愛と友情は紙一重!|キュンとしないのになぜか尊い、陰キャ同士の捻くれた純愛ヒューマンドラマ

オニオン太郎

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恋人編

第14話「痛みも後悔も押し切り、人はどこかで決別を果たさねばならない」②

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 電車は既に、町の彼方へと消えてしまった。日が徐々に青暗あおくらく落ちていく駅舎の外で、清水心春は、傍らに立つ松田真紀へと視線を向けた。


「……てかさ、アンタ、誰? なんか、アイツ送って来たけど」

「え? ……あ~……。……敵?」

「は? どゆこと?」

「いや……。なんか、たまたま通りかかって……。……その……色々あってさ……」


 松田はもごもごと、気まずそうな表情で口を動かす。心春はその様子に、どうやら複雑な事情があったらしいと悟り、「まあ、いいけどさ」と軽く受け流すことにした。

 駅前の道路を車が過ぎ去っていく。遠くからわずかにカモメの声が響き、じわじわとした熱気は徐々に夜風にさらわれていく。心春は何を言うこともなく、スマートフォンをトントンといじり。

 ――ふと。荒い呼吸と共に、トス、トスと、コンクリートを踵で打つ音が駅舎に響いた。

 心春はなんとなく、音のした方を見遣り。そしてハッと、瞳孔を大きく見開いてしまった。

 そこにいたのは、今にも倒れそうなほどふらふらと足を運ばせた真白だった。心春は彼の姿を見た途端、「えっ、うそ」と声を詰まらせた。


「え? ……アンタ、アイツと知り合いなの?」


 松田が心春に言う。心春はしかし、挙動不審に左右に目を伏せながら髪をいじり、松田は自分の声など聞こえてもいない彼女に「あ~……」と声を伸ばした。


「……アンタも物好きだねぇ」

「は!? なにが? 別に、なんとも思ってないし!」


 心春が松田に叫ぶ。と、「あれ? 清水?」と、真白が彼女の存在に気が付き、心春はビクリとその声に肩を震わせた。


「……よ」


 心春は手を体の前で組み、ゆらゆらと不自然に体を揺らす。松田は彼女の様子を見ると、「……行ってきな」とため息を吐き背中を叩いた。


「ちょっ……! だから、別に……」


 心春は松田になお言う。しかし、すぐにまた真白へと目を移すと、微塵も身動きを取らない彼に複雑そうに顔をしかめ、やがて、小刻みな歩幅で、呆然と立つその姿へとにじり寄り。


「……ちょっと。付き合って欲しいんだけど」

「え? ……いや、えっと、」

「いいから、来い!」


 心春は真白の手を掴み、無理強引に彼を引っ張った。

 ――できるだけ、触れる手の平の面積が大きいように。ギュッと、必要以上に力を込めながら。


◇ ◇ ◇ ◇


「――清水。以前も、言ったでしょ。僕たちはもう、お互いに会うべきじゃないよ。ましてや今は、彼女もいるんだし……」

「うるさいっ! 黙って付き合え!」


 私は真白の腕を引きながら、駅舎から少し離れた道路を大股で歩いていた。

 さざ波が過ぎ去っていく。夏の夕日はなりを潜めて、世界が青紫色へと染まっていく。

 私は、ある程度の所まで来てから、パッと手を放し。そして真白の方を見もしないで、やぶれかぶれに叫ぶ。


「あーあ! 本当、ムカつくなぁ! 夏に海でデートとか、恋人満喫しやがってさぁ! お前もさぁ、フられた私のこと考えろよ! だからモテねぇんだぞ!」

「いや、だって、来ているなんて知らなかったし……」

「わーってるわンなモン! 察しろ、色々!」


 私は空に向かって吠えると、イライラと踵を返し、後ろ手を組みながら真白を睨みつける。

 真白は私の様子にギョッと目を丸くして、口を結んで固くなってしまった。私はしばらく彼を睨みつけてから、大きくため息を吐き、またくるりと体を反転させて、カツン、カツンとコンクリートを踵で蹴りつけた。


「……情けない話だと思わない?」

「え――?」

「半年。もう半年経ってんの。……アンタにフられてからさ。だったら、諦めて次行くのが筋でしょうが。……なのにさぁ。なんだって、私は、未だにこんなことしてんだろって」


 私はカツ、カツと先を行く。後ろから、すり、すりと、私にいてコンクリートを擦る音が響く。


「……恋って、なんなのかな」

「……え?」

「私さ。これまでも、付き合ってた奴がいたわけじゃん。……運動部のスゲー奴とか、私を孕ませて逃げた奴とか。……アイツらと別れた時もさ、そりゃあ辛かったわけよ。……でも、引きずりはしなかったんよね。2、3か月もあれば、コロッと、次の彼氏探しゃあいいかって」


 私はもう一度くるりと踵を返し、真白を見つめる。

 真白の表情は、鋭く、真剣なものに変わっていた。私と真っすぐに向き合おうって言う意思を感じるような、そんな強い表情に。

 ――ああ。こういう所なんだよな。私はそんな気持ちを飲み込むと、一瞬頓挫した話の続きを、無理矢理口を開けて紡ぐ。


「……なんでアンタは引きずってんのかなぁって。……ハッキリ言えばさ。アンタなんて、魅力皆無なわけ。清潔感も無けりゃあ背も高くないし、つーか肉どこにあんのって感じだし。……その癖に、なぁんでアンタだけはって……」


