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第6話 電撃と少女
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俺は空を飛んでいた。
妙に思考がゆっくりと進み、スローモーションのように景色が流れていく。
俺はこのまま、目の前で驚愕の表情に満ちている彼女にぶつかってしまうだろう。
頭では分かっているのに、どうやらそれを免れる術はない。
今の彼女に触れれば、付着した飛沫が俺にも移り、たちまち全裸になってしまう。
一度ローションによる融解が始まってしまえば、少なくとも現時点では食い止める手段がない。
俺は妙に冷静になった頭で考える。
落ち着いて上着を脱ぎ、乾いた地面へ放った。
今の俺に出来ることはこれくらいだろう。
そして俺は女の子と激突した。
額と額がガツン! と接触し、俺は彼女に頭突きをした形になる。
「いったぁ……」
そこで俺は少女が初めて声を発したのを聞いた。
そしてそのまま俺は、少女を押し倒す姿勢になる。
両手を彼女の顔の横につく。
お互い真っ赤に腫れ上がった額のまま、目と目がガッチリ合う。
俺は奇跡的にも、額以外で彼女に触れる部分がなく、幸い服が溶けることはなかった。
しかし時すでに遅し。
彼女は全裸になっていた。
ローションの飛沫によって、全裸にひん剥かれた体はほんの少し、てかてかとぬめりを帯びている。
今、俺と少女は思わず顔と顔が触れそうになるくらいの距離にある。
数センチ先にいる華奢な体からは少女の甘い匂いが微かに香ってきた。
小さな息遣いまで鮮明に聞こえてくる。
俺は無意識にチラリと視線を下げてしまった。
こぶりな胸は控えめで、まだ発展途上といった感じだ。
抱きしめたら折れそうなくらい細い体だなと思った。
「…………」
「…………」
時が止まったかのような、しばしの沈黙の時間が到来する。
全裸の少女を押し倒し、微動だにしない成人男性の画は異常だなと内心思った。
「ご、こめん」
最初に口火を切ったのは俺の方だった。
空白になった頭で、なんとか俺は謝罪の言葉を絞り出した。
「──なっ!」
遅れて事態を受け入れたのだろう。
顔面があっという間に茹でダコみたいに紅潮し、耳まで真っ赤になっていた。
俺はハッとなり、飛び跳ねるようにして後方に離れる。
しかし、既に遅かった。
涙目になった少女が次に発した言葉は──
「死ねえええええぇぇぇ!!」
少女の全身から電流が放出された。
俺は一瞬、雷が落ちたのかと思ったが、そうではなかった。
これは少女が所持するスキルの一つだろう。
けたましい音と共に雷光が迸り、少女の周りが一瞬にして焼け焦げる。
俺は咄嗟に彼女から距離をとったので、なんとか被害は免れたが直撃すればどうなっていたか。
「待ってくれ! 今のは不可抗力なんだ!」
電撃系の能力は非常にまずい。
俺のスキルとの相性は絶望的と言っていい。
足元に飛び散っているローションから通電してダメージを直にもらってしまう可能性がある。
なんとか彼女とは話し合いで解決するしかない。
俺が説得を試みようとしたら、その瞬間、彼女はパタリとその場に倒れた。
「え?」
彼女の体からバチ、バチ、と電撃が何度か明滅する。
少女は再び気を失っていた。
俺のローションの飛沫により、体がぬめっているその状態で全身から雷を放出したのだ。
もしかして、自分の電撃で自滅したのか……?
