アホスキル【ローションまみれ】のせいで異世界無双は諦めました。

猫飼いたい

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第7話 自称魔王

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「裏切り……か」

 その言葉を聞いた俺は途端に気まずくなって、声が小さくなる。
 
「ええ。現在の魔王は私の妹、アリア。私は妹にハメられて魔王の座を奪われたのよ」

 その声は、静かでこそあったが鬼気迫るような感情が籠っているように俺には聞こえた。
 実の妹に裏切られるというのは、やはり堪えるものがあるだろうな。
 前世の記憶がない俺には、家族というものがどういったものかよく分からないが。

「そして文字通り全てを失ったわ。地位も権力も、そして能力もね」

「……その能力っていうのは?」

 俺は気になったことを聞いてみる。

「私は魔王という名にふさわしく、以前までは最強の力を誇っていたわ。でもその力のほとんどはアリアに奪われた。残ったのは私が生まれた時から保有していた、ライトニングと魔力感知の二つのみ。今の私にはレベルという概念すら存在しない。スキルを一度使えばすぐに魔力を消費しきってバテてしまう。実力は全盛期と比べると半分以下もないわ。私はそこらの無力な人間と同様ね」

 かつての力は見る影もないってことか。
 まあ賦与されたスキルでも、俺のローションまみれなんかよりは遥かにマシだがな。
 それはともかくとして、アリシアのレベル表記やスキル熟練度がおかしかったのにはちゃんと理由があった。
 相手の力を奪う、そんなスキルもこの世に存在するのか。

「そうして無力になった私は、まともに抵抗することすらままならず、妹の息がかかった盗賊たちに攫われた。この誘拐された数日間、私はまともな食事や水も与えられず地獄のような日々を送ったわ。奴らは私を奴隷商に売り飛ばすつもりだったみたいね」

 妹の息がかかった者たち……つまりあの盗賊たちはアリシアの妹、アリア派だった。
 つまるところアリシアとアリアは骨肉相食む関係のようだ。
 なんか魔王界隈もドロドロしてんだなぁ。 
 こんな内輪揉めがあるなんて。

「そんなところをコタローに助けてもらった。だからそれは本当に感謝してる」

 アリシアは真っ直ぐと俺の目を見据える。
 力強くも凛々しい瞳に、反射的に俺は目線を逸らしてしまった。

「いや、俺は大したことしてないよ」

 別に俺は何もしていない。
 運良く馬が俺のローションで転んだだけ。
 盗賊を追い払えたのも、ただの成り行きでしかない。

「私はこれから魔王城を目指すわ」
 
 俺はその無謀な発言を聞いて慌てた。

「ちょっ、待て待て、そんな状態で帰れると思うか? 移動手段は徒歩か? 今の実力ならそこらの野良モンスターにすら勝てないだろうし、なんなら魔王城の方角だって君には分からないだろ」

 この辺りにはレベル40近いレッドモンキーみたいなモンスターだってうろついているんだ。
 かつての魔王の力を失って、今はただの女の子とほとんど変わらない状態なのだ。         
 とてもじゃないが危険すぎる。

「私には魔力感知のスキルがある。それで上手くモンスターを避けて通るわ。魔王城の位置も魔力感知でおおよその目安はつくもの。移動手段は……馬だってそこに居るし」

 アリシアは馬がいる方向を指差す。
 馬はローションによって足を絡め取られ転倒し、放置されたままだった。
 そういえば盗賊たちは、そこの馬もそうだが全て置いていって逃走したんだな。

「ここから魔王城までどれくらいかかるんだ?」

 馬があるとしても、二、三日で帰れるとは思わない。

「そうね……ここからだと、ざっと一週間ってとこかしら」 

 ……一週間か。やはり長いんじゃないか。

「まさかその格好で一週間もうろつくつもりか?」

 今のアリシアの格好は、全裸に一枚の上着を羽織っているだけ。
 傍から見たら変質者でしかない。

「そ、それは……」

 アリシアは一瞬言い淀んだが、

「って、それはあなたのせいじゃない!」

 無論、俺のせいである。
 責任を感じてるからこそ、こんなに心配しているんだ。

「私は妹から一刻も早く魔王の座を奪い返さなくてはいけないの。こんなところで足踏みしてられない」

「だからと言ってな……」

 彼女の決意は固く、毅然とした面持ちだ。

「おそらく配下が私のことを今も捜索してる。きっとどこかで落ち合うはずよ」

 配下というのは魔王軍的なやつだろうか。
 確かにそいつらと合流できたら心強くはある。

「コタローはこれからどうするの?」

 そこでアリシアに俺の行き先を訊かれた。
 正直、俺の今後の展望は、俺自身まだ明確に定まってはいない。

「俺は……そうだな、ひとまず街を目指しているが……」 
 
 別にやることなんてなかった。
 なんとなく異世界に転生したもんだから、なんとくなくセオリー通りに進むならギルドにでも行き、いっちょ冒険者にでもなってみるかーと漠然と考えていたくらいなもので、別に目標らしい目標なんてものは決めていない。

