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第12話 作戦開始
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俺は作戦の全貌を話した。
これは俺とアリシアの力を合わせなければ絶対に成功することのない作戦だ。
そして当のアリシアの反応はというと、
「まあ、それが成功すれば何とかなるかもしれないわね」
「その反応は協力してくれるってことでいいんだよな」
「現状他に手はないもの。だけどこの作戦、ほぼコタローにかかってるけど大丈夫なの?」
そうだ、この作戦が成功するか否かの鍵を握っているのは俺だと断言していい。
アリシアはただ時が来るまで息を潜めていればいい。
「必ず成功させるさ。俺が合図を送った時に、全力で頼む」
そして俺は即座に背を向けて軽く前傾姿勢をとり、そのまま走りかけようとする。
「ま、待って……もう行くの?」
アリシアに引き止められて振り返った。
俺の服の袖をぎゅっと掴む。
「ああ、行くよ。時間がないだろ」
「……そう」
アリシアは伏し目がちにして、その表情までは判然としなかったが、不安気な声色をしているのは分かった。
「タタリオロチがアリシアを見つけるのは時間の問題だ。決行するなら今しかない」
「それはそうだけど、死なないでねコタロー。何だか自ら死にに行こうとしている気がして少し不安になったわ」
「死なないよ、何を言ってるんだ」
アリシアからそんな指摘をされることなど思いもよらず、少し目を丸くする。
俺は今、そんな顔をしていんだな。
「私が気を失っている間に何かあった? 少し顔付きが変わったんじゃない?」
「そんな数分で変わるわけないよ」
アリシアの鋭い指摘に、俺は肩をすくめ苦笑して誤魔化した。
しばし二人の間に気まずい沈黙が流れる。
たまらず口火を切ったのは俺の方だった。
「じゃあ、行ってくる」
力強く言葉を放つ。
今度は振り返らなかった。
「ええ、健闘を祈るわ」
勇気を与えてくれる言葉を背に受け、俺は太ももにぐっと力を入れる。
勢いよく地面を蹴り上げ、タタリオロチに向かって俺は疾走した。
瞬く間に距離を縮め、その背後にまで数分もかからずに辿り着く。
既に目と鼻の先に居ると言うのに、奴は俺という存在など気にも掛けない。
アリシア以外は興味ありませんといった態度だ。
俺など奴にとっては羽虫程度の存在なのだろう。
まずはその隙だらけの背後に狙いを絞る。
タタリオロチは現在とぐろを巻くように佇んでおり、的が大きくなってくれて非常に当てやすい。
外す方が難しいくらいだろう。
完全に油断し切っている今こそ絶好のチャンスだ。
必中と自信を持って断言できる射程圏内にまで潜り込み、俺は冷静に撃ち放った。
「ローションボール!」
見事、無防備に晒された硬い背部に、挨拶代わりの一発を命中させた。
タタリオロチの自慢の赤黒い鱗にべったりとローションが塗布され、ぬめりと光沢を帯びて鮮やかに輝いている。
その後、間を置かず二発目の準備をする。
対象に直撃した際に飛び散るローションに細心に注意を払い、俺はしっかりと距離をとっておく。
作戦を完遂するならば、ほんの少しでも飛沫を浴びることは許されない。
もし浴びれば、そこでこの作戦は即刻中止となる。
俺の服が溶けることとは関係なく、それはとても重要なことだった。
そして俺は一発目から間髪入れずに二発目も放った。
先程的中させた部分とは違う箇所を狙う。
あえて同じ個所からズラすことも重要だ。
一箇所に二度三度と撃ってもこの作戦では効果が薄い。
最大限の力を発揮させるには、出来る限り満遍なく全身にローションを塗布する必要があった。
タタリオロチが対応してくる前に放たれた二発目も無事に的中した。
よし、ここまでは順調すぎるくらいに順調だ。
「このままお前を全身ローションまみれにしてやるからな!」
そのまま畳み掛けるように、三発目を放とうとするが、しかし次の攻撃まで許してくれるほど甘い相手ではなかった。
タタリオロチは己の体に起きた異変を感じ、即座に原因を突き止めるために視線を振った。
たちどころに俺の姿を捉える。
続く挙動で長大な尻尾が鞭のように、後方に大きくしなったのが分かった。
