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友情編
第1話「大人になっても運命の恋とか信じちゃう奴が心底気持ち悪い」③
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私は漫研の部室でiPad Proを置いて漫画を描いていた。
このiPad Proは私の父親が大学入学祝いに買ってくれたものだ。デスクトップPCの方が良いのだろうが、それだと持ち運びが不便だし、かと言って今の時代にノートパソコンもどうかと思った。そんなこんなで『入学祝い何がいい?』と聞かれた際に「iPad」と答えてみたら、ワンランク上の物が呼ばれて飛び出てしまったのだ。
漫研の部室は結構設備が揃っている。部屋の中央にテンプレートのように置かれた机と、いくつかのパイプ椅子、漫画を入れるための本棚、あとは何故か液晶テレビとDVDプレイヤー。
曰く、有志が各々持ち寄ってこの聖域が形成されたようだ。しかし漫研の部室にある漫画は、ワンピ○スのような超メジャーなモノは少なく、むしろ某週刊連載漫画雑誌で短命に終わった作品や、10巻~30巻程度の名作、その他知ってる人しか知らないであろうニッチな作品がずらりと並んでいる。
漫画オタクの私からすれば宝石箱そのものだが、たまに地雷を踏むこともあるので注意が必要だ。この部室の漫画を楽しむには、地雷を回避する直感力と、自分の性癖を引き当てる運命力を必須としている。
そんな色々な意味で致死率MAXなサークル室だが、物事の陰と陽は表裏一体、世界に陽キャのある所陰キャありという感じで、この部屋にも陰の面はある。
それは、だ。
「う、うっちー、き、君の描いた漫画、今日も面白いよ……」
「わー、ありがとう吉田くん! でも詩子ね、もっと上手くなりたいから、もっと頑張る!」
「す、すごいよ、うっちー。そ、そういう頑張り屋な所も、す、凄いって思うよ」
「ありがとう!」
ヴォエ……。自分でやってて吐き気してきた。
この部室の陰の側面――それは、ご覧の有様な通りだ。
このサークルは私となぜか私についてきた由希、それと3名ほどの男子(1人はたまにしか来ないが)で構成されている。
由希はオタサーに属しているが、その実態は陽キャ側に近くオタクではない。本人は兄がオタクだから自分もアニメ漫画の類はよく見ると言っていたが、彼女の気質には私たちとは異なる何かが存在している。
なので彼女は例外だが、言わずもがな、このサークルはメンバー全員がオタクだ。
別にオタクが集まってしまったこと自体は私自身なんとも思ってはいない。しかしオタクが集まってしまったが故か、どうも、この部は居心地が悪い物になってしまっている。
そしてそのオタクの一人が、現在私の隣にいる圧巻の巨漢、絵に描いたデブ、まさにオタクらしいオタクの吉田航平だ。
髪はなんかてらついてるし、全体的に油ぎってるし、服は微妙に黄ばんでいるし、腹はデカい。私も太っているとは思うが、彼は私の4倍から5倍は太っている。しかも極めて汗臭い。なんか酸っぱい。
立てばリウマチ、座れば腰痛、歩く姿はただの豚。吉田航平の容姿を揶揄して滅多に来ない田中(今もいない)がそう言っていたのを覚えている。本当に私たちと同年齢なのか怪しい位には老け込んでいるし。
「僕、うっちーの漫画、応援しているね! きっとうっちーなら漫画家になれるよ!」
そう言って吉田は私の手に自分の手を近づけてきた。私は笑顔を崩さずさりげなく自分の手を引き、「うん、詩子頑張る!」と言った。
頼むから、近寄ろうとしないでくれ。別に漫画トークとかは良いし、感想をくれるのもありがたいんだ。ただ性欲に任せたその手の動きは気持ち悪いので御遠慮願いたい。
