アホスキル【ローションまみれ】のせいで異世界無双は諦めました。

猫飼いたい

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第8話 ゲル状の何か

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 俺たちは森の中へと入って行った。
 深々とした緑の原生林の中を二人は突き進む。
時刻で言えばまだ昼間であるというのに、雑木林から生える梢が生き物のように幾重にも絡まり合って、太陽の光をほとんど遮ってしまい、辺りは仄暗かった。 

 歩を進めるたびに、森の匂いが濃くなっていくような気がする。
 一歩一歩と踏みしめるたびに、ゴツゴツとした硬い岩の感触や、森の生命力のようなものが足の裏を通して伝わってくるようだ。
 神秘的な樹木の周りを、見たことないのない光る虫が、小さな羽音を立てて飛んでいる。

 森の中はもっと鬱蒼としていて気味が悪いものだと思い込んでいたが、そんなことはなかった。
 再び別世界に迷い込んだような感覚を俺は得た。
 まるで二度目の異世界転生を果たしてしまったかのような────

 俺がそんな神妙な気分を抱きながら歩いていると、アリシアはスッと無言で方向転換をする。
 俺はその背中に釣られるようについて行く。
 幾度となく方向転換して進行しなければ、モンスターとエンカウントしてしまうのだ。

 アリシアの魔力感知のスキルがちゃんと働いている証拠か、強いモンスターにはまだ遭遇していない。
 時折モンスターを見かける事もあるが、それらは放っておいても害が無い低レベルのものばかり。
 魔力探知はかなり有能なスキルだなと思った。

 アリシアの小さな背中を信じて、ただ従順についていく中、そこで俺の耳は微かに水が流れるような音を拾う。

「ん? ちょっと止まってくれ」

 アリシアに声をかけ、俺は真横の茂みを掻き分けて入って行った。

「おい見ろ、水流があるぞ!」

 森の中で、静かに流れる清澄な湧き水を見つけた。
 俺は一目散に駆け寄り、膝をつく。
 そして両手いっぱいに水を掬い、勢いよくゴクゴクと音を立てて飲み干した。
 一時はバナナの妖精のエキスでなんとか凌いだものの、やはり喉は常に渇いていた。  
 盗賊が残した水筒を見つけた時、真っ先に飲んでしまいたいという考えが頭をよぎったが、それよりもアリシアや馬に付着したローションを流す事の方が優先事項だと思い、飲むに飲めなかったのだ。
 兼ねてより我慢していたものが爆発し、俺はガブ飲みする手が止まらない。

「いや飲みすぎでしょ」

 俺のがっつき具合に引いてるアリシアなぞ気にも留めず、馬鹿みたいに飲み続ける。
 若干胃が気持ち悪くなった所でようやく俺の渇きは鎮まり、なんとか落ち着いた。

「ふぅ、生き返った気分だ」

 俺と違って、アリシアがおしとやかにその湧き水を手に汲んでいる中、俺は空になっていた三本の水筒にたっぷりと水を補給しておく。
 これで当面の水分問題は解決されただろう。

「少しここで休憩していかないか? もうずっと歩きっぱなしだ」

 言いながら、俺は既に適当な岩に腰を落ち着けている。

「そうね、この辺りには強いモンスターが居る気配を感じないから少し休んでいってもいいわね。でもすぐに出発するわよ」

「あいよ」

 アリシアの了承をもらえた所で、次は食料問題の方だな。
 俺は未だまともな固形物を口にしていない。
 それは数日間誘拐されていたらしいアリシアも同様だろう。
 大量の水で胃は多少膨らみはしたものの、こんなものじゃ気休め程度にしかならない。

 できるなら食料の確保もここでしたいんだが、当然食べられる野草や木の実、キノコ類などの知識は全くと言っていいほど俺には無い。
 一応確認の意味でアリシアにも訊いてみたが、

「知らないわよ」   

 と一言返されただけ。
 期待はしていなかったが、まあ、そりゃあそうだろうなという納得があった。
 アリシアはつい先日までは魔王として君臨していたのだ。
 日々魔王として生活を送っていたのなら、サバイバル知識を得る機会が訪れる事なんて無いのが当然と言える。

