123 / 151
恋人編
第8話「理想の関係とは、仲が良いことではなく、うまく喧嘩が出来る関係のことである」①
しおりを挟む
私はマク○ナルドの隅の席で、友人の清水心春と共に黙って座り込んでいた。
つい先ほどまで、詩子の友人である優花里と玲菜から、事の詳細を聞いていたところだ。私は2人の話を聞き、詩子と真白に一体何があったのかを察していった。
どうやら、真白の家族とトラブルがあり、それが原因で別れたらしい。それだけならよくある別れ話だが、その後詩子は、魂が抜けてしまったかのように、反応に乏しくなってしまったらしい。
2人からは、詩子を元気づけて欲しいと言われたが。正直なところ、私は、アイツに会う気が起こらなかった。
だって、どんな顔をして会えばいいのか、わからない。私とアイツは、今は『友達』という関係になっているけれど、だからと言って、私がアイツを『友達』として見ていられるかは、まったくの別問題だ。
――いや。そもそも、無理な話だ。だって、私は未だに、アイツへの未練を、断ち切れないでいる。
そんな私が、アイツと会って話をしようとしたところで――お互いに気まずくなるだけだし、何よりも、私が辛い。
……こんな感じで、もう、半年近く、アイツを避けているんだよな。私は机に肘をつき、大きく、大きくため息を吐いた。
「……ねえ、由希」
と。悩む私に、傍らの心春が声をかけて来た。
「――どうする?」
心春はどこか憂いを帯びたような目で、私に尋ねて来る。私は「どうする、って言っても、」と眉間にしわを寄せると、矢継ぎ早に、心春は私に切り返してきた。
「だって、その……チャンス、だよ。お互いに、もう一度、やり直す」
心春の言葉に、私は思わず深く考え込んでしまった。
――心春もまた、私と同じく恋に破れた人間だ。
私は詩子のことが好きだったが、心春は、アイツの彼氏であった、真白の事が好きだった。
いや。と言うか、今も好きなのだろう。振られて半年以上が経つが、今でもちょくちょく、アイツの話題を口にしてくる。
女の恋は上書き保存、などと言うが。人間は定例通りにならないのが当たり前で。お互いに、どうも重たい感情を引きずってしまっているようだ。私はもう一度ため息を吐いて、今度は後ろのソファに体を預けた。
「……どうしよっかな、本当に」
「でも、会うべきだよ。そしたらさ、うまくいけば、私たちに振り向いてもらうことだってできるかもじゃん。アイツも、真白も、今はきっと辛い状態だろうしさ。狙い目だよ、間違いなく」
「……まあ、そりゃ、そうだろうけどさ」
私は体を起こして、机に肘をついて呟く。
――そう。今がちょうど、チャンスなのだ。
女同士の私はともかく、特に心春からすれば、もう一度好きになってもらえるチャンスなのだ。私からしても、アイツと仲直りをして、もう一度、関係をやり直すいい機会だ。
うまくいけば、真白を遠ざけて、私に興味を持たせることだってできるかもしれない。なにせ、詩子は恋愛嫌いだ。真白はたまたまアイツのお眼鏡に叶っただけで、基本的に、アイツは男と付き合うことそのものを拒否している。
だとしたら。時間はかかるかもだけど、長く付き合っていけば、アイツも私に興味を持つかもしれない。
なにより、今は以前とは状況が違う。アイツも、私の好意には気付いているのだから、私を意識してくれるかもしれない。
そこまで考えてから。私は、片方の手で、額にかかる前髪を、ゆっくりと掻き上げて、
「……でも、本当に、それでいいのかな」
ぽつりと、そう呟いた。
心春が黙り込んで、困ったように私を見つめる。私はもう一度ため息を吐くと、瞳を揺らして、心春から目を逸らした。
――と。途端、心春は私のポケットを勝手にごそごそと漁って、私のスマートフォンを取り出した。
「ちょっ、何するんだよ、いきなり」
「しよう、連絡」
「……ハァ?」
「らしくないよ、こんなところでうじうじしちゃって。由希は、こういう時いつだって男らしいんだから。迷っているくらいなら、さっさとやっちゃおうよ」
心春は固い表情で私を見つめて来た。私は彼女の言葉に、きゅっと唇を結ぶ。
