アホスキル【ローションまみれ】のせいで異世界無双は諦めました。

猫飼いたい

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第1話 バナナの皮には気をつけろ

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 気が付くと俺は、真っ白な空間に立っていた。

「はじめまして、山田小太郎さま。残念ながらあなたは不慮の事故によって、命を落としてしまいました。可哀想に……」

 目の前にいたのは、俺を哀れむような表情で見る金色の髪をした美しい女性。
 彼女は神秘的な風貌をしていた。
 神々しい衣服を見に纏っているものの、露出度は極めて高く、さらけ出された豊満なバストは扇情的で、うっかりしてると釘付けになりそうだ。
 そして背中からは非現実的な翼が二枚突き出ている。

「天使……?」

 俺は思ったことをそのまま口にしていた。

「いいえ、私は天使ではなく、神です」

「神……」

 いや、別に天使だろうが神だろうが、そこは重要なことではないんだが。
 先程この女性は、俺が不慮の事故で命を落とした、と言ったのだろうか?
 意識が覚醒してからまだ頭が判然としておらず、すぐに事態を呑み込めない。

「えっと、すみません神様。俺、死んだんですよね。死んだなら、なんで貴方とこうして喋れているんですか?」

 率直に、まず思ったことと言えば、なにかのドッキリの可能性だ。
 そもそも俺は神を信じない無神論者だし、人は死んだら無になるだけだと思っている。 
 未だ意識を保ってる時点で、俺は俺が死んだとは到底信じることは出来ない。

「まだ現実を受け入れられないのは無理もありません。ここは死後の世界的なところです」  

 死後の世界的なところ......。

「あなたの現世での肉体は既に朽ち果て、魂だけがここに存在している状態なのです」

 金髪の女性改め、自称神を名乗る人物は俺の現状を告げる。

「じゃあ一旦、俺が本当に死んだって言うことにしましょう。ですが一体どうして俺は死んでしまったんですか?」

 そこが一番純粋に知りたいとこだった。
 やはり俺自身、己の死因も知らずして死んだとだけ告げられても、はいそうですか、とは簡単にはならない。

 しかし一方で俺は、心の内で薄々感じ始めていたことがある。
 これは、ひょっとすると巷で流行りを見せていた異世界転生と呼ばれるものではないのだろうか。

 転生ものテンプレートとしては、轢かれそうになっている女子高生やら子供やら猫やら犬やらの動物を暴走トラックから身を乗り出して庇い、引き換えに己の命を落とす。

 その主人公の清き心を見た神様が、その後、死後の世界的なところで、なんか最強なチートスキルなりなんなりを与えて、異世界にて新たなる人生をリスタートさせるというのが、いわゆるその手のお約束というものだ。

 そして今の俺の状況はそのシチュエーションと酷似している。
 こんな意味不明な状況下で、俺は内心密かにワクワクしていたと言っても過言じゃない。
 正直、頭はまだ夢見心地の気分だったのだ。

 神様は言った。

「道端に落ちていたバナナの皮に滑って、後頭部を激しくアスファルトに打ちつけ死亡しました。即死でした」

「……はい?」

 一瞬、何を言っているのか俺の矮小な脳では理解することが出来なかった。
いいや理解なんてしたくなかった。

 無念さや屈辱や後悔、色んな思考が頭の中をぐるぐると回る。
 ボヤけていた意識が、今の回答で完全に覚まされた。

「本当の本当にバナナの皮で......?」

「本当の本当にです」

 再度の確認をとってみるが、答えは何も変わらない。

 そして、俺はこう考えることにした。
 一旦バナナの皮は置いておくとして、結局肝心なのはアスファルトだ。
 アスファルトに後頭部を激しく打ち付ければ、そりゃ人間なら死ぬ可能性だってあるだろう。少なくともタダじゃすまないのは確かだ。

 別にバナナ以外にも、滑ってアスファルトに後頭部を打ち付ける可能性は何通りか考えられる。
 たとえば冬、足元の表面が凍っていて、ツルッと滑っちゃうとか、空き缶を踏んづけた拍子にすっ転んじゃうとか、たまたま俺の場合バナナだっただけ。
 そう、たまたまそれがバナナだっただけなのだ。

「そうか、俺、死んじゃったのか」

 そこで俺はようやく現実を受け入れることにした。
 自覚したら、なんてこともない。
 あっけないもんだ、人生も。

「お辛いですよね」 

 神様の声色は明らかに憐憫を帯びていた。

「そりゃあ、お辛いですよ」 

 俺は力無く笑ってみせる。

「バナナの皮に滑って死ぬ人、ちょくちょくいます」

「ちょくちょくいるのかよ」

 死因のアイデンティティすら無いのか俺は。

「職業柄、私は貴方みたいな人を何度も見る機会がありますが、死因が死因なだけに、あまりに不憫でならなくて......」 

 なんかめっちゃ同情されてる。

「貴方が死んでしまったことは既に確定されてしまっているので、どう足掻いても生き返ることは出来ません。そこでなんですが、もし山田様が良かったら、別の世界で新たな人生を送ってみませんか?」  

 おおっと? 俺が想像した通り異世界転生ってやつをやってくれるのか?
 まあでも転生くらいしなきゃ、死んでも死に切れねぇしな、こんな人生。
 もうさっさと割り切って転生しちゃおう。