 しかし困った。だとしたら街に着くまでずっと空腹で過ごすことになるのか。
 至る所にぽつぽつと生えている怪しげなキノコをたまに目にする事があるが、これを食ったら確実に腹を下す自信がある。
 アリシアのライトニングでこんがり焼いたらどうにかならないか。
 ならないだろうな……。

 実際のところ、俺は休憩することよりも、腹の足しになるものを探すことの方が重要だった。
 キノコ類以外に食べられそうなものがないか、懲りずに辺りに目を向けていると、緑色に苔むした岩石の裏側から、にゅるりと何かが顔を覗かせる。

「うわっ、びっくりした、なんだこいつ!?」 

 一瞬、俺のローションまみれが飛び出して来たのかと思ったが、勿論そんなわけがない。
 それは全身が水色のゲル状の物体で構成されている、細長くて大きな何か。
 体内は半透明に透き通っていて、ゼリーみたいな瑞々しさを感じる。
 そいつは苔むした岩石の周りをゆったりと回った後、うねうねと不規則に地面を這い始めた。
 その先端部分を顔と呼称していいのか分からないが、ゴマ粒くらいの小さな目が二つ付いている。

 一応、これもこの世界の生き物だと判断していいのだろうか。
 当然、こんなものは前世ではお目にかかった事はない。

「こいつもモンスターなんだよな……?」

 俺はそのゲル状の生き物の情報を得るため、鑑定のスキルを発動する。

名前 スライム
LV     2
種族 モンスター
体力     102
魔力     102
筋力 1
耐久 200
俊敏 1
属性 水
スキル 
・解毒
・分裂

 スライム。なるほど、これが噂に聞くスライムという奴か。
 やはりスライムという名前の響きを聞いて真っ先に頭に思い浮かべるのは、日本のRPG系ゲームでお馴染みである例の丸い形状のモンスターだ。
 しかしこいつはそんな可愛らしくデフォルメされている訳では無く、ただのゲル状の巨大なナメクジみたいな奴だった。
 アリシアの魔力感知センサーに引っかからないだけあって、めちゃくちゃ弱そうだ。
 レベル2なんてバナナの妖精に毛が生えた程度でしかないからな。
 保有スキルも解毒と分裂の二つを持っているものの、攻撃性のあるものが無い。

「なによ、大きな声出して」

 そこで俺の叫び声を不審に感じたアリシアがこちらに近付いてきた。
 目の前のスライムの存在に気付いた。

「なにこれ、気持ち悪っ! 魔物の吐瀉物かと思った」

 酷い言いようだな。

「スライムだぞ、知らないのか? 結構可愛いじゃないか」

 この世界だとスライムはポピュラーな存在ではないのだろうか。

「ああ、これがスライムなのね……。雑魚モンスターすぎて出会う機会なんて無かったから、生まれて初めて見たわ」

 確かに魔王城の周りには生息してなさそうだ。
 アリシアはスライムの独特な形状を見て、慄然としながら数歩後ずさる。
 スライムは俺たちを見ても危害を加えようとする素振りも見せず、ただモゾモゾと蠢いているだけだ。

 俺はじっとその鈍い動きを眺めていると、ある事を思いついた。

「そうだ、テイムしてみるか!」

さっそく先程のレベルアップで取得したスキルを使う時が来た。
これだけレベルの低いモンスターなら俺でも楽にテイム出来そうだ。 
 
「嘘でしょ、そんなの仲間にするの……」

 アリシアは露骨に苦い顔をして俺を見る。
 苦虫を噛み潰したような顔、とはこのことを言うのだろう。
 相当スライムが気に入らないようだ。
 俺は意外に愛嬌を感じられる見た目で可愛いと思うがな。

 それに俺はスライムが持つ解毒というスキルが気になった。上手くテイムすることが出来れば色々と使い道があるかもしれない。

 俺はテイムの条件を改めて確認してみる。

・ダメージを与え、弱った状態にする
・そのモンスターと心を通じ合わせる。

 この二つのどちらかを行わなければならない。
 いや、あるいは両方満たさないとダメなのか?