飛沫程度のローション量なので、ダメージは少ないし大丈夫だとは思うが。
しかし今日だけで二度も女性の裸を見てしまった。
それにこちらはまだ年端も行かない少女なので、罪悪感の度合いで言えば大きい。
彼女をこのまま全裸で放置させるのはよくないため、気を失っている間にせめて俺の上着でも被せてやりたい。
しかし今被せたとしても、ローションの飛沫で服が溶けてしまいそうだ。
何かないかと辺りをぐるりと見渡し、大破した馬車が目に入った。
もしかすると、あそこに水があるかもしれない。
すぐに探しに向かい、木材の破片に気をつけながら物色する。
そして俺はひょうたんの形をした水筒を三本見つけた。
盗賊たちが水分補給のため飲んでいた水だろう。
それを手に取った瞬間、俺の喉が再び渇きを訴えたが、今はなんとか押し殺した。
振って中身を確認すると、まだ半分以上残りがあるものばかりだった。
俺は足元の木片やらローションやらに気をつけながら彼女の元へそそくさと戻る。
出来るだけ彼女の体を見ないようにしながら、水筒の水で体のぬめりを流してやった。
流し終えてすぐに俺の上着を被せてやる。
しばらく待って、上着が溶けることはなかったのでひとまず安心する。
俺は一仕事を終え、座り込んだ。
しばし彼女の顔を眺める。
やはり綺麗な子だなと思った。
するとまつ毛がわずかに震え、ゆっくりと目蓋が開かれる。
思いのほか彼女は早く目を覚ました。
「あっ! えっと、その上着、一旦使ってくれ……」
「……っ!」
目覚めと共に俺の姿が目に入り、バチっと頭から電撃が奔る。
「ごめん!!!」
俺は彼女から再び雷撃を食らわないために、迅速に土下座を遂行し謝罪する。
「服を溶かしてしまったのは俺のスキルの影響だ! でも君の縄を解くには、あのスキルを使うしか他に方法がなかったんだ!!」
こんな馬鹿げた説明で信じてもらえるか分からない。
一歩間違えれば性犯罪者だ。
だが嘘偽りなくありのままのことを話すしかない。
「変態っ……」
少女はジト目でボソッと呟く。
返す言葉もない。
「本当にごめん!!」
彼女の気が済むまで、俺は何度でも謝り続ける所存だ。
彼女は地肌が見えないように俺の上着でうまく隠しながら、ゆっくりと上体を起こす。
「本来ならあなたは万死に値するところだけど、事情が事情だから今回は許してあげるわ。私もごめんなさい、気が動転してた」
真剣な思いが伝わったのか、意外とすんなりと理解してくれた。
「その変態スキルのことは一旦水に流すとしして、一応言っておく、助けてくれてありがとう」
感謝の言葉を述べられはするものの、どこか不満そうな声色は隠せていない。
「それに、そもそも何なのよ、あのべたべたした液体は」
そうか、異世界人はローションの存在を知らないのか。
「あれはローションという潤滑剤みたいなもので、使用用法は……」
俺はそこで説明を踏みとどまった。
なにを俺は馬鹿正直に説明しようとしてるいんだ、そんなもの適当に濁しておいた方がいい。
「まあ本来は、車輪や歯車などの滑りを良くしたいときに使用するもの……かな?」
「ふぅん」
と彼女は自分で訊いておきながら、興味がなさそうに生返事をした。
「それにしても……この服、なんか汗くさいんですけど」
眉間に皺を寄せながら、俺の上着をスンスンと嗅ぐ。
「が、我慢してくれ……」
それを言われてしまうと、俺は押し黙るしかない。
こんなんでも割と必死で戦っていたため、多少の汗はかいていた。
「ところで、あなた名前は?」
「あ、ああ。名乗り遅れた。俺の名前は山田小太郎だ。よろしく」
名前を尋ねられたので答える。
自分の名前だというのに、なんだが久しぶりに聞いた気がする。
「ふぅん。コタローね。ダッサイ名前」
は?
俺は一瞬ピキリかけたが、なんとか耐えた。
俺には年頃の少女の裸を見た罪がある。
何を言われても歯を食いしばって我慢する義務がある。
なんだか敵のスキルで縛られていた頃のしおらしい雰囲気とは打って変わって、口を開くと少し生意気な所があるなと思った。
「私はアリシアよ」
「え、アリシア……?」
アリシアって……。
グレイリーが言っていた、あの派閥の名だ。
アリシア派とは、つまりこの子側についた者たちの事を指すのか。
しかしだとしたら彼女は一体何者なんだろう。
「いきなり呼び捨てなんて無礼ね、人間の癖に。アリシア"様"よ。身分を弁えなさい」
呼び方が癇に障ったのかアリシアは語気を強くする。
「いや人間の癖にって、君だって人間じゃないか」
突飛なことを言いのけるアリシアに俺は訝しんだ。
「はぁ? 私を誰だと思ってるのよ。私は、魔王よ!」
アリシアは昂然と胸を張って言った。
「ま、魔王だぁ?」
大丈夫かこの子。
頭に雷を食らっておかしくなったのかもしれない。
「"魔王"という単語と、"アリシア"という名前を聞いて、まさかピンとこないの?」
「いや全く。魔王か……魔王ね」
俺のその態度を見て、アリシアはどこか余裕が無くなる。
「そ、そうよ! 魔王よ! 知らないとは言わせないわ!」
なんだかアリシアの反応は怪しいな。
果たして本当に魔王なのだろうか。
自称しているだけにしか見えないが。
「まさか魔王だった私のことを知らない……? そんなはずが……人間界ではその程度の知名度なの……」
アリシアはぶつぶつと小声で呟きながら、分かりやすく肩を落とした。
俺は確認のために鑑定のスキルでアリシアのステータスを見てみた。
アリシアの情報が脳に送られてくる。
名前 アリシア・ライトダーク
年齢 16
LV ??