「──来るッ!」
しなることで遠心力を強めたのだ。
タタリオロチは邪魔者を払いのけるように、力の限り大きく薙いだ。
俺の脇腹付近を鋭い一撃が空を切る。
それをすんでの所で回避したものの、俺はあらぬ方へ数メートル簡単に吹き飛ばされる。
皮膚の薄皮一枚掠めそうな程の際どさだったが、風圧だけでこの威力を誇った。
あんなものを正面から受ければ全身の骨がぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
俺から明確な攻撃の意思を感じ取った事によって、タタリオロチが迎撃体勢へと入ったのが分かる。
以前までの黙殺状態は終了し、これまでとは打って変わってしっかりと反撃してきた。
やはりアリシアが言った通りスキルを使用することが迎撃対象の条件なのかもしれない。
何にせよ俺はこれでタタリオロチから完全に敵として認識された。
先の衝撃的な一撃によって砂塵が周囲へと一気に吹き荒れた。
タタリオロチは巻き起こった土煙の中に、更にもう一度長大な尾を叩きつける。
その追撃に震え上がるように地響きが轟き、緑に苔むした大地は綺麗にその尾の形に穿たれる。
永く地中に眠っていた土は強制的に掘り起こされ、付近へとパラパラと飛び散った。
そうしてタタリオロチはまるで何事もなかったかのように踵を返した。
一仕事終え、アリシアの探索を再び開始するのだろう。
俺は爆散するように蔓延する砂埃の中で、激しく咳き込みながら、どうにか立ち上がる。
なんとも爪が甘い奴だと思った。
奴は本当に魔力感知を持っているのか?
俺が死んだところをちゃんと確認してから行けばいいものを。
これじゃ宝の持ち腐れだぞ。
一撃の範囲は広大ではあるが、やはり当たらなければ致命傷にまで至ることはない。
噴き上がる砂塵を一身に受けて、服が砂まみれになった程度で、俺はほぼ無傷で切り抜ける。
俺はタタリオロチの雑に放たれた二撃目もわざわざ避けることなく回避出来ていた。
残りの魔力はローションボール三発ほどだ。
二発を体に、最後の一発を顔面にお見舞いする。
それで俺に課せられた仕事は完了だ。
気を抜かずに無事遂行してみせる。
俺はもうもうと立ち込める土煙の中を、切り裂くようにして突き進む。
タタリオロチの体の部位の中で、唯一尻尾を狙うのだけは避けなければいけない。
今しがたの奴の攻撃方法から鑑みるに、基本的に尻尾を振り回して攻撃するタイプなのは明白だ。
万が一にもその尾にローションボールを的中させてしまった場合、振り回すたびにローションが四方八方へと拡散し、衣服や素肌に貼り付いてしまう可能性が跳ね上がる。
故に照準として狙うのは、容貌か満身か、そのどちらか二択のみ。
その巨体に向かって再び快足を飛ばして駆けて行く俺だったが、今度こそ事前に俺の存在を察知したのだろう、タタリオロチは煩わしそうにこちらへ振り返り鋭い牙を向ける。
俺はその行動に少し虚を突かれたが、前もって用意していた三発目のローションボールを放っていた。
狙い澄ましたのは、その振り向きざまの死角だ。
振り返ったと同時に飛来するローションボールに当然対応出来るはずもなく、小気味良い破裂音が響いた。
しかし目当ての箇所とは少しばかりズレており、結果は喉元の辺りを掠める程度。
惜しい、あと僅かばかり上方に外れていれば、一番難易度が高いであろう容貌にクリーンヒットしていた。
しかし俺に惜しむ時間など一秒たりともない。
意識を素早く切り替え、次の四発目に集中する。
「シャーッ!!!」
そこでタタリオロチは俺に向かって、なんとも迫力を感じさせる威嚇をした。
モンスターにだって不快という感情はあるのか、激しく猛り感情を露わにしている。
その咆哮を見るに、明らかに激昂していることを肌で実感するものの、しかし俺は何食わぬ顔で黙殺し、即座に四発目を撃ち放った。
比較的に狙いやすかった体部分へ、またもあっさりと直撃する。
ここまでは全弾的中だ。
想像以上に上手くいっている。
むしろ上手くいきすぎて怖いくらいだった。
ただ実際の話、ローションボールなんざ何発食らった所でタタリオロチに実害らしい実害は無い。
むしろ蛇は常に滑るように動くため、ローションで摩擦が減った分、全身が更に滑りやすくなり有利になったとも取れる。