――らしくない、か。私はその言葉をもう一度反芻すると、またため息を吐き、肩を竦める。
「……そうだよな」
私は心春の言葉を肯定して、もう一度考える。
――その通りだ。まったくもって、私らしくない。
そうだ。こういう時、私が何をするかなんて、決まり切っていることじゃないか。私は決心をすると、心春の取り出したスマートフォンを、固く掴んだ。
「――私なら、こうするよな、そりゃあ」
そして私は、L○NEを開いて――私の友人へと、電話をかけた。
◇ ◇ ◇ ◇
大学の校門前。僕はスマホをいじりながら、とある人物を待っていた。
昨日、突然、詩子の親友である天音由希さんから電話がかかって来た。
何の話かはなんとなく察してはいたが、彼女は僕に電話をすると、「明日、一限目が終わったら校門前で待ってろ」とだけ言い、僕は現在それに従っている。
幸い、この後の授業は出なくても問題ない。僕はコンクリートから跳ね返る熱気に「あつ……」と声を漏らすと、突然、車のクラクションの音が辺りに響いた。
「おい、河野!」
それと同時に、かなり久しぶりに聞いた声が僕の名を呼ぶ。僕は後ろを振り返ると、「あっ、」と、窓から顔を出すその人物を見つける。
「天音さん、やあ」
「おう、久しぶり。ちょっと、まあ、話したいことがあったからよ」
僕は彼女の言葉を聞くと、ゆっくりと、乗っている紺色の軽自動車へと近づく。
「車、持ってたんだね」
「いや、これ兄貴の。まあんなこたいいからさ、早く乗れよ」
天音さんは、助手席の向こう側からこちらを見つめて手招きをする。僕は少しばかり緊張しながらも、ゆっくりとドアを開けて、「じゃあ、うん」と助手席へと乗り込む。
と、僕がシートベルトをする前に、天音さんは勢いよく急発進をした。僕はビックリして、思わず笑顔が張り付いてしまう。
「ちょっ、勢い凄いね」
「あ? こんなモンだろ」
天音さんは肘掛けに片腕を置きながら、片手でハンドルを握り、ぐるん、ぐるんと勢いよくそれを回す。
僕は車に揺られながらも、慌ててシートベルトを取り付けた。もしかしてだけど、天音さん、運転荒い?
「まあ、それよりさ、河野」
僕は天音さんに話しかけられ、ドキリとしてしまう。一体何の話なのかは、なんとなく想像が付いたからだ。
僕は緊張しながらも、覚悟を決めて天音さんの言葉を待つ。しかし、口火を切った彼女が放ったのは、予想外の言葉だった。
「ちょっと、私の家来い」
◇ ◇ ◇ ◇
そうして僕は、少し町から外れた住宅街へとやって来た。
あの後は特に何も話さず、僕は天音さんを気にしながらも、窓の外の景色を眺めていた。過ぎ去っていく光景に色々と思いをはせていると、「着いたぞ」と言い、天音さんが車を止めた。
天音さんの家には、道場が併設されていた。木製の少し大きなその建物を見ると、僕は「へぇ、」と感慨深くぽつりとつぶやいた。
「道場やってたんだね。なんか、吉田くんに鉄山靠をしていたのも納得したよ」
「アンタ、あの技知ってるんだね」
「兄貴が空手をやってて。それで、多少はそう言う知識を持っている」
「アンタは習ってなかったの?」
「痛いのが嫌だったから」
「はは、軟弱者がよぉ」
天音さんは笑うと、道場のドアを開けて、中へと入った。
道場内は板張りではなく、ふちの無い畳がぎゅうぎゅうと敷き詰められている様相だった。どうやら空手の試合場を想定した物みたいで、リングの中と外とで畳の色も違っている。
「それで、なんでここに?」
僕が天音さんに尋ねると。彼女は突然、僕の足元に何かを投げて来た。
ヘッドギアと、空手用のグローブだった。僕は「え?」と呟き、足元のそれらへ目を移す。
「着けろ」
と、天音さんはグローブとヘッドギアを装備しながら、僕にただそうとだけ言った。僕は「え?」ともう一度言うと、天音さんは有無を言わさぬ雰囲気で、「いいから、早くしろ」とだけ言った。
「ちょっ、と……待って。もしかしてだけど、」
「ん。今からお前をボコす」
天音さんは、殺気にも似たオーラを放ちながら僕へと告げた。僕は突然の死刑宣告に身震いしながら、一歩、彼女から距離を取る。