種族 魔族
体力 100
魔力 100
筋力 1
耐久 3
俊敏 3
属性 雷
称号 無し
通常スキル
・ライトニング
通常+パッシブスキル
・魔力感知
スキル熟練度 ??
なんだ? レベル表記がバグっているぞ。
スキル熟練度の表示もおかしい。
こんなことは初めて起きたな。
それにしても全体的にステータスが低い。
レベル1だったころの俺よりも弱い。
でもまあ普通の女の子ならこんなもんだろうと納得した。
種族の欄を見ると、魔族と表記されていた。
アリシアが実際魔王なのかどうかはともかくとして、少なくとも人間ではないのは確かなようだ。
魔族と人間で、見た目の違いが全くないから少々驚いた。
ライトニングというのはさっきの電撃攻撃のことを指すのだろう。
あれは当たれば普通にやばかった気がする。
パッシブスキルというのは初めて見た。
魔力感知は名前からして色々と便利そうだ。
称号は無し、か。
魔王なら魔王らしい称号が特別に与えられそうなものだが。
やはりこのステータスの低さで魔王を名乗るのは厳しいものがあるだろう。
ぶっちゃけ、まだ俺の方が全然強いしな。
しかし彼女が仮に魔王だとして、何故盗賊たちは魔王相手に誘拐を敢行したのだろうか。
普通、一般的な魔王ならば厳重そうな警備態勢が敷かれる魔王城とかに居そうなものだが。
よくある転生系なら、そこには魔王軍なんて呼ばれる強そうな奴らが城を守っているだろうし、誘拐される隙があるなんて思えない。
たまたま外へ外出する用事があった際に、アリシアの素性を何も知らない盗賊団に運悪く目をつけられ、攫われた可能性もあるか。
あれこれ頭で考えてみたが、アリシアに直接聞いてみよう。
「魔王ならなんで君は盗賊なんかに攫われたんだ? 本当に魔王なら返り討ちにすればいいだろう。まあ見たところ君めっちゃ弱そうだけど」
俺は生意気な少女に少しだけ仕返しの意味を込めて、侮蔑混じりに言ってのける。
「んなっ!」
アリシアは顔を真っ赤にし、表情には怒りの色が濃く現れる。
面白いくらい求めていたリアクションをしてくれて、口の端に笑みが浮かぶ。
「本当のことを言え、君が魔族なのは分かったが、魔王なんてしょうもない嘘ついても仕方ないだろ。やっぱ魔族は魔王に憧れるもんなのか?」
アリシアの反応を見ていると、つい嗜虐心が刺激され、更に追い討ちをかけてしまう。
「こんのっ! バカにして! バカにして! バカにして!」
彼女は立ち上がり、今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだ。
あんまり勢いよく動いたら色々と見えそうだから、それは勘弁してくれ。
「魔王ったら魔王なのよ!! 嘘じゃないわ、つい先日までは──!」
「つい先日?」
そこで俺は引っかかる言葉を聞いた。
「どう言うことか詳しく話を聞いていいか?」
「そ、それは……」
アリシアは失言してしまったとばかりの表情になり、再び以前のようにしおらしくなった。
「そうね、コタローは一応恩人でもあるから話してあげてもいいわ。私は、魔王よ。それは嘘じゃないわ。でも"元"魔王」
元ってことは、今は違うわけだ。
彼女はあくまで自身が魔王であることを頑なに主張し続ける。
「この世界の勇者的に存在にやられちまったか? やっぱ魔王だもんな」