実害が無いどころか利敵行為と言われても仕方がない。
しかし、それでよかった。
タタリオロチが動きやすくなろうとも、ローションを塗布する事こそが俺の狙いなのだから。
都合四発のローションボールをその身に受けたタタリオロチであったが、予測出来る通りに、それらを全く意に介すことはなく滑走していた。
ローションで全身がぬめっている分、更に速度が加速したタタリオロチは目にも留まらぬ速さで激走している。
ガッチリと俺の姿をロックオンし、目線を離そうという気を感じない。
とうとう完全に奴を怒らせたのだろう。
タタリオロチは怒髪天をつく勢いで俺の元へと迫り来ようとしていた。
「────はぁ、はぁ、はぁっ!」
その鬼気迫る形相を見て、自然と呼吸は荒くなっていく。
当たったら死ぬ。
当たったら死ぬ。
当たったら死ぬ。
俺の心臓は馬鹿みたいに早鐘を打ち続ける。
あの速度で来る物体に当たれば紛うことなき即死であろう。
果たして俺に避けられるのかアレを。
……いいや、もう逃げないと決めたばかりじゃないか。
というよりも、逃げたところで逃げ場なんてどこにもないんだ。
俺の足では瞬く間に追いつかれて、全身をぐちゃぐちゃにされる未来しか想像できない。
今すぐにも行動を起こさないと、あと数秒も経てば俺はタタリオロチと正面衝突してミンチになるだろう。
だったらと、俺は後ずさりそうになる足を、一歩、前へと踏み出した。
果敢に真正面から迎え撃つ。
「俺は、死なねぇ!」
頭身が眼前にまで迫り来るタイミングで、俺は超常的なまでの力を足に込めて、一思いに跳躍する。
刹那、タタリオロチが爆速で俺の下を通り過ぎて行った。
片方の靴底が数ミリほど鱗に擦れて、どこかへ一瞬で飛ばされていった。
なんとか避けた。
避けることができた。
今の回避もさることながら、これまでの回避も奇跡みたいなものだ。
まともに当たれば即死という攻撃を、もう何度免れてきたか。
我ながら回避能力の高さに驚きを隠せないでいた。
それはもう奇跡を超越した何かという他ない。
もしかすると神様も味方してくれているのかもしれないな、と俺は思った。
しかしそんな都合のいい奇跡の連続は、とうとう次で最後になる。
通り過ぎたタタリオロチは滑らかに弧を描くように方向転換して、自慢の尻尾をしならせて一閃振るった。
その場で尾を横に薙いで、石礫の雨をこちらに降らせたのだ。
俺が何かアクションを起こす前より先に次の攻撃が飛んできた。
飛来する細かい砂礫の数々は、どうやら人間である以上、物理的に回避することは出来そうにない。
風圧で吹き飛んできた巨大な岩石が一つが腹部に深く抉り込み、衝撃で体が浮いた。
思わず意識が飛びそうになる。
同時に、付近は一気に土埃にまみれた。
タタリオロチは畳みかけるようにして、あっという間に距離を詰め、勢い任せにもう一度尾を振るう。
その一陣の突風によって周りの土埃は一瞬で掻き消されたが、そこに俺の姿は無かった。
飛びそうになる意識の中、俺はタタリオロチの尻尾に体全身でしがみついていた。
ここから尻尾を伝って体を這い進んでいき、タタリオロチの顔面に向かって、ゼロ距離で回避不能のローションボールを放つつもりでいた。
しかし珍しく俺の存在に素早く気付いたタタリオロチは返す刀で上方に尾を振るい、俺を天高くへと突き飛ばした。
凄まじい風圧を身に受け続け、尾から剥がれ落ちるようにして指が一本ずつ離れていき、ついには完全に引き離された。
そして文字通り、俺は空を飛んでいた。
タタリオロチの膂力にかかれば、人間の体など簡単に上空を舞ってしまうようだ。
そのまま俺は大気圏にまで吹き飛ばされるのかと思ったが、ある地点を超えてから減速して、その後完全に一度静止し、そしてそこから驚異的な速度で落下を始めた。
思わず吐いてしまいそうになるほどの浮遊感が襲う。
三半規管がぐちゃぐちゃになっている感覚があった。
そして、その落下の行く先には、タタリオロチが裂け切れんばかりに大口を広げて待ち構えていた。
「……嘘だろ」
俺は急いで二人で決めた合図をアリシアに送った。
しかしあまりにも地表までと距離が離れているため、物理的に伝わりそうにもない。
当然このまま落下すれば、あの大きな口へ飲み込まれてしまうだろう。
この光景はあの時想起した最悪のイメージのまんまだ。