 じゃあ、さっそくスライムに攻撃して弱らせてみるか。
 俺のスキルの都合上、物理的にダメージを与えるということは期待できない。
 相手がモンスターならば尚更、足止めくらいの意味しかない。
 しかしこんなブヨブヨとした体のスライムに対して、殴ったり蹴ったりなどの物理攻撃が通用するとは思えなかった。

 だったらダメ元だと割り切ってローショボールを試してみるべきか。
 底を尽きかけた俺の魔力は、時間の経過によってある程度自然回復しており、数発分なら再び使用することが出来るようになっていた。
 まあ、物は試しってやつだ。俺は深い事を考えずに、とりあえず撃ってみることにした。

「えい、ローションボール」

 かなり雑に放ったローションボールだったが、特に逃げようとする素振りもないスライムに対して、あっけないほど簡単に的中する。
 すると全身に俺のローションを浴びたスライムは、驚いたように、くねくねと左右に何度も身をよじらせた。 
 鈍かった動きが機敏になったのが目に見えて分かる。

「おおっ……!」

「きっしょ!」

 俺が感嘆の声を上げる一方で、アリシアから暴言のようなものが聞こえたが無視する。
 俺のローションボールを受けたスライムから明らかに良いレスポンスがあった。
 もしかするとスライムは、俺のねばねばとしたローションに喜んでいるんじゃないか。
 ダメージを与えて弱らせてはいないものの、なぜか手応えのようなものを感じる。
 スライムの全身の潤いや光沢が以前より数段階増して、更にツヤツヤしている気がする。

 確かめる意味で、俺はもう一発ローションボールを与えてみた。
 するとやはりスライムは、機敏な動きで全身をじたばたせ、ぷるぷると身を震わせていた。
 やはりこの動きは好反応に見える。
 これならいけるぞ。

「テイム!」

 俺はスライムがいる方向に手をかざし、高らかに叫んでみせる。
 えっと、こんな感じでいいんだろうか?
 なんとなく叫んでみたが、これで合っているのか分からない。

 時間で言えば数秒に満たないが、しばらく固唾を飲んで待っていると、スライムの全身が微かな光に包まれ、虚空へと消失した。

「き、消えた……」

 状況が理解できず呆然と立ち尽くしていると、俺の背中に隠れるようにしてその光景を見ていたアリシアが言った。

「テイムは初めてなの? 今ので使い魔になったんだから、いつでも召喚できるわよ」

「そ、そうなのか」

 つまり今のでテイムは成功したらしい。
 俺はダメージらしいダメージを与えられていないし、弱らせてもいない。
 であるならばテイムの二つ目の条件、スライムと心を通じ合わせることが出来たのでテイムが成功したという事になる。
 ただあれで本当に心が通じ合えたのか甚だ疑問であるのだが。
 想像以上のあっけなさに肩透かしを喰らっている気分だが、まあ良いいか。
 相手のレベルも低かったしな。

 じゃあ、さっそく気を取り直して召喚してみるか。

「えっと、はい、召喚っ! …………これで合ってる?」

 俺は残り数少ない魔力を消費して、先程使い魔にしたスライムを呼び出してみる。 
 その掛け声と共に再びスライムが、テイムした時そのままの姿で俺の目の前に現れた。
 スライムは先程と何ら変わることもなく、のんびりと体を蠢かせている。

「ゲルちゃん! 本当に出てきた!」

「な、なんて……?」

 アリシアが引き攣った顔で俺の言葉を聞き返す。

「全身ゲル状の体だから渾名はゲルちゃんだ。分かりやすくて良いだろう?」

 俺はゲルちゃんを驚かせないように、慎重に手を伸ばし触ってみる。
 指先が触れれば、瑞々しい感触が伝わってきて程よい弾力を感じる。
 なんとも癖になる気持ちよさをしていて、俺はつい何度も撫で回してしまう。
 その行為にゲルちゃんは特に疎むような様子もなく、俺にされるがままであった。

「アリシアも触ってみなよ、ぶよぶよしてて気持ちいいぞ」

「冗談じゃないわ、正気なの?」

 アリシアはさぞ不愉快そうな表情をし、些か気を悪くした。
 こんなに気持ち良いのに。
 俺はゲルちゃんを触る手をようやく止める。

「そうだ、ゲルちゃんにやってもらいたい事があるんだった」

 それが上手くいくと、食糧問題が解決する。
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