そう。漫研内では珍しい女という立場で、かつオタク趣味に理解どころかどっぷりハマっている私は、こうして男共の性欲をこの一身に受けているのだ(部長は彼女がいると言って何もしてこないけど)。
そりゃあ、確かに、だ。私は自分でも自分をそこそこかわいい美少女だと思っている。
肌は白いし、目元は大きいし、あまり化粧の残酷さを知らない男子勢からしたらノーメイクで整った顔に見える程度のメイクをしている(なおすっぴんだとそばかすがある模様)。しかも流れるような黒い長髪に、派手ではないが地味すぎる訳でもないワインレッドのフレームのメガネは、オタク御用達な『清楚な女の子感』を醸すものになっている。
加えて私は、普段着に何を考えているのか『量産型』とか『地雷系』と言われるような服を採用している。今だって、ピンクを基調にして、胸元に白のレース生地とフリルをあしらったような、『こんなもんアニメの女の子しか着ないだろ』という服を着ている。
ここまでヒメヒメなファッションをしているのだから、あとはもうヒメヒメなぶりっ子ムーブをすれば彼らの性欲はイチコロだ(ついでに言うとおっぱいはGある)。しかしかと言って、私が彼らからそういう風に見られるように仕向けたかと言えば、ちょっとだけ違う。
ぶっちゃけこの服は私の趣味だ。私の思う『かわいい』を追求したら、見事に彼らの性癖にぶっ刺さってしまったのだ(だからあいつらの性癖は概ね私の性癖とも一致する)。
その結果、私はどうやら『清楚な女の子』として認定されてしまったようで。なんとなく、周りからそう振る舞うように期待されていると感じてしまった。
以降、私はこうして『女に理想を抱きすぎたこじらせ野郎』が好きそうな姫を演じているわけだ。
本来の自分を出せば間違いなくガッカリされる。だから私は、彼らの前では自分というものを見せない。
そんなこんなで、この漫研内は私にとって居心地が良いが居心地が悪いというよくわからない状態になっている。
正直なところ、性欲については気持ち悪くはあるものの文句はない(吉田の場合その出し方が問題だが)。では私がなぜ、この漫研に居心地の悪さを感じているのか。
それは、漫研のメンバーの大半が、『私の作品』を見ていないことなのだ。
正確に言えば、読んではくれているし、感想も貰っている。ただ、なんというか、奴らはこう、作品を読んだ『その先』を見ている気がする。
具体的に言えば、私の気を良くしてからのパコパコワンナイトフィーバーだ。だから彼らは私の作品を絶対に貶さない。
自分のことをそこそこの美少女と思い上がっている女の気持ちの悪い被害妄想と言えばそれまでだろう。しかしわかる。私の作品は間違いなく、何かが足りていない。
読んでも展開はありきたり、なんか熱くなれないし、夢中にもなれない。上手く表現できないが、『まあ、うん』の一言で終わってしまう味気ないものなのだ。そんな作品が、『面白い』の一言で全てまとめられてしまうのは違うと思う。
吉田たちはそう思っていて、私がそれを素直に受け取れないだけと言えばそうなのかもだが。これは証明しろと言われても正直できない。曖昧な表現を使えば、『女の勘』によるものなのだから。
私は立ち上がり、部屋の片隅で漫画を読んでいる由希の元へと駆け寄った。
「……ユッキー、私の漫画――」
「ごめん、詩子。今いい所。後にして」
あらら。どうやら作品が佳境らしい。私は少し残念に思いつつも、「うん、わかったよ!」と言って、別の人に感想を求めた。
その後しばらくしてから、由希に漫画を読んでもらったのだが、彼女の評価は私がこの作品につけているものと同じく、『微妙』というものだった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。私は夜にコンビニへ行くと、またしても河野と鉢合わせてしまった。
「げっ」
「あっ」