「うわあああああああ!!」
恐怖が全身を襲い、俺はたまらず絶叫した。
これは俺とアリシアの力を合わせなければ絶対に成功することのない作戦だ。
そして当のアリシアの反応はというと、
「まあ、それが成功すれば何とかなるかもしれないわね」
「その反応は協力してくれるってことでいいんだよな」
「現状他に手はないもの。だけどこの作戦、ほぼコタローにかかってるけど大丈夫なの?」
そうだ、この作戦が成功するか否かの鍵を握っているのは俺だと断言していい。
アリシアはただ時が来るまで息を潜めていればいい。
「必ず成功させるさ。俺が合図を送った時に、全力で頼む」
そして俺は即座に背を向けて軽く前傾姿勢をとり、そのまま走りかけようとする。
「ま、待って……もう行くの?」
アリシアに引き止められて振り返った。
俺の服の袖をぎゅっと掴む。
「ああ、行くよ。時間がないだろ」
「……そう」
アリシアは伏し目がちにして、その表情までは判然としなかったが、不安気な声色をしているのは分かった。
「タタリオロチがアリシアを見つけるのは時間の問題だ。決行するなら今しかない」
「それはそうだけど、死なないでねコタロー。何だか自ら死にに行こうとしている気がして少し不安になったわ」
「死なないよ、何を言ってるんだ」
アリシアからそんな指摘をされることなど思いもよらず、少し目を丸くする。
俺は今、そんな顔をしていんだな。
「私が気を失っている間に何かあった? 少し顔付きが変わったんじゃない?」
「そんな数分で変わるわけないよ」
アリシアの鋭い指摘に、俺は肩をすくめ苦笑して誤魔化した。
しばし二人の間に気まずい沈黙が流れる。
たまらず口火を切ったのは俺の方だった。
「じゃあ、行ってくる」
力強く言葉を放つ。
今度は振り返らなかった。
「ええ、健闘を祈るわ」
勇気を与えてくれる言葉を背に受け、俺は太ももにぐっと力を入れる。
勢いよく地面を蹴り上げ、タタリオロチに向かって俺は疾走した。
瞬く間に距離を縮め、その背後にまで数分もかからずに辿り着く。
既に目と鼻の先に居ると言うのに、奴は俺という存在など気にも掛けない。
アリシア以外は興味ありませんといった態度だ。
俺など奴にとっては羽虫程度の存在なのだろう。
まずはその隙だらけの背後に狙いを絞る。
タタリオロチは現在とぐろを巻くように佇んでおり、的が大きくなってくれて非常に当てやすい。
外す方が難しいくらいだろう。
完全に油断し切っている今こそ絶好のチャンスだ。
必中と自信を持って断言できる射程圏内にまで潜り込み、俺は冷静に撃ち放った。
「ローションボール!」
見事、無防備に晒された硬い背部に、挨拶代わりの一発を命中させた。
タタリオロチの自慢の赤黒い鱗にべったりとローションが塗布され、ぬめりと光沢を帯びて鮮やかに輝いている。
その後、間を置かず二発目の準備をする。
対象に直撃した際に飛び散るローションに細心に注意を払い、俺はしっかりと距離をとっておく。
作戦を完遂するならば、ほんの少しでも飛沫を浴びることは許されない。
もし浴びれば、そこでこの作戦は即刻中止となる。
俺の服が溶けることとは関係なく、それはとても重要なことだった。
そして俺は一発目から間髪入れずに二発目も放った。
先程的中させた部分とは違う箇所を狙う。
あえて同じ個所からズラすことも重要だ。
一箇所に二度三度と撃ってもこの作戦では効果が薄い。
最大限の力を発揮させるには、出来る限り満遍なく全身にローションを塗布する必要があった。
タタリオロチが対応してくる前に放たれた二発目も無事に的中した。
よし、ここまでは順調すぎるくらいに順調だ。
「このままお前を全身ローションまみれにしてやるからな!」
そのまま畳み掛けるように、三発目を放とうとするが、しかし次の攻撃まで許してくれるほど甘い相手ではなかった。
タタリオロチは己の体に起きた異変を感じ、即座に原因を突き止めるために視線を振った。
たちどころに俺の姿を捉える。
続く挙動で長大な尻尾が鞭のように、後方に大きくしなったのが分かった。
「──来るッ!」
しなることで遠心力を強めたのだ。
タタリオロチは邪魔者を払いのけるように、力の限り大きく薙いだ。
俺の脇腹付近を鋭い一撃が空を切る。
