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24話

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 休憩をしていた場所から1kmくらい進んだところで、今まで道の両側に生い茂っていた草木が急にはれて視界が開ける。
 そこには目的地としていた湖があった。
 ヤバそうな奴が陣取っていないかを木の裏から覗いて確認する。
 とりあえずは大丈夫そうだ。
 「もっと近づいても大丈夫そうだな。」
 ヒヨリにアイコンタクトを送り、先に進む。
 ここで気を抜いてはいけない。
 異世界であるため何が起きるか予想できたもんじゃない。
 もしかすると水に近づいたとたんに中から手が出てきて引きずり込まれるかもしれない。
 けして気を緩めず、いつでも後ろに退けるよう重心を低くして歩みを進める。
 そうやって近づく内に水中が見えてきて一安心する。
 「とっても綺麗な水ですね。」
 「どうやら小魚もいるようだな。深いところに行けば分からないがとりあえずこの周辺は安全らしい。」
 水は透き通っておりそれは底までくっきり見えるほどだ。深さとしては30cmほど。
 小魚がいるということから水そのものに害はなく、さらにはより大きな魚や水性生物も生息していることが考察される。
 さらに近づき覗き込んでみると、底からは所々気泡かプクプク出てきている。
 湧水である証拠だ。
 「この水飲めそうだな。」
 丁度さっき荒く消費したせいで、残りの水が少なくなっていた。
 「ひんやりしていますね。」
 特に暑いというわけではないが、慣れない装備を着て歩いていたため汗だくである。
 手を器状にしてすくう。
 意を決して口へと流し込む。
 ゴクッ。
 「うん、こりゃ美味い!」
 俺が飲んだのを見るとヒヨリも喉が乾いていたらしく、両手いっぱいに水をすくって飲む。
 そんなヒヨリを俺は眺める。
 「どうかしました?」
 少し首をかしげて不思議そうに俺に問う。
 水滴で潤った唇がやけに色っぽく見えてしまう。
 「いやな、ただ水を飲んだだけなのにすごく幸せな体験をしているような気がしてな。青空の下で自然に囲まれて美しい景色を見ながら一時を過ごす。とてもコンクリートジャングルじゃ出来なかったことだな。」
 もうひとつそう感じた要因はあるが。
 「そうですね。もといた世界だとプチ旅行のような経験も、ここでは日常として過ぎていくのでしょうね。」
 人は何をもって幸せなのか。人類が今だ誰もこれといって答えを出せていない問いだろう。
 お金持ちになることか、はたまた平凡に何事もなく生きていくことなのか。それは俺も分からない。
 だが少なくとも独身でそこそこお金に余裕があり、誰もが羨むような職ではなかったがそれなりに上手くこなせていた前の環境からは先ほど湧いてきたような感情は出てこなかった。
 遠くの水面を眺めてそんなことを考える。
 カサッ。
 横にいたヒヨリが立ち上がり、3mほど後ろにあった草に駆け寄る。
 「見てください!これ薬草ですよ!本でみました。」
 近づいてよく見てみる。
 「正直、その辺の雑草との見分けがつかないんだが…。」
 「よく見て下さいよ~。少しだけ茎が黄緑っぽくて葉っぱの先が二股に広がってるのが特徴ですよ!」
 ヒヨリが力説してくれる。
 薬草という単語からふとあることを連想してしまう。
 よく考えたらさっき飲んだ水に未知なる微生物とかがいてお腹壊したらヤバくね?
 雰囲気に流されてごくごく飲んじゃったから今頃胃ではちっちゃいものクラブの面々がパーリーしてるかもしれない。
 野外での腹痛なんて辛すぎでしょ!
 ウォシュレットないんだぞ!
 トイレットペーパーもないんだそ!
 あ、トイレットペーパーないことは前の世界でもよくあることか。
 そんな不安をそっと心の奥にしまい、なかったことにした…。そう、何もなかったんだ…。
 「そういわれてみると少し他と違う気がするな~。薬草って一体どんな効果があるんだ?」
 「すりつぶして傷口に塗ると、殺菌作用や傷を保護してくれる効果があるって書いてあったと思います。あとはそのまま食べるとエーチピー?が回復したり、ぽーしょん?の材料になるっても書いてあったと思います。」
 ほほう。傷口つまり怪我の概念、とHPの概念が別れているということになるのか。
 「HPっていうのは体力でポーションっていうのは薬品のことだよ。怪我することとHPが減ることは無関係ではないだろうが、わざわざ分けて説明されているのはひっかかるな。」
 HP。これの存在は薄々気がついていた。集中すると自分の中からエネルギーのようなものを感じ取れる。これがHPなのだろう。
 「けが以外にも体力が減ることがあるってことなんでしょうかね?」
 「そう考えるのが妥当だろうな。毒を使ってHPを削ったりなんかの見た目には影響があまり出ない攻撃で傷によらないHPの減少が起こるということなんだろうか。」
 この問題は早く解決しておいた方がいいだろう。
 傷なしでダメージを受けるのは毒だけとは限らない。
 もしかしたら魔法に敵のHPをいくつか削るとかいうチート能力があるかもしれない。
 呪い的なものも存在するかも。
 「帰ったらメリーに聞いてみよう。」
 「そうですね。メリーちゃんなら何か知ってそうです!」
 ここにきて少し不安になる。
 たかが薬草の説明一つで分からないことがいくつも出てきてしまう。
 無知は間違いなく命取りだ。帰ったら俺も本でも呼んで知識をつけよう。
 不安を顔に出さないように気を配りながら心のなかで決心する。
 
 ザザッ!
 すぐ近くの茂みから明らかに何かの生物の気配を感じる。
 直感だがそこそこ大きそうだ。
 剣に手をかけ茂みを睨んでいるとそいつは姿を表し始めた。
 
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