私は河野の顔を見た途端に全力で踵を返して走り出す。途端、河野が「あ、ま、待って!」と言って追いかけてきた。
うわああ、やめろ。来んな、近づいてくんな。私は全速力で走り、急いで私の部屋へと向かう。
しかし直後、私の履いていたクロックスが、壮大にすっぽ抜けた。
「ぬあっ!」
私は思わず声を出す、飛んでいくクロックスを目にケンケンと片足で立つ。私はバランスを崩し、しかし冷静に考えれば足が汚れる程度どうでもいいわと思い直し冷たいコンクリートに足をつく。
「待ってって!」
しかし直後に河野は私に追いついてきてしまい、私の腕を突然掴んできた。
「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「あああああああああああああああああ!!!!!!!!」
河野が私の叫びに驚き絶叫した。いやお前が叫んでどうすんだ。
「な、なんなのあんた! ストーカー!? 通報するよ!?」
「そ、そうじゃない! 昨日ちょっと考えて、僕の弱みが何なのかわかったから、それを伝えたかっただけだ!」
「うわぁ、なにこの人本当に変だよぉ。やめてよぉ、本当に関わらないでよぉ」
「うっ……。わ、悪かった。昨日のあの発言は――いくらなんでも気持ち悪かった。その、人と関わるのが苦手なんだ。……まったく、いくらなんでもダメだろアレは。暴走が過ぎる」
河野はそう言いながら手を離した。なんだコイツ、ぶつぶつと独り言を……。
しかし、その時河野が見せた様子は、どうにも私が想定していたものとは違っていた。本当に自分を責めているというか、下心が無いというか。
――なんというか、なんというかだ。あまりにしおらし過ぎるので、かえって逃げ出すのも忍びなく思ってしまう。
「――逃げた女子追っかけた今の状況もかなりヤバイけどね」
「んぐっ……。本当に、ごめん。不快にはさせてるだろうけど……いや、今はそうじゃなくてさ。本当、ちょっと……いや、かなり嫌だけど、僕はその、自分の、他人に知られたくない物を君に見せようって……」
河野はモゴモゴと、恐らく自分でもよくわからないと言った感じで口を動かしていた。
この間の様子とはまるっきり違う。以前はどこか堂々としていたのだが、今は発表会の前の小学生のように怖気付いて混乱している。私は一度ため息をついて、「なに?」と河野に尋ねた。
「えっ?」
「いや、え、じゃないよ。だってあんたさ、私の弱みを一方的に握ってしまったから、自分の……弱みも、見せてやろうって……」
――あれ。私は言っていて、自分の言葉がよくわからなくなってしまった。
ちょっと、待ってほしい。コイツは今、自分の弱みを見せると言ったのだ。それも、自分が一方的に弱みを握ってしまったから、と言って。
おかしい。そんなことをして、なんの得があるんだ? むしろ彼からしたら、損ばかりじゃないか。自分の秘密をあろうことか赤の他人にさらけだそうだなんて。私は河野が理解できなくて頭を悩ませた。
「――あんたさ、言ってて自分の言葉の意味わかってんの?」
「ああ。僕は、その、えっと、君に僕の弱みを見せようって――」
――聞き間違いでも言い間違いでもない。かと言えば、ウソでもない。
そう。コイツは、自分が損をすることを理解した上で、弱みを見せるなどと言ってみせたのだ。
やっぱりこいつは変な奴だ。もしも相手の弱みを握って、なにもしないとしても普通は無視をする。というかそれがアイツからしても一番いい事なはずだ。
じゃあなんで、コイツはそうしないんだ――? そう問いかけた私の脳裏に、一瞬『頭がおかしいから』という言葉が浮かんだが、どうにもそれは違う気がして、もう一度考え直す。
そして出たのは、『私がそうさせてしまったから』という答えだった。
そうだ。そもそも、私が気にしなければいいものを、わざわざ気にしてしまって、だからこそ河野も気にしてしまったんだ。だいたい、河野は最初から『言うつもりは無い』と言っていたじゃないか。
