愛と友情は紙一重!|キュンとしないのになぜか尊い、陰キャ同士の捻くれた純愛ヒューマンドラマ

オニオン太郎

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恋人編

第19話「どれほど丈夫な物でも、粗末に扱えば壊れる」①

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 お母さんとひとしきり会話をしてから、大体5分くらいが経った。私はソファーに寝転がりながら、スマホの画面を胸元に押し当て、何をするわけでもなく天井を眺めていた。

 ……私と真白の関係について、お母さんは「大丈夫」と答えてくれた。それはきっと、お母さんなりの根拠があっての言葉なのだろう。だから私は、お母さんの言葉をそのまま信じることができた。

 だけど、それは「答え」ではない。私たちの関係性がどうなっていくのか、私たちはどうすればいいのか。その問いかけには、結局、自分たちで答えるしかない――ということだろうか。

 私はぼんやりと考えながら、天井を見つめる。鼻から息を吸い、そしてため息を吐きながら、ソファーの手すりに背中を沈みこませるように体を丸め、疲れ切った二重顎の実に醜い姿を晒した。

 と、途端。


「詩子!」


 先ほどお父さんと一緒に出掛けた真白が、慌てたようにリビングへと突入して来た。私はバン、と引き戸が音を立てたのを聞き、「ぬおっ、何だよ、いきなり!」と勢いよく体を起こした。


「あ……兄貴から、連絡があって――。母さんが、大変だって!」


 私は目を丸くして、「はぁ?」と答える。私のお母さんが、「どうしたの、一体?」とダイニングキッチンから顔を出す。

 次いで、同じく慌てたように私のお父さんが「お母さん!」とリビングへ顔を出した。

 私は2人の焦り様に不穏さを感じつつ、真白から事情を聞いた。


◇ ◇ ◇ ◇


 ――一両編成の電車は、やけに寂しい。私と真白は、最終便の車両の中で、まばらな電灯だけが灯る、暗い田舎道を眺めていた。

 ……まさか、実家に帰省したその日のうちに、彼氏の家に行くことになるとは。傍らのスーツケースを眺めながら、私はため息を吐いた。

 真白のお兄さんからの電話を要約すると、『お母さんがとんでもない発狂をしているから今すぐ家に戻って来い』という物だった。

 話を聞いた時は、私の両親共々「はぁ?」と首を傾げたモノだったが、どうも事態はかなり深刻らしく、このまま離婚、ひいては一家離散の危機まであるらしい。

 まああのヒステリックババアならあり得るかと理解はしたが、それにしたって、どうしてこうもタイミングが悪いのか。私は終始真白の家族に振り回され、ズキズキと頭が痛むのを感じた。

 真白は「僕の家族のことだから」とついて来なくても良いと言っていたが、コイツの家族はまったく話を聞かない。どうせ悪い方にしか転ばないだろうと思い、「だったらせめて」と私も行く事に決めた。

 両親は私を心配してくれたが、「大丈夫」と答えて家を出て行った。コイツと連れ添い続けると決めたのだから、こういうトラブルはとっくに覚悟している。

 そしてそのまま大した会話もなく、私たちは木造の駅舎へとたどり着いた。

 田畑しか見えなかった途中の道とは違い、駅前にはちゃんと建物があり、小規模ながらロータリーやバスの停車駅も存在した。とは言え、夜まで営業している店も見当たらず、信号機や街灯以外の光源はおおよそ見当たらず、まるで世界から人がいなくなってしまったかのような静けさが漂っていた。


「……ごめんね、こんなところにまで来てもらって」


 隣の真白が、私に声をかける。私はため息を吐き、「アンタは悪くないし、しゃーないよ」と肩を竦めた。

 ……真白の家は、この駅前から20分ほど歩いた先にあるらしい。

 真白曰く、「この田舎の中では比較的町の方だよ」とのことで。私は田舎と言われて、なんとなく郊外の田園風景をイメージしていたのだが、割とそんなことはなく、2階建て程度の建物がキッチリと整備されて並び立っていた。
 とは言え、駅前の栄えた場所を100mも離れると、すぐにでも町の中に田畑の入り込んだ景色が目に入って来るのだが。私と真白は活気のまるでない暗いコンクリートロードを、右に左にと、ゲームでダンジョンを進むように曲がり歩いた。