「いや、なんで。いくらなんでも、怖いんだけど」
「――お前、詩子と別れただろ?」
僕はその一言で、ピタリと足を止める。そして、天音さんから目を逸らして、奥歯をぐっと噛み締める。
「私さ――ぶっちゃけ、アンタのこと、ムカついてんだよね。突然横からしゃしゃり出て来たかと思えば、いつの間にか、アイツの気持ちをかっさらって行きやがって。……そりゃあ、男と女なんだから、私よりそう言う可能性があるのもわかるよ。でも、だからって、私のが先に好きだったのは事実なんだから」
天音さんはそう言うと、指の骨をポキリ、ポキリと鳴らして僕を見据える。
「私だって色々考えたんだ。それで、こうするしかないって、アイツとの関係を断った。
その挙句がコレかよ。……ふざけんなよ、テメェ。家族がやべぇだの何だの知らねぇけど、その程度のことで、私の行動も、アイツの気持ちも、全部、全部否定しやがって。
やっぱ、男ってのは根性がねぇとダメだわ。意気地なしはいざって時に、最悪の決断ばかりしやがる。ぬるま湯ばっかに浸かって痩せ細ってるから、そんなことになるんだよ。
つーわけで、今から気合い入れなおす。痛いだろうけど、まあ、知ったこっちゃねぇな」
天音さんは首をぐるぐると回してから、僕を食い殺すような目で睨みつける。僕はぞくりと身震いしてから、天音さんにまた話しかける。
「えっ、と――その。女の子を殴るのは、なんかやり辛いって言うか……」
「安心しろ。アンタのパンチなんか、私からすればガキ同然だから。……どうすんだ? 逃げんのか、それとも、テメェの人生に向き合うのか」
天音さんの言葉で、僕はもう一度奥歯を噛み締める。
――逃げるかどうかなんて、決まっているじゃないか。
「……わかったよ」
僕は眼鏡を外してから、足元のヘッドギアを拾い、頭に着ける。そしてグローブを手にはめて、天音さんに身構える。
「元より、逃げる気はないよ。これは、きっと僕に必要なことだ。……むしろ、望むところだよ」
「言うじゃん。……んじゃあ、かかって来いよ。根性見せやがれ、この貧弱クソ野郎!」
天音さんの言葉を聞き、僕は一瞬目を閉じる。
そして、思い切り拳を握って、「うああああああっ!」と叫び、彼女に殴り掛かった。
つい先ほどまで、詩子の友人である優花里と玲菜から、事の詳細を聞いていたところだ。私は2人の話を聞き、詩子と真白に一体何があったのかを察していった。
どうやら、真白の家族とトラブルがあり、それが原因で別れたらしい。それだけならよくある別れ話だが、その後詩子は、魂が抜けてしまったかのように、反応に乏しくなってしまったらしい。
2人からは、詩子を元気づけて欲しいと言われたが。正直なところ、私は、アイツに会う気が起こらなかった。
だって、どんな顔をして会えばいいのか、わからない。私とアイツは、今は『友達』という関係になっているけれど、だからと言って、私がアイツを『友達』として見ていられるかは、まったくの別問題だ。
――いや。そもそも、無理な話だ。だって、私は未だに、アイツへの未練を、断ち切れないでいる。
そんな私が、アイツと会って話をしようとしたところで――お互いに気まずくなるだけだし、何よりも、私が辛い。
……こんな感じで、もう、半年近く、アイツを避けているんだよな。私は机に肘をつき、大きく、大きくため息を吐いた。
「……ねえ、由希」
と。悩む私に、傍らの心春が声をかけて来た。
「――どうする?」
心春はどこか憂いを帯びたような目で、私に尋ねて来る。私は「どうする、って言っても、」と眉間にしわを寄せると、矢継ぎ早に、心春は私に切り返してきた。
「だって、その……チャンス、だよ。お互いに、もう一度、やり直す」
心春の言葉に、私は思わず深く考え込んでしまった。
――心春もまた、私と同じく恋に破れた人間だ。
私は詩子のことが好きだったが、心春は、アイツの彼氏であった、真白の事が好きだった。
いや。と言うか、今も好きなのだろう。振られて半年以上が経つが、今でもちょくちょく、アイツの話題を口にしてくる。