 ぽつり、ぽつりと足を進める。真白はしばらく間を空けてから、「それは……」と声を出し、しかし、それ以上に言葉が出ず、横を走る車の音が、私たちの間に割り込んで来た。


「――なんてね」


 私はそう言って跳ねると、空を見上げながら真白に答えた。


「わかってんの、本当は。……ようは、きっとこれが本当の恋なんだって。……だけど、私にはそれがわかんなかった。だって、胸がキュンキュンするような甘酸っぱい感情より、『コイツとなら手を取り合える』って思えるような感情の方が本物だなんて――そんなの、わかるわけないじゃん」


 私は言うと、立ち止まって、ため息を吐き、またくるりと真白を振り向くと、「バカだね、私って」と笑った。
 だけど真白は、私の言葉に笑う事はなく、じっと私を見つめて、ただ聞いてくれていた。


「……ねえ、真白」


 私は一歩、彼に擦り寄り。そして、彼の顔を、ちょこっと見上げながら、彼に問い質した。


「……なんで、あの子を選んだの?」


 真白は一瞬、まぶたを揺らがせると。しかし、目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えてから、まぶたを開いて、私を見つめて答えた。


「――アイツと、一緒に生きたいって思ったから。……詩子は、気付かせてくれた。僕がどんな感情を抱えていたのかを。……それで、痛感したんだ。アイツといられると、僕はきっと、どこまでも成長できるって。……だから、詩子を選んだ。詩子は、僕にとって、人生のパートナーなんだって」


 真っすぐな目は、私の声にも揺らぐことはなく。私は少し目を伏せると、「そっか」とぽつりと呟いた。


「……じゃあ、私はダメだね」


 私は真白に背を向け、こつ、こつと、一人で一歩を踏み出していく。


「だって――私は、ずっと、変わんなかったから。アンタを笑いものにしたあの日から、ずっと、ずっと。……卑怯な手ぇ使ってでもアンタを落とそうとしたし、それで自分が傷付いた過去も忘れて……アンタの気持ちを、無視しようとしていた。結局自分本位で、感情的で、私はどうしようもないクズだった。……だから今も、アンタを引きずっている。成長できなかった奴が、前に踏み出そうとしている奴と一緒に生きるだなんて、無理なんだって」


 風が体温を奪う。夕方が夜に変わり、徐々に、徐々に、暗がりが深まっていく。私は声を震わせて、また笑いながら、空を見上げた。


「結局、私はそんな程度の女なんだって。……私なんかが、あの子からアンタを奪おうなんて……あまりにもおこがましいなって。……それが、アイツと私の違いなんだって。……この結末も、きっと、私にはちょうどいい末路なんだなって――」


 私がじわりと言うと、途端に、「違う」と、強い声が割り込んで来た。

 私はハッと、後ろを振り返る。真白は風に揺られながらも、私を強く、強く見つめて、怒りに満ちているような、決意に突き動かされているかのように立っていた。


「君は『そんな程度』なんかじゃあない。……それは、誰よりも僕が理解している」

「……お世辞は良いって」

「世辞なんかじゃない。……そうだな。……申し訳ないけど、今から、その、物凄く、最低なことを言うね」


 真白は言葉を素直に受け取れない私にそう前置くと、少し顔を赤くして、一瞬目を伏せると、息をすぅ、と吸い込み、そして、凛とした表情で私に言い放った。


「――正直なことを言うと。……僕は、君のことも好きだった。――ただ、詩子を選んだだけで」


 彼の言葉に、私は途端に顔が熱くなるのを感じた。恥も外聞も投げ捨てたその態度に、私は「――あっ、」と息を漏らすことしかできず。


「……僕が君を好きになったのは――あの頃から、君が凄く、成長していたからだよ。……僕をみんなで笑いものにしたあの時から、今もずっとあのままだったら……こんなにも僕たちの関係が拗れることはなかった。僕が今、こうして君と話しているのは、君があの時から変わろうとして、そして変わって来たことの何よりの証明だ。……君は、君が思っている以上に魅力的なんだ。だから、自分を卑下するのはやめてほしい」


 言葉の選び方から、声の出し方まで。全てが真剣で、その態度に不義理はなく。私は彼からの想いを感じ取って、「――なに、それ……」と、顔をくしゃりと歪めてしまった。

 ゆらゆらと、足を震わせながら真白に近づく。私はそして、彼の体に擦り寄ると、胸元に顔をうずめて声をしゃくりあげた。


「……真白。好きだよ。大好きだよ。……本当は、あんな女なんかに渡したくない」

「――ごめんね」

「わかってるよ。……好き。本当に、大好き。もしも過去に戻れたら、今度は絶対に離さない。ずっと一緒にいて、私以外の誰にも目なんか向けさせない。……真白。ねえ、真白。私、本当に、本当に……」


 細い背中に手を回して、ギュッと彼の体を抱く。だけど真白は、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、ただじっと、私の涙を受け止めているだけだった。
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