 だが今しがた、俺は俺がやるべきことを見つけかけているのかも知れないと思った。
 俺は、この子について行くべきなんじゃないか。
 俺の心の内の情感のようなものが、無性に訴え続けている気がしてならなかった。
 まだ出会ったばかりの少女に対し、それほどの使命感に似た感情を抱く自分自身に少々驚いている。
 彼女の顛末を無事に見届ける。
 それが俺がこの世界に来た、本当の意味なのかもしれないと────

 俺はアリシアに提案をした。

「なあ、なんだったら途中まで一緒に行かないか? どうもアリシア一人だと危なっかしくて不安なんだ」

「様をつけなさいと言ったでしょう」

 眉間に皺を寄せるアリシアに、俺は軽い微笑を頬に浮かべる。

「魔王城を目指す前に、近場の街へ寄ろう。アリシアも新しい服を調達した方がいいだろう?」

「だから様を……って街へ? それだと少し遠回りになるわね」

 しかしアリシアは簡単には頷いてはくれない。

「おいおい、いつまでもその格好でいるつもりか? 女の子がそんな格好でいる事がどれだけ危険なのは自分でも分かるだろう?」

「それは、そうだけど……」

 アリシアは顎に手をやり、しばし考える。
 俺は最後の後押しをする。

「今は魔王としての力も失っているんだから、暴漢にでも襲われた時対処する術がないだろ。男が側にいるだけでも違うと思うぞ」

 はやる気持ちも分かるが、そんな時こそ落ち着いて行動した方がいい。

「そうね、分かったわ、そうしましょう。ただし長居はしない。着いても即日に出発するわよ」

 ようやくアリシアは折れてくれて、無事了承をもらうことができた。

「ただ街に着くまでは、しばらくその格好で我慢してくれ」

「何処かの誰かさんのせいで私はこんな状態になってるんだけどね」

 アリシアに薄目で見られる。冷めた視線が痛い。

「それはマジですまん」

「だいたい意味不明なのよあんたのスキル。拘束具だけで良かったのに、なんで服まで溶かすのよっ!」

 その意見には同意する。俺も意味わからん。

「だったら聞きたいんだが、ローション以外であの縄を解くには、どうするのが正解だったんだ? 俺にはああするしか手段は無かった。触れる事すら出来なかったんだぞ」 

 ローションに頼らずとも、あれを解除する方法があるのならば教えて欲しい。
 知識のない俺からすると、あの時点でのあの行動は、最善の選択だったと思うがな。

「皮肉なものだけど、あれは私が元々持っていた呪いのスキルのひとつ。だから簡単に解けないことは私が一番よく知ってる。解くためには相応に強力な解呪のスキルがいるわ。力尽くでは絶対に不可能よ」

「解呪のスキル? それを持ってなければどうしようもないじゃないか」

「確かにそうね、解呪のスキル事態レアだから持っている人間は限られる。だから最後は運よ。あなたに一縷の望みをかけてみたら、見事に解呪された。呪いの他にも色々溶けちゃったけど」

「だから悪かったって……」

アリシアの再三の小言に俺は辟易する。
やむをえない事情だったとしても、全裸を見た俺が悪いので反論は出来ない。

「呪いのスキルや解呪のスキルだって、アリアに全て奪われたけどね」

 アリシアは憎々しげに、ボソリと呟く。

 アリア、か。
 一体どんな奴なんだろう。
 姉を蹴落としてでも魔王になりたかったんだよな。
 やっぱ仲とか悪かったんだろうか。
 あまり家族のことに他人の俺が口出しするのはよくないと思い、突っ込むのはやめておいた。

「信じられない話だけど、あなたのスキルには解呪の力も備わっているのかもしれないわね」

「俺のローションまみれに?」

「じゃないと理屈が通らないじゃない」

 それもそうか。
 なんせ神様から貰ったこの世に一つしかないオリジナルスキルなのだ。
 本当にただのローションだったら惨すぎる。
 見た目は最悪だし、戦闘ではからっきし役に立たないが、その分それくらいの特別性やアイデンティティくらいないと釣り合わないしな。