それをすんでの所で回避したものの、俺はあらぬ方へ数メートル簡単に吹き飛ばされる。
皮膚の薄皮一枚掠めそうな程の際どさだったが、風圧だけでこの威力を誇った。
あんなものを正面から受ければ全身の骨がぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
俺から明確な攻撃の意思を感じ取った事によって、タタリオロチが迎撃体勢へと入ったのが分かる。
以前までの黙殺状態は終了し、これまでとは打って変わってしっかりと反撃してきた。
やはりアリシアが言った通りスキルを使用することが迎撃対象の条件なのかもしれない。
何にせよ俺はこれでタタリオロチから完全に敵として認識された。
先の衝撃的な一撃によって砂塵が周囲へと一気に吹き荒れた。
タタリオロチは巻き起こった土煙の中に、更にもう一度長大な尾を叩きつける。
その追撃に震え上がるように地響きが轟き、緑に苔むした大地は綺麗にその尾の形に穿たれる。
永く地中に眠っていた土は強制的に掘り起こされ、付近へとパラパラと飛び散った。
そうしてタタリオロチはまるで何事もなかったかのように踵を返した。
一仕事終え、アリシアの探索を再び開始するのだろう。
俺は爆散するように蔓延する砂埃の中で、激しく咳き込みながら、どうにか立ち上がる。
なんとも爪が甘い奴だと思った。
奴は本当に魔力感知を持っているのか?
俺が死んだところをちゃんと確認してから行けばいいものを。
これじゃ宝の持ち腐れだぞ。
一撃の範囲は広大ではあるが、やはり当たらなければ致命傷にまで至ることはない。
噴き上がる砂塵を一身に受けて、服が砂まみれになった程度で、俺はほぼ無傷で切り抜ける。
俺はタタリオロチの雑に放たれた二撃目もわざわざ避けることなく回避出来ていた。
残りの魔力はローションボール三発ほどだ。
二発を体に、最後の一発を顔面にお見舞いする。
それで俺に課せられた仕事は完了だ。
気を抜かずに無事遂行してみせる。
俺はもうもうと立ち込める土煙の中を、切り裂くようにして突き進む。
タタリオロチの体の部位の中で、唯一尻尾を狙うのだけは避けなければいけない。
今しがたの奴の攻撃方法から鑑みるに、基本的に尻尾を振り回して攻撃するタイプなのは明白だ。
万が一にもその尾にローションボールを的中させてしまった場合、振り回すたびにローションが四方八方へと拡散し、衣服や素肌に貼り付いてしまう可能性が跳ね上がる。
故に照準として狙うのは、容貌か満身か、そのどちらか二択のみ。
その巨体に向かって再び快足を飛ばして駆けて行く俺だったが、今度こそ事前に俺の存在を察知したのだろう、タタリオロチは煩わしそうにこちらへ振り返り鋭い牙を向ける。
俺はその行動に少し虚を突かれたが、前もって用意していた三発目のローションボールを放っていた。
狙い澄ましたのは、その振り向きざまの死角だ。
振り返ったと同時に飛来するローションボールに当然対応出来るはずもなく、小気味良い破裂音が響いた。
しかし目当ての箇所とは少しばかりズレており、結果は喉元の辺りを掠める程度。
惜しい、あと僅かばかり上方に外れていれば、一番難易度が高いであろう容貌にクリーンヒットしていた。
しかし俺に惜しむ時間など一秒たりともない。
意識を素早く切り替え、次の四発目に集中する。
「シャーッ!!!」
そこでタタリオロチは俺に向かって、なんとも迫力を感じさせる威嚇をした。
モンスターにだって不快という感情はあるのか、激しく猛り感情を露わにしている。
その咆哮を見るに、明らかに激昂していることを肌で実感するものの、しかし俺は何食わぬ顔で黙殺し、即座に四発目を撃ち放った。
比較的に狙いやすかった体部分へ、またもあっさりと直撃する。
ここまでは全弾的中だ。
想像以上に上手くいっている。
むしろ上手くいきすぎて怖いくらいだった。
ただ実際の話、ローションボールなんざ何発食らった所でタタリオロチに実害らしい実害は無い。
むしろ蛇は常に滑るように動くため、ローションで摩擦が減った分、全身が更に滑りやすくなり有利になったとも取れる。
実害が無いどころか利敵行為と言われても仕方がない。
しかし、それでよかった。
タタリオロチが動きやすくなろうとも、ローションを塗布する事こそが俺の狙いなのだから。