私は――なにを、バカなことを。そもそも冷静に考えてみたら、こいつは確かに変な奴で、キモい言動こそしたが、私に危害を加えたことも、加えようとしたこともない。
それどころか、こいつは失礼な態度を取った私に対して、あろうことか自分が損をしてでも安心させてやろうとしているのだ。
『まー私があんたの弱みでも握れたら脅しあえるかもだけどさー』
おそらく私があんなことを言ったからだろう。
バカだ。あんな言葉を真に受けて、あまつさえこんな意味のわからないことをするなんて。
やっぱりこいつは、変な奴だ。だけど、悪い奴じゃあない。私はそれを理解した途端、どうしてか、クスリと笑ってしまった。
「……な、なにがおかしい?」
「いや。あんたって本当、変な奴だなって」
「それは認めるよ。でも、たぶんこれは未来永劫変わらない。……不快にさせたのなら謝るけど、合わないって思ったのなら、何も言わず離れてくれ」
「はいはい。ま、とりあえず、あんたもここまで来て、私が『あんたの弱みなんか知りたくない』って言い出したら、なんかスッキリしないでしょ?」
「……そう、だね」
「じゃあ、聞いてあげる……いや、この言い方は良くないね。聞きたいから、教えてよ。あんたの弱み」
「……んー。その……えっと、まあ……すごく、言い難いけども」
そう言って彼は、スマートフォンを取り出して、私にあるサイトを見せてきた。
どうやら、結構大手の小説投稿サイトらしい。そこには、『頭角を現すハゲ』というユーザー名と、その人が投稿したであろう小説が載っていた。
「なにこのたわけたユーザーネームの人」
「……僕だよ」
「え?」
「いや、だから、その……これ、僕なんだ。みんなには言わないようにしてるけど……僕、ネットに小説なんかを、投稿してるんだ」
「え、そうなの!? ……まあ、意外、ではないけど」
「とにかく、これが僕の弱み。みんなに知られたくない、僕の秘密。これでお互いに弱みを見せ合ったんだ、お互いに脅し合う事が出来る。ってことは、まあ……所詮口約束でしかないけど、前よりかは、安心感があるって思って……」
河野はごにょごにょと吃るようになってきた。予想以上にわかりやすい奴だ、私はその不器用な対応に思わず笑ってしまった。
「小説か。ま、私からしたら全然アリだけども。やっぱり書いてるのはラノベ系?」
「……まあ。現代異能から、異世界ハーレムまで、書きたいものをそれなりに……」
「結構コテコテね。そりゃ、身近な人に見せたくなくなるのもわかるわ」
私はキシシ、と笑い、自分のスマホで『頭角を現すハゲ』を検索し始めた。
出てきた。どうやらサイト内ではあまり人気が無いらしく、作品名も、全く見たことない物ばかりだった。
「ん、ありがと。まあ、アレだったら帰って読むわ」
「えっ……読んでくれるの?」
「まあ、ね。そりゃ、内容も読まなきゃ大した弱みにもならないって」
私はまた笑った。河野は困惑しているようで、しきりに頬をつねって思案していた。
と。寒い風が私たちに吹き、私は思わず身震いした。しまった、上着くらい着てくればよかった。というか、まあ、こんなに話す予定もなかったし、仕方ないと言えば仕方なかったのだけれど。
「さむっ……」
「あっ……よかったら上着貸すよ?」
「いや、いい。なんか嫌だし。けどまあ、気持ちだけは受け取っとくよ。あんがと」
私はまた笑って、河野が「そうか」と言って私から視線を外した。
「――そういやあんたって、なんかゲームやってる?」
「友達との付き合いでモンス◯とか、シャ◯◯とかしてる。個人的にやってるのはF◯Oかな」
「おっ、あんたもF◯Oやってたのか。星5なに持ってる?」
「ギル◯◯◯シュ、◯◯ンヌ、スカス◯に◯◯◯……」
「当たりよすぎじゃない? 死ね」