 そうして町を歩き進むと、やがて田んぼに面した一軒家が私たちの前に現れた。


「ここが僕の家だよ」


 真白の指差した家は、少しばかりハイカラな赤褐色の屋根が特徴的な洋風な造りだった。

 住宅街にあればそこまで目立つ物ではないが、両隣に木造のやや古めかしい家が並んでいる状態ではやたらと存在感がある。

 と。ぽかんと家屋を眺めていると、突然家の中から怒鳴り声が聞こえてきた。

 家の壁に取り囲まれているからか、声の内容はよくわからなかった。しかし、荒々しい声の様子から、一体それがどう言う物なのかは理解ができて。


「……行こう、真白」


 私は事態を悟ると、真白に先んじて家の玄関へと近づいた。真白は一瞬、「えっ、」と声を詰まらせたが、すぐに私の後を追い、そして急いで私を追い抜くと、そのまま玄関に立ち、インターホンのボタンを押す。

 ピタリと声がやみ、少しの間が空いてから「はい」と聞こえてきた。真白が「僕だよ」と言うと、向こう側の声の主は「ああ、お前か」と答えた。

 少しして、家の鍵が開く音がする。外開きの扉がガチャリと音を立てると、中から真白のお兄さんが顔を覗かせた。


「……入れ」

「えっと……どういう状況……」

「いいから、早く」


 真白のお兄さんは相も変わらず乱暴な調子で言うと、そのまま扉を閉めた。私は真白と顔を見合わせると、意を決して取っ手に手を掛けた。

 扉を開け、クリーム色のタイルが敷かれた玄関に入る。靴を脱ぎ、スーツケースを入れ、リビングへと入る。

 そして私たちは、ダイニングテーブルで静まり返っている真白の家族と会した。


「あっ、真白……」

「真白!」


 真白のお母さんとお父さんが共に声を出す。

 ダイニングテーブルの中央には、離婚届が置かれていた。私はそれを見て、どうして真白のお兄さんが、真白を呼びつけたのかを察してしまった。


「ちょっ……ちょっと。なんで姫川さんがいるの!?」


 お母さんが声を震わす。私はお母さんへと目配せをして、「ついて来たんです。心配なので」とピシャリと言い放った。


「……お母さん。これは、一体どういうことなのでしょうか。なんで離婚届なんか――」

「あっ――」


 真白のお母さんが言いよどむ。しかしお母さんはすぐに目つきを変えると、離婚届を一点に見つめながら、強い意志で受け答えた。


「……もうダメなの、私たち」

「えっ――」

「私たちは、ずっと家族を苦しめて来た。……だからもう、こうするしかないの」


 きっぱりと言い切ったお母さんの声には、覚悟が滲んでいた。どこか悲痛な感情の籠もったそれに、私は何も言えず。


「――ちょうどよかった!」


 と、真白のお父さんが私の方を向いて明るく言う。お父さんは私に一歩、二歩とにじり寄ると、貼りついたような笑顔で私に迫った。


「えっと……真白の奥さん! なんとか言ってくださいよ! コイツ、いきなり離婚したいって俺に言って来て……! いやぁハハ、前々からどこかおかしいとは思ってましたが、まさかここまで気が触れるとは……」


 お父さんは努めて朗らかに言っているが、内心は焦り切っているのが伝わって来た。私はその鬼気迫る様子に驚いてしまい、思わず一歩足を引き下げた。


「真白、お前も説得しろよ」


 と、真白のお兄さんが突然声を割り込ませた。


「いくらなんでもヤベーって。大体、子供が大学通っているってのに離婚するとか非合理だろ。まだ独り立ちもできてねぇ子供放って別れるとか、無責任にも程があるだろ」


 真白のお兄さんは相変わらずどこか人を刺すような言い方をしていて、声を聞くだけで不愉快な気持ちになった。

 と、真白のお父さんがそれに合わせて、「そうだよ。まだ真白も学校に通ってるし、正斗だってまだ……。こんな状況で離婚だなんて、そんなことしていいはずないだろ」と声を出す。
 しかし、お母さんの決意は固いようで、彼女は首を左右に振って2人に言い返した。


「真白の学費は4月にもう支払ったわ。他に必要なお金があるなら、私の貯金で何とかする。正斗に関しては、知ったこっちゃないわ。働こうと思えばいくらでも働けるんだから、いい加減独り立ちすべきよ」

「いや、お前――そんなこと言うなよ! 子供の面倒を見るのが親の責任だろ! 家族なんだから、そんな、離れ離れになるのは良くないだろ!」

「この子たちはもう親がいなくても生きていけます。それに、私たちは別れるべきなの。お願い、どうかそれくらい理解して……」


 真白のお母さんが淡々と言うと、途端、お父さんは目の色を変え、机を勢いよく叩きながら怒鳴り声をあげた。


「だから無理やって言ってるやろこのボケェッ!! 何が別れるべきや、そんなもん言ってるお前がおかしいんヤろがッ!!!」


 私は突然の大声にビクリと体を震わせた。
 真白がそっと私の背中に手を添わせ、「大丈夫?」と声をかける。私は一瞬だけ真白の顔を見ると、「大丈夫」と呟いて、2人の成り行きへと視線を移した。