俺は苦笑混じりに聞いてみるが、彼女は一切表情を動かさず笑わなかった。
「いいえ、違うわ。私は裏切られた」
そうして彼女は身の上話を語り始めた。
妙に思考がゆっくりと進み、スローモーションのように景色が流れていく。
俺はこのまま、目の前で驚愕の表情に満ちている彼女にぶつかってしまうだろう。
頭では分かっているのに、どうやらそれを免れる術はない。
今の彼女に触れれば、付着した飛沫が俺にも移り、たちまち全裸になってしまう。
一度ローションによる融解が始まってしまえば、少なくとも現時点では食い止める手段がない。
俺は妙に冷静になった頭で考える。
落ち着いて上着を脱ぎ、乾いた地面へ放った。
今の俺に出来ることはこれくらいだろう。
そして俺は女の子と激突した。
額と額がガツン! と接触し、俺は彼女に頭突きをした形になる。
「いったぁ……」
そこで俺は少女が初めて声を発したのを聞いた。
そしてそのまま俺は、少女を押し倒す姿勢になる。
両手を彼女の顔の横につく。
お互い真っ赤に腫れ上がった額のまま、目と目がガッチリ合う。
俺は奇跡的にも、額以外で彼女に触れる部分がなく、幸い服が溶けることはなかった。
しかし時すでに遅し。
彼女は全裸になっていた。
ローションの飛沫によって、全裸にひん剥かれた体はほんの少し、てかてかとぬめりを帯びている。
今、俺と少女は思わず顔と顔が触れそうになるくらいの距離にある。
数センチ先にいる華奢な体からは少女の甘い匂いが微かに香ってきた。
小さな息遣いまで鮮明に聞こえてくる。
俺は無意識にチラリと視線を下げてしまった。
こぶりな胸は控えめで、まだ発展途上といった感じだ。
抱きしめたら折れそうなくらい細い体だなと思った。
「…………」
「…………」
時が止まったかのような、しばしの沈黙の時間が到来する。
全裸の少女を押し倒し、微動だにしない成人男性の画は異常だなと内心思った。
「ご、こめん」
最初に口火を切ったのは俺の方だった。
空白になった頭で、なんとか俺は謝罪の言葉を絞り出した。
「──なっ!」
遅れて事態を受け入れたのだろう。
顔面があっという間に茹でダコみたいに紅潮し、耳まで真っ赤になっていた。
俺はハッとなり、飛び跳ねるようにして後方に離れる。
しかし、既に遅かった。
涙目になった少女が次に発した言葉は──
「死ねえええええぇぇぇ!!」
少女の全身から電流が放出された。
俺は一瞬、雷が落ちたのかと思ったが、そうではなかった。
これは少女が所持するスキルの一つだろう。
けたましい音と共に雷光が迸り、少女の周りが一瞬にして焼け焦げる。
俺は咄嗟に彼女から距離をとったので、なんとか被害は免れたが直撃すればどうなっていたか。
「待ってくれ! 今のは不可抗力なんだ!」
電撃系の能力は非常にまずい。
俺のスキルとの相性は絶望的と言っていい。
足元に飛び散っているローションから通電してダメージを直にもらってしまう可能性がある。
なんとか彼女とは話し合いで解決するしかない。
俺が説得を試みようとしたら、その瞬間、彼女はパタリとその場に倒れた。
「え?」
彼女の体からバチ、バチ、と電撃が何度か明滅する。
少女は再び気を失っていた。
俺のローションの飛沫により、体がぬめっているその状態で全身から雷を放出したのだ。
もしかして、自分の電撃で自滅したのか……?