女の恋は上書き保存、などと言うが。人間は定例通りにならないのが当たり前で。お互いに、どうも重たい感情を引きずってしまっているようだ。私はもう一度ため息を吐いて、今度は後ろのソファに体を預けた。
「……どうしよっかな、本当に」
「でも、会うべきだよ。そしたらさ、うまくいけば、私たちに振り向いてもらうことだってできるかもじゃん。アイツも、真白も、今はきっと辛い状態だろうしさ。狙い目だよ、間違いなく」
「……まあ、そりゃ、そうだろうけどさ」
私は体を起こして、机に肘をついて呟く。
――そう。今がちょうど、チャンスなのだ。
女同士の私はともかく、特に心春からすれば、もう一度好きになってもらえるチャンスなのだ。私からしても、アイツと仲直りをして、もう一度、関係をやり直すいい機会だ。
うまくいけば、真白を遠ざけて、私に興味を持たせることだってできるかもしれない。なにせ、詩子は恋愛嫌いだ。真白はたまたまアイツのお眼鏡に叶っただけで、基本的に、アイツは男と付き合うことそのものを拒否している。
だとしたら。時間はかかるかもだけど、長く付き合っていけば、アイツも私に興味を持つかもしれない。
なにより、今は以前とは状況が違う。アイツも、私の好意には気付いているのだから、私を意識してくれるかもしれない。
そこまで考えてから。私は、片方の手で、額にかかる前髪を、ゆっくりと掻き上げて、
「……でも、本当に、それでいいのかな」
ぽつりと、そう呟いた。
心春が黙り込んで、困ったように私を見つめる。私はもう一度ため息を吐くと、瞳を揺らして、心春から目を逸らした。
――と。途端、心春は私のポケットを勝手にごそごそと漁って、私のスマートフォンを取り出した。
「ちょっ、何するんだよ、いきなり」
「しよう、連絡」
「……ハァ?」
「らしくないよ、こんなところでうじうじしちゃって。由希は、こういう時いつだって男らしいんだから。迷っているくらいなら、さっさとやっちゃおうよ」
心春は固い表情で私を見つめて来た。私は彼女の言葉に、きゅっと唇を結ぶ。
――らしくない、か。私はその言葉をもう一度反芻すると、またため息を吐き、肩を竦める。
「……そうだよな」
私は心春の言葉を肯定して、もう一度考える。
――その通りだ。まったくもって、私らしくない。
そうだ。こういう時、私が何をするかなんて、決まり切っていることじゃないか。私は決心をすると、心春の取り出したスマートフォンを、固く掴んだ。
「――私なら、こうするよな、そりゃあ」
そして私は、L○NEを開いて――私の友人へと、電話をかけた。
◇ ◇ ◇ ◇
大学の校門前。僕はスマホをいじりながら、とある人物を待っていた。
昨日、突然、詩子の親友である天音由希さんから電話がかかって来た。
何の話かはなんとなく察してはいたが、彼女は僕に電話をすると、「明日、一限目が終わったら校門前で待ってろ」とだけ言い、僕は現在それに従っている。
幸い、この後の授業は出なくても問題ない。僕はコンクリートから跳ね返る熱気に「あつ……」と声を漏らすと、突然、車のクラクションの音が辺りに響いた。
「おい、河野!」
それと同時に、かなり久しぶりに聞いた声が僕の名を呼ぶ。僕は後ろを振り返ると、「あっ、」と、窓から顔を出すその人物を見つける。
「天音さん、やあ」
「おう、久しぶり。ちょっと、まあ、話したいことがあったからよ」
僕は彼女の言葉を聞くと、ゆっくりと、乗っている紺色の軽自動車へと近づく。
「車、持ってたんだね」
「いや、これ兄貴の。まあんなこたいいからさ、早く乗れよ」
天音さんは、助手席の向こう側からこちらを見つめて手招きをする。僕は少しばかり緊張しながらも、ゆっくりとドアを開けて、「じゃあ、うん」と助手席へと乗り込む。
と、僕がシートベルトをする前に、天音さんは勢いよく急発進をした。僕はビックリして、思わず笑顔が張り付いてしまう。
「ちょっ、勢い凄いね」
「あ? こんなモンだろ」
天音さんは肘掛けに片腕を置きながら、片手でハンドルを握り、ぐるん、ぐるんと勢いよくそれを回す。
僕は車に揺られながらも、慌ててシートベルトを取り付けた。もしかしてだけど、天音さん、運転荒い?