「えっと、はい。今すぐにでも転生したいです。早くしたいです」

「分かりました。通常なら魂を天界的なところに送って、そのまま輪廻転生の輪に組み込まれるものなのですが、バナナの皮で滑ったり不憫な死に方をした人たちに特例で、意識をそのままに別世界に転生させているのです」

 なんか改めてだけど、そんな神様の都合で転生しちゃってもいいんだろうか。俺も大人しく輪廻転生の輪に加わった方が......。

「では、どんな世界がお好みですか?」

まあ、いいのか……神様がこう言ってるし。

「あー、やっぱり剣と魔法のファンタジー世界を希望ですかね」

 この手の転生ものといったら、中世風の世界がド定番だろう。わざわざ迷うまでもない。

「一番人気の世界ですね、では特別にあなたには異世界を生き抜くための、オリジナルスキルを授けましょう」

 お、きたきた。
 そこで俺は口出しをしてみた。

「あ、待ってください、注文いいですかね?そのオリジナルスキルっていうのですが、強すぎず、弱すぎずな感じでお願いできますかね?」

 俺TUEEEは勿論したいけど、こういう時に貰えるチート系のスキルって、やっぱ強すぎて苦戦することも少ないだろうし、なんかすぐ飽きちゃいそうなんだよなぁ。

「程よく強い能力で、俺の努力次第で無双できる感じのやつを希望です」

 ハードモードは流石に勘弁だが、ある程度は俺の頑張り要素だって欲しい。

「かしこまりました。程々に、ですね。では特別にこの世で一つしか存在しない超レアなスキルを授けます。あと、自然に異世界語を話せるようにしておきます。おまけで鑑定のスキルも」

 神様は柔和な笑みを浮かべる。

「色々とありがとうございます!」

「次に年齢設定はどうしますか、スタート地点は?」

 神様は細かく詳細を訊いてくれる。

「まあ、その辺は特にこだわりも無いんでお任せで」

 そこそこ強いスキルさえ標準搭載されていれば、まあ何とかなるだろ。

「了承しました。ではその手筈で異世界転生を行います。ところで......」 

 そこで神様は、ぎょっとすることを指摘してきた。

「山田様は現在、後頭部へ受けたショックで前世の記憶を失っています」

「え?」

 そこで俺は今更ながら気づいた。
 なぜ今の今まで、そんな事にすら頭が回らなかったのか。
 俺自身、俺の素性というのが全く分からなかったのだ。
 山田小太郎、という名前は神様の口から出たため、話の流れで自分のことなんだと疑わなかった。
 しかし恐ろしいことに、過去を思い返そうとしても、自分が死ぬ以前のことを全くと言っていいほど分からない。

 それでも頑張って記憶を手繰ろうとしてみるものの、己の年齢も、家族構成も、好きな食べ物にしても、自分に関する情報が何ひとつ浮かび上がらなかった。

「山田様が脳のダメージで失ったのはエピソード記憶と呼ばれるものです。ご自身の素性や家族の思い出など、すべて消失しています」

「なんか、そのようですね......」

「記憶には、意味記憶とエピソード記憶というものがあります。意味記憶というのは、地球は自転する、太陽は東から登るなどの一般的な知識や常識であったり、自転車の乗り方など、一度覚えてしまえば忘れることのない事や、日々の習慣を言います。対するエピソード記憶というのは、己の趣味嗜好や、初恋の相手、昨日食べたご飯など、感情の記憶を司るもの全般がエピソード記憶にあたります」  

「……はあ」

 神様はつらつらと記憶についての説明をしてくれるが、内容は右から左へと抜けていった。

その説明を流し聞いてる最中も、俺は特段、悲しむでもなく焦燥するでもなく呆然としていただけで、どこか他人事みたいな感じだった。

「記憶を復活させることも出来ますが、どういたしましょうか?」

「出来るんですか? あー、でも、そうですねぇ」

 俺が返答に窮していると。

「やはり前世の記憶を思い出すのは辛いでしょうか? 記憶がなければ前世に対する未練もないでしょうし、このままにしておくのも、逆にありかもしれません」

 なんだ、逆にありって......。
 でも、まあ、そうなんだよな。
 神様が述べた通り、どうせ元の世界には戻ることは出来ない。
 過去の記憶を思い出したところで、家族のことを思うと寂しくなったり、辛くなったりするだけかもしれない。
 だったら過去のことをスッパリ割り切って、新たな人生を生きる。
 全くゼロからのスタートっていうのも悪く無いのかもしれない。

「そうですね、じゃあ記憶の事はいったん置いておきます」

 これから始まるのは、ずっと空想の世界でしか味わうことができなかった、ロマン溢れるファンタジーだ。
 どうせなら尾を引くものも無く、楽しい人生を送りたい。

「了承しました。では、準備を始めます」

 神様は目を閉じ、何かに集中し始めた。
 時間で言うと、一分も経っていなかったかもしれない。
 そうして。

「良きセカンドライフを」

 全身が光の粒子に包まれる。
 俺は目を瞑り、それなりの覚悟を決めた。
 今度は簡単に死なない人生が良いな。

 最後にそう思いながら、俺の意識は途切れた。



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