飛沫程度のローション量なので、ダメージは少ないし大丈夫だとは思うが。
しかし今日だけで二度も女性の裸を見てしまった。
それにこちらはまだ年端も行かない少女なので、罪悪感の度合いで言えば大きい。
彼女をこのまま全裸で放置させるのはよくないため、気を失っている間にせめて俺の上着でも被せてやりたい。
しかし今被せたとしても、ローションの飛沫で服が溶けてしまいそうだ。
何かないかと辺りをぐるりと見渡し、大破した馬車が目に入った。
もしかすると、あそこに水があるかもしれない。
すぐに探しに向かい、木材の破片に気をつけながら物色する。
そして俺はひょうたんの形をした水筒を三本見つけた。
盗賊たちが水分補給のため飲んでいた水だろう。
それを手に取った瞬間、俺の喉が再び渇きを訴えたが、今はなんとか押し殺した。
振って中身を確認すると、まだ半分以上残りがあるものばかりだった。
俺は足元の木片やらローションやらに気をつけながら彼女の元へそそくさと戻る。
出来るだけ彼女の体を見ないようにしながら、水筒の水で体のぬめりを流してやった。
流し終えてすぐに俺の上着を被せてやる。
しばらく待って、上着が溶けることはなかったのでひとまず安心する。
俺は一仕事を終え、座り込んだ。
しばし彼女の顔を眺める。
やはり綺麗な子だなと思った。
するとまつ毛がわずかに震え、ゆっくりと目蓋が開かれる。
思いのほか彼女は早く目を覚ました。
「あっ! えっと、その上着、一旦使ってくれ……」
「……っ!」
目覚めと共に俺の姿が目に入り、バチっと頭から電撃が奔る。
「ごめん!!!」
俺は彼女から再び雷撃を食らわないために、迅速に土下座を遂行し謝罪する。
「服を溶かしてしまったのは俺のスキルの影響だ! でも君の縄を解くには、あのスキルを使うしか他に方法がなかったんだ!!」
こんな馬鹿げた説明で信じてもらえるか分からない。
一歩間違えれば性犯罪者だ。
だが嘘偽りなくありのままのことを話すしかない。
「変態っ……」
少女はジト目でボソッと呟く。
返す言葉もない。
「本当にごめん!!」
彼女の気が済むまで、俺は何度でも謝り続ける所存だ。
彼女は地肌が見えないように俺の上着でうまく隠しながら、ゆっくりと上体を起こす。
「本来ならあなたは万死に値するところだけど、事情が事情だから今回は許してあげるわ。私もごめんなさい、気が動転してた」
真剣な思いが伝わったのか、意外とすんなりと理解してくれた。
「その変態スキルのことは一旦水に流すとしして、一応言っておく、助けてくれてありがとう」
感謝の言葉を述べられはするものの、どこか不満そうな声色は隠せていない。
「それに、そもそも何なのよ、あのべたべたした液体は」
そうか、異世界人はローションの存在を知らないのか。
「あれはローションという潤滑剤みたいなもので、使用用法は……」
俺はそこで説明を踏みとどまった。
なにを俺は馬鹿正直に説明しようとしてるいんだ、そんなもの適当に濁しておいた方がいい。
「まあ本来は、車輪や歯車などの滑りを良くしたいときに使用するもの……かな?」
「ふぅん」
と彼女は自分で訊いておきながら、興味がなさそうに生返事をした。
「それにしても……この服、なんか汗くさいんですけど」
眉間に皺を寄せながら、俺の上着をスンスンと嗅ぐ。
「が、我慢してくれ……」
それを言われてしまうと、俺は押し黙るしかない。
こんなんでも割と必死で戦っていたため、多少の汗はかいていた。
「ところで、あなた名前は?」
「あ、ああ。名乗り遅れた。俺の名前は山田小太郎だ。よろしく」
名前を尋ねられたので答える。
自分の名前だというのに、なんだが久しぶりに聞いた気がする。
「ふぅん。コタローね。ダッサイ名前」
は?
俺は一瞬ピキリかけたが、なんとか耐えた。
俺には年頃の少女の裸を見た罪がある。
何を言われても歯を食いしばって我慢する義務がある。
なんだか敵のスキルで縛られていた頃のしおらしい雰囲気とは打って変わって、口を開くと少し生意気な所があるなと思った。
「私はアリシアよ」
「え、アリシア……?」
アリシアって……。
グレイリーが言っていた、あの派閥の名だ。
アリシア派とは、つまりこの子側についた者たちの事を指すのか。
しかしだとしたら彼女は一体何者なんだろう。
「いきなり呼び捨てなんて無礼ね、人間の癖に。アリシア"様"よ。身分を弁えなさい」
呼び方が癇に障ったのかアリシアは語気を強くする。
「いや人間の癖にって、君だって人間じゃないか」
突飛なことを言いのけるアリシアに俺は訝しんだ。
「はぁ? 私を誰だと思ってるのよ。私は、魔王よ!」
アリシアは昂然と胸を張って言った。
「ま、魔王だぁ?」
大丈夫かこの子。
頭に雷を食らっておかしくなったのかもしれない。
「"魔王"という単語と、"アリシア"という名前を聞いて、まさかピンとこないの?」
「いや全く。魔王か……魔王ね」
俺のその態度を見て、アリシアはどこか余裕が無くなる。
「そ、そうよ! 魔王よ! 知らないとは言わせないわ!」
なんだかアリシアの反応は怪しいな。
果たして本当に魔王なのだろうか。
自称しているだけにしか見えないが。
「まさか魔王だった私のことを知らない……? そんなはずが……人間界ではその程度の知名度なの……」
アリシアはぶつぶつと小声で呟きながら、分かりやすく肩を落とした。
俺は確認のために鑑定のスキルでアリシアのステータスを見てみた。
アリシアの情報が脳に送られてくる。
名前 アリシア・ライトダーク
年齢 16
LV ??