「ていうか……ねぇ、喉が乾いた。水ないの? もうずっと何も飲んでないわ」

 アリシアは嘆息をついた後、喉の渇きを訴えた。

「ああ、水ならあるぞ」

 盗賊から掻っ攫った水筒三本の内、一本はアリシアの体を流すために消費したため、残りの水筒は二本のみ。
 俺は多めに水が入ってる方の水筒をアリシアに向かって放る。

「大事に飲めよ」

 それを掴んだアリシアは水筒を上下に振って中身を確認し、

「え、これだけ? 二本飲んでいい?」

「いや、いい訳ないだろ、悪いが我慢してくれ。もう一本は別途で使いたいんだ」

「ケチね」

「ケチって……」

 ケチとかそういう問題ではないんだが。
 俺はその時、確かにこいつは魔王かもしれないなと思った。
 発言の随所に、さぞ甘やかされて育ってきたんであろう痕跡が見られる。

「それ何に使うの?」

 アリシアは水筒の水をガブ飲みしながら尋ねてくる。
 大事に飲めって……。

「もう一本は、馬に使いたいんだ」

 ローションでべたついた馬の体を水で流してやりたい。
 馬が使えれば、移動は一気にスムーズになるし、かなりの時間短縮になる。
 街まであっという間に着くだろう。

「なあアリシア、君って乗馬の経験はあるか?」 

「だから様をつけなさいと……」

  タメ口で喋るのは構わないんだから、呼び捨てくらい許してくれたらいいだろうに。

「馬くらい何度だって乗ったことあるわよ」

 おそらく俺は乗馬の経験が無い、と思われる。アリシアが馬の手綱を引いてくれるなら渡りに船だ。

 大破した馬車から少し離れていた所に馬は横たわっていた。
 馬の脚のみならず、全身にもローションが大量に付着している。
 どうも自力で立ち上がろうと何度も足掻いた痕跡が各所に見られるが、徒労に終わったようで今はぐったりしていた。
 このままの状態では当然走れはしない。
 俺は最後の水筒の水を使って、慎重に脚や体のぬめりを落とした。
 しばらくして────

 よし、これでいいな。

「って、あれー」

 馬が立ち上がったと思った矢先、高らかに馬蹄を踏み鳴らし、勢いよくどこかに走り去っていってしまった。
 そして辺りはシンと静まり返る。

「なにしてんの、あんた」

 アリシアの冷たい視線が背中に突き刺さる。
 あの馬だって、これまで散々大人たちにコキ使われてきて大変だっただろう。
 彼が自由を得ることが出来て良かった……。
 俺はそう思うことにした。

「徒歩で街まで行くのは時間がかかるわよ」

「……わ、わかってるさ」

 結局、また歩くしかないようだ。
 俺は肩を落とし項垂れながらアリシアの方を一瞥すると、彼女は目を閉じ、何かに意識を割いているようだった。

「東の方角ね」

 再び目を開き、アリシアは呟いた。

「なにが?」

「今、魔力感知で人間が多く集まっている場所を探っていたのよ。ここからだと、水の都、ウンディーネが一番近いわね」

 凄いな。魔力感知はそんな長距離の事まで把握できるのか。

「水の都か。そんな街があるんだな」

 名前の響きからして、爽やかそうな印象を与える街だ。

「知識としては知っているけど、私も行くのは初めてね。人間界には馴染みがないから」
 
 それもそうか。
 魔王がそんな簡単に街をうろつかれては人間の方も困るしな。

「こっちの方が近道よ」

「え?」

 アリシアの細くしなやかな指は、森が生い茂る方角を指差した。

 俺はあえて森を通るのは避けてきた。
 知識や経験のない俺からすると遭難しそうで危険だったからというのと、今以上に強力なモンスターの出現が想定されるからだ。
 俺とアリシアの戦力で切り抜けられるとは思えない。

「本気であそこから行くのか? 強いモンスターとか出たらどうする? 自慢じゃないが俺は何の役にも立たないぞ」

「魔力感知で事前に避けて通るから大丈夫よ。それに言ったでしょう、私には時間がないの。最短距離で進むわよ」

「マジかよ……」

 行くしかないのか。
 俺がうだうだと臆していると、そうこうしてる間にもアリシアは歩みを進めていた。

「ま、待てって……」

 一切の躊躇もなく進んでいく威風堂々たる背中に、俺は確かに魔王の片鱗を見た。
 対して俺はどうだ、男として情けないったりゃありゃしない。
 彼女の前で何の格好もつけられないままでいいのか。
 両頬を何度も自分の手で叩く。
 俺も遅れてようやく覚悟を決め、その背中に小走りでついて行った。

 そうして俺たちは、目的地を水の都ウンディーネと定めて、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れていくのだった。
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