「まあ、それよりさ、河野」
僕は天音さんに話しかけられ、ドキリとしてしまう。一体何の話なのかは、なんとなく想像が付いたからだ。
僕は緊張しながらも、覚悟を決めて天音さんの言葉を待つ。しかし、口火を切った彼女が放ったのは、予想外の言葉だった。
「ちょっと、私の家来い」
◇ ◇ ◇ ◇
そうして僕は、少し町から外れた住宅街へとやって来た。
あの後は特に何も話さず、僕は天音さんを気にしながらも、窓の外の景色を眺めていた。過ぎ去っていく光景に色々と思いをはせていると、「着いたぞ」と言い、天音さんが車を止めた。
天音さんの家には、道場が併設されていた。木製の少し大きなその建物を見ると、僕は「へぇ、」と感慨深くぽつりとつぶやいた。
「道場やってたんだね。なんか、吉田くんに鉄山靠をしていたのも納得したよ」
「アンタ、あの技知ってるんだね」
「兄貴が空手をやってて。それで、多少はそう言う知識を持っている」
「アンタは習ってなかったの?」
「痛いのが嫌だったから」
「はは、軟弱者がよぉ」
天音さんは笑うと、道場のドアを開けて、中へと入った。
道場内は板張りではなく、ふちの無い畳がぎゅうぎゅうと敷き詰められている様相だった。どうやら空手の試合場を想定した物みたいで、リングの中と外とで畳の色も違っている。
「それで、なんでここに?」
僕が天音さんに尋ねると。彼女は突然、僕の足元に何かを投げて来た。
ヘッドギアと、空手用のグローブだった。僕は「え?」と呟き、足元のそれらへ目を移す。
「着けろ」
と、天音さんはグローブとヘッドギアを装備しながら、僕にただそうとだけ言った。僕は「え?」ともう一度言うと、天音さんは有無を言わさぬ雰囲気で、「いいから、早くしろ」とだけ言った。
「ちょっ、と……待って。もしかしてだけど、」
「ん。今からお前をボコす」
天音さんは、殺気にも似たオーラを放ちながら僕へと告げた。僕は突然の死刑宣告に身震いしながら、一歩、彼女から距離を取る。
「いや、なんで。いくらなんでも、怖いんだけど」
「――お前、詩子と別れただろ?」
僕はその一言で、ピタリと足を止める。そして、天音さんから目を逸らして、奥歯をぐっと噛み締める。
「私さ――ぶっちゃけ、アンタのこと、ムカついてんだよね。突然横からしゃしゃり出て来たかと思えば、いつの間にか、アイツの気持ちをかっさらって行きやがって。……そりゃあ、男と女なんだから、私よりそう言う可能性があるのもわかるよ。でも、だからって、私のが先に好きだったのは事実なんだから」
天音さんはそう言うと、指の骨をポキリ、ポキリと鳴らして僕を見据える。
「私だって色々考えたんだ。それで、こうするしかないって、アイツとの関係を断った。
その挙句がコレかよ。……ふざけんなよ、テメェ。家族がやべぇだの何だの知らねぇけど、その程度のことで、私の行動も、アイツの気持ちも、全部、全部否定しやがって。
やっぱ、男ってのは根性がねぇとダメだわ。意気地なしはいざって時に、最悪の決断ばかりしやがる。ぬるま湯ばっかに浸かって痩せ細ってるから、そんなことになるんだよ。
つーわけで、今から気合い入れなおす。痛いだろうけど、まあ、知ったこっちゃねぇな」
天音さんは首をぐるぐると回してから、僕を食い殺すような目で睨みつける。僕はぞくりと身震いしてから、天音さんにまた話しかける。
「えっ、と――その。女の子を殴るのは、なんかやり辛いって言うか……」
「安心しろ。アンタのパンチなんか、私からすればガキ同然だから。……どうすんだ? 逃げんのか、それとも、テメェの人生に向き合うのか」
天音さんの言葉で、僕はもう一度奥歯を噛み締める。
――逃げるかどうかなんて、決まっているじゃないか。
「……わかったよ」
僕は眼鏡を外してから、足元のヘッドギアを拾い、頭に着ける。そしてグローブを手にはめて、天音さんに身構える。
「元より、逃げる気はないよ。これは、きっと僕に必要なことだ。……むしろ、望むところだよ」
「言うじゃん。……んじゃあ、かかって来いよ。根性見せやがれ、この貧弱クソ野郎!」
天音さんの言葉を聞き、僕は一瞬目を閉じる。
そして、思い切り拳を握って、「うああああああっ!」と叫び、彼女に殴り掛かった。
0
あなたにおすすめの小説
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる