アホスキル【ローションまみれ】のせいで異世界無双は諦めました。

猫飼いたい

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第11話 覚悟と作戦

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 この程度のことを作戦らしい作戦と言うつもりは毛頭ないが、唯一思い付いたのは、奴の目を狙うことだ。
 あの目にローションボールを食らわせ視界を奪う。

 ただの水ではなく粘り気がある分、多少の時間は稼げるはずだ。
 そしてタタリオロチの動きが止まったところでアリシアを連れて全力で逃げる。

 レッドモンキー戦と似ているようなやり方だが、格上と分かり切っている相手にはまともに取り合っても仕方がない。
 逃げるが勝ちだ。

 タタリオロチは自身が抉った地面を離れ、きょろきょろと首を振って辺りの獲物を探している。
 俺の叫喚には全く気付いていないようだ。

「こっち、見ろやぁ!」

 俺はタタリオロチの至近距離にまで詰め寄って、赤黒く不気味な色の鱗に、渾身の蹴りをお見舞いする。
 その鱗は想像以上の強度を誇っており、蹴りを入れた脚に痛みがそのまま跳ね返ってきた。

 その行為に、ダメージを与えようという意図は毛頭ない。
 視線をアリシアから移し、振り向かせることが目的だ。
 鈍い痛みを奥歯を噛み締めて耐え、俺は両手に魔力を練り込み、いつでもローションボールを出す準備をする。

 さあ、こっちを見ろ。
 振り向いた矢先に、こいつをぶち込んでやる!
 そう強く意気込んでいたが、そんな俺の勇猛な気持ちは簡単に崩れ去る。

 タタリオロチは気持ち悪いぐらい速い速度で振り返る。
 そのクリッとしたつぶらな瞳が俺の姿をしっかりと捉える。
 目と鼻の先の至近距離、両者の視線がかち合った。

「あっ」

 動けない。
 そこで俺は、全身が石化してしまったのかと錯覚するほど体が全く言うことを聞かなくなった。
 あまりの恐怖で身が竦んでしまったのだ。
 そして次に脳内に流れ込んできたのは、明瞭なまでの死のイメージ。  

 俺はその大きな口に、なすすべもなく丸呑みにされて、あっけなく死ぬ未来をありありと想像してしまう。
 一度想像してしまえば、もう駄目だった。

 巨大な顔が一寸先にあり、今こそが絶好のチャンスだと言うのに、それでも体は鉛のように重く感じられ指先一つ動かせない。
 圧倒的捕食者を目前にして、目が合ったというだけで、俺は精神面で既に敗北を喫していた。

 見つめられている時間が、無限のように長く感じられる。

 ははっ、嘘だろう、俺ってこんなにも弱かったのか。
 あまりにも軟弱なメンタルな自分に思わず自虐的な笑いが込み上げる。
 結局、何も成し遂げることも無いまま全てが終わるのか。

 走馬灯が脳裏を流れる事はなかった。
 俺には振り返る過去すらなかったから。
 たいしてこの人生に執着がないことが、唯一の救いなのかもしれない。

 殺される事をただ待つだけのその時間は、人生で一番長く感じられたらが、しかし実際の現実では、たったの一瞬というあまりにも短い数秒間だった。

 その瞬く間の数秒、最期に俺は、ヘビに睨まれたカエルとはこのことを言うんだなと呑気に考えていた。
 俺は潔く死を覚悟し、目を閉じかける。

────が、しかし。

 タタリオロチは俺に一抹の興味すら抱かずに、すぐに視線を逸らした。

……え?

 見逃して、もらったんだろうか?
 その冷たい双眸で、確かに俺の姿を視認していた。
 ところがもう俺には一瞬たりとも目もくれず、周りに意識を割いているようだ。

 その挙動はまるで、ハナから俺など眼中にすらないような言動に見えた。
 もしかするとタタリオロチは、最初からアリシアを標的として動いているのではないか。
 だとすれば先程の行動に納得できる。

 俺は気が抜けて、そのまま地面にへたりこんだ。
 下半身に全く力が入らず、しばらく動こうとは思わなかった。
 危うくあの時は失禁しそうになったが、それだけはなんとか堪えた。
 完全に戦意喪失した俺は、ただ呆然とする他なかった。

「……なに安心してんだよ、俺」

 更に俺は内心、自分が狙われていないことに酷く安堵してしまった。 
 真っ先に思うことがそんな浅ましい考えなのが、男としてあまりにも情けない。
 今にもアリシアの命が危ないという状況で、俺は何をしているんだ。
 頭ではそうは思うのに、しかし体は動いてくれない。

「別に、いいのか」
 
 俺は虚空へと向かって呟く。
 別にアリシアをここに置き捨てて、逃げたってよかった。
 どうせ彼女は、今日たまたま出会くわしただけの女の子でしかない。
 俺が命を賭けて助ける義理なんて本来はない。

 それに元魔王を自称する少女に関わるなんて絶対面倒くさい事になるなんて分かっていた。
 なのに俺はその場の成り行きに流され、ほいほい着いてきてしまった。
 彼女の行く末を見守ることが俺に課せられた使命などと、何をのたまっていたんだ。 
 何の実力も、度胸も無いくせに。

 そもそも何故俺はアリシアに着いて行こうなんて思い至ったんだ? 
 顔が可愛いかったから? 裸を見た罪悪感があったから? 魔王だなんて単語に実は心踊ったから?