都合四発のローションボールをその身に受けたタタリオロチであったが、予測出来る通りに、それらを全く意に介すことはなく滑走していた。
ローションで全身がぬめっている分、更に速度が加速したタタリオロチは目にも留まらぬ速さで激走している。
ガッチリと俺の姿をロックオンし、目線を離そうという気を感じない。
とうとう完全に奴を怒らせたのだろう。
タタリオロチは怒髪天をつく勢いで俺の元へと迫り来ようとしていた。
「────はぁ、はぁ、はぁっ!」
その鬼気迫る形相を見て、自然と呼吸は荒くなっていく。
当たったら死ぬ。
当たったら死ぬ。
当たったら死ぬ。
俺の心臓は馬鹿みたいに早鐘を打ち続ける。
あの速度で来る物体に当たれば紛うことなき即死であろう。
果たして俺に避けられるのかアレを。
……いいや、もう逃げないと決めたばかりじゃないか。
というよりも、逃げたところで逃げ場なんてどこにもないんだ。
俺の足では瞬く間に追いつかれて、全身をぐちゃぐちゃにされる未来しか想像できない。
今すぐにも行動を起こさないと、あと数秒も経てば俺はタタリオロチと正面衝突してミンチになるだろう。
だったらと、俺は後ずさりそうになる足を、一歩、前へと踏み出した。
果敢に真正面から迎え撃つ。
「俺は、死なねぇ!」
頭身が眼前にまで迫り来るタイミングで、俺は超常的なまでの力を足に込めて、一思いに跳躍する。
刹那、タタリオロチが爆速で俺の下を通り過ぎて行った。
片方の靴底が数ミリほど鱗に擦れて、どこかへ一瞬で飛ばされていった。
なんとか避けた。
避けることができた。
今の回避もさることながら、これまでの回避も奇跡みたいなものだ。
まともに当たれば即死という攻撃を、もう何度免れてきたか。
我ながら回避能力の高さに驚きを隠せないでいた。
それはもう奇跡を超越した何かという他ない。
もしかすると神様も味方してくれているのかもしれないな、と俺は思った。
しかしそんな都合のいい奇跡の連続は、とうとう次で最後になる。
通り過ぎたタタリオロチは滑らかに弧を描くように方向転換して、自慢の尻尾をしならせて一閃振るった。
その場で尾を横に薙いで、石礫の雨をこちらに降らせたのだ。
俺が何かアクションを起こす前より先に次の攻撃が飛んできた。
飛来する細かい砂礫の数々は、どうやら人間である以上、物理的に回避することは出来そうにない。
風圧で吹き飛んできた巨大な岩石が一つが腹部に深く抉り込み、衝撃で体が浮いた。
思わず意識が飛びそうになる。
同時に、付近は一気に土埃にまみれた。
タタリオロチは畳みかけるようにして、あっという間に距離を詰め、勢い任せにもう一度尾を振るう。
その一陣の突風によって周りの土埃は一瞬で掻き消されたが、そこに俺の姿は無かった。
飛びそうになる意識の中、俺はタタリオロチの尻尾に体全身でしがみついていた。
ここから尻尾を伝って体を這い進んでいき、タタリオロチの顔面に向かって、ゼロ距離で回避不能のローションボールを放つつもりでいた。
しかし珍しく俺の存在に素早く気付いたタタリオロチは返す刀で上方に尾を振るい、俺を天高くへと突き飛ばした。
凄まじい風圧を身に受け続け、尾から剥がれ落ちるようにして指が一本ずつ離れていき、ついには完全に引き離された。
そして文字通り、俺は空を飛んでいた。
タタリオロチの膂力にかかれば、人間の体など簡単に上空を舞ってしまうようだ。
そのまま俺は大気圏にまで吹き飛ばされるのかと思ったが、ある地点を超えてから減速して、その後完全に一度静止し、そしてそこから驚異的な速度で落下を始めた。
思わず吐いてしまいそうになるほどの浮遊感が襲う。
三半規管がぐちゃぐちゃになっている感覚があった。
そして、その落下の行く先には、タタリオロチが裂け切れんばかりに大口を広げて待ち構えていた。
「……嘘だろ」
俺は急いで二人で決めた合図をアリシアに送った。
しかしあまりにも地表までと距離が離れているため、物理的に伝わりそうにもない。
当然このまま落下すれば、あの大きな口へ飲み込まれてしまうだろう。
この光景はあの時想起した最悪のイメージのまんまだ。
「うわあああああああ!!」
恐怖が全身を襲い、俺はたまらず絶叫した。
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