種族 魔族
体力 100
魔力 100
筋力 1
耐久 3
俊敏 3
属性 雷
称号 無し
通常スキル
・ライトニング
通常+パッシブスキル
・魔力感知
スキル熟練度 ??
なんだ? レベル表記がバグっているぞ。
スキル熟練度の表示もおかしい。
こんなことは初めて起きたな。
それにしても全体的にステータスが低い。
レベル1だったころの俺よりも弱い。
でもまあ普通の女の子ならこんなもんだろうと納得した。
種族の欄を見ると、魔族と表記されていた。
アリシアが実際魔王なのかどうかはともかくとして、少なくとも人間ではないのは確かなようだ。
魔族と人間で、見た目の違いが全くないから少々驚いた。
ライトニングというのはさっきの電撃攻撃のことを指すのだろう。
あれは当たれば普通にやばかった気がする。
パッシブスキルというのは初めて見た。
魔力感知は名前からして色々と便利そうだ。
称号は無し、か。
魔王なら魔王らしい称号が特別に与えられそうなものだが。
やはりこのステータスの低さで魔王を名乗るのは厳しいものがあるだろう。
ぶっちゃけ、まだ俺の方が全然強いしな。
しかし彼女が仮に魔王だとして、何故盗賊たちは魔王相手に誘拐を敢行したのだろうか。
普通、一般的な魔王ならば厳重そうな警備態勢が敷かれる魔王城とかに居そうなものだが。
よくある転生系なら、そこには魔王軍なんて呼ばれる強そうな奴らが城を守っているだろうし、誘拐される隙があるなんて思えない。
たまたま外へ外出する用事があった際に、アリシアの素性を何も知らない盗賊団に運悪く目をつけられ、攫われた可能性もあるか。
あれこれ頭で考えてみたが、アリシアに直接聞いてみよう。
「魔王ならなんで君は盗賊なんかに攫われたんだ? 本当に魔王なら返り討ちにすればいいだろう。まあ見たところ君めっちゃ弱そうだけど」
俺は生意気な少女に少しだけ仕返しの意味を込めて、侮蔑混じりに言ってのける。
「んなっ!」
アリシアは顔を真っ赤にし、表情には怒りの色が濃く現れる。
面白いくらい求めていたリアクションをしてくれて、口の端に笑みが浮かぶ。
「本当のことを言え、君が魔族なのは分かったが、魔王なんてしょうもない嘘ついても仕方ないだろ。やっぱ魔族は魔王に憧れるもんなのか?」
アリシアの反応を見ていると、つい嗜虐心が刺激され、更に追い討ちをかけてしまう。
「こんのっ! バカにして! バカにして! バカにして!」
彼女は立ち上がり、今にも俺に殴りかかってきそうな勢いだ。
あんまり勢いよく動いたら色々と見えそうだから、それは勘弁してくれ。
「魔王ったら魔王なのよ!! 嘘じゃないわ、つい先日までは──!」
「つい先日?」
そこで俺は引っかかる言葉を聞いた。
「どう言うことか詳しく話を聞いていいか?」
「そ、それは……」
アリシアは失言してしまったとばかりの表情になり、再び以前のようにしおらしくなった。
「そうね、コタローは一応恩人でもあるから話してあげてもいいわ。私は、魔王よ。それは嘘じゃないわ。でも"元"魔王」
元ってことは、今は違うわけだ。
彼女はあくまで自身が魔王であることを頑なに主張し続ける。
「この世界の勇者的に存在にやられちまったか? やっぱ魔王だもんな」
俺は苦笑混じりに聞いてみるが、彼女は一切表情を動かさず笑わなかった。
「いいえ、違うわ。私は裏切られた」
そうして彼女は身の上話を語り始めた。
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怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
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