いを行き来する白いボールがこの親子の会話そのものなのだ…


(何で今になってこんな所まできたんだよ?)

(父さんが悪かったんだ。お前には寂しい想いをさせてしまったね…)

(大人は勝手だよ…)

(そうだな…勝手だな…だけどお前の存在を知ってから父さんはお前を思わなかった日は一日たりともないんだよ…)

(僕はずっと独りだった…)

(ごめんよ…アントニー…)

(でも…僕のこと知らなかったんだから仕方ないよね…)

(父さんは成長したお前を見ることができて幸せだよ)

(僕、将来メジャーリーガーになりたいんだ)

(そうか…アントニーお前ならなれるさ。父さんの息子だもの)

(うん)

ボールの一球一球に込めた二人の想いが周りの人間にも見えるようだった。
最初は険しい顔でキャッチボールに臨んだアントニーも次第に柔らかい表情に変わっていた。
それは誰にも邪魔されない親子の無言の会話であった…

そして時間となった…

マイケルはゆっくり歩くとアントニーの前で立ち止まった。

マイケルは優しく微笑み左手のグローブの中にボールを手渡すとアントニーの頭を撫でた。

「thank you my son…」

それはとても大きくて暖かいマイケルの手であった。

「アリガトウゴザイマシタ」

諒太にグローブを返すとマイケルはグラウンドの外に向かって歩き出した。

「お父さん!」

アントニーの叫びだった…

振り返ったマイケルの目からは大粒の涙が溢れていた。

そしてマイケルは美波間島を後にした…



帰りの車の中でチーリンは諒太を責めた。

「私を除け者にしてひどいじゃないですか! 全部真田さんの計算だったんですね?」

「さあな…」
諒太は空惚けた。

「もう!」
チーリンは拗ねたように諒太の顔を見た。

「でも真田さん、もしあの時アントニーにヒット打たれていたらどうするつもりだったんですか?」

「俺のストレートが打てるもんか」
諒太は笑みを浮かべた。

「えらい自信ですね?」

「だけど…最後の一球…
あれがもう1センチ外にいってたら間違いなくやられていたな…」
諒太はアントニーの成長を喜ぶように苦笑した。


「父子か…」
運転しながら諒太はポツリと呟いた。

「いいですね…親子って」
チーリンも台南にいる両親のことを思い出していた。
いつもチーリンの身体を気遣ってくれる優しい父親…
いつになったら結婚相手を連れてくるのかと心配し早く孫の顔を見たいという母親…
(あ…)
チーリンは急に現実に戻されるのであった。

諒太は流れる車窓を眺めながらもう二度と逢うことが叶わない娘の愛のことを想っていた。



それから何日か経ったある日、アントニーのもとに荷物が届いた。
そこにはピカピカの新品の硬式用グローブと簡単な手紙が添えられていた。


親愛なる息子アントニーへ

また一緒にキャッチボールをしよう

                                         父より










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