 俺はただ酔っていただけなんだ。
 異世界転生なんて果たしたもんだから、心のどこかで幼稚でヒロイックな自分を想像して酔ってしまった。
 彼女をヒロインに見立てて、自分が主人公なんだと勘違いしてしまった。
 己の身を弁えない、なんとも失笑ものの勘違いだ。

 なんとなく自分なら大丈夫だろうと根拠のない自信があった。
 実際その自信でこれまで何とかなってしまっていた。
 だがそんな痛々しい全能感も、今や完全に砕け散った。 

 転生した所で自分はそんな大したやつではないし、根っからの性格まで変わるわけじゃない。
 前世の俺もきっと、そんなしょうもない奴だったんだろな。
 自分の命が恋しくてしょうがない時点でそんな奴は、主人公の、ヒーローの器とはあまりにもかけ離れている。
 その大役を演じるのはモブの俺には到底不可能だ。

 異世界に来たからって、別に戦うことをメインにしなくてもいいはずだ。
 田舎でのんびりスローライフを生きる人生だってあるはずだ。
 そもそもの話、最初から俺に戦闘なんて向いていない。
 人それぞれ適材適所というものがあるじゃないか。 
 弁えて、慎ましく、そういう人生を生きればいい。

 そうしよう。
 そうしようと思うのに。
 なのに。
 なんで、こんなにも悔しくて涙が出るんだ。

「くそったれ……!」

 苛立ち混じりに吐き捨て、己の太腿を何度も強く叩く。
 主人公失格なこんな俺にもまだ、悔しいという感情が残っている事に驚いた。
 そうだ。このまま何も成し遂げないで終わるのは悔しいんだ。
 俺はまだ何もしていない。ヒーローごっこのごっこすら、充分にやれていない。
 
 ただ蛇と眼があって戦意喪失しただけだ、そもそも戦ってすらいない。
 きっとここで逃げたら後悔する。
 この先の人生ずっと逃げ続ける。
 頭の片隅にはずっと後味の悪さが尾を引いていて、ふとした瞬間にそれを想起し、後ろめた感情に苛まれれる。
 そんな日常の日々に俺は耐えられるだろうか。
 多分、耐えられない。

 本当は今すぐにだってここから逃げ出したい。
 しかし俺はその気持ちを認めてあげようと思った。
 俺はそれを認めた上で、必死に抑えつけ、前を見ようと思った。
 下半身にぐっと力を込める。
 肝が潰れる思いをしたが、俺は再び己を奮い立たせようと、両手で頬を叩く。
 己の愚かさに涙が出そうだった。
 自分が情けなくてしょうがない。
 だけど今度は折れない。
 ちゃんと戦おう、どうせ拾った命なんだ。
 戦って死んでやる。

 アリシアに着いて行くという事は、これから先にこれ以上の困難は何度だってあるはずだ、命が何個あったって足りないだろう。
 しかし、それでもいい。
 神様、もう一度だけ、幼稚なヒロイズムに酔わせてほしい。

 足に力を込め、しっかりと立ち上がる。
 体は自由自在に動く。もう怖気ついたりしない。
 そうして俺の覚悟は完了した。


 タタリオロチは依然として、何かを探すようにキョロキョロと首を何度も動かしている。
 やはり魔力感知の精度はアリシアに比べて悪いのだろうと俺は思った。
 近くに居ることは粗方予想がついているようだが、中々発見するまでには至らない。 

 仮にもし、タタリオロチがアリアの使い魔としてここに現れたとするならば、やはりアリシアが目的だと見ていいだろう。
 その場でアリシアを殺すのか、それとも生け取りにするのかまでは、現状判然としないが。

 奴が俺の動きに興味を示さないなら、こちらとしては非常に動きやすくて助かる。 
 必ずタタリオロチよりも先にアリシアを見つけ出さねばならない。
 俺は視界を広げるように、辺りをぐるりと一周見回してみる。
 タタリオロチが目をつけなさそうな所を重点的に、だが見落としがないように慎重に見ていく。

「ん?」

 居た。
 なんだ、そこに居るじゃないか。
 この広い森の中、俺は奇跡的にアリシアの居場所を探し当てた。
 しかし、彼女はとんでもない所にいた。
 先程キノコを食べた湧き水付近から更に遠く離れた、何本も連なる大木の枝の上に、ぶら下がるようにして項垂れていた。

 にわかに信じられないが、先の衝撃であそこまで吹き飛ばされたようだ。
 きまぐれに吹く弱い風に、自慢のプラチナブロンドの長い髪がサラサラと揺られ、さながら柳のようになっていて不気味だった。

「気絶しているだけだよなアリシア。生きてると信じるぞ」

 俺は可能な限り足音を殺してアリシアの元に駆け寄る。
 やはり幸いして、タタリオロチは俺という存在に露ほどの興味を示さず、わざわざ動向を気にすることはなかった。
……どうか今だけはこちら気付いてくれるなよ。