「酷いな!」
河野の反応に私は笑う。そして私たちは、2人で並び歩く。
そのままその日は、何事もなく互いの部屋に帰った。
このiPad Proは私の父親が大学入学祝いに買ってくれたものだ。デスクトップPCの方が良いのだろうが、それだと持ち運びが不便だし、かと言って今の時代にノートパソコンもどうかと思った。そんなこんなで『入学祝い何がいい?』と聞かれた際に「iPad」と答えてみたら、ワンランク上の物が呼ばれて飛び出てしまったのだ。
漫研の部室は結構設備が揃っている。部屋の中央にテンプレートのように置かれた机と、いくつかのパイプ椅子、漫画を入れるための本棚、あとは何故か液晶テレビとDVDプレイヤー。
曰く、有志が各々持ち寄ってこの聖域が形成されたようだ。しかし漫研の部室にある漫画は、ワンピ○スのような超メジャーなモノは少なく、むしろ某週刊連載漫画雑誌で短命に終わった作品や、10巻~30巻程度の名作、その他知ってる人しか知らないであろうニッチな作品がずらりと並んでいる。
漫画オタクの私からすれば宝石箱そのものだが、たまに地雷を踏むこともあるので注意が必要だ。この部室の漫画を楽しむには、地雷を回避する直感力と、自分の性癖を引き当てる運命力を必須としている。
そんな色々な意味で致死率MAXなサークル室だが、物事の陰と陽は表裏一体、世界に陽キャのある所陰キャありという感じで、この部屋にも陰の面はある。
それは、だ。
「う、うっちー、き、君の描いた漫画、今日も面白いよ……」
「わー、ありがとう吉田くん! でも詩子ね、もっと上手くなりたいから、もっと頑張る!」
「す、すごいよ、うっちー。そ、そういう頑張り屋な所も、す、凄いって思うよ」
「ありがとう!」
ヴォエ……。自分でやってて吐き気してきた。
この部室の陰の側面――それは、ご覧の有様な通りだ。
このサークルは私となぜか私についてきた由希、それと3名ほどの男子(1人はたまにしか来ないが)で構成されている。
由希はオタサーに属しているが、その実態は陽キャ側に近くオタクではない。本人は兄がオタクだから自分もアニメ漫画の類はよく見ると言っていたが、彼女の気質には私たちとは異なる何かが存在している。
なので彼女は例外だが、言わずもがな、このサークルはメンバー全員がオタクだ。
別にオタクが集まってしまったこと自体は私自身なんとも思ってはいない。しかしオタクが集まってしまったが故か、どうも、この部は居心地が悪い物になってしまっている。
そしてそのオタクの一人が、現在私の隣にいる圧巻の巨漢、絵に描いたデブ、まさにオタクらしいオタクの吉田航平だ。
髪はなんかてらついてるし、全体的に油ぎってるし、服は微妙に黄ばんでいるし、腹はデカい。私も太っているとは思うが、彼は私の4倍から5倍は太っている。しかも極めて汗臭い。なんか酸っぱい。
立てばリウマチ、座れば腰痛、歩く姿はただの豚。吉田航平の容姿を揶揄して滅多に来ない田中(今もいない)がそう言っていたのを覚えている。本当に私たちと同年齢なのか怪しい位には老け込んでいるし。
「僕、うっちーの漫画、応援しているね! きっとうっちーなら漫画家になれるよ!」
そう言って吉田は私の手に自分の手を近づけてきた。私は笑顔を崩さずさりげなく自分の手を引き、「うん、詩子頑張る!」と言った。
頼むから、近寄ろうとしないでくれ。別に漫画トークとかは良いし、感想をくれるのもありがたいんだ。ただ性欲に任せたその手の動きは気持ち悪いので御遠慮願いたい。
そう。漫研内では珍しい女という立場で、かつオタク趣味に理解どころかどっぷりハマっている私は、こうして男共の性欲をこの一身に受けているのだ(部長は彼女がいると言って何もしてこないけど)。
そりゃあ、確かに、だ。私は自分でも自分をそこそこかわいい美少女だと思っている。