「お前も親ならわかるやろ! 子供って言うのは親がおらんとダメなんだって!」

「だから、この子たちはもうそんな年齢じゃないって。私たちがいなくてもしっかりやってくれるから、そんなに言わなくても、」

「そうしたら子供の帰る場所が失くなってしまうやろ!!! さっきからその一点張りで、お前舐めとんのか!? 誰が稼いで来ていると思ってんねんっ!!」


 真白のお父さんの激昂は耳をつんざくようだった。私はお母さんを殴りかねない勢いのお父さんに、「ちょっと、落ち着いてください。私、いるんですけど」と少し強い語気でピシャリと言い放った。

 真白のお父さんは私の方を見ると、息を荒くしながら椅子に座った。


「……とにかく、一旦冷静になれって。どうせいつもの夫婦喧嘩なんだし。明日にはどうせ忘れてるって」


 真白のお兄さんが、静まりかけた空気にそう言葉を入れ込む。私はこの現場に何を言うのが正解なのかがわからず、ただ黙り込んで、この空気をやり過ごすしかできなかった。

 ――と、


「おい、ガリ」


 お兄さんが、真白に声をかけた。


「お前も、なんか言えって。ずっと後ろで黙ってねぇでさ」


 真白は「あっ、」と声を震わせると、顔を下げて、苦々しく口を結んだ。

 数刻、沈黙が流れる。そして真白は、怯えるように口をゆっくりと開き、そして、確かな感情のこもった声で、自分の意見を言った。


「――僕は……2人は……いや、この家族は……離れ離れになった方が、良いと思っている」


 真白のお兄さんが、「は?」と声を荒らげる。私は真白の言い分に一瞬目を丸めるも、彼のその先の言葉を黙って聞くことにした。


「僕たちは……家族って言う関係性に甘えて、人と人とが本来やるべき交流を、ずっとしなかった……。……親だから、家族だからって……その言葉で全部を済ませてしまっていたから……お互いに納得できるまで向き合って、理解し合うってことを、ずっとやろうとしなかった……。だから僕は、この家族は……バラバラになってしまった方が、良いと思う……」


 真白が語りを続けると、途端にお兄さんが「おい、ふざけんなよクソガリが」と真白の胸元に掴み掛かった。


「お前、自分が何言ってるのかわかってんのか? いいか、家族ってのは、何があっても離れ離れになっちゃあいけないんだ。それをバラバラにって、お前頭がおかしいんじゃあねぇのか?」

「や、やめろ……! 離せ!」


 真白はそう言ってお兄さんを手で強く押す。真白のお兄さんは思わず手を放し、ヨタヨタと後ろへ下がり、再び椅子へと尻もちをついてしまった。


「っ、テメェ……! また暴力振りやがったな……! 上等だよ、覚悟はできてんだろうな……?」


 真白のお兄さんは拳を鳴らしながら立ち上がる。真白が「うっ、」と萎縮した瞬間、私は2人の間に立ち、真白のお兄さんを止める。


「なんだよ、関係ねぇ奴が入ってくんじゃねぇよ」

「彼氏が殴られるってのに関係ねぇわけねぇだろ。大体テメェ、自分からは暴力振るっておいて、自分がされた時だけキレるって意味がわかんねぇだろ」

「俺は掴んだだけだ。突き飛ばしたわけじゃない。向こうの方がやってること重いだろ」

「この間は真白が掴んだだけでぶん殴ってたじゃんか。それに比べりゃあ、真白の方が何倍も紳士的だと思うけど?」

「そんな昔のことをいちいち掘り出して来るんじゃねぇよ。お前、マジで『女』だな。関係ねぇことにしゃしゃり出て来てピーピー喚きやがって」

「煽ってるつもり? 話の脈絡が無さ過ぎて何言ってるかわかんねぇわ。私は、アンタって言う暴漢から彼氏守ってるだけなんだよ。マトモなコミュ力がありゃあ、前後の文脈くらい読めるはずだけど?」


 私の言葉を聞き、真白のお兄さんは「この――!」と額に青筋を浮かべ、そのまま目を爛々とさせて私に食ってかかった。


「な、なにが守っているだけだよ! 大体、キショイんだよ! 男の癖に女に守ってもらうとか! お前はいつもそうだったよな! いざってなると母ちゃんに守ってもらってよ! 情けねぇとか思わねぇのかよ!」

「誰に話しかけてんだよ。それに、男が女に守ってもらって一体何が悪いんだよ」

「バカが! 男ってのは甲斐性が一番大事なんだよ! それなのに女の後ろでコソコソするとか、断言するけど、お前らは絶対に上手くいかねぇ! 所詮俺たちはバカな親から生まれた劣等遺伝子だ、ガキを産めばソイツみたいな障害者が生まれるし、女の影に隠れるカスは出世もできず金も稼げねぇし、いざって時には逃げ出して周りを不幸にして迷惑かけるだけだ! コイツは所詮何も成長しねぇ、しょうもねぇただの、」

「お前に真白の何がわかるんだよッッ!!!」


 私はお兄さんのあまりにもな言い分に思わず怒鳴り声をあげた。


「何が成長しないカスだ! 真白が本当に成長できない人間なら、私はコイツを好きになってねぇんだよ! 何がいざって時には逃げ出すだ、私は何度もいざって時にコイツに助けて貰ってるんだよ! テメェだって親の影に隠れてまともに働いてすらいねぇ癖に、何が劣等遺伝子だ、何が障害者だ! 自分の家族に非常識な悪口言いやがって、どの口で家族を語ってやがるんだよッ! テメェにとって家族ってのは、所詮利用価値があるだけの便利なアイテムでしかねぇんだろ!
 チゲーだろ! 家族は離れない物なんじゃあなくて、離れたくないから家族になるんだろうが! お互いに衝突して、理解し合って、時には変えらんない所も出てきて、それでも受け入れ合って! そんな人と人とが交わす当たり前のコミュニケーションがあるから、家族も、夫婦も、恋愛も、友情も、全部成り立つんでしょうが!
 それを全部蔑ろにし続けている癖に、自分に都合のいい時だけ家族家族って押し付けやがって! アンタがやっていることは、家族って立場と暴力を使った支配だ! 自分の家族を、弟をずっとずっと不幸にしてきたお前みたいな人間に、私と真剣に向き合ってきた真白の事を悪く言われる筋合いはない!」


 歯止めの効かなくなった私は、矢継ぎ早にまくし立てる。お兄さんはしばし震えると、「女の癖に調子に乗ってんじゃねぇ!」と吠えながら、拳を握り私に殴りかかって来た。

 私は「ひゃっ……」と反射的に身構え、目を瞑る。途端、「詩子!」と真白が叫び、それと同時に、真白が私の体を抱き、振り回すようにぐるりと位置を入れ替えた。

 どかっ、と鈍い音が部屋に響く。真白は同時に「がはっ、」と嗚咽をして、私は苦しそうに咳き込む彼に「真白!」と声を掛けた。


「……あ、兄貴……流石にこれはやり過ぎだ……! お前にとって詩子は他人だろ……!」

「ぶ……部外者の癖に騒ぐからだろ! 自業自得だろうが!」


 私はここまで来てなお態度を改めようとしない真白のお兄さんに一層腹を立て、「テメェ、ふざけんなよ、おい!」と騒ぎ立てた。しかし真白にガッチリと体をホールドされ、「やめろ、詩子! 勝てないから!」と制される。

 と。私たちがそうして身動ぎをしていると、突然、真白のお母さんが、「……わかったでしょ、お父さん」と首を左右に振った。


「私たちは……家族として、あまりにも未熟だった。……姫川さんの方が、よほど真白と家族をやれているわ。……このままズルズルと続けても、きっと、お互いのためにも、正斗のためにも良くないわ。……だから、ねぇ」


 真白のお母さんが、お父さんに声をかける。真白のお父さんはそれを受けると、しばし地面を見つめてから、ゆっくりと顔を上げた。


「――いやいや。なんで、そうなるんだよ」

「……は?」

「いや、だって。俺は何もしていないじゃないか。なのになんでこんな……。お前らがおかしいのに、どうして俺が離婚しなきゃいけないんだ。勝手に騒いでいるのはお前らなのに、」


 途端、真白のお母さんは勢いよく机を叩き、お父さんをきつく睨みつけた。


「――もういい。もういいわ。……ここまで来て、何も理解してないなんて」


 そしてお母さんは、勢いよく立ち上がると、そのまま私と真白に話しかけてきた。


「2人とも、もう出ましょう。これ以上話しても無駄。……親戚の家に泊めてもらえるよう掛け合うから、行きましょう」

「え? いや、こんな中途半端な――」

「早く」


 真白のお母さんは、用意の遅い子供を急かすような調子で言った。

 そして私たちは、真白のお母さんに連れられ、そのまま話し合いのまとまらなかったリビングを後にした。
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