 そう念じながら、アリシアの元までやってきた。

「大丈夫かアリシア。俺だ」

 木の上で項垂れるアリシアに小声で話しかけるが、反応らしい反応は見せない。
 俺はそれでも根気強く何度も話しかける。すると、

「……コタ、ロー?」

 その呼びかけに答えるように、アリシアはゆっくりと眼を開ける。
 目を覚ましたアリシアは、まだ夢と現実の判別がついていないのだろう。
 上体を起こそうとしたときに体勢を崩し、徐々に体が逆さまに傾いていって、そうして落下した。

「……え?」

「──アリシア!」

 俺は両腕を精一杯に広げて、落下したアリシアを見事包み込むようにキャッチする。
 寝惚けまなこのアリシアは腕の中できょとんとした顔で俺を見る。
 胸に抱いて改めて細い体だなと感じた。

「あ、ありがとう……」

 ようやく己が置かれた事態を理解したのか、アリシアは恥じらいながら感謝を述べた。

「……そうだ、あの蛇は!」

 ボロボロの体ですぐに跳ね起きようとするが、俺はその体をぐっと押さえ込む。

「まだ無理をするなって、君はここまで吹き飛ばされて気を失っていたんだ」

「こんなところまで……」

 先ほど居た地点と、今居る地点を見比べてアリシアは青くなった。

「今は安静にしといてくれ。あいつは君のことを探している。アリシアだけを狙って行動しているんだ」

「……やっぱり、私のことを?」

 アリシアはその事について、予めそう思う所があったような返答をする。
 当人も自覚はあったようだ。

「奴と目の前で対峙したが、俺は危害を加えられることもなく簡単に見逃されたんだ」

「ならば十中八九、アリアの差し金と見ていいわね。『アリシアだけを排除せよ』そういう指示を受けて動いているのかも。ただコタローがスキルを使えば、あいつはそれを目的の妨害行為と見做して絶対に攻撃してくるわよ。大人しく見逃してくれるとは思えない」

 あの時の俺の蹴りは、その硬い鱗に守られてダメージが入らなかったお陰で、どうやら攻撃と見做されなかった可能性がある。
 ただ奴に対してスキルを使用していたら、それは明確な妨害行為として判断され、排除される可能性が生まれると。
 あの時俺がローションボールを使っていれば、今頃どうなっていたことか分からない。

「あいつは相当危険よ。アリアが私を殺すためだけに生んだような存在。コタロー、あなたはここから逃げなさい」

「……はっ?」

 その言葉に不意をつかれる。
 突然何を言い出すんだ。
 逃げること、それだけはしないと俺は覚悟を決めて来たばかりなんだ。

「この姉妹喧嘩にあなたは関係ないわ。これ以上他人を巻き込めない」

「何を言ってるんだよアリシア! 俺は絶対に──」

 その言葉にカッと熱くなりかけた時だった。
 そこでアリシアは自身が置かれている状況に気付いたのだろう、俺を思い切り突き飛ばした。

「って、いつまで抱いてんのよ!」

「あ、すまん」

 俺はぎゅっと抱きしめたままだったアリシアをようやく解放する。
 アリシアはさっと俺から距離を取り、獣さながらの威嚇した表情を俺へと向ける。
 ふわりと上着がなびいて、白い肌がチラリと見えた。
 細い枝で身を切ったのだろう、所々に裂傷の跡があった。
 それを見て、俺の表情は一層に引き締まる。

「アリシア、俺は逃げないぞ」

 彼女の目を見据えて、自分でも恥ずかしくなるくらい真剣な言葉を言ってのける。

「逃げずにあいつと戦う、そして勝つ」

 現状を打破するためには、逃げるという選択肢では駄目だ。逃げた所で奴は『魔力感知』で地獄の果てまで追ってくる。

 だからこそ、ここで倒すしかない。
 しかし俺の思いとは相反してアリシアの反応は芳しくはなかった。

「戦うと言ったって、コタローに何が出来るの? まだ攻撃のスキルがある私の方が何とか対処する見込みはあるわ。悪いことは言わないから、あなたは自分の命を大事にしなさい」 

 それがアリシアなりの優しさなのは俺にだって分かる。
 ただの強がりではないし、何も無策で言っているわけじゃない。
 気持ちの強さだけで勝てる相手じゃないことは俺が一番よく知ってる。

「心配してくれてるのは素直に有り難いと思うよ。でも俺に一つ作戦があるんだ。上手くいけばあいつを倒せる。聞くだけ聞いてもらえないか?」

 かの絶望を乗り超えた中で俺は、一つ脳裏に思い浮かんだことがある。
 決して逃げるための作戦じゃない、これは勝つための作戦だ。

「それには俺一人の力じゃダメだ。アリシアの力が絶対に必要なんだ」

「……作戦ね。まあ聞くだけ聞かせてもらえる?」

 アリシアはどこか訝し気な面持ちであるが、俺の話に耳を傾けてくれた。
 そうして俺は作戦の全貌を包み隠さず話した。
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