肌は白いし、目元は大きいし、あまり化粧の残酷さを知らない男子勢からしたらノーメイクで整った顔に見える程度のメイクをしている(なおすっぴんだとそばかすがある模様)。しかも流れるような黒い長髪に、派手ではないが地味すぎる訳でもないワインレッドのフレームのメガネは、オタク御用達な『清楚な女の子感』を醸すものになっている。
加えて私は、普段着に何を考えているのか『量産型』とか『地雷系』と言われるような服を採用している。今だって、ピンクを基調にして、胸元に白のレース生地とフリルをあしらったような、『こんなもんアニメの女の子しか着ないだろ』という服を着ている。
ここまでヒメヒメなファッションをしているのだから、あとはもうヒメヒメなぶりっ子ムーブをすれば彼らの性欲はイチコロだ(ついでに言うとおっぱいはGある)。しかしかと言って、私が彼らからそういう風に見られるように仕向けたかと言えば、ちょっとだけ違う。
ぶっちゃけこの服は私の趣味だ。私の思う『かわいい』を追求したら、見事に彼らの性癖にぶっ刺さってしまったのだ(だからあいつらの性癖は概ね私の性癖とも一致する)。
その結果、私はどうやら『清楚な女の子』として認定されてしまったようで。なんとなく、周りからそう振る舞うように期待されていると感じてしまった。
以降、私はこうして『女に理想を抱きすぎたこじらせ野郎』が好きそうな姫を演じているわけだ。
本来の自分を出せば間違いなくガッカリされる。だから私は、彼らの前では自分というものを見せない。
そんなこんなで、この漫研内は私にとって居心地が良いが居心地が悪いというよくわからない状態になっている。
正直なところ、性欲については気持ち悪くはあるものの文句はない(吉田の場合その出し方が問題だが)。では私がなぜ、この漫研に居心地の悪さを感じているのか。
それは、漫研のメンバーの大半が、『私の作品』を見ていないことなのだ。
正確に言えば、読んではくれているし、感想も貰っている。ただ、なんというか、奴らはこう、作品を読んだ『その先』を見ている気がする。
具体的に言えば、私の気を良くしてからのパコパコワンナイトフィーバーだ。だから彼らは私の作品を絶対に貶さない。
自分のことをそこそこの美少女と思い上がっている女の気持ちの悪い被害妄想と言えばそれまでだろう。しかしわかる。私の作品は間違いなく、何かが足りていない。
読んでも展開はありきたり、なんか熱くなれないし、夢中にもなれない。上手く表現できないが、『まあ、うん』の一言で終わってしまう味気ないものなのだ。そんな作品が、『面白い』の一言で全てまとめられてしまうのは違うと思う。
吉田たちはそう思っていて、私がそれを素直に受け取れないだけと言えばそうなのかもだが。これは証明しろと言われても正直できない。曖昧な表現を使えば、『女の勘』によるものなのだから。
私は立ち上がり、部屋の片隅で漫画を読んでいる由希の元へと駆け寄った。
「……ユッキー、私の漫画――」
「ごめん、詩子。今いい所。後にして」
あらら。どうやら作品が佳境らしい。私は少し残念に思いつつも、「うん、わかったよ!」と言って、別の人に感想を求めた。
その後しばらくしてから、由希に漫画を読んでもらったのだが、彼女の評価は私がこの作品につけているものと同じく、『微妙』というものだった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。私は夜にコンビニへ行くと、またしても河野と鉢合わせてしまった。
「げっ」
「あっ」
私は河野の顔を見た途端に全力で踵を返して走り出す。途端、河野が「あ、ま、待って!」と言って追いかけてきた。
うわああ、やめろ。来んな、近づいてくんな。私は全速力で走り、急いで私の部屋へと向かう。
しかし直後、私の履いていたクロックスが、壮大にすっぽ抜けた。
「ぬあっ!」
私は思わず声を出す、飛んでいくクロックスを目にケンケンと片足で立つ。私はバランスを崩し、しかし冷静に考えれば足が汚れる程度どうでもいいわと思い直し冷たいコンクリートに足をつく。
「待ってって!」
しかし直後に河野は私に追いついてきてしまい、私の腕を突然掴んできた。
「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
「あああああああああああああああああ!!!!!!!!」
河野が私の叫びに驚き絶叫した。いやお前が叫んでどうすんだ。
「な、なんなのあんた! ストーカー!? 通報するよ!?」
「そ、そうじゃない! 昨日ちょっと考えて、僕の弱みが何なのかわかったから、それを伝えたかっただけだ!」
「うわぁ、なにこの人本当に変だよぉ。やめてよぉ、本当に関わらないでよぉ」
「うっ……。わ、悪かった。昨日のあの発言は――いくらなんでも気持ち悪かった。その、人と関わるのが苦手なんだ。……まったく、いくらなんでもダメだろアレは。暴走が過ぎる」
河野はそう言いながら手を離した。なんだコイツ、ぶつぶつと独り言を……。
しかし、その時河野が見せた様子は、どうにも私が想定していたものとは違っていた。本当に自分を責めているというか、下心が無いというか。
――なんというか、なんというかだ。あまりにしおらし過ぎるので、かえって逃げ出すのも忍びなく思ってしまう。
「――逃げた女子追っかけた今の状況もかなりヤバイけどね」
「んぐっ……。本当に、ごめん。不快にはさせてるだろうけど……いや、今はそうじゃなくてさ。本当、ちょっと……いや、かなり嫌だけど、僕はその、自分の、他人に知られたくない物を君に見せようって……」
河野はモゴモゴと、恐らく自分でもよくわからないと言った感じで口を動かしていた。
この間の様子とはまるっきり違う。以前はどこか堂々としていたのだが、今は発表会の前の小学生のように怖気付いて混乱している。私は一度ため息をついて、「なに?」と河野に尋ねた。
「えっ?」
「いや、え、じゃないよ。だってあんたさ、私の弱みを一方的に握ってしまったから、自分の……弱みも、見せてやろうって……」
――あれ。私は言っていて、自分の言葉がよくわからなくなってしまった。
ちょっと、待ってほしい。コイツは今、自分の弱みを見せると言ったのだ。それも、自分が一方的に弱みを握ってしまったから、と言って。
おかしい。そんなことをして、なんの得があるんだ? むしろ彼からしたら、損ばかりじゃないか。自分の秘密をあろうことか赤の他人にさらけだそうだなんて。私は河野が理解できなくて頭を悩ませた。
「――あんたさ、言ってて自分の言葉の意味わかってんの?」
「ああ。僕は、その、えっと、君に僕の弱みを見せようって――」
――聞き間違いでも言い間違いでもない。かと言えば、ウソでもない。
そう。コイツは、自分が損をすることを理解した上で、弱みを見せるなどと言ってみせたのだ。
やっぱりこいつは変な奴だ。もしも相手の弱みを握って、なにもしないとしても普通は無視をする。というかそれがアイツからしても一番いい事なはずだ。
じゃあなんで、コイツはそうしないんだ――? そう問いかけた私の脳裏に、一瞬『頭がおかしいから』という言葉が浮かんだが、どうにもそれは違う気がして、もう一度考え直す。
そして出たのは、『私がそうさせてしまったから』という答えだった。
そうだ。そもそも、私が気にしなければいいものを、わざわざ気にしてしまって、だからこそ河野も気にしてしまったんだ。だいたい、河野は最初から『言うつもりは無い』と言っていたじゃないか。
私は――なにを、バカなことを。そもそも冷静に考えてみたら、こいつは確かに変な奴で、キモい言動こそしたが、私に危害を加えたことも、加えようとしたこともない。
それどころか、こいつは失礼な態度を取った私に対して、あろうことか自分が損をしてでも安心させてやろうとしているのだ。
『まー私があんたの弱みでも握れたら脅しあえるかもだけどさー』
おそらく私があんなことを言ったからだろう。
バカだ。あんな言葉を真に受けて、あまつさえこんな意味のわからないことをするなんて。
やっぱりこいつは、変な奴だ。だけど、悪い奴じゃあない。私はそれを理解した途端、どうしてか、クスリと笑ってしまった。
「……な、なにがおかしい?」
「いや。あんたって本当、変な奴だなって」
「それは認めるよ。でも、たぶんこれは未来永劫変わらない。……不快にさせたのなら謝るけど、合わないって思ったのなら、何も言わず離れてくれ」
「はいはい。ま、とりあえず、あんたもここまで来て、私が『あんたの弱みなんか知りたくない』って言い出したら、なんかスッキリしないでしょ?」
「……そう、だね」
「じゃあ、聞いてあげる……いや、この言い方は良くないね。聞きたいから、教えてよ。あんたの弱み」
「……んー。その……えっと、まあ……すごく、言い難いけども」
そう言って彼は、スマートフォンを取り出して、私にあるサイトを見せてきた。
どうやら、結構大手の小説投稿サイトらしい。そこには、『頭角を現すハゲ』というユーザー名と、その人が投稿したであろう小説が載っていた。
「なにこのたわけたユーザーネームの人」
「……僕だよ」
「え?」
「いや、だから、その……これ、僕なんだ。みんなには言わないようにしてるけど……僕、ネットに小説なんかを、投稿してるんだ」
「え、そうなの!? ……まあ、意外、ではないけど」
「とにかく、これが僕の弱み。みんなに知られたくない、僕の秘密。これでお互いに弱みを見せ合ったんだ、お互いに脅し合う事が出来る。ってことは、まあ……所詮口約束でしかないけど、前よりかは、安心感があるって思って……」
河野はごにょごにょと吃るようになってきた。予想以上にわかりやすい奴だ、私はその不器用な対応に思わず笑ってしまった。
「小説か。ま、私からしたら全然アリだけども。やっぱり書いてるのはラノベ系?」
「……まあ。現代異能から、異世界ハーレムまで、書きたいものをそれなりに……」
「結構コテコテね。そりゃ、身近な人に見せたくなくなるのもわかるわ」
私はキシシ、と笑い、自分のスマホで『頭角を現すハゲ』を検索し始めた。
出てきた。どうやらサイト内ではあまり人気が無いらしく、作品名も、全く見たことない物ばかりだった。
「ん、ありがと。まあ、アレだったら帰って読むわ」
「えっ……読んでくれるの?」
「まあ、ね。そりゃ、内容も読まなきゃ大した弱みにもならないって」
私はまた笑った。河野は困惑しているようで、しきりに頬をつねって思案していた。
と。寒い風が私たちに吹き、私は思わず身震いした。しまった、上着くらい着てくればよかった。というか、まあ、こんなに話す予定もなかったし、仕方ないと言えば仕方なかったのだけれど。
「さむっ……」
「あっ……よかったら上着貸すよ?」
「いや、いい。なんか嫌だし。けどまあ、気持ちだけは受け取っとくよ。あんがと」
私はまた笑って、河野が「そうか」と言って私から視線を外した。
「――そういやあんたって、なんかゲームやってる?」
「友達との付き合いでモンス◯とか、シャ◯◯とかしてる。個人的にやってるのはF◯Oかな」
「おっ、あんたもF◯Oやってたのか。星5なに持ってる?」
「ギル◯◯◯シュ、◯◯ンヌ、スカス◯に◯◯◯……」
「当たりよすぎじゃない? 死ね」
「酷いな!」
河野の反応に私は笑う。そして私たちは、2人で並び歩く。
そのままその日は、何事もなく互いの部